「スポーツドクター」という職業について聞いたことはあるでしょうか。主に整形外科医が兼任しているケースが多いのですが、資格の種類によっては、整形外科医でなくとも取得できる資格もあります。年収が高水準のため、転職先として人気の高い職業でもあります。 スポーツドクターとして、専任で業務している例は日本では少ないようですが、今回この記事を執筆するにあたり、筆者の周囲にいるスポーツドクターの実態を調査しました。その結果も交えてスポーツドクターについて、おすすめの書籍とあわせてご紹介します。スポーツドクターの仕事に興味がある方、必見ですよ。
スポーツドクターというのは、誰でもすぐになれる職業ではありません。
「ドクター」とあるように、基本的には医師免許を取得したうえで、5~6年以上の診療経験を積んだのちに指定の講習を受講、場合により審査や試験を受け晴れて「スポーツドクター」として認定されます。
医師についてはこちらの記事も参照してみてください。
→5分でわかる!働く医師に聞いた資格の難易度や働き方、年収を解説!
おもに、整形外科医がスポーツドクターを兼任していることが多いのですが、スポーツドクターの資格は大きく3つにわけられています。
1.日本医師会認定健康スポーツ医(健康スポーツ医)
健康スポーツ医は1991年に設置された比較的新しい制度です。仕事内容は、主に運動をする一般人に対して医学的診療のみならず、メディカルチェックや運動指導、運動療法をおこなっています。学校医や産業医として勤務し、時には自治体と協力し、地域のスポーツ大会での救護活動などにも参加します。
日常的な運動をサポートしてくれるのが健康スポーツ医と言ってもよいでしょう。
2.日本体育協会認定スポーツドクター
スポーツドクターは、競技などに参加するスポーツマンをサポートする役割を担っています。
仕事は健康管理からスポーツ障害、外傷の診断、治療などはもちろん、スポーツ医学の研究や教育などの活動にも参加し、医学的な立場からのサポートも欠かせません。また時には競技会などに医事運営、チームドクターとして参加することもあります。
3.日本整形外科学会認定スポーツ医
日本整形外科学会認定スポーツ医は、整形外科専門医試験に合格して「整形外科専門医」の資格を取得しているスポーツ医です。
整形外科に関する専門的な知識を有しており、スポーツマンだけでなくあらゆる年齢層におけるスポーツ外傷・障害の診療をおこないます。スポーツをしていて特定の身体部位の診察・治療・リハビリテーションを受けたい人が、スポーツ医のもとを訪ねてくることが多いようです。
医師免許を保有していれば誰でも取得できるものや、整形外科の認定医が必要だったり、推薦状が必要なだったりする資格もあります。
医師免許取得後の年数だけに着目すると、すぐに取得できそうに感じますが、実際には取得条件が厳しいこともあり、医師免許取得後10年たってもまだ取得できないこともよくあるようです。
「スポーツ医学」って聞いたことはありますでしょうか。実は筆者も今回の記事を執筆するにあたり、医師に聞いて初めて知った言葉でした。
スポーツ医学を簡単に説明すると以下のようになります。
アスリート(競技・趣味含む)の故障を治療したり、故障しないよう予防する。また、身体強化や能力の向上をサポートする
またスポーツ医学は主に、臨床の場で携わることがあるスポーツ外傷と、スポーツ障害の2つに分類することができます。
スポーツ外傷とスポーツ障害、ぱっと聞いただけでは明確な違いがイメージしづらいかもしれません。しかし2分野では応急処置の方法も、治療・予防策もまったく異なります。
◾️スポーツ外傷
スポーツ中に起きたケガのことを指します。大きなものだと、骨折・脱臼・ねんざ・創傷・肉離れなどがスポーツ外傷となります。スポーツどころか日常生活に支障をきたすレベルの怪我が多く、スポーツ外傷が起きた際は保護や冷却・圧迫などの応急処置が大切と言われています。
◾️スポーツ障害
明らかな外傷を受傷した様子はないが、くりかえし同じ動きをし続けることで生じるケガや障害のとこを指します。主に特定の部位の使いすぎで起きると言われています。たとえば、野球なら野球肘、水泳なら水泳肩などが有名でしょう。少しでも痛みを感じることがあれば、体を休ませることが大切となってきます。
多くの医師が、日常の診療のかたわらスポーツドクターとして診療をおこなっていますが、スポーツ医学で有名な病院やクリニックでは、自由診療の分野での医療を提供していることもあります。
