レッドブルつばさの今月の偏愛本 A面|第1回『月の満ち欠け』ミステリーと恋愛小説の二重構造で唯一無二の読後感を

更新:2022.10.29

本好き芸人でnote芸人でもある、レッドブルつばささんによるブックセレクトコラム「今月の偏愛本 A面/B面」がスタート!A面では、書店の話題本コーナーから今月買って読んで間違いなしの1作をパワープッシュしていきます。 第1回は12月に映画化も決定しているベストセラー小説『月の満ち欠け』の魅力を語ります!(編)

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『月の満ち欠け』を一言でおすすめ

“生まれ変わってもあなたに逢いたい”という言葉、本当の意味で使っていますか?

 

今!『月の満ち欠け』をおすすめしたい理由

『月の満ち欠け』は2017年に直木賞を受賞した作品であり、今年(2022年)の12月に大泉洋、有村架純、目黒蓮(Snow Man)、柴咲コウらの豪華キャストにより映画化される。

数多くの作品を生み出してきた作者・佐藤正午の最高傑作と名高い『月の満ち欠け』をこのタイミングで読み、「この原作がどのように表現されるのだろう」と映画の公開を心待ちにすることをおすすめする。

 

あらすじ

不慮の事故で妻と娘を亡くした小山内堅。

彼のもとに現れた三角哲彦という男が語る内容はにわかには信じがたいものだった。

そしてそれは三十余年にもわたる壮大な物語の始まりでもあった。

著者
佐藤 正午
出版日
2017-04-06

 

登場人物

小山内堅(おさない つよし)

妻と娘を不慮の事故で亡くす

小山内梢(おさない こずえ)

小山内堅の妻。不慮の事故でこの世を去る。

小山内瑠璃(おさない るり)

小山内の娘。不慮の事故でこの世を去る。

正木瑠璃(まさき るり)

小山内夫妻の娘と同じ名前を持つ女性

三角哲彦(みすみ あきひこ)

大学生時代に正木瑠璃と恋に落ちる男性

緑坂ゆい(みどりさか ゆい)

小山内瑠璃の親友

緑坂るり(みどりさか るり)

緑坂ゆいの娘

正木竜之介(まさき りゅうのすけ)

正木瑠璃の夫

 

『月の満ち欠け』のおすすめポイント①小説ならではの構成の妙

映画がどのような構成になっているか分からないが、この『月の満ち欠け』はまさに「小説ならでは」の構成になっていると感じた。

冒頭は小山内堅が東京で緑坂ゆい、緑坂るいという親子と喫茶店で話すシーンから始まる。

3人の会話は作中の時間経過とともに章立てされている。

「午前十一時」「午前十一時半」「午後〇時」「午後〇時半」「午後一時」の中で彼らは、会話を進めていくのだが、最初は彼らが何について話しているかも分からない状態から始まる。

会話の中でとある人物の名前が出て、その人物の過去について深掘りしていく話が始まり、一区切りするとまた3人の会話に戻っていく。そのたびに、彼らの関係性や過去に何があったのかが段々と分かっていく、という構成になっている。

『月の満ち欠け』はジャンルとしては恋愛小説ということになるのだと思うが、ただの恋愛小説ではないと感じた理由がここにある。

最初に大きな謎が提示されて、ヒントが散りばめられた本文を読み進めていくうちに明かされていくミステリー的な構成になっている。

きっと真相に辿り着くまでに夢中で読み進めることになるだろう。

 

『月の満ち欠け』のおすすめポイント②二段構えのミステリー

小山内堅の回想からこの物語は本格的に始まるが、最初はただ幸せな家庭が描かれるだけである。

「ここからどう物語が展開していくのだろう」と考えていた読者をまずゾクッとさせるのは、小学2年生になった小山内の娘、瑠璃の様子が段々と変わっていく場面だろう。

「うまく言えないけど。だけど、瑠璃の目つきが」
「目つきがどうした」
「ちょっと、今までと違うと思う。」
(中略)
「一回だけ、その目をしてあたしを見たの。ぞっとするくらい、おとなびた目で」

大人びた目をしたり、昔の流行歌を口ずさんでいる娘の様子がおかしいと小山内の妻・梢が夫に訴えるが、小山内は特に気にすることではない、と取り合わない。

そして、梢は夫に

瑠璃はふつうの女の子を装ってるんだと思う。演技してるのよ、とくに堅さんの前では

と自身の考えを述べる。

ここでも小山内はまともに取り合わないが、ここで読者は「もしかしたら、瑠璃には何か秘密があるのかも知れない……」と思うようになるだろう。そして、私はその疑惑はどちらかと言うとホラー的なことかも知れない、と思ってしまった(これは『エスター』という似たような設定のホラー映画を知っているからかもしれないが)。

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しかし、ホラーであれ何であれ物語における「謎」はページをめくるスピードを上げる

一体瑠璃の正体は何なのか?

