2022年6月にアニメ化が発表されたコメディ漫画『江戸前エルフ』。東京下町の神社で暮らすエルフの御祭神とお付きの巫女が主人公で、神社や地元住民のゆるやかな日常をメインとした作品です。何気なく盛り込まれる江戸時代の豆知識、雑学が作品の雰囲気とマッチして、多くのファンに支持されています。 この記事ではそんな漫画『江戸前エルフ』の概要や登場人物、作品の魅力についてご紹介しましょう。
漫画『江戸前エルフ』は2019年から「少年マガジンエッジ」誌上で連載されている少年漫画です。作者は樋口彰彦。既刊6巻で最新の第6巻は2022年6月16日に発売されました。
本作は東京都中央区月島で地元から親しまれる架空の神社「高耳(たかみみ)神社」が舞台。御祭神「高耳様」ことエルダと巫女の小金井小糸(こがねいこいと)の2人のゆる~い生活が、時にユーモラスに、時にセンチメンタルに描かれるコメディ作品です。
可愛らしいキャラクターのかけ合い、現代社会のあるあるネタを基本としつつ、意外な話題から江戸時代の文化に繋がるのが作品の特徴。ギャグでくすりと笑う一方で、歴史の豆知識で唸らされ、ほろりと来る人情話で思わず引き込まれます。
『江戸前エルフ』は第6巻発売に合わせて、TVアニメ化が発表されました。放映時期・形式はまだ不明ですが、メインキャストとして小糸役・尾崎由香とエルダ役・小清水亜美の出演が決まっています。
TVアニメの制作スタジオは2020年『魔女の旅々』、2022年『転生したら剣でした』を担当した株式会社C2C。公開済みの第1弾PVはファンの間で評価が高く、アニメ本編の出来にも期待が集まっています。
この記事ではそんな『江戸前エルフ』の原作漫画の魅力、見所をご紹介していきます。
江戸時代から数えて400年以上の歴史を誇る高耳神社。かの有名な徳川家康公とも縁があるとかないとか……。
そんな歴史と伝統に裏打ちされた神社で奉られたる御神体の名は、高耳毘売命(たかみみひめのみこと)。彼女の本名はエルダリエ・イルマ・ファノメネル――通称エルダは高耳神社創建の際、異世界から召喚されたエルフだったのです。
400年間ひっそり東京を見守ってきたエルダは、今やすっかり引きこもり癖が板についたオタクと化していました。面倒だからと神事をサボろうとするダメダメっぷり。
御祭神に仕える今代の巫女・小金井小糸は、引きこもりエルフの身の回りのお世話でやる気を出させるのが本分ですが……年頃の女子高生らしく、エルダと口喧嘩したりダラダラ一緒に過ごしたり、ゆるい毎日を送っています。
『江戸前エルフ』には氏子や周辺の住民なども登場しますが、主なレギュラーキャラクターは高耳神社の関係者3名です。
主人公は高耳神社の御祭神、高耳様ことエルダリエ・イルマ・ファノメネル。愛称はエルダで、御年621歳のエルフです。
神様と呼ばれ奉られていますが、神秘的な力は一切ありません。ちょっとした念話や精霊を使役出来るものの、基本的には不老不死なだけのエルフ。
非の打ち所がない絶世の金髪美女ながら、400年間お世話される立場だったせいか生活能力がなく、生来のオタク気質に加えてここ数十年引きこもりっぱなし。いわゆる残念な美人である一方、長命ゆえの安心感と存在感があり、心の拠り所として地元の氏子からとても慕われています。
そんなエルダを支えるのが小金井小糸です。16歳で15代目巫女に就任したばかりの女子高生。本人は真面目に巫女の勤めを果たそうとするものの、まだ若いことと波長が合うせいか、エルダとは友達や家族に近い関係にあります。おおむねエルダのツッコミ役ですが、たまに天然の一面を見せることも。
