岩井俊二『ラストレター』は原作必見。これほどロマンチックな小説はないかもしれない

更新:2021.11.21

亡くなったかつての恋人を想う小説家の男と、彼女の妹を始めとした様々な登場人物の気持ちが、手紙とともに錯綜する物語、『ラストレター』。切なくも未来を感じる終わり方に希望が感じられる内容で、岩井俊二自らが手掛ける映画も2020年に公開されました。 今回は、そんなの小説のあらすじや魅力、結末の見所などをご紹介します。

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『ラストレター』は原作をおすすめしたい。新海誠も絶賛の作家の作品

ロマンティックな人間ドラマに定評のある、岩井俊二。そんな彼が、自らの集大成と銘打ち作り上げたのが、映画『ラストレター』です。すれ違いや勘違い、現代と過去が入り乱れる2世代に渡るラブストーリーを、手紙というモチーフを使って描き出します。

そんな映画の原作である『ラストレター』も、岩井俊二が手掛けた小説。彼ならではの、切ない設定や細やかな心の機微に引き込まれる内容です。特に彼の魅力である、しっとりとした空気感がこれでもかと表現されています。

ちなみに岩井俊二の魅力は、新海誠が大ファンを公言するほど。彼もまた、「君の名は」や「天気の子」で知られるように、切なくも美しい物語に定評のある人物ですよね。『ラストレター』に対して「ラブレターのいくつも誤配や錯綜が人生を作っていく。(中略)岩井俊二ほどロマンティックな作家を、僕は知らない」とコメントを寄せています。

記事ではこれ以降、さらにこの小説の魅力についてご紹介していきますが、映画について知りたい方は公式サイトや以下の動画などをご覧になってみてください。

映画『ラストレター』公式サイト

 

 

 

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まずはあらすじを紹介

乙坂鏡史郎は、過去に付き合っていた中学の同級生の女性・未咲をモデルにした小説「未咲」でデビューした小説家です。しかし、彼女は別の男と関係を持ち、そのまま駆け落ち同然に結婚してしまいました。

それから時は流れ、鏡史郎は中学の同窓会に参加します。するとそこには、未咲の妹・裕里が来ていました。しかし、なぜか周囲は彼女のことを「未咲」と呼びます。不思議に思いつつも、かつての未咲を思い出して辛くなってきた鏡史郎が会場を出ると、裕里が声をかけてきました。未咲として……。

実は、裕里はかつて、鏡史郎に片思いしていたのです。鏡史郎は、「未咲」として声をかけてくる裕里に対し、正体に気が付きながらも手紙を出すようになり……。

物語は、鏡史郎のモノローグのような文章と同窓会のエピソード、2つから始まります。特に前者は、小説家である鏡史郎が書いた作品であり、死んだ未咲への最後のラブレターという形でつづられていきます。
 

作品の魅力:ミステリアスな再会、文通の始まり

 

本作は、すれ違いながら進んでいく物語、そしてそれぞれの環境から目が離せない展開となっていきます。

そもそも物語の始まりは、未咲の妹・裕里と、未咲のかつての恋人・鏡史郎が同窓会で再開から。未咲は鏡史郎と別れた後に阿藤という男と結婚し、鮎美と瑛斗という2人の子供を設けました。
 

しかしその後、うつ病を発症したのちに自殺。ただ、鏡史郎は、裕里と再会した時はまだこの事実を知りません。

一方、裕里はかつて片思いをしていた鏡史郎に対し思わず「未咲」のふりをしてしまいました。鏡史郎はそのことに気が付いていながらも、そのことは明かさず、裕里に「君は永遠の人だ」というラブレターのようなメールを送りました。

しかし、それが、裕里の夫の宗二郎に見つかってしまったことから、裕里の家庭はどんどん大変なことになっていってしまうのです。夫にスマホを壊されてしまった裕里は、鏡史郎に手紙を出すようになります。こうして2人の歪で奇妙な文通が始まりました。

裕里は、鏡史郎が自分のことを「未咲」だと思っていると考えていて、一方の鏡史郎は裕里が「未咲」ではないということをわかっていてわかっていないフリをしています。

そんなどこかで微妙にすれ違っている心の動きが、物語が進むにつれてどうな結ばれていくのか、それも本作の魅力の1つだといえるでしょう。 
 

 

著者
岩井 俊二
出版日
2019-09-03

作品の魅力:小説家として苦悩する主人公

本作のすれ違いのなかで、鏡史郎と裕里、それぞれの現状が描かれるのですが、どちらにも胸が痛くなるような設定があり、共感できる部分があります。そして共感したからこそ、彼らの変化に心を動かされるのです。

ここではまず鏡史郎の半生を見ていきましょう。

彼は小説家としてデビューしていますが、志したきっかけは、かつての美咲の言葉でした。デビュー小説も、未咲をモデルにしたもので、タイトルもそのまま「未咲」。それなりに話題にもなった作品でした。

しかし彼女への想いをそのままつづったものがヒットしたことで、より未咲の存在を自分の中から切り取ることができず、新しい作品を書くことができませんでした。つまり彼の小説家人生は、そのまま未咲との関係だともいえるのです。

