【第四回】斜線堂有紀の『××にハマる徹夜本10選』【恋愛編】

更新:2021.12.12

今回のテーマは恋愛小説です。少し妙な言い回しになってしまうのですが、個人的には恋愛小説ほど優れたミステリは無いと思っています。成就する恋愛もあれば終わっていく恋愛もあり、その成就も終わりも千差万別。そんな中で、私の心に刺さって抜けない十選をお送りします。

ブックカルテ リンク

『モルヒネ』安達千夏

著者
安達 千夏
出版日
2006-07-01

 モルヒネが欲しいと言うヒデを前にして、私は、己の無力を呪った。彼を留める理由になり得ない自分のふがいなさに苦しんだ。力になりたいのに、なぜそんなむごい言葉を私にくれるのだろうと、悲しかった。

 終末医療期に緩和ケアを行うホスピスの医師を務める真紀は、院長の長瀬と結婚を考えている。だが、そこに元恋人のヒデが現れる。彼は末期癌に侵されており、真紀にモルヒネによる安楽死を依頼しに来たのだ──。

 どうしてヒデは死の間際に自分に会いに来たのか、という謎から始まり、終わってしまった恋を、今にも終わり往く生命と重ね合わせて語るストレートな恋愛物語。私はこの物語の静かなクライマックスが好きで、「その隙の、時々は、透明な薬に惹かれる。」という一文が今も心に残っています。

『好き好き大好き超愛してる。』舞城王太郎

著者
舞城 王太郎
出版日
2008-06-13

 愛し過ぎるというのはそういうことなのだ。そしてそれぐらいで、人を愛するにはちょうどなのだ。

 タイトルから直球な恋愛小説であり、愛とは何かということを突き詰めた物語でもあります。恋人の柿緒を病で亡くした小説家の治は、恋人がASMAという光る虫に身体を食い尽くされる物語や、柿ノ樹家の姉弟が殺し合いをする物語など、間接的に柿緒の死を連想させるような小説を書いて柿緒の弟・賞太と不仲になっていく。そうして治は、骨肉腫に冒された柿緒の傍にいた自分は、彼女を小説のネタにしようとしていたのか? と、自分達の間にあった恋愛について考え始めます。

 これほどしっかりと愛について考えられた小説もなく、いずれ物語の書き手がぶつかることになる、自分や他人の人生をどのくらい小説の糧にしていいだろうか? という問いに答える小説でもあります。私の中では、この小説が一つの答えともなっています。

『ブックストアは危険がいっぱい』リシェル・ミード

著者
["リシェル・ミード", "須麻 カオル"]
出版日

 ずいぶんと遅くなったが、ぼくたちがもっとも望んでいるものは、大変な忍耐と奮闘ののちに手に入ることがよくある。これは人間の真実だと思う。

 ジョージナ・キンケイドシリーズというロマンス小説シリーズの一作目です。これは王道のロマンスファンタジーで、サキュバスでありながら人間社会に溶け込み書店で働くジョージナと、口下手で不器用な作家のセスと出会って恋に落ちる物語。サキュバスであるジョージナは、恋した相手に触れると精気を奪ってしまうので、二人はまともに触れ合うことが出来ません。キスしただけで相手の寿命を奪ってしまうのです。

 この王道かつときめく設定と、闇の世界の住人達が殺される事件のサスペンス要素がとてもいい塩梅です。どうしてヴァンパイアは殺されたのか? の謎と共にセスとの恋が進展していくのが贅沢な読み味なのです。触れられないまま想いを深めていく二人の関係には何とも言えない良さがあります。一つ残念なことがあるとすれば、キンケイドシリーズは二巻以降の翻訳がぱったりと進んでいないところです。全六巻あるというのに……。どこかの出版社がキンケイドシリーズを邦訳してくれないでしょうか……。

