ドラマ「半沢直樹」の原作者として注目を集めた池井戸潤の最新作は、自動車会社のラグビー部を舞台にした作品です。スポーツ小説と小首をかしげた方はご安心を。池井戸作品らしく、会社内の勢力争いもある、熱い作品に仕上がっています。『ノーサイド・ゲーム』は、大泉洋主演のドラマが2019年7月放送予定となっています。そんな本作の見所を紹介します。ネタバレも含まれますので、未読の方はご注意ください。
2019年6月13日にダイヤモンド社から発売された、池井戸潤の小説『ノーサイド・ゲーム』。トキワ自動車という架空の自動車会社のラグビー部「トキワ自動車アストロズ」を中心に、物語は進んでいきます。
主人公の君嶋隼人は、トキワ自動車に勤務して22年、経営戦略室所属のサラリーマンです。君嶋は常務取締役営業本部長の滝川が推し進めていたカザマ商事買収の計画を一蹴、恨みを買ってしまいました。会議から三か月後、君嶋は別の部署への移動を命じられてしまいます。
異動先は横浜工場総務部長。明かな左遷となってしまいました。さらに、トキワ自動車のラグビー部「トキワ自動車アストロズ」のゼネラルマネージャーも務めることになっていました。
チームの成績は低迷中、監督も体調不良を理由に辞任の意向を示しているという状態。ラグビーはまったくの素人である君嶋は、自分なりの方法で強いチームへと立て直しに邁進していきます。
- 著者
- 池井戸 潤
- 出版日
- 2019-06-13
本作は、企業が運営するラグビー部にスポットが当てられていますが、試合の描写が主ではありません。池井戸作品らしく、ラグビーと経済の話が絡み合っているというところが大きなポイント。普段はあまり知る機会のない、スポーツの運営に関するお金の話も知ることができます。
フェアプレーに重きを置くラグビーと、権謀術数うずまき、権力を競い合う社内描写とのギャップに驚かされる本作ですが、2019年7月7日より、TBS日曜劇場でテレビドラマが放送されます。キャストは、君嶋隼人役に大泉洋が発表されており、他にも松たか子や上川隆也、大谷亮平、笹本玲奈が脇を固めます。
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池井戸潤は1963年6月16日生まれ、岐阜県の出身です。大学を卒業後、銀行員となり32歳で退職。コンサルタント業をしながら、ビジネス書の執筆などを行っていました。子どもの頃から作家になる夢を抱いており、1998年『果つる底なき』で第44回江戸川乱歩賞を受賞、作家デビューを果たします。
数々の文学賞の候補に選出され、2011年『下町ロケット』で第145回直木賞を受賞。『オレたちバブル入行組』をはじめとしたシリーズが原作となった、2013年放送のドラマ「半沢直樹」シリーズで大ブレイクしました。
- 著者
- 池井戸 潤
- 出版日
- 2014-03-14
元銀行員であり、経済書も手掛ける池井戸潤作品の魅力は、経済のことを取り上げながら進むストーリー。銀行だけではなく、様々な業種が登場し、一見するとわかりにくい会社の中のお金の流れ方や、企業同士のやり取りがリアルに描かれています。
経済ものの作品というと、お堅い内容だと思われがちですが、作品の中で重きが置かれているのは「人間ドラマ」。会社を動かしているのは人間で、そこには必ず誰かの想いがあります。池井戸作品には、揺るがない数字や、それに関連した描写、人間らしい温かみが加えられているのです。
本作は企業スポーツを扱った作品ですが、過去には社会人野球を題材とした『ルーズヴェルト・ゲーム』を発表しています。部の再建を賭けた人間ドラマが見所で、社会人野球の厳しさも描かれました。本作ではラグビーの試合描写だけでなく、ラグビーという競技が置かれている現状を垣間見ることができるでしょう。スポーツとお金が絡み合っていることを、強く実感できるはずです。
本作の主人公は、トキワ自動車に勤務するサラリーマン、君嶋隼人です。本社で恨みを買った結果、横浜工場に異動となり、アストロズのゼネラルマネージャーになりました。ゼネラルマネージャーとは、いわば管理職。君嶋はチームを支える裏方のトップのようなもので、経理だけでなく、人事なども担当しています。
