鍼灸師(しんきゅうし)とは、鍼(はり)や灸(きゅう)を用いて全身にあるツボ(経穴)を刺激し、治療をおこなう人のこと。あまり馴染みがないかもしれませんが、ある調査機関によると日本では20歳以上の男女の鍼灸利用者率は約5%にもおよぶそう。年間約470万~約640万人が通院している計算です。意外とは言ってはいけないかもしれませんが、結構多い印象があるのではないでしょうか。 さて、本記事ではそんな鍼灸師の仕事について紹介します。資格や免許は必要なのか、学校に通わないとなれないのか、どのような就職先があるのか、開業はしやすいのかなど、詳しく解説していきます。
近年予防医学としても注目されている鍼灸ですが世界保健機関(WHO)もその有効性を認めている治療法です。当機関が効果を認めた疾患は以下の11通り。
【運動器】リウマチ、肩こり、五十肩、腰痛、腱鞘炎、関節炎、むちうち、捻挫
【神経系】めまい、頭痛、神経痛、自律神経失調症
【呼吸器・消化器】喘息、便秘、下痢、胃炎
【代謝内分泌系疾患】バセドウ氏病、糖尿病、痛風、脚気、貧血
【婦人科・生殖、泌尿器】生理痛、更年期障害、月経不順、冷え性
【耳鼻咽喉科・眼科】耳鳴り、メニエール病、鼻炎、眼精疲労
【小児科】小児喘息、夜尿症、消化不良、食欲不振
参照:東京都鍼灸師会
鍼灸治療の起源は中国とされていますが、今ではイギリス、ドイツ、イタリアなどのヨーロッパでも治療は盛んで、健康保険の適応対象にもなっている国も多いようです。
さて、ざっと鍼灸治療の期待できる効果や普及状況について触れてきましたが、次に鍼と灸の仕事について説明します。
鍼治療は金、ステンレス、銀などの針を用い、ツボに刺激を与えて疾患を療治します。ツボを刺激することで皮膚や筋肉などの組織に微小の傷をつけることになるのですが、その傷を修復するため細胞が活性化されるため、自然治癒力や免疫力が高まるという仕組みです。
ちなみに鍼のサイズは014~034ミリと非常に細く先端も丸みを帯びているため、体に刺したときの痛みはほとんど感じません。
灸治療はヨモギの葉からつくられる「もぐさ」を使用します。もぐさをツボの上に置いて火をつけ、その熱による温熱刺激で治療をするというものです。治療のメカニズムは鍼と同じで細胞の修復効果を利用します。
灸には白血球の増加を促し免疫力を向上させるほか、緊張した筋肉をほぐし自律神経のバランスを整えるリラックス効果もあります。
火を使うため熱さは感じますが、心地のよい温かさ程度でやけどの心配などはありません。また皮膚に直接触れないように工夫された間接灸などもあります。
公益社団法人東洋療法学科協会がおこなった平成28年度の調査によれば、鍼師・灸師ともに月の給与額は20万〜25万円が最も多く、次いで15万〜20万円、10万円以下という回答が多く見られました。年収で考えると250万〜350万円程度におさまると考えてよいでしょう。
参照:東洋療法学科協会
鍼灸師になるには国家資格が必要です。ただし「鍼灸師」という資格はありません。「鍼師」と「灸師」は別々の資格なので、両方を取得する必要があるのです(※1)。
さらに国家試験を受ける資格を得るためには厚生労働大臣認定の学校・養成施設(大学や専門学校など)で3年以上かけて既定のカリキュラムを修めるのが条件となります。
では気になる学費や国家試験の合格率について見ていきましょう。
※1.同時に受験する場合は共通科目の試験は免除されます。
学費は学校によって差はありますが、3年間の専門学校の場合でおよそ400万~500万円ほどかかると言われています。また4年制の大学では500万〜600万円以上が相場のようです。
そのほか学費以外に、白衣、鍼灸道具(鍼やもぐさ)、実技道具、教科書、シューズ、タオルなどの代金が別途10万円ほどかかります。また学校外でおこなわれる学会やセミナー、勉強会に出る場合にも参加費がかかりますので、覚えておくといいでしょう。
鍼師の国家試験は例年2月におこなわれます。鍼師を目指す人のなかには視覚障害者の方も多くいるため、視覚に障害のない方は11都道府県で試験を受けるのに対し、視覚障害者の方は各都道府県での受験が可能となっています。
また試験はすべて筆記試験です。上記にある通り、視覚障害のある受験者に対しては別の試験方法が設定されています。
◾️試験科目
医療概論(医学史を除く)、衛生学・公衆衛生学、関係法規、解剖学、生理学、病理学概論、臨床医学総論、臨床医学各論、リハビリテーション医学、東洋医学概論、経絡経穴概論、はり理論および東洋医学臨床論
参照:厚生労働省
合格率は過去のデータを見てみると、76.4%(2019年)、736%(2020年)と合格率は70〜80%の間を推移していることが分かります。
鍼師同様、国家試験は例年2月におこなわれます。同日におこなわれるため、鍼師・灸師の試験を同時に受験する方は申請により、共通科目についてどちらかの試験が免除されます。
また試験はすべて筆記試験です。試験科目は鍼師の試験内容とは少し異なる部分もあります。
◾️試験科目
医療概論(医学史を除く)、衛生学・公衆衛生学、関係法規、解剖学、生理学、病理学概論、臨床医学総論、臨床医学各論、リハビリテーション医学、東洋医学概論、経絡経穴概論、きゅう理論および東洋医学臨床論