小糸の妹・小柚子(こゆず)は、姉以上にしっかり者の小学生です。料理の腕前と食材の目利きがプロ級。引っ込み思案で普段は自分の意見をあまり口にしませんが、たまに年齢相応にエルダや小糸に甘えることがあります。
ほぼ準レギュラーと言ってよいのが小糸の親友・桜庭高麗(さくらばこま)。エルダには及びませんが、ツインテールがよく似合うなかなかの美少女です。外見に反したサバサバ女子であり、ごく自然に格好いい言動を取る性格イケメン。
これらの人々に加えて氏子の人々、エルダの古い友人などが多数登場します。言うことを聞かせられない一部の赤ん坊を除けば、全員気のいいキャラクターばかりです。
『江戸前エルフ』は3話1エピソードの短編形式です。毎回エルダか小糸の何気ない日常から始まり、ごくごく控えめなしょうもうない出来事に端を発する話がコメディタッチで描かれます。
よくあるのは調子に乗ったエルダが何かに失敗するパターン。神事の最中に神饌(お供え物)のVRヘッドマウントディスプレイが気になりすぎて試したり、劇中作『機動武士ゴンゲム』のプラモを本殿で塗装したり、同じく劇中作『カエルせんしゃ』の食玩を大人買いして揃えられなかったり……。エルダはアニメ漫画ゲームが大好きなので、駄目な大人のあるあるネタが多めです。
ほかには不運の重なったエルダが、思わずよその神社にお祓いに行こうとする場面が出てきます。神通力を持ってないので仕方ないのですが、人に幸運や加護を与える御祭神本人が不幸という、くすりと笑ってしまうシーン。
ツッコミ役の小糸は小糸で、ある事情から格好いい大人の女性を目指しているものの、当人の資質と努力の方向性が噛み合わず毎回残念なことに。一生懸命に背伸びする姿が微笑ましいです。
こういったゆるい日常をきっかけにして話が進むので、肩肘張らずに楽しめるのが本作の魅力と言えます。
ちなみに『機動武士ゴンゲム』は、徳川家康を表す権現様と某ロボットアニメをミックスしたもの。作者の樋口彰彦が好きなようで、元ネタを強く意識したパロディもちらほら出てきます。
『江戸前エルフ』はエルダや小糸の日常が、コメディタッチで描かれる作品です。他愛のない出来事を扱う漫画は数多くありますが、本作の特徴かつ面白いところは、それら些細な日常が江戸時代の豆知識に繋がるところ。
たとえばエルダの好物として紹介される佃煮。召喚されたばかりのころの彼女はごはん食が口に合わなかったようですが、偶然献上された佃煮が気に入ってごはんを食べられるようになったとか。今でこそ日本各地に名産地のある佃煮も、元を正せば月島(佃島)発祥の食べ物なのです。
江戸の街を作る際、徳川家康は摂津国佃村(大阪市西淀川区佃)の漁師数十人を呼び寄せました。佃村の漁師たちが、売り物にならない雑魚を上手く調理・保存するために生み出したことから、佃村にちなんで佃煮名付けられたと言われています。もちろん佃島の地名も佃村が由来。
こういった知識が、何気ない会話でさらっとわかりやすく紹介されます。日本人ではないエルフが、日本人以上に詳しく江戸時代を知っており、まるで見てきたように話す(設定上見ているのですが)のが面白いです。
豆知識の範囲は多岐にわたります。現在よく見かけるオマケ商品や広告の走り、上方(京都)から江戸や地方に人や物が行き交う流通形態、風邪が大流行した時のまじない法……。おもちゃ好きのエルダの散財、来客の手土産や体調不良といった日常的な出来事を導入にして、読者の興味を引くようにこれら知識を盛り込んでくるのが非常に秀逸。
読み流すだけでも充分面白いですが、気になったトピックを深掘りするとさらに楽しめる上に、あまり馴染みのない江戸文化に触れるきっかけになります。馴染み深い一般的な文化が、実は江戸文化と関連しているということに気づくとワクワクしますよ。