『あられもない祈り』島本理生

著者
島本 理生
出版日
2013-07-05

 あなたは私の中の海をさらっていってしまった。それは一生、あなたのものだ。

  一人称視点で、「あなた」に向けて語られる恋愛小説です。この物語世界には二人しか存在しません。同棲している恋人がいながら、「あなた」に惹かれる「私」と、深くは語られない事情によって、「私」ではない女と結婚しようとしている「あなた」です。「あなた」と「私」は愛し合ってはいるが、一歩のところでお互いの為に自分を擲てず、一緒になることが出来ない。この小説で描かれているのは一つの恋愛の終わりですが、それは人間の一部分を引き剥がしてしまうような事件です。

 島本理生作品は他にも、この間出版された『星のように離れて雨のように散った』や、不倫に溺れ人無き道を行く『Red』など、素晴らしい作品ばかりなので、この一冊から入って順に読んでいくのがいいかもしれません。 

『探偵は御簾の中 検非違使と奥様の平安事件簿』汀こるもの

著者
汀 こるもの
出版日

「あげられるものは全部あげたわ。陸奥も忍もこれで全部よ。もう他にはないのよ」

 平安時代を舞台に政略結婚によって結ばれた忍と、検非違使の祐高。結婚してしばらく経った彼らの両片思いを楽しみながら本格時代ミステリを楽しめる名シリーズです。夫の代わりに謎を解く忍の冴え渡った推理もさることながら、あまりに純粋だからこそ拗れてしまう二人の愛の手触りは、今世紀最高のラブコメだと言わざるを得ません。その愛があるからこそ成立するミステリであるところもあり、とても贅沢な一冊です。

 この原稿を書いている現在は、二巻が発売されたばかりです。なので、読むなら今が一番いいかもしれません。

『白痴』坂口安吾

著者
坂口 安吾
出版日
1949-01-03

「私、ほんとは、いつしよに焼かれて死にたいと思つてゐたのよ。でも、無我夢中で火を消しちやつたのよ。まゝならないものね。死にたくない人が何万人も死んでゐるのに。私、生きてゐて、何の希望もないわ。眠る時には、目が覚めないでくれゝばいゝのに、と思ふのよ」

 冒頭は「戦争と一人の女」の一文です。これは戦争を潜り抜けた無気力な男と、淫奔だが心の内面に空虚を抱えた女の日々を描いています。不感症の女と、それに対して絶望を覚えている男の交わりには何の先もない。いっそのこと今ここで終わらせられれば、と想ってはいるが、二人のことを劇的に変えてくれるものも、劇的に終わらせてくれるものもないのです。戦争ですら、それにはなり得ない。世界が自分達にもたらしてくれることが何も無いからこそ、余計にこの二人しかいない世界が際立っているような気がします。

『マイ・ロスト・シティー』/スコット・フィッツジェラルド

著者
フランシス・スコット フィッツジェラルド
出版日

 そこにあるものは、燃え尽きた残り火の中に微かな暖を求める、祈りにも似た思いだった。 

 あまりに好きであるが故に色々なところで紹介し過ぎているフィッツジェラルドです。正直、フィッツジェラルドはあまり作品数も多くないので、好きな女の隣に豪邸を建てる謎の富豪を描いた一番の有名作『グレート・ギャツビー』から入り、全作を読んで損は無しだと思います。その中でも一番好きな『残り火』が載っている『マイ・ロスト・シティー』を推します。

 これは大好きな夫が植物状態になってしまい、思い出だけをよすがにずっと傍に居続ける女の物語です。美しい彼女は周りから遠回しに「そんな状態の夫を愛してるわけじゃないだろ」と言われてしまいますが、妻はそれに対し「かつての彼を愛することは出来ます。それ以外私に何ができるのですか?」と答えるのです。

 色々なところで書いていることなのですが、好きなところは妻のロクサンヌが「植物状態になった夫のことだって変わらず愛している」とは言わなかったところで、彼女はずっとかつての彼を、そこにある残り火を愛しているだけなところが、なるほど愛だなあと思わせるのです。