参照:厚生労働省
合格率は、785%(2019年)、743%(2020年)と鍼師の合格率と多くな違いはなく、70~80%の間を推移しています。
ヨーロッパでは鍼灸治療が普及し始めていると最初にお伝えしましたが、日本でも高齢化や美容意識の高まりなどで利用者が増加。同時にさまざまな分野で鍼灸師が活躍し、就職先も多様化しています。
ここでは鍼灸師の主な就職先に加え、独立開業についても触れていきたいと思います。
鍼灸師の主な就職先
学校卒業後は鍼灸院などの治療院に就職するのが一般的です。個人経営の鍼灸院は鍼灸師と受付スタッフの少数体制のため、ある程度規模の大きな治療院が就職先としての候補になるでしょう。
高齢化の影響で介護・福祉現場で働く鍼灸師が増えています。
体への負担が少なく、リハビリテーションなどにも利用可能なため、鍼灸の需要が高まっているようです。また施設内だけでなく、通院が難しい人のために在宅ケアをおこなうところもあります。
鍼灸は肌の調子を整えたり、しわ・たるみを改善したりするにも有効と考えられており、施術に鍼灸を取り入れる美容サロンが増加しています。鍼灸治療を専門とするのではなく、鍼灸師の資格を持っているスタッフがエステティシャンとして活躍しているケースが多いようです。
鍼や灸をスポーツ障害の施術に取り入れるアスリートが多く、スポーツの現場でも鍼灸師がトレーナーとして活躍しています。スポーツトレーナーを目指すのであれば、パーソナルトレーナー術やトレーニング指導も一緒に学べるスポーツ鍼灸学科などがある学校を選ぶのも1つの方法です。
鍼灸師は医療従事職に該当します。医療従事職には医師や理学療法士など数多くの職業がありますが、独立開業が認められているのはわずか。そんななか、鍼灸師は自ら開業が可能な数少ない職業のひとつなのです。
ただし、開業となると技術的な信頼性が必要になりますし、経営のノウハウもないと商売として成り立ちません。そのため、独立の権利は与えられていますが開業のハードルが高いと言われています。リスクもあるので開業は考えず、鍼灸院や介護施設のスタッフとしてスペシャリストしてやっていく人も多いるのが現状です。
開業を目指すのであれば施術の技術力を高めるほか、院を出したいエリアにどれぐらいの年齢のどのような症状の人が多くいるのかなど、綿密なマーケティングもおこなっておくべきです。すなわち「準備はしっかりしましょう」ということです。
- 著者
- 竹村 文近
- 出版日
鍼灸の効果についてもっと広く知りたいという人は本書がおすすめ。
腰痛 、ヘルペス。不妊・婦人科疾患、偏頭痛、メニエル病、痔、アレルギー(喘息、アトピー、花粉症)、十二指腸潰瘍、胃潰瘍、円形脱毛症、眼の疾患、顔面神経麻痺、腎疾患など 、鍼灸の威力をまざまざと見せつけてくれます。実際の治療現場に迫ったリアルレポートもためになる内容です。
鍼灸の治療は本来、人間が身に付けていた免疫力や自然治癒力を取り戻すためにおこなわれます。そのために効果的な鍼の打ち方はは人それぞれ違います。
一人ひとりの体に寄り添った診療をおこないたいと考える人にとっては教科書のような1冊になるでしょう。この本を読むと鍼灸というものが面白く感じられるはずです。
- 著者
- 周, 淺野
- 出版日
独立開業を考えているなら本書できっちり技術を学びましょう。
来院した人にリピーターになってもらうには、すぐ効き目を実感できる即効性のある治療をおこなう必要があります。
本書では即効性のある36種の疾患別治療法を紹介。院を維持していくポイントやスキルアップしていくための勉強方法などについても教えてくれます。
初心者向けの内容ではありませんが、「ちゃんと治す」ための治療法を学びたい人におすすめの1冊です。
- 著者
- 医道の日本社編集部
- 出版日
こうちらも開業を考えている人は必読です。開業に必要な手続きを順を追って丁寧に解説してくれます。
本書はコンセプトの決め方や資金の集め方、物件の探し方、サイト・SNSの作り方のほか、経営の考え方についても解説。イラストや図解を交えて分かりやすく教えてくれます。実際に多くある悩みにしぼって紹介しているので、効率的に勉強できるでしょう。
実際に開業された診療所内の写真もついており、どんな空間を作っていけば患者さんにとって居心地がよいかなどが想像しやすいかと思います。2016年出版の本ですが、基本的なポイントはおさえた内容のため、開業後も手元に置いておきたい1冊です。
東洋医学由来の治療法ということで鍼灸にはどこか神秘的なところがあり、実際の仕事についても一般的にあまり知られていない部分もあります。今回本記事で鍼灸師について調べてもらったことで興味を持った人も多いのではないでしょうか。鍼灸師は学科を修了し、さらに資格が必要なためすぐになることはできませんが、今のうちに知識を身に着けておくと将来のビジョンが固まり、計画も立てやすくなります。
ここで紹介した本は、鍼灸師になる前から開業するまでのノウハウが紹介されています。しっかり読み込んで成長やステップアップのヒントをつかんでください。