数字に強く、切れ者で、淡々とした様子は冷たい人間なのかな、と思ってしまいがち。しかし、人情に篤く、こうと決めたことはやり通す強い意志を持っています。また、考え方は柔軟で公平な人物です。
ラグビーを愛する社長・島本博の下に存在しているアストロズですが、部自体を問題視しているような発言がみられるのは、常務取締役営業本部長の滝川桂一郎。君嶋の上司にあたり、同期の脇坂賢治と同様君嶋を敵視しています。常に不機嫌そうな人物で、物語の中でいう敵役ですが、意外と公平なところもあり、ただの敵役ではない味を出しています。
君嶋の直属の部下となるアナリスト・佐倉多英は、ラグビー愛にあふれており、知識のない君嶋をサポートしながら部の運営に携わっています。キャプテンでナンバーエイトの岸和田徹は温和な人物で、部員のことを考える器の大きさがあります。
スター選手の浜畑譲、里村亮田、ニュージーランドからやってきた新人・七尾圭太など、ラグビー部員も数多く登場します。そのなかでも特に重要なのは、新監督となる柴門琢磨(さいもんたくま)。大学ラグビーで3回優勝という快挙を成し遂げたものの、OB会の旧体制により突然解雇。アストロズに監督として赴任するのですが……君嶋との意外な関係にも注目です。
本作では、1チーム15人制で行われる、社会人ラグビーが題材となっています。トキワ自動車のラグビー部にかける年間の費用は16億円。それが回収できているのかと言えば、まったく回収できておらず、毎年大赤字となっている状態です。
練習施設の設備や管理、職員や選手の給料のほか、圧迫しているのは大会遠征や開催にかかる費用。本作では日本蹴球協会なる架空の組織が存在し、大会運営だけでなく、ラグビーに関する様々な事柄に関わっています。旧体制的な協会の運営方法も含め、実態が徐々に明らかになっていくのですが、その内容は納得のいかないものばかり。
なぜ社会人ラグビーは儲からないのか。また、なぜ年間経費が16億円もかかるのかも、序盤にきっちり解説されます。16億円の価値が本当にあるのか。君嶋と一緒に、疑問を抱えながら読み進めていくことになります。
池井戸作品といえば、会社内の権力争いや抗争も外せません。作中には、滝川を中心とした権力争いが物語に大きく関わり、君嶋たちアストロズにも思いがけないピンチを招いてしまいます。
船舶の座礁事故に始まる一連の騒動ですが、企業間の関りだけではなく、人間関係が深くかかわっているのがポイント。経済を動かしているのは人間で、それぞれ思うところがあるのだと実感できます。
トキワ自動車内部だけではなく、ラグビー部や、蹴球協会でのやりとりがあったりと、それぞれの社内で人々の争いが展開されているところも大きな見所。欲が渦巻く中、燃え滾る心を落ち着かせながら冷静に対処していく君嶋が印象的です。
- 著者
- 池井戸 潤
- 出版日
- 2019-06-13
物語冒頭から部の存続が危ぶまれていたアストロズですが、君嶋の奮闘や柴門の指導、そして部員たちの頑張りにより、1年目は3位という好成績でシーズンを終えました。地元密着型の運営を開始してファン層も拡大。選手層も厚くなり、チーム運営も軌道に乗ったと思いきや、2年目には様々な問題が発生してしまいます。
滝川が推し進めていたカザマ商事買収の最中、ある問題が発覚して滝川は降格。代わりに高い地位を得た脇坂が、アストロズを潰そうと画策してきます。そんな中、チーム内では部の存続を危ぶむ声が多く聞かれるようになったり、主力選手が敵チームに引き抜かれたりなど、ピンチを迎えます。
君嶋は自分の持てる力をすべて注いでチームを守ると決意を固めますが、果たして結末はどうなるのか。チームを取り巻く現状に怒りを覚えながらも、最後には涙腺を刺激され、スカッと爽快な気分になる本作。
原作ファンからも、ドラマ化に喜びの声が上がっています。映像化も楽しみですが、臨場感あふれるラグビーシーンなど、小説ならではの表現や楽しみもありますので、まだ読んでいない方は、ぜひ手にとって実際に読んでみてはいかがでしょうか。
2015年イングランドで開催されたラグビーワールドカップでの日本選手の活躍から、ラグビーの注目度は急上昇。2019年7月にドラマが放送され、その2ヶ月後には日本でラグビーワールドカップが開催されます。本作を読めば、よりラグビーを楽しむことができるのではないでしょうか。