近年じわじわと需要が高まっているエンバーミングという技法。その技術を持ち、処置を施す方のことを「エンバーマー」と呼びます。火葬文化のある日本では認知度の低い職業ですが、葬儀の意味合いが変わりつつある現代において注目が高まりつつあります。 死化粧師としてのイメージはあるかもしれませんが、実際の仕事内容や年収、就職先などはほとんど想像できないですよね。死を迎えた方に、生前と同じような姿で送り出すことができるようにサポートしてくれるエンバーマー、著者の経験も織り交ぜながら、今回はその実態に迫ってみたいとおもいます。
エンバーマーの仕事を一言でいうとご遺体のケアをし、できるだけ生前と同じような姿に近づける技術や知識を保有し、それを提供する人たちのことを言います。日本ではまだまだ認知度が低いお仕事ですが、欧米諸国では当たり前のようにある職業です。
なぜ日本での認知度が低いかというと、日本ではエンバーミングは必須の処置ではないからです。
しかし、今日の大震災後のご遺体の修復作業が望まれたり、あの女優の川島なお美さんがエンバーミングを受けたとした噂も出たことで、その有用性を考えられるようになりました。
エンバーミングとして働くために取得した方がよい資格はありますが、それらは基本的に民間資格です。そのため事業者や技術者の多くは一般社団法人日本遺体衛生安全保全協会(IFSA)の自主基準にのっとってエンバーミングをおこなっています。
エンバーミングそのものは、主に葬儀社などでオプションの処置として設けられることが多く、一般的にその費用は15万円から25万円程度(その遺体の損傷レベルによって多少前後はあるようです)といわれています。
全てのお葬式ときにエンバーミングが施されるわけではないので、エンバーマーの月収はおよそ20~30万ほど、これに年間賞与などが加算され、年収としては280~500万円ほどといわれています。
収入に開きがあるのには、葬儀会社などの大きな組織に所属しているエンバーマーと、個人で事業をおこなっているエンバーマーがいることなども理由のひとつと考えられるでしょう。
エンバーマーになり、それを生業として働いていくには、エンバーマーとしての資格を取得しなくてはなりません。主なルートとしては、海外でエンバーマーの資格を取得するか、日本で専門課程のある学校に入学・履修し、資格を取得するかによります。
日本でエンバーマーとしては働いていくにはまず後者を選択したほうが無難でしょう。
なぜなら多くの葬儀会社がエンバーマーを雇用する条件としてIFSA公認エンバーマー資格保有との条件をあげています。
また日本でエンバーミングを生業としていくには、基本的に大きな葬儀会社に所属し、そこでエンバーミングをおこなう専門の職種になるか、その他の葬儀会社から下請けで業務を受注する2通りになることがほとんどだからです。
日本で一番有名なエンバーマーといえば、芸能人の壇蜜さんではないでしょうか。彼女も専門学校を卒業したうえでエンバーマーの資格を取得したそうです。
エンバーマーは国家資格ではなく、民間資格です。日本では、エンバーマーの公認資格を発行している一般社団法人日本遺体衛生保全協会(IFSA)が中心となってエンバーマーの普及を目指しています。日本でエンバーマーとして仕事をしていくことを目指すならば、資格の取得は必須といえそうです。
日本で日本遺体衛生保全協会が養成校として認定している学校は、日本ヒューマンセレモニー専門学校のみです。この少なさから、いかにエンバーマーが認知度の低い仕事なのか、また重要視されていないのかが分かりますよね。
入学受け入れ予定人数や受験料、入学方法などは日本遺体衛生保全協会のHPをご確認ください。
参考:日本遺体衛生保全協会
日本はこれから超高齢化社会へと移行していきます。ニーズに応えられる体制を整えるために、業界団体は国家資格化を進めています。
その背景には、火葬文化のある日本において、葬儀の意味合いが変化しつつあることが関係しています。故人の最後の元気な姿とお別れしたいと願う家族が増えているというのです。処置数は年々右肩あがりで、年間約3万7000件の施術がおこなわれています。