その場合、故障や故障予防に関する内容だけではなく、管理栄養士や理学療法士、作業療法士などと一緒になって生活面全般をサポートすることにより、選手のパフォーマンスを向上させるようなバックアップを取れる体制も整えています。
◾️パーツごとの診療体制
スポーツ医学を提供するうえで、パーツ(体の部位ごと)にわけて診療体制をとっているかも重要なポイントです。上肢や下肢、脊椎など、整形外科専門の病院であればあるほど、その診療チームはパーツごとにわかれています。
◾️スポーツごとの診療体制
また、スポーツドクターとして働いている医師たちも、野球好きな医師は上肢班、ランニング好きな医師は下肢班など、自分が好きなスポーツに関連するパーツを診療している傾向があります。
理由としては、やはり自分の好きなスポーツ=そのスポーツに対して理解があるということになります。なので受傷時から、手術の方法、その回復過程にまで目を配り、一貫した診療をおこなえることが多いでしょう。
スポーツドクターの実際の業務として、実際にスポーツドクター専門で診療をしている医師はほとんどいないようです。資格を持っていても普段は整形外科医として診療しているかたわらに、休日などに日程を合わせてスポーツドクターとしての業務をおこななっているようです。
理由としては1番に収入面があげられるでしょう。実はスポーツドクターとして業務に従事しても日当1万円前後であることが多く、有名なスポーツチームでの業務で3万円程度だろうということでした。
まれにサッカーJ1チームなどと専門契約を取得し、契約料として年収を得ている方もいるそうですが、かなりのレアケースであるそうです。
スポーツドクターとしての仕事も毎日あるわけではなく専門での仕事となるとなかなか確実な収入を得ることが難しいため、ほとんどのスポーツドクターが日々の診療の合間に業務を兼務しているとのことでした。
最も多いのが整形外科医です。20代〜30代の年収は400万円程度、40代は1200万円程度、50代では1400万円ほどが整形外科医の平均年収になりますから、スポーツドクターを兼務している方の年収と考えてよいでしょう。
医師の気持ちとしては「ほとんどボランティアで、そのスポーツが好きで携わっていきたい、応援したい」という気持ちから、業務を請け負っているのが実情のようです。
前述したように、スポーツドクターは誰にでもなれる職業ではありません。基本的には医師免許を取得した上で、数年間の診療経験を積んだのち、3分類された資格がそれぞれ指定する講習を受講します。
また場合によっては審査や試験を受ける必要もあり、スポーツドクターになるまでの道は長いと言われています。
日本医師会認定健康スポーツ医、日本体育協会認定スポーツドクター、日本整形外科学会認定スポーツ医になるには、それぞれどのような資格条件があるのかを見ていきましょう。
研修や実習では、循環器や呼吸器、整形外科など自身の専門外領域の知識も身につけることができます。更新のためには再研修を受ける必要があるので、そのたびに最新の知識や技術をアップデートできるというメリットもあります。
2020年7月現在、資格を取得している健康スポーツ医の人数は約2万人以上と言われています。スポーツドクターの3つの資格のうち最も多く、取得しやすい資格です。
日本体育協会認定スポーツドクターになるには、基礎科目1・2と、応用科目1・2・3を受講する必要があります。それぞれ2日間、計10日間の講習会はすべて東京でおこなわれますが、基礎科目も応用科目も年をまたいで講習日程が決められているという特徴があります。
また健康スポーツ医に比べ、資格取得のハードルは高いです。なぜならば前述した通り「受講には各都道府県や加盟団体からの推薦を要する」からです。各都道府県からの推薦者は毎年1〜2名ほどですので、すぐに取得できる資格ではないと考えておいた方がよいでしょう。
上記の理由から資格を保有している人数は少なく、2018年時点では約4700人程度。オリンピックなどの大きな大会での大会ドクター、チームドクターになるには必須の資格なので、スポーツドクターとして従事したい人は必ず持っておきたい資格といえそうですね。
上記2つの資格とは内容が異なり、日本整形外科学会認定スポーツ医になるには、医師免許に加え、整形外科専門医の資格の取得も必須となります。ですので、3つの資格のなかでは最も資格までの道のりが長い資格といえるでしょう。
しかし資格の保有者は意外と多く、2019年時点で約1万9000人がスポーツ医として認定されています。もちろんそのすべての人がスポーツ診療に関わっているわけではありません。
