5分でわかるニーチェ|ヨーロッパ哲学の破壊を試みた哲学者|元教員が解説

更新:2023.2.4

ヨーロッパの近代哲学はデカルトによって始まります。デカルトは神との関係性から、理性の正しさを証明しようと試みます。デカルトは我々に備わっている理性は「神から与えられたプレゼント」であるとして「我々人間の保護者として、常に神がいるため理性は正しく作用する」と主張します。 デカルトを継承したカントは、人間と神との関係性を排除しました。カントは「神の保証がなくても、世界を合理的に認識できる力」を理性に与えたのです。さらにヘーゲルは「理性の進歩」を主張します。理性に従いながら「理想的な社会を作る力」まで人間に約束したのです。 しかし現代の社会はどうでしょうか? 様々な課題がありますが、特に環境問題は深刻です。今後、人類が地球に住むことすら怪しくなりつつあります。また近年の世界情勢の緊迫化に伴い、核兵器の使用が現実味を帯びてきています。人類の終わりは近いかもしれません。

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ヨーロッパ哲学の破壊を試みたニーチェ

20世紀初頭に活躍した哲学者ハイデガーは

「ヘーゲルによって、ヨーロッパ哲学は完成し、以後は技術として猛威をふるうだろう」

と言いました。

19世紀に入ると、イギリスをきっかけとして「産業革命」が起き、ヨーロッパ全体で技術文明が推し進められます。機械化・工業化が進展し、合理的に社会を設計・管理する社会へと大きく変化します。

産業革命による「資本主義」は、さまざまな社会問題を生み出します。当時、イギリスに住んでいたマルクスが注目したのは「児童労働」です。リバプールにおける労働者の平均寿命が、なんと15歳であることを、彼はリポートしています。

このようにハイデガーだけではなく、科学技術が世界を覆うことに危機感を抱く人々が、19世紀後半あたりから多く登場します。マルクスやドストエフスキー、そしてニーチェです。

特にニーチェは、ヨーロッパ哲学の破壊と再構築を試みた哲学者です。しかしナチス・ドイツの思想に繋がったなど、誤解の多い哲学者の1人でもあります。

そこで今回は、ニーチェの思想を取り上げたいと思います。「ヨーロッパ哲学のどこに根本的な問題があるのか?」「ヨーロッパ哲学をどのように克服しようとしたのか? 」という点を念頭に置きながら、なるべく分かりやすくニーチェを解説したいと思います。

ニーチェと聞いて真っ先に思い浮かべるのが、

「神は死んだ」

という言葉ではないでしょうか? ニーチェの主著とも言われる『ツァラトゥストラかく語りき』の中に出てくるフレーズです。

ではそもそも、この「神」とは一体何なのでしょうか? 多くの解説書はキリスト教の否定であると主張しています。

近代社会に入り、ヨーロッパ社会の中心を担ってきたキリスト教の指導力が衰え、人々は生きる意味を見失っている。ヨーロッパは「ニヒリズム」という状態に陥っているというのが、一般的な解釈になります。

しかしニーチェのいう「神」とはキリスト教だけではなく、長年ヨーロッパ社会全体を貫いてきた「思考様式」を指しています

では、その思考様式とは一体何なのでしょうか?

 

哲学とは「1つの原理」で世界を理解しようする思考様式

「ヨーロッパ哲学は古代ギリシアのプラトンから始まった」

と、ニーチェは言います。

1つの原理から世界を説明、理解しようする思考様式は、ヨーロッパ哲学の特徴である。このようにニーチェは考えます。

例えば、プラトンで言えば「イデア」であり、中世ヨーロッパでは「神」になり、近代では「理性」になります。こうした原理に照らし合わせて、世界を理解し、世界を作っていく。これがヨーロッパ哲学の思考様式になります。

そしてニーチェは、この原理それ自体の存在を否定します。ニーチェの言う「神は死んだ」という言葉は、ヨーロッパ社会を貫いてきた原理そのもの、つまりヨーロッパ哲学の“核”である思考様式を否定することだったのです。この思考様式こそ、ヨーロッパ社会の“病理”であるとさえ言います。

「原理に照らし合わせ、世界を理解し、作っていく」を現代社会に置き換えると、それは「お金」です。

あまり説明を加えなくても、私たちの社会は「お金を中心に回っている」と伝えれば「1つの原理(お金)で世界が成り立っている」「(お金を中心として)世界を作っていく」という感覚は理解してもらえると思います。

2000年以上経った今においても、プラトンが作り出した思考様式に基づいて、私たちの世界は成立しているのです。そして、この人間が作り出した原理(お金)によって、逆に人間が振り回されているのが現代社会になります