漫画『江戸前エルフ』の舞台、東京都中央区月島は実在する地名。下町らしい情緒溢れる町並みとして知られています。
高耳神社はとても地域に密着している神社で、地域住民の多くが氏子のようです。『江戸前エルフ』は神事と地元の描写、氏子との関係がストーリーに関わってくることも珍しくありません。主にコメディがメインではありますが、感情に訴えてくる下町人情話もしばしば見られます。
特に胸を打つのは、古くから高耳神社を知る高齢者の高耳様=エルダに対する想い。
登場人物紹介で触れましたが、エルダに神様らしい神通力はありません。誤解を恐れず書いてしまえば、ただとんでもなく長生きなだけ。しかし、エルダが長生きであることこそが、氏子の心の支えになっているのです。
日本は第2次大戦以降、たった数十年の間に社会も文化も規律も、常識でさえめまぐるしく変わり果てました。昔の町並みを残す下町も例外ではありません。
ところがエルダだけは例外です。不老不死の彼女は400年の間、ずっと若い姿を保ってます。どんな世の中になっても変わらない唯一の存在。具体的な御利益などなくても、変わらずに生きていてくれるだけで安心感をもたらしてくれるのです。
逆に言えば、エルダの過ごした400年間は、彼女が人の生き死にを見てきた歴史でもあります。普段はお気楽に暮らす彼女ですが、氏子との関わりで時折垣間見せる憂いにきっと引き込まれるはず。
長命だからこその経験を持つエルダと、先代巫女である母と死別した年若い巫女の小糸、エルダを御祭神と崇める氏子たちの暖かく切ない関係に胸が締め付けられます。地元の人々は不死・不滅の花言葉を持つ沈丁花を「高耳様の花」として大切にし、小学生時代から育てているというエピソードもちらりと語られるほど。
とりわけ島田電気のおばあちゃんとエルダについては、深掘りして欲しいようなそっとしておいて欲しいような、微妙な気持ちになります。
本作はタイトルに江戸前とついてるだけあって、エルダと小糸が住む東京でお話が進むのが基本です。しかし、ごくまれに別の地域が取り上げられることがあります。
実は作中に登場するエルフはエルダだけではありません。高耳神社の場合と同様に、御祭神として召喚されたエルフが登場します。大阪の廣耳(ひろみみ)神社の廣耳様ことヨルデ、金沢の麗耳(うらみみ)神社の麗耳様ことハイラの2人です。
面白いのは3人の召喚者がまったく異なる点。エルダは江戸の繁栄と行く末を見守る役目で徳川家康に呼ばれましたが、ヨルデは豊臣秀吉、ハイラは前田利家に召喚されました。後者2人の召喚理由は不明ですが、おそらく鎮守か平穏を願ってのことでしょう。
『江戸前エルフ』はジャンル的に逆異世界転移モノにカテゴライズされる作品ですが、面白いのは普通の作品が今現在何かするために召喚されるのに対して、本作のエルフ3人は数百年前からすでに役目を果たしている状態にあること。おかげで本来は現代日本に馴染まない「異物」のエルフが、自然な形で日常に馴染んでいるのです。
いかにも奇をてらった一発ネタとしか思えない『江戸前エルフ』も、エルダたちが日常に馴染む様子から少し考えると、タイトルの意図が見えてきます。
江戸前とはざっくりいえば東京湾で取れる魚介類のこと。しかし、元々は江戸時代に佃島の漁場を指す言葉でした。そんな伝統ある日本固有の言葉と、日本にはない架空の種族エルフ。あえてその2つを合体させることでミスマッチによる面白さと違和感を狙いつつ、本編を読めばエルダを意味しているのが納得できる仕掛けになっています。
単なる江戸時代ネタをはさむコメディかと思いきや、意外なほど練られた世界観に驚かされます。
ある冬至の深夜2時。普段は夜闇を照らす街灯、各家庭で点る室内灯、あらゆる人の気配が月島から消え去りました。そんな下町の車道を、正装したエルダと小糸が2人だけで歩いて行きます。
