“命のエンジニア”とも呼ばれる臨床工学技士の仕事は、普通に日常生活を過ごしていると馴染みがないかもしれません。しかし高度化された医療機器が普及した現代の医療の現場では欠かせない医療の専門医療職です。日本の国家資格のひとつであり、合格率は比較的高くなっています。 そんな臨床工学技士の業務が現代社会においてどんな役割を果たしているのでしょうか。現場で働く臨床工学技士に聞いた実情や年収・転職の話を織り交ぜながら、臨床工学技士を目指すうえで参考になる書籍とあわせてご紹介していきます。
臨床工学技士とは医療業界ではCE(Clinical Engineer)もしくはME(Medical Engineer)と呼ばれています。簡単にいうと「臨床の現場に存在するすべての医療機器の安全管理、点検を担い安全に使用できるように調整する」ことを業務とする職業のことを指します。
その機器類は、病棟で看護師でも使用できる輸液ポンプやシリンジポンプから、手術室でつきっきりで作動させる人工心肺や、脊髄損傷などの治療に用いられる高気圧酸素療法(※大気圧より高い気圧の状況を作り出し、患者さんにより高濃度の酸素を吸入してもらうことを目的とした治療法)用のシェルター管理などさまざまです。(※輸液ポンプ、シリンジポンプ→患者さんへ投与する薬剤の滴下量を調整する機器のこと)
医療機器があるさまざまな場所で活躍できる臨床工学士の職場は多岐にわたります。
かなり幅広く、勤務先の規模により担当する業務内容は異なってきます。また少ない人数ではありますが、医療専門機器を扱う専門商社や専門メーカー、臨床工学技士を養成する教育機関への就職を選択する人も存在します。
臨床工学技士はいわゆるコメディカル職です。病院やクリニックに勤めた場合の年収は350~450万(平成20年度時点)ほど。初任給の平均は17万円〜20万円(平成20年度時点)が相場ですが、基本給に加えて最大でも約2万円の資格手当がつきます。
臨床工学技士の年収は、働く施設によって開きがあるのも事実です。規模の大きな病院の多忙な環境では比較的年収は高い傾向にあり、クリニックの様な比較的ゆったりとした環境だと低めの印象です。夜勤手当や待機手当、危険手当などが付加される部署に所属していれば、その分、収入はあがることでしょう。
また医療機器を開発している企業に就職し製造開発や、医療機器の導入を検討している病院への営業同行などの業務にたずさわれば、病院やクリニックと同等もしくはそれ以上の収入が予想されます。
臨床工学技士は、病院やクリニックなど臨床の場以外でも活躍することができます。
たとえば医療機器などの開発メーカーや販売、卸会社に就職し営業職やCRC(治験コーディネーター)として働くことも可能です。
5分でわかる治験コーディネーター!仕事内容や年収、転職の実情を解説
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医療機器販売の営業職であるならば、基本給に上乗せして販売インセンティブが付きますので、年収は大きくアップし、500万円前後から中には700万円台のかたもいます。
ですが、ここまでの年収を出すには、しかるべき機器の販売や、販売台数が必要になってくるでしょう。そのためには、機器の購入を判断する医師や施設理事の方たちとの信頼関係が必須となります。そのために、密に連絡を取りながら接触の機会を持ち、信頼を得る必要があります。
休日勤務や接待をしている人もたくさん見かけますので、そのための労力は必要といえるでしょう。
そして医療機器などを卸すことが決まったら、それらの医療機器を実際に使う施設の臨床工学技士や看護師に、使用法や点検法、注意点をレクチャーするのも、販売した人の業務です。
実際に筆者が勤めている病院では、新人の営業マンが説明中にしどろもどろになり、汗だくになっている姿をよく見かけます。導入直後の手術には、営業マンが立ち会う姿もあります。そのときに、医師から指摘を受けたりしている場面も多々あります。
医療機器の営業マンは、年収が高い傾向なのは大きなメリットだと思いますが、そのぶん想像以上に大変な仕事でもあるでしょう。
臨床工学技士になるためには、毎年3月におこなわれる「臨床工学技士国家試験」に合格しなくてはなりません。また、臨床工学士国家試験の受験するには、下記に定められた受験資格を得る必要があります。
◾️受験資格
看護師や臨床検査技師などの資格を有している場合、「専攻科」とされる指定校に入学し、所定のカリキュラムを履修することで、1年で受験資格を得られる場合もあります。
指定校や認定校によって受験資格の得られ方は違いますので、単位を取得すれば受験資格が得られるのか、それとも卒業もしくは、卒業見込みが受験資格となるのかは事前に確認する必要があります。