また必要な講習には2種類あり、1つは各論(2日間)、もう1つは総論(3日間)を修了しなければなりません。その2つの講習終了後、筆記テストに合格すると晴れて資格を得ることができます。しかしすでに健康スポーツ医、スポーツドクターの資格を取得済みであれば、総論は免除される仕組みもあるようです。
3つの資格はそれぞれ難易度が異なりますが、みっちりと組まれた講習を完全受講したり、医師免許以外の資格が必要だったりと時間もお金もかかります。
資格取得の順番としては、日本医師会認定健康スポーツ医、日本体育協会認定スポーツドクター、日本整形外科学会認定スポーツ医の順番で目指すのが一番よいでしょうか。
資格取得は大変ですが、スポーツそのものが好きだったり、好きなチームのスポーツドクターをしたいなどの目標があれば、取得後にはさまざまなやりがいを感じられる業務にあたれるかもしれません。またスポーツドクター以外でも医師として働くうえでプラスになる資格なので、そういった意味でも取得しておいて損はないといえるでしょう。
スポーツドクターの花形であるスポーツドクター。医師のなかにはスポーツドクターに憧れて医師になった方も少なくありません。なりたい方が多く、買い手市場と言われているほどです。
そんなスポーツドクターの一般的なキャリアはどうなっているのでしょうか。
スポーツドクターになるには認定資格を取得しなければなりません。ただその認定資格を取得するには、医師として数年働かなければならないため、最初の数年は通常の勤務医として勤める方がほとんどです。
チームや競技団体のなかには、病院そのものと契約をしている場合があります。勤務医である場合、スポーツドクターとして活動するにはスケジュールの調整などが難しいので、チームや競技団体と契約している病院に転職することで、スポーツドクターの業務をおこなうことができます。
実際に筆者も、アイスホッケーチームの事業団の試合に、医師に連れ立って行ったことがありました。もちろん、スポーツドクターとして依頼を受けた試合で、この日の医師の日当は1万円。その他には選手と一緒に行った会食費のみでした。
もちろん、名目はチームドクターとしての出勤でしたが、一緒に行った医師自身がアイスホッケーをやっていることもあり、完全に応援するスタイルでの体制でした。
試合中に「この動作は危ない!」とか「このままいくと故障してしまう!」など選手の動作に着目しているのかなとも思いましたが、見ている限りでは完全に応援に熱が入るファンでした。
その後、選手たちとの会食会もありましたが、スポーツドクターという目線から何かアドバイスをするでもなく、選手や監督たちと一緒に今日の試合について語り合ったり、選手たちに医師自身が普段しているアイスホッケーのプレーの仕方にアドバイスを受けたりと、食事中も和やかに時間は過ぎていきました。
この時は選手たちは怪我をせずに試合を終えることができましたが、怪我や故障について心配するだけがチームドクターの役目ではないなと実感するような出来事でした。
筆者が勤めている施設にいる整形外科医は、全員がスポーツドクター認定医を取得しています。
筆者の施設では、整形外科チームはパーツごとに手術担当をしているのですが、上肢・下肢・脊椎・股関節班と部位ごとにチームがわけられており、それぞれの専門があります。
一例ですが、その時の手術介助の体験談をご紹介したいとおもいます。
◾️スポーツ障害による前十字靭帯(ACL)再建術
スポーツをしている人ならば、「前十字靭帯損傷」というケガの名前を聞いたことがある方もいるかと思います。いわゆる膝の靭帯を損傷することで、ジャンプの着地動作や、走っているスピードの減速動作のとき、接触による外力での受傷の機会が多いといわれています。
この手術は、その名の通り膝の靭帯を治すための手術なのですが、通常の再建術だと人工靭帯を用いたり、移植腱を1本使用し再建します。
私が体験したスポーツ選手の症例では、移植する腱を2本使用して手術(2重束再建術という)をしたのが印象的でした。移植腱は自家移植ですので、足の2か所から移植するための腱を採取し、強度を上げるため、腱を補強し解剖学的位置に移植する方法でした。
腱を2本移植することで、もとの正常な前十字靭帯に近い靭帯となるようなので、医師たちもいつもよりも時間をかけて移植術をおこなっていたことがとても印象に残っています。