きっと彼女の正体を探っていく物語になるのだろうと思った直後、梢と瑠璃は不慮の事故で命を落とすことになる。

 

この場面がまだ序盤だったので非常に驚き「ここからどうなるんだ?」と更に物語に引き込まれることになった。

序盤はこのようなミステリー的な展開で引き込まれ、謎が明らかになっていくうちにその先の物語の壮大さに引き込まれていく、という二段構えの構造になっていると言える。

 

『月の満ち欠け』のおすすめポイント③奇跡の可能性を信じる人間の強さ(※ここからネタバレあり)

物語を読み進めていくうちに、三角と正木瑠璃の関係性と「瑠璃は三角に出会うために生まれ変わりを繰り返している」という事実が明らかになる。小山内瑠璃は正木瑠璃の生まれ変わりだったのだ。

「また逢いたい」という強い思いが奇跡を起こし、何度も障害が立ちふさがるが、その都度乗り越えていく……つまり時間も場所も立場も超越した強い愛情、という物語の主軸が明らかになっていく。

しかし、『月の満ち欠け』という物語において筆者は「強い気持ちでいれば生まれ変わりのようなファンタジー的なことが起きる」ということだけが伝えたかったのではないと考えたい。

重要なポイントは、終盤に登場する「生まれ変わりに関する本」の記述にある。

生まれ変わりなどということをそれまで考えもしなかった方々に、そういう考え方も一理あると思っていただけたとしたら

その本は〈生まれ変わりが絶対にある、それを信じろ、と主張しているわけじゃない〉のだ。あくまで、その可能性を示唆するだけに留めているのだ。

 

その本と『月の満ち欠け』という物語の内容はリンクしていないだろうか?

三角を始め、何人かの登場人物は正木瑠璃という人物が生まれ変わっていることを絶対的な事実として語っている傾向にあるが、小山内堅は終始懐疑的な目を向けている。

生まれ変わりという非現実的な現象に対して、すぐに全て信じろという方が無理があるだろう。

しかし、もし「生まれ変わっても逢いたい」と思うほど、自分が強く深く愛されていると知ったらどうだろう。

生まれ変わりを完全に否定することは、その人物の愛情全ても否定することになってしまう。

それはその人に対してあまりにも無慈悲で悲しい。

 

奇跡は簡単には起こらない。それでも、起きる可能性を少しでも残しておくということは、深い愛情を持つ人物を信じることにも繋がっていくはずである。

ラスト、小山内堅はその奇跡の可能性を少しでも残しておくことにより、今まで思いもしなかった結論に辿り着きそうになる。そして、その結論は彼と彼を愛する者を幸せにする内容なのだった。

 

まとめ

先に述べた通り『月の満ち欠け』の魅力は、ミステリー的な面白さと壮大な愛の物語が並列になっている所である。謎を解き明かすために読み進めていくうちに、そこに隠された愛情に気づいていく、という構成は「さすが直木賞受賞……」と感嘆した。

確かに、映画で観てその物語の深さに感動することはできるだろうが、やはりこの物語はまず小説で体験してほしい、というのが正直な感想である。

決して難しい言葉を使わず、卓越した比喩表現が多々あるというわけでもないのだが、読んでいる間ずっと「小説を読むのは楽しい」という感情が渦巻いていた。

何というか、謎とヒントが提示され、次第に情報が開示されていく感覚や、登場人物の心情が段々と自分に染み込んでいく感覚があったのだ。これは作者の佐藤正午さんの小説のリズム感によるものなのだろう。

ただ物語の面白さだけを追うならいくらでも方法があるが、小説にはそれだけではない魅力が数多く含まれている。それを今、この場で全て説明することはできないので、気になる方はぜひ手に取ってみて、小説の楽しさを味わっていてほしい。


 

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writer:レッドブルつばさ Twitter

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