三軒茶屋に店舗を構える猫本専門店「Cat's Meow Books(キャッツミャウブックス)」。 キャットウォークを兼ねた本棚がぐるりと囲む店内では、猫スタッフたちが自由に行き来しながら店番をしています。店員を務める猫たちはみな、元保護猫。お店は猫たちに活躍してもらう代わりに、売上の10%を猫の保護活動に寄付しています。 そんな、猫と人が助け合う本屋「Cat's Meow Books」はいかにして生まれたのか? 店主(ニンゲン)の安村正也さんに、本屋を開くまでのこと、コロナ禍での業態の変化、理想を実現するための「数字」の話などについて、たっぷりお話を伺いました。
本好きな母のもとで、幼い頃から床がぬけるほどの本に囲まれて育ったという安村さん。上京してからも、どんなにお金が無くても本だけは買っていたといいます。
ー生涯会社勤めで定年を迎え、年金をもらう…。そんな自分を想像することができなかったんです。死ぬときは好きなものに囲まれていたかった。(安村さん)
もともと実家で猫を飼っていたこともあり、本だけでなく猫も大好き。自分がお客さんになったときに行きたくなる、猫と人にとっての幸せを追求できる本屋をつくりたいと思うようになりました。
そうして挑戦した”看板猫が本屋を助けて、本の売り上げで猫を助ける”本屋をつくるためのクラウドファンディングは成功。「たとえ成功しなくても、新しいコンセプトをみなさんに届けたかった」という強い想いでオープンしたのが、猫と人を幸せにする本屋「Cat's Meow Books」です。
もともと遠方からのお客さんが多かったという「Cat's Meow Books」では、本を選びながらお客さんと一緒の時間を共有できる空間も魅力のひとつ。本棚には、ここにしかないオリジナリティ溢れるセレクトの本が並びます。
ー猫本だけを取り扱っているとはいえ、皆さんが想像する猫本とは違うものもたくさんあります。「ちょっとでも“猫”が出てきたら猫本なので…」とお客さんに紹介し、手にとって買っていただきたい。この偶然性といえるもので商売をしてきました。“買う目的のためだけにある通販”は考えていなかったんです。(安村さん)
そんな中、安村さんの店にもコロナ禍の暗い影が…。「来ていただいたお客さんだけに」という当初のプランが狂った結果、2020年からオンラインの「仮想店舗」をスタートすることに。
ところが実際にはじめてみると、想像していた反応とは違うものがありました。「行きたくても東京まで行けない」というお客さんの存在を、いままで無視していたことに気づいたと安村さんはいいます。
そうしてはじまったオンラインでの販売ですが、やはりこれまでと同じようにはいかない部分も。
以前は自分でも日々リサーチをしながら、お客さんから情報を得て本をセレクトしていました。特にお客さんから教えてもらう情報は、Cat's Meow Booksの蔵書をもっとも支えている大切な要素だったのだとか。より多くのお客さんと接点を持てるようになった反面、店先で交わしていたお客さんとの会話は少なくなってしまいました。
ー最近は店の広さとお客さんの需要との関係から、シンプルで分かりやすい猫本の数を増やしているんですが、「猫背」の本を売っていた頃の冒険心もどこかに残しておきたい。お客さんに「なんでこの本がここに?」と思われるような本が、実は一番買ってほしい本だったりするんですよね。(安村さん)
そんな中、今回ブックカルテに参加いただき、本との関わり方にまた新たな変化があったそう。
ーお客さんからのリクエストがない限り、分かりやすい猫本はリストに入れないようにしています。自分の店で気に入って置いているけど世間ではあまり出回っていないもの、普段店頭に並んでいるが、すすめづらいもの…。もちろん、お客さんからのカルテにそって選んでいますが、お客さんが「これとこれ」というふうに本を選ぶわけではないので、選書はある程度の度量をもってやっていかなければいけないと思っています。(安村さん)
店先でのお客さんとのコミュニケーションで集まる蔵書と選書、お店に足を運んでくれたお客さんが偶然出会う新しい本。それに加えてオンラインでの販売では、これまで「Cat's Meow Books」の本を手に取ることができなかったお客さんにも新たな出会いを提供することができるようになりました。
そして今、そのどちらか一方だけでは叶えられなかったまったく新しい出会いが、ブックカルテを通して始まっています。
- 著者
- 安部 公房
- 出版日
- 1969-05-20
劇作家としても知られる小説家・安部公房の短編集。戦後文学賞を受賞した『赤い繭(まゆ)』、芥川賞受賞の『壁――S・カルマ氏の犯罪』を収録した野心作。
ー小中学生のころは親に本を買ってもらうのが常だったのですが、自分ではじめて同じ作者の他の著作も全巻揃えたいと思ったのは、安部公房さんの短編集『壁』を読んだときでした。(安村さん)
- 著者
- 稲葉 真弓
- 出版日
「Cat's Meow Books」をはじめるはるか昔、もともと猫好きだったという安村さんがはじめて「猫本」の魅力に気づいたきっかけの本。
ー猫に自分の人生を重ねるエッセイや小説はたくさんありますが、はじめて猫の本っていいなと思えた本です。この本がきっかけでいつの間にか本棚の一角が「猫本コーナー」になっていました。その頃から「本棚いっぱいに猫本があったら…」と妄想を描いていたんだと思います。(安村さん)
- 著者
- ナカムラクニオ
- 出版日
ブックカフェ「6次元」のオーナーでもあるナカムラクニオ氏の著書。安村さんが「本屋講座」を受講し、本屋への憧れを強くしていた頃に出会った一冊。
ー会社員も続けて、「ライスワーク(お金を稼ぐための仕事)」と「ライクワーク(好きな仕事)」、どちらかが副業になるわけでもなく、両方を柱として働く。自分のやろうとしていたことがまさにその通りで書かれてあったんです。(安村さん)
本書に挿入されている「本を持っている猫のイラスト」は、ナカムラさんに直談判して「Cat's Meow Books」のロゴの下絵として使わせてもらえることに。「店の本気度」を伝えるためのロゴが決まり、開店はトントン拍子に進んでいったそう。
「死ぬときは好きなものに囲まれていたい」と話す安村さんの、経営に対する考えを物語るエピソードがありました。
それは安村さんが「本屋講座」に卒業生としてゲストで呼ばれたときのこと。受講生の事業計画書を見ると「売り上げがここまでしかないから、ここの経費を削ろう」というネガティブな発想が多く、もったいなく感じたのだとか。
ーお金はかけたいところにかけることが大事なんだと思います。たとえばオリジナルのブックカバーは自分のお店で買っていただいた証なのだから、利益のことを考えないでお付けしないとなぁと。(安村さん)
そんな安村さんの思いから経費まで、店の活動記録をまとめた『夢の猫本屋ができるまで―Cat's Meow Books』も発売されています。執筆は客観視するために外部のライターさんに依頼。
- 著者
- ["井上 理津子", "安村 正也"]
- 出版日
ー経営の参考にしている方の本には、たいてい事業計画書として数字が書いてあるんです。数字は大嫌いですが、これからの経営イメージにつながることだから、やらなきゃいけないと認識しています。(安村さん)
大好きな“猫”と“本”を掛け合わせたお店を持ち、猫スタッフやお客さんたちとさまざまな困難を一緒に乗り越えてきた安村さん。その裏には理想を実現するための地道な努力がありました。
すべてはお金儲けのためではなく、好きな仕事を続けていくため。「死ぬときは好きなものに囲まれていたい」とはじめた本屋での仕事は、さまざまな変化を遂げながら、今も変わらない安村さんの信念とともにあり続けています。
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