そうした需要に対し、2017年度時点で資格保有者は約160人。対応はギリギリの状態のため、エンバーマーの増加は急務と言われています。
参考:壇蜜さんも取得「エンバーマー」 ご遺体を生前の姿に〝修復〟高まるニーズ…業界団体、国家資格化めざす
実際にエンバーミングって何をするのか。エンバーマーを目指すのならばどうしても気になるところですよね。
筆者は現役の看護師として働いています。そのため「エンゼルケア」と称される、ご臨終直後に施す初期消毒や清拭、更衣まではおこなったことがあります。エンバーマーは、それに加えて防腐処理や、ときによってはご遺体の修復までおこなうのが一般的です。
エンバーミングの手順を簡単に踏まえると以下の流れになります。
シンプルな手順ですが、その実態は想像以上に大変です。
エンバーミングを受けた状態で身体のタンパク質が固定されるため、処置後、ご遺体を安置する状況を想定してこれらの作業をおこなわなくてはなりません。
少なくとも筆者がおこなったことノアる「エンゼルケア」は、死後硬直が起こる前に施す処置です。
ご臨終後のご遺体は、当然ですが全ての体重が処置者にかかってきます。関節などに力も入らないので、少しの移動も過酷な重労働で、また、ご遺体を損傷しないようにといつも以上に気も使います。エンゼルケア後は、葬儀社の方がご遺体を処置してくれます。
鼻腔や口腔などに綿を詰めたりもしますが、思った以上に多くの綿が入ることに驚き、骨折させてしまうのではないかとドキドキしながら処置をしていたのを覚えています。ご遺体に携わる「エンゼルケア」は何度経験しても慣れないため、精神的な疲労も大きいものです。
さらに、それ以上の損傷の修復や、感染防止のための防腐処理、また、死後の血液や体液を処理する仕事ですから、自身の感染防御も重要でしょう。できるだけ生前のお姿に近づけられるようにと配慮し、死化粧を施すその心遣いは、尊敬の念を抱かざるを得ません。
先述した通り、葬儀社が主な就職先としてあげられます。
また日本遺体衛生保全協会が全国に展開しているエンバーミングセンターから仕事依頼が来ることもあります。センターは北海道から鹿児島まで全国に計69施設あり、エンバーミングの実施企業23社、その他葬祭関連企業約50社が組織構成の一部に含まれています。
エンバーマーとして就職先に迷っている場合、こちらの組織にあるエンバーミングの実施企業、葬祭関連企業の採用募集を確認するとよいでしょう。
参考:組織案内
エンバーミングは、基本的にご臨終後にエンバーミングを施す施設に移送され、処置を施し、その後ご家族の元にご遺体を移送します。
エンバーミングは、ご遺体の損傷が激しい時ばかりにおこなうものではなく、ご病気や天寿をまっとうされたケースでもおこなわれることがあります。エンバーミングを施したご遺体は、ご臨終後直後のような土気色の肌で、くぼんだような顔貌ではなく、血色を取り戻し、頬はふっくらとし、まるで眠っているような状態になるといわれています。
加えて、通常のご遺体に残存している体液なども抜き取られ、防腐処理を施されているので、大きな感染症などで亡くなられていない限りは、感染症などに罹患するリスクも限りなく低くなっています。亡くなられた方と、ゆっくりと最後の時間を過ごし、触れ合うこともできるようになります。
残されたご家族が、じっくりと時間をかけてお別れする時間ができることで、精神的なケアをすることもできます。火葬までの時間的猶予もできるので、通常の葬儀過程では最後の時に間に合わなかった人の弔問も可能となりました。
またエンバーミングは、阪神大震災をきっかけに日本でも大きく普及したようです。
ご遺体の損傷が激しくとも、可能な限り生前の姿に近い状態でご遺族のもとにかえって来るのがエバーミングです。お棺越しで、顔を見れずにお別れするのが常識だと思われていた状態を覆したのもエンバーミングです。
日本には、火葬文化があります。エンバーミングを施さなくとも、葬儀の全行程が終わるまでご遺体の状態をキープできるような日程となっています。