通常、この手術は2人の医師で執刀することが多いのですが、このケースの場合は医師が4人ついていて、さらに術中も下肢班の医師が変わるがわる手術の進捗を確認しに手術室に出入りしていました。
スポーツドクターたちが、いかにスポーツ選手の治療に真剣に取り組んでいるかが垣間見えた症例でした。
スポーツドクターいわく、「もちろん、スポーツ選手にはケガや障害は起こしてほしくないが、もし万が一起きてしまった場合は、自分のところに来てほしい。全力で治療にあたります」とのことでした。
- 著者
- 日本体育協会指導者育成専門委員会スポーツドクター部会
- 出版日
『スポーツ医学研修ハンドブック基礎科目 』はスポーツドクターのための幅広い知識や専門分野における内容が解りやすく解説されています。こちらは基礎編ですが、シリーズとして応用編もあり、臨床の場でもさっと取り出して内容を確認することができる持ち運びに便利なB5版です。
ドーピングやリハビリテーション、スポーツ障害の予防についてや、障害が起きてしまった時の治療法などが掲載されています。スポーツ医学の導入書としておすすめの1冊といえるでしょう。
今回はスポーツドクターとしての参考書として紹介していますが、わかりやすい内容なので、スポーツナースを目指している人やトレーニングコーチの人、スポーツ医学に携わっている理学療法士の人も目を通しておくとよいかもしれません。
- 著者
- 岩崎 倫政
- 出版日
こちらの書籍はメディカルレビュー社より出版されている『スポーツ復帰のための手術 肩・肘(OS NEXUS(電子版付き)11)』です。上肢の内容だけではなく、シリーズものとして下肢や脊椎のスポーツ治療についての内容が掲載されています。
オールカラーで写真やイラストがたくさん使われており、視覚的にもわかりやすく理解しやすい内容となっています。電子版も付属されていますので、アプリをダウンロードすればスマホでも読むことができますよ。
スポーツドクターたちは、手術自体もかなり真摯におこないますが、その後のリハビリも復帰に向けて、理学療法士と二人三脚でおこなっています。
本書では、肘・肩への効果的なリハビリをおこなうために必要な知識が学べるでしょう。
- 著者
- 松樹 剛史
- 出版日
集英社文庫から出版されている『スポーツドクター』は、スポーツドクターの仕事を未来あるアスリートたちとの関わり合いを軸にしながら、ストーリーが展開される小説です。内容を一部ご紹介します。
膝を故障した女子高生と、それを担当するスポーツドクターの視点から物語は進んでいきます。主人公の女子高生がケガでの不調とそれを1人で抱える苦悩を通して、スポーツ選手の葛藤や難しさがフォーカスされた作品です。
また、その他の学生選手たちのストーリーも織り交ぜられながら、ドーピングや摂食障害など、心と体の問題に向き合って治療していくもう1人の主人公のスポーツドクターが診療をしている状況が丁寧に描かれています。
実際、スポーツドクターの辻秀一氏さんはこの作品を「なんとリアル!」と絶賛しています。
主人公のスポーツドクターは、筆者が実際に目にしている整形外科医の医師たちとは少しテイストが違います。このスポーツドクターは、患者さんとの関わりを重視していて、カウンセリングや、実際に競技をしている時の状況などにも細やかに目を向けた診療が丁寧に描かれています。
現場や、作品内に登場する怪我についての詳細などが丁寧に解説されていて、医学や臨床の現場を知らない方にも読みやすい小説となっているでしょう。
スポーツドクターとしての診療がメインとして活動できると、きっと選手一人ひとりにフォーカスした診療スタイルになるのだろうな、というイメージを付けるのに参考になる書籍だとおもいます。
一般のスポーツ愛好家からプロのスポーツ選手まで、スポーツ中の怪我や障害から、予防や強化にいたるまでその業務は幅広い内容であった「スポーツドクター」。医師のスポーツに対する深い愛や熱い想いを持ちながら、診療を提供しているといってもいいでしょう。
スポーツ選手やスポーツ愛好家の方たちが怪我や障害を起こさないことはもちろん大前提ですが、万が一起こしてしまっても、その復帰にいたるまで全力でサポートをするのが「スポーツドクター」です。
業務としては治療のみならずそのメンタルケアも含まれますので、大変な仕事ではありますが、選手たちが元気に復帰する様子を見たときは喜びもひとしおです。大変なお仕事ではありますが、やりがいと喜びも大きく感じられることでしょう。興味のある人は一度おすすめの書籍もぜひ手に取ってみてくださいね。