また、多くの学校が3年制か4年生のときに、病院実習が単位として組み込まれています。それまでには必要な知識をしっかりと習得し、臨床の場を経験することで、国家試験対策へとつなげることができます。
試験はマークシート形式となっています。出題数は午前90問、午後90問の合計180問で、1問1点として計算されます。試験時間は午前と午後で各2時間30分となっています。合格へのボーダーラインは、「正答率60%」がおおよその目安になるといわれています。
◾️試験科目
また試験科目は大きく9つにわかれています。
どれも臨床工学技士として必要な基礎知識を問うものになっています。指定の大学や養成所での日々の勉強をしっかりおこない、理解していることがポイントとなってくるでしょう。
過去3回の合格率を見てみましょう。
2018年:73.7%
2019年:77.5%
2020年:82.1%
例年80%前後となっていますね。しかし、そのほとんどが新卒者です。新卒者の合格率が92%(2020年)であるのに対し、既卒者の合格率は20%程度だといわれていますので、一発合格を目指すことが臨床工学士への近道といえそうです。
筆者の働いている施設でも臨床工学士の方々はたくさんいます。その実態を調査してみると、その働き方はさまざま。
ざっくりあげただけでもこれらの業務をおこなっているのが臨床工学技士です。
透析の機械を作動させ管理をします。さらに、透析室では実際に患者さんに穿刺もおこなうため、穿刺の技術も求められます。透析回路の組み立てや破棄まで看護師と同様の業務もおこないますが、作動中のエラーなどが起こってしまえば、臨床工学士の出番です。
手術中に使う麻酔器(※麻酔用のガスの供給や排泄をおこなう機器。合わせて患者さんの呼吸管理もおこなう)はもちろん、人工心肺を作動、管理し手術中の患者さんの命をつなぐ、とても重要な役割を担っています。
また、腹腔鏡や胸腔鏡などの内視鏡を用いた手術では、臨床工学士がそのカメラを持ち、手術のサポートをおこないます。その際は、実際に術野に立ち医師と二人三脚で手術の進行を手助けする、とても責任のある仕事も請け負います。
筆者も手術室で勤務しているので、その場面を見ることがありますが、画面に映し出される目的とする臓器や目標物をとらえるその手技は、まさに神業といわざるを得ません。医師よりもはるかに、腕のいいカメラワークをする臨床工学技士がたくさんいます。
また、手術介助につく場面もあります。手術中の清潔不潔操作の理解や、人体の解剖学に精通していることはもちろん、患者さんの命をつなぐ機器管理も担わなくてはなりません。
臨床工学技士は、医療と工学両方の高度な知識と、実際に現場で養われるスキル、それを向上させ続ける向上心が求められるのです。
臨床工学技士は、患者さんと接する機会も多くあります。特に透析患者さんの場合は、透析時間中のコミュニケーションが重要です。定期的に通ってくる患者さんから信頼を得る必要がありますので、コミュニケーションスキルはとても重要です。
実際に、試験に合格し現場で働く臨床工学技士の人たちに、国家試験のときにおこなった勉強法を調査することができました。
まずは、国家試験の過去問を解いてみること。そのうえで自分自身の得意・不得意な問題を確認することが最初のステップであるといえます。
その際、正答率6割を超えているならば、ひたすら過去問を解きながら問題の出題傾向をつかみ、自分の弱点を克服するように苦手科目の復習を繰り返す、とのことです。
臨床工学技士の国家試験の中には、公式を用いて計算問題も出題されます。自分がミスした問題の中で、計算を要するものの点数がとれていないようならば、少し勉強の仕方を変える必要があります。
まずは公式を覚えているかの確認です。電気や電子に関するものなのか、物理に関するものなのかなど個人によって得手不得手はあると思いますが、まずは確実に公式を覚えることに専念します。そのうえで、過去問内にある同じ公式を必要とする問題をひたすら解き、計算することに慣れることが重要です。
公式を覚えて計算をおこなうことに慣れ、正答率が上がってきたならば、同じような計算式を要する問題はパスできるということになります。
そのほかの問題は、暗記を要する傾向があるので、後はひたすら暗記をするのみです。過去問を解いていくうちに、問題の出題傾向もつかめてくると思いますので、出題傾向の高い問題から、確実におさえておくとよいでしょう。
まずは過去問から。それが先輩たちの勉強法といえそうです。それでは臨床工学技士の試験を受けるにあたり、おすすめの書籍をいくつかご紹介します。