ニーチェとドストエフスキー

ヨーロッパ社会を形成してきた原理が「そもそもない」と、突然ニーチェに言われても戸惑ってしまいます。今まで信じていた原理が嘘だとしたら、これからどうすればいいのか…。方向性を見失い、途方に暮れている心理状態を表すのが、本来の「ニヒリズム」の意味になります。

同じような問題意識をドフトエフスキーも抱いていました。宗教的な色合いが強い彼の作品ですが、問題意識の目線はニーチェと同じです。原理を見失ってしまった「ニヒリズム」の世界で私たちは「どう生きるべきか?」を模索したのです。

彼の小説は「神と人間との壮絶な葛藤」が描かれています。

「人間が神という原理を作り出したにも関わらず、なぜ神に見捨てられてしまうのか?」

「 神を見失い“ニヒリズム”に陥った人々をどう救済すべきなのか?」

ドストエフスキーの作品において、終始一貫しているテーマになります。彼は、再び神(キリスト教)の原理を取り戻すことで、現代社会の危機を乗り越えようとしました。

「昔に戻る」ということで問題を解決しようとしたドストエフスキーは「保守」とも言えるでしょう。一方、ニーチェはドストエフスキーとは真逆の方法で解決しようとしました。既存のルールを破壊する、いわゆる「革新」的な方法です。

おわりに

「ニヒリズム」を克服するため、ヨーロッパ哲学の破壊を目指し、それに代わる新しい思考様式をニーチェはどのように模索していたのでしょうか?

具体的には分からないままです。1889年、ニーチェは45歳のときに昏睡状態に陥り、晩年はほぼ寝たきりでした。1900年に亡くなっています。

過去の資料を調べると、プラトン以前の哲学者(厳密にはソクラテス以前)の思想を参考にしていたこと、芸術に活路を見出そうとした形跡を見ることができます。しかし整理はきちんとはされてはおらず、真相は闇の中です。

晩年の著作に『力への意志』がありますが、妹のエリザベートが編集に加わっているため、ニーチェの主張からはかけ離れているという指摘もあります。しかし、この著書でニーチェが繰り返し述べていることがあります

「価値というものは自らの実践を通じて、作り上げていくものだ」

「自分の生を肯定するような価値を、自らの力で作らなくてはいけない」

こうした主張から、ニーチェが芸術に希望を見出していたことは、なんとなく想像できます。

現代社会では全ての価値基準が「お金」によって決まります。「お金をたくさん持っている人が強く、持たない人間は弱い」という典型的な思考様式です。

ニーチェから言わせれば「誰かが作った価値観に黙って従うな。価値というのは自分自身で作り出すものだ」というのが結論になります。

ここ20年間、日本ではほぼ賃金は上がらず、経済的にも先進国とは言えなくなっています。今後、金銭的な尺度だけで、幸せを求めるのは中々厳しくなってくるでしょう。お金以外の部分で、幸せを感じる自分なりの価値基準を探すことは、とても大事になってくるかもしれません。

「自分なりの幸福の基準を探すことが、自分の生き方を肯定することに繋がる」

現代社会の私たちに、ニーチェはとても深い問題提起をしているかもしれません。

(参考文献)

著者
元, 木田
出版日
著者
佐伯 啓思
出版日

 

ニーチェについて学べるおすすめの書籍を紹介

ニーチェ(2016)『この人を見よ』(丘沢静也訳)光文社

著者
["ニーチェ,フリードリヒ", "Nietzsche,Friedrich", "静也, 丘沢"]
出版日

ニーチェが昏睡状態に陥る直前に書かれた最後の著作になります。目次を見ると「私はなぜ賢いのか」「なぜ私はこんな利口なのか」「なぜこんなに良い本を書くのか」など…。この時点でニーチェの精神は崩壊していたのかもしれません。自叙伝のような感じになっているため、ニーチェの著作の中でも読みやすい方に分類されます。興味のある人はぜひ読んでみてください。

永井均(1998年)『これがニーチェだ』講談社

著者
永井 均
出版日

ニーチェの入門書としておすすめです。永井先生独自の解釈も含まれていますが、具体的な場面に当てはめながら丁寧に説明をしてくれるため、ニーチェへの理解を深めることができます。本書の中に「なぜ人を殺してはいけないのか?」という章がありますが、ニーチェだったらどう答えるのか? ぜひ実際に、本書を手に取って確認してみてください。

飲茶(2020年)『「最強」のニーチェ入門』河出書房新社

著者
飲茶
出版日

哲学をとにかく分かりやすく解説してくれることで、有名な飲茶先生。ニーチェといえば、ネガティブな主張を繰り返す印象が強いですが、飲茶先生がニーチェから幸福になるための教訓を引き出す手法は「さすが」の一言です。ニーチェに限らず哲学初心者にもおすすめの一冊になります。

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