巫女の一生で1度だけ行われる継承の儀。今代の巫女になった小糸を、御祭神エルダがともなって練り歩くことで、氏子にお披露目する大切な儀式……のはずが、引きこもりで寒がりのエルダが過剰な厚着でまん丸くなるわ、夜中に行われる儀式の由来がしょうもないわで、厳かな空気がぶち壊し。
- 著者
- 樋口 彰彦
- 出版日
脱力必至のオチですが、月島中に高耳神社ののぼりが立てられていたり、氏子が歌うエルダを讃える歌が描かれたりとなんとも幻想的。
「ハァー
高耳さまよ高耳さまよ
われらはとても今日明日ばかり
あさっては佃の土となる
(中略)
八重の桜も咲いても散るが
高耳さまは咲くばかり
むかし今とをなつかしむ
ハァーホイホイ」(『江戸前エルフ』第1巻より引用)
もちろん架空の歌ですが、本当にあるのではと錯覚しそうな神楽歌のクオリティに心が動かされます。ほかの巻ですが、富士遙拝の儀や弓耳祭など、小糸が関わる神事はどれも感動的。ぜひともアニメで再現して欲しい、『江戸前エルフ』らしい雰囲気が魅力のエピソードです。
日々の神事のサボりや趣味への散財でストレスとは無縁そうなエルダ。近頃、そんな彼女を悩ませる問題がありました。『カエルせんしゃ』限定品の抽選漏れです。
失意のあまり悪夢すら見る有様でしたが、商店街の福引きの景品になっていることが判明して事態が一転します。一念発起したエルダはバレないように変装した上で、福引きのためのスタンプ集めに奔走するのでした。
- 著者
- 樋口 彰彦
- 出版日
ほっかむりと塗装用マスクで変装した姿は、控えめにいってただの変質者です。しかも正装のままなので、周りからはエルダなのがバレバレ。本人はいたって真面目なのが笑いを誘います。
さらに面白いのは氏子の人々の反応です。にこやかに応対する者、人見知りのエルダの視界に入らないよう影でこっそり拝む者。バレないように変装するエルダにバレないよう行動する氏子ばかりで、ほっこりさせられます。
いつものポンコツエピソードかと思いきや、いかにエルダ=高耳様が氏子から慕われているかがよくわかるお話。
静謐であるべき神域に迫る影――。高耳神社はかつてない圧倒的な無垢なる力に晒されていました。連休で帰省していた親戚が盲腸で緊急入院してしまい、産まれたばかりの赤ちゃん・小春を神社で預かることになったのです。
小糸を始めとして、なんでも器用にこなす小柚子も振り回される始末。最初にゴンゲムのジオラマが被害に遭ったことから、エルダとは引き離して赤ちゃんのお世話をしていたのですが……。
- 著者
- 樋口 彰彦
- 出版日
初宮参りの赤ちゃんにすら人見知りを発動するエルダなので、小春とは相性最悪かと思われましたが、まさかの展開が描かれます。子守歌で容易く寝かせる上に、オムツ替えも一瞬。長生きなせいか、意外にも子守が得意だったのです。
赤ちゃんをあやす慈愛に満ちた様子はまさしく女神。普段のぐうたらなポンコツエルフとは完全に別人です。
それもそのはず、彼女には高耳神社で生まれた代々の子供をあやしてきた経験があったのです。断片的に語られる先代巫女・小夜子の思い出と、小夜子が産んだ小糸への想いが心に染みます。
本作は下町特有の穏やか癒しと、時代に取り残されるような儚い雰囲気を内包した独特なコメディです。読めばせわしない現代社会で見落としがちな何かが、他愛のないエピソードの中から気付かされるかも知れません。
アニメ『江戸前エルフ』の放送時期はまだ未定。ぜひ放送開始までの間、原作漫画でお楽しみください。
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