そんな葛藤もあって、鏡史郎は、同窓会で未咲に会うことができたら筆を折ろうとさえ考えていました。しかし裕里と出会い、不思議な形で手紙のやり取りが始まり、さらにそこから様々な出会いを繰り返していくうちに、彼の中で何かが変わっていきます……。

その変化は、小説家としての鏡史郎の成長であるとともに、初恋の終わりとも表現できるもの。苦しんだ期間が長かったことを知っているからこそ、読者の感慨もひとしおになる内容です。 
 

作品の魅力:残された裕里の、現在、過去の思いが錯綜する

一方、裕里はどんな状況をかかえていたのでしょうか。姉の未咲のフリをしていますが、最初から騙すつもりで鏡史郎に近づいたわけではありませんでした。

最初は、未咲の死を同級生達に伝えるために同窓会へと参加しました。しかし、かつて密かに想いを寄せていた鏡史郎を前にして本当のことが言い出せなくなり、そのまま未咲として接することを選んでしまったのです。

しかし、鏡史郎から未咲としての自分に送られたメールのせいで、夫・宗二郎に浮気を疑われてしまいました。宗二郎は裕里のスマホを壊した挙句、母親を同居させ、大型犬2頭を引き取りその世話までさせてきます。

また、裕里の娘である颯香と、未咲の子供である鮎美と瑛斗も、裕里にとっては気がかりな存在で、裕里は様々なものに束縛されていきます。その生活のなかで鏡史郎へ送る手紙はしだいに心のよりどころのようなものになっていくのです。

ただ、裕里の鏡史郎に対する気持ちは、ただのよりどころやかつての恋心というものだけではありませんでした。もし鏡史郎と未咲が結婚していたら未咲は死ぬこともなかったのでは……と、そんな複雑な気持ちもあるようです。

様々なものに心を捕らわれてしまっている裕里が、今の生活にどう折り合いをつけていくのか。鏡史郎のパートがロマンチックで懐古的なものに対して、今の現実に心を砕く彼女の様子は、より共感する人も多いかもしれません。
 

『ラストレター』の未来につながる結末。泣けるラストとは【ネタバレ注意】

 

本作のラストで、鏡史郎は小説家としてとある決断を下します。そこに至るまでには、鏡史郎が裕里を始め、未咲の娘の鮎未や、未咲のかつての夫・阿藤などとの出会いがありました……。

 

本作では、物語が始まる時点で死んでしまっている「未咲」はもちろん登場しません。しかし、それぞれの登場人物の中心には確実に「未咲」が存在していて、時に苦悩の原因となったり、反対に支えとなったりします。

ラストでは、未咲が生前に残したとある言葉が登場します。実は、この言葉は、物語の冒頭で登場しているもの。鏡史郎をはじめとした登場人物達の未来を照らすような希望にあふれたものです。

どんな言葉だったのか、それが結末でどんな意味を持つのかは、ぜひ、本編を手に取って確認してみてください。

 

著者
岩井 俊二
出版日
2019-09-03

『ラストレター』原作を踏まえた、映画の見所を解説!

本作は映画化され、2020年1月に公開。作者である岩井俊二が監督、脚本を担当しており、彼の集大成だといわれています。また、岩井俊二、初の映画である『Love Letter』のアンサー映画ともなっており、ファンは必見です。

裕里を演じる松たかこ、現代の鏡史郎を演じる福山雅治と過去の鏡史郎を演じる神木隆之介、鮎美を演じる広瀬すずと、キャストも豪華なもの。

SNSなどの普及により手紙というモチーフは扱いづらい時代になってしまいましたが、そんななかだからこそ「手紙」を活かせる方法を思いついたと語る、監督の岩井俊二。確かに、今の時代で、手紙というのは日常というよりも少し特別なものになっているのかもしれません。

しかし、そんなモチーフだからこそ、ちょっとした勘違いとすれ違いが生まれ、現代と過去を行き来するラブストーリーとなっています。

小説も映画も同じ岩井俊二が手掛けていることもあり、基本的なストーリーや空気感が、映画と原作で大きく異なることはないでしょう。

ただ、映画では語り切れない細かな登場人物の気持ちやその動きは、また手紙というモチーフだからこそ、実際に文章を読める小説はやはり一度は押さえておきたいところです。

映画を観る前ならば予備知識を入れることもできますし、観た後なら映画では見えなかった細かな部分を見ることができるかもしれません。

映画が気になった方は、公式サイトや動画などでご確認いただくのもよいかもしれません。



 

映画『ラストレター』公式サイト




 

 

 

 


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いかがでしたか? 岩井俊二が語っているように、最近はSNSなどの普及で手紙を使うことも少なくなりました。しかし、そんな時代だからこそ、手紙が重要な役割を果たす本作は、どこか特別で新鮮なものに感じることもあるかもしれません。映画ももちろん期待の高い作品ですが、まずは原作である小説をぜひ読んでみるのはいかがでしょうか。

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