- 著者
- 横田 俊弘
- 出版日
臨床工学士について、さらに詳しく実態を知りたいという人におすすめなのが『臨床検査技師・診療放射線技師・臨床工学技士になるには』という本です。
こちらの書籍には臨床工学士のみならず、臨床検査技師や放射線技師など、コメディカル職についての実態が詳しく載っています。とくに臨床工学士についての内容が充実していますので、これから資格取得を目指す人は必見です。
2002年発売なので少し古いと感じるかもしれませんが、2020年の今読んでも役に立つ内容が掲載されている良書です。
- 著者
- 日本臨床工学技士教育施設協議会
- 出版日
臨床工学士の国家試験対策としては、まずは過去問を解いて、現状の自分自身の実力を把握するところから始めるのがよいでしょう。
そこでおすすめなのが、『臨床工学技士国家試験問題解説集』です。こちらの著書は臨床工学技士国家試験問題を詳しく解説しています。そのうえで、キーワードの抽出をおこない、いままでの国家試験既出問題を明記することで、問題の出題傾向を確認することができるようになっています。
これらの試験問題解説集は毎年新しいものが発売されます。ですので自分が受験する前年の問題を扱った問題解説集を読み込むことをおすすめします。
- 著者
- 丸山 由起子
- 出版日
臨床工学技士の場合、CRC(治験コーディネーター)全体を見ても、絶対値が低い転職先となっているようです。しかし5~10年先を見越して大きく年収アップさせたいと思っている臨床工学技士の人には、視野に入る選択肢のひとつだと思います。
いままで臨床工学技士として働いていた人にとって、CRCに転職することで業務内容が大きく変わることがあるでしょう。ですが、CRCの募集要項にある必須資格のなかに、「臨床工学技士」があるのもまた事実です。
CRCは、新薬開発のための治験をおこなう際に、おもに患者さんの新薬使用中のデータ収集をおこない、患者さんと密にコミュニケーションをとり、円滑に治験がおこなわれるようサポートするのが仕事です。
またCRCをへてCRA(臨床開発モニター)などへキャリアアップすれば、年収1000万円も夢ではありません。
詳細は今回の臨床工学技士の内容とは変わりますので、また機会があればCRCについてもご紹介したいと思います。
もし興味があるようならば、「CRC(治験コーディネーター)という仕事 」という書籍を手に取ってみてください。CRCの概要や実際にCRCをしていた上での著者の経験談などが載っています。
臨床工学技士の業務内容は非常にさまざまです。医療機器を取り扱えばよいだけではなく、患者さんとのコミュニケーションスキルや他職種との、とくに医師との連携や医療機器そのものを扱う上でのテクニックが必須です。
それらの業務をこなしていくうえで、さらに専門性を高めた資格が各種あります。臨床工学士としてスキルアップ、キャリアアップするためには必須の資格といえるでしょう。
たとえばですが、「1級・2級臨床工学士技術実力検定試験」や「臨床工学士専門認定士」、「透析技術認定士」、「体外循環技術認定士」、「臨床高気圧治療認定士」などさまざまあります。
今回はそのなかでも「透析技術認定士」の参考書を抜粋してみました。
- 著者
- アステッキ
- 出版日
透析技術認定士再現過去問題集は、過去10年分の過去問を参照し、今年度出題が予想される問題傾向にそって分析・編集した問題集です。この問題集のおすすめポイントはスマートフォンで学習できるアプリが追加されたことです。
スマートフォンにアプリをダウンロードすれば、いつでもどこでも勉強できるのが最大のメリットではないでしょうか。
過去問を丁寧に解説しながら、実際に試験に合格した人たちの意見も参考にし、編集されています。また、新たに問題と解答が切り離されており、使い勝手も向上しているようです。
透析治療は大きな病院はもちろん、小さなクリニックなどでも需要があります。また、人工透析は治療を開始してしまったら最後、腎移植をしない限り、死ぬまでおこなう必要がある治療です。
透析への専門性を高めることで、より患者さんのニーズを把握することや、医師との連携を取りやすくなるとおもいます。
この資格を取得することで、資格手当が付加され、さらなる年収アップにつなげることもできそうです。
いかがでしたか。あまり聞きなれない「臨床工学技士」のお仕事。現代医療にはなくてはならない職種で、今後も需要と供給は増大していくのではないでしょうか。今回は実際に現場で働いている臨床工学技士の方々のお話も参考にしてみました。もし、進路や転職先として興味があるようならば、ぜひ一度紹介した書籍を手に取ってみてください。