そのため、なかなかエンバーミングが普及しにくい状況ではあります。それでも闘病の疲れを感じさせない、損傷の跡がわからない、眠っているような状態の亡くなられた方に、ご遺族は少なくともいくらか安らぎを得ることができるのかもしれません。
エンバーミングを希望するご家族は年々増加し、今後ますます需要の増える職業になりそうです。
- 著者
- 茂, 伊藤
- 出版日
実際のエンバーミングの技術的な専門書・参考書としておすすめの1冊です。
著者は実際にエンバーミング施設で処置をおこなう伊藤茂氏です。より事実に基づいた内容となっているため、今まさにエンバーミングについて学んでいる方や、これからまじめに目指そうと思っている方におすすめです。
かなり専門的な内容が掲載されているので、遺体管理学についてより理解を深めたい方にとってはよい参考書となるでしょう。
- 著者
- 公益社葬祭研究所
- 出版日
こちらの書籍は大手の葬儀会社でもある「公益社」の研究所より発行された、実践の場でおこなわれているエンバーミングの実際に触れられた書籍となっています。
エンバーミングは、欧米ではすでに150年の歴史があります。それに対し日本では、エンバーミングという単語がほとんどの人に知られていないように、日本でのエンバーミングの歴史はまだまだ浅い。これから歴史が作られていく段階にあります。
本書では、そんなエンバーミングの誕生の背景や、現代までどう発展してきたのか、実際の方法までを知ることができます。そしてエンバーミングにおいて最も大切な、遺族の声も収録されています。
これからの日本で考えられる新しい葬儀の形とは。形骸化された葬儀のあり方に一石を投じる1冊です。
- 著者
- ["薄井 秀夫", "柿ノ木坂 ケイ"]
- 出版日
こちらの書籍は、エンバーマーに限らず葬儀に携わるすべての業種それぞれにスポットを当てた、葬儀にまつわる現場の実態を濃縮した書籍です。
葬儀業界には、想像以上にあらゆる職種が存在します。納棺師や湯灌師、エンバーマー、葬儀司会や生花祭壇スタッフ、それから仏壇店や霊園、石材店などの関連業種もあります。そのなかで働く方は、所属する葬儀会社によっては、エンバーマーとしての業務以外をおこなうことになることもあるでしょう。
葬儀業界を知る入門書として、おすすめの1冊です。
- 著者
- 三原 ミツカズ
- 出版日
- 2003-07-01
こちらの書籍は、テレビドラマにもなった、個人で活動する「エンバーマー」を主人公とした作品です。全7巻で、コミックでの販売もされています。エンバーマーやエンバーミングについて少し知ってみたいという方におすすめの導入書です。
エンバーミングの技術そのものにフォーカスを当てるより、エンバーミングを通して、大切な人を亡くした残された人たちがどのように喪失を乗り越えていくのかというところにスポットを当てたヒューマンドラマとなっています。
また、エンバーミングを通じて、主人公の心理が徐々に紐解かれていく描写も評判を呼んでいます。
この書籍内でも何度も出てきますが、日本ではまだまだエンバーミングは普及しきれていないのも現状です。ご年配の方にとっては、ご遺体にあえて損傷を加えることを嫌がる方もいるでしょう。そういった世間からの風評などをリアルに描写し、エンバーマーのあり方を考えさせられる1冊となっています。
エンバーミングのみならず、人の生死感について少し考えてみたい、触れてみたいと思う方にもおすすめです。
これからますます需要が固まるであろう「エンバーマー」について紹介してきました。
エンバーミングの技術のみならず、人間の身体そのものについての勉強も必要になるので、医学や解剖学、ひいては携わる葬儀業界についてと、勉強しなくてはならないことは多くあります。
ですが、亡くならられた方の最後のひと時を健やかにし、残されたご家族の安らぎに少しでも貢献出来たら……。こんな素敵なお仕事、他にないですよね。エンバーマーに興味が出てきたようなら、ぜひ紹介した書籍も手に取ってみてくださいね。