『幸せになりやがれ』雪舟えま

著者
雪舟 えま
出版日

 感情は縦に広がる。過去にさかのぼり未来にわたって色を塗り替え、できごとの意味を変えてゆく。彼女に愛される未来が待っていたのなら、わたしがどうして美しくないことがあろう。

 時は明治時代。灯台守の娘・水灯利は、ニタダイ漁で一財産を築いた家の娘・縦の友達になってもらうよう依頼される。自分が死んだ暁にはニタダイ達の餌に生まれ変わりたいと言う奇妙に達観した縦に惹かれ、水灯利は少しずつ心を奪われていく。やがて相思相愛になる二人だったが、縦は家の都合で結婚させられることになってしまう。

 輪廻転生と縁を軸に据えた、美しくて純粋な物語が、この本に収録されている『水灯利と縦』です。柔らかく芯の通った言葉達によって紡がれていく愛の物語を読んでいると素直に相手を尊重する愛というものの手触りの良さを感じます。

 表題作である『幸せになりやがれ』は、水灯利と縦と同じ音を持った二人の愛の物語。一篇目と合わせて読むと、とても味わい深いのです。愛は終わらない。

『乱暴と待機』本谷有希子

著者
本谷有希子
出版日
2010-08-25

 復讐相手として憎まれている限り、お兄ちゃんが私から離れていくことはない──。

 奈々瀬は〝兄〟である秀則から復讐される日を待ちながら暮らしている。何しろ奈々瀬は秀則に決して赦されないことをしてしまったから。一方の秀則は、奈々瀬に最も残酷な復讐を行う日を夢見つつも、家で過ごす奈々瀬のことを天井裏から覗き見ているのだが……。

 復讐という絆菜で結ばれた奇妙な男女の恋を描いた、一筋縄ではいかない恋愛小説です。元は名作戯曲であり、その独特のテンポ感が癖になります。これを果たして恋愛物語と呼んで良いのか……と一瞬悩んでしまうような拗れ具合ですが、こんな事態は間に愛が無ければ起こりようもないことなのです。

 こちらは映画版も傑作になっているので、これを読んだ後は映画と比べてみるのもいいかもしれません。特に秀則を演じている浅野忠信さんの怪演が素晴らしく、だからこそより愛を感じられる一作になっています。

『感応グラン=ギニョル』空木春宵

著者
空木 春宵
出版日

 これがわたしの、最後の秘密。ほんとうの恋に落ちて、ほんとうの恋に破れた、その証。

 創元日本SF叢書から出版されているこの本は優れたSF短篇集ですが、ここに収録されている「メタモルフォシスの龍」は優れた恋愛小説でもあります。

 叶わぬ恋に破れた女が蛇に、破れた男が蛙に変じる奇妙な病が蔓延した世界。恋愛をすることはおろか人と人とが触れ合うことすら無くなってしまった社会で、病に罹った女は<街>に向かい、恋した男を喰う日を夢見ている。蛇に変じた女は相手を喰いたいという欲求があり、想いビトを喰らうことをその恋の成就としています。

 新たにここにやってきた生成り(病に罹り、蛇や蛙に変じ始めたもの)のテルミは、アルビノの半蛇であるルイと暮らしている。二人は完全な蛇となってしまう前に、恋をされた側である男達がいる<島>へと渡る計画を立てているのだが……。

 モチーフとして取られているのはかの有名な清姫伝説であり、彼女達の抱える恋の熱は重く苛烈だ。二人の変化が進むにつれ明らかになっていく秘密と、そこに隠された恋の物語は、切なくも美しい。恋をすることは、自分を多少なり変えてしまうことなのです。それが身体の面とも繋がった時に、人間の精神はかくも深きものだと知らしめられるのかもしれません。

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