5分で分かるマルクスの哲学|資本主義への批判、そして共産主義へ|元教員が解説

更新:2024.4.15

マルクスと聞いて、どのようなイメージを抱くでしょうか? 「ソ連の建国に影響を与えた」「社会主義(共産主義)を考えた」…。ちょっと怖い印象がある人もいるかもしれません。 しかし現代の国家が多く採用している資本主義を厳密に分析した、世界で初めての哲学者がマルクスになります。資本主義を考える上で、マルクスは避けては通ることはできません。 今回はマルクスの理論を紹介しつつ、マルクスの視点から見る資本主義について考えたいと思います。

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『経済学・哲学草稿』

今回は、マルクスの『経済学・哲学草稿』を参考にします。

『経済学・哲学草稿』は、26歳ごろのマルクスが執筆したノートをまとめた書籍になります。このノートはマルクスの鞄にずっと埋もれており、マルクスの死後である1920代になって、マルクスの遺品からようやく発見されました。

『経済学・哲学草稿』の評価に関しては、以下の通りです。

・若い時期にあたるマルクスの論文になるため、思想が未成熟であるとして、批判的な意見がある。

・この時期に哲学的基盤を築いたことを示す貴重な資料という指摘もある。

私は後者の立場を支持し『経済学・哲学草稿』を中心にして、マルクスの思想を解説します。

このノートにおいて、マルクスは純粋に哲学を語っており、ヘーゲルの『精神現象学』との対決が試みられています。今まで注目されてこなかった『精神現象学』の「主人と奴隷」の部分がピックアップされており、労働の弁証法をアップデートした考え方が主張されているのです。

ヘーゲルの「弁証法」

それでは、まずヘーゲルの弁証法を簡単におさらいしてみましょう。

人間は労働を通じて、世界を変化させます。そして世界の変化を通じて、人間は成長する。この人間と世界との関わりを繰り返すことで、世界も人間もレベルアップしていく、という考え方が弁証法になります。

農地で作物を育てる場合、植物や気候の知識を人間は学ぶ必要があります。また畑を耕すために、身体も鍛えなくてはいけません。つまり人間は「労働」という行為によって世界に働きかけ、目の前の世界を変化させます。また同時に、人間自らも世界によって変化(成長)させられるのです。

労働によって人間は世界を変化させ、同時に世界は人間を成長させます。この労働の繰り返しによって、世界と人間はアップデートされ、理想の人間(世界)に近づいていく。

この考え方が「弁証法」になります。ヘーゲルによって、人間は理想的な世界(社会)を作る力が約束されたのです。

※詳しくは「5分で分かるヘーゲル」でも解説していますので、より理解を深めたい方はぜひお読みください。

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マルクスによる西洋哲学の抜本的修正

マルクスは「ヘーゲルの弁証法」を批判的にアップデートします。「人間と世界」との関係性をもっと詳細に分析するのです。

マルクスの主張は「人間は周囲の環境に影響を受ける」というものになります。詳しく見ていきましょう。

マルクスはまず、西洋哲学の基本路線に修正を加えます。

デカルトから始まる近代哲学の主役は「人間」でしたが、マルクスの場合は「自然」が哲学の中心になります。人間はあくまで自然に付随する存在になるのです。ここにヘーゲルとの決定的な違いがあります。

マルクスはヘーゲルの言う「世界」のことを「自然」と言い換えます。人間の主体性(能動性)をある程度は認めつつも、あくまでも人間は“外部”にある「自然」によって影響を受ける存在であると、マルクスは主張します。人間は哲学の主役から降りてしまうのです

自然というのを「環境」に置き換えた方が分かりやすいかもしれません。今では当たり前の考え方になっていますが「人間は自身が置かれている環境の影響を受けること」をマルクスは言いたいのです。日本語を話す場所で生まれた人間は、日本語を話すようになります。英語もまたしかりです。

人間は生まれる場所を“主体的”に選択できません。そのため、ある程度は自分の置かれている環境に既定されるわけです。

マルクスの思想は、このあとの「構造主義」という思想に繋がることになります。

人間は労働によって「類的本質」を実現する

人間は自然(環境)に影響を受ける存在であることを確認しました。マルクスはさらに、人間と自然との関係性を「労働」という概念を通じて、詳しく説明していきます。

労働とは、人間と自然の「共同作業」であるというのです。人間は最初は赤ん坊として生まれて、言葉を覚えたり、徐々に自分でできることが増えていきます。その理由をマルクスに言わせると、人間が自然に働きかけたから、つまり「労働」をしたからです。

人間と自然の本来あるべき関係は「類的本質」であると、マルクスは言います。

「類的本質」という言葉の背景には「人間は自然の一部である」という考え方があります。自然と協力しながら人間は労働を繰り返し、お互いが本来の「あるべき姿」を実現していく、というのです。人間は1つの独立した存在ではなく、あくまでも自然との関わりの中で、語られるべき存在です。人間にとって自然とは、たまたま偶然の関係ではなく、人間と自然との関係は“必然”的な関係になります。

人間の本質(あるべき姿)を完成させるには、自然はなくてはならない存在です。その逆もしかりで、自然も自然自身が持つ本質(可能性)を開花させるため、人間は必要な存在になります。お互いが関わり合うことで、お互いの可能性を実現することができるのです。

農家と野菜の関係性

農業で例えると、分かりやすいかもしれません。

農家の人は、時間をかけて野菜に手間ひまをかければ、収穫量を増やせたり、味を美味しくすることができます。人間が関わることで、野菜の持つ本来の可能性が極限まで引き出されるのです。野菜を育てることを通じて、農家も技術を習得し、次の収穫に生かすことができます。

このように農家(人間)と野菜(自然)の相互作用によって、お互いがレベルアップできるのが“本来の労働”になります。自然との健全な関係によって、人間は「類的本質」を実現するのです。

「間違った労働」がある

マルクスの「類的本質」(人間と自然の健全な関係)による労働の在り方を確認しました。

そしてマルクスは「間違った労働」と「正しい労働」があると主張します。つまり自然と“間違った関係”で成り立つ労働、つまり「類的本質」を実現できない労働です。この「間違った労働」とは、具体的には「資本主義」になります。マルクスの徹底した資本主義批判は有名です。

資本主義によって、労働の「疎外」が起こり、人間は労働をすればするほど貧しくなってしまう。このようにマルクスは言うのです。

マルクスの生涯

ここでマルクスの生涯をざっと見ていきたいと思います。

1818年3月、現在のドイツであるプロイセン王国にマルクスは生まれました。大学で経済学や哲学などを学んだあと、卒業後はジャーナリストとして新聞に寄稿するなどして生計を立てていました。

しかし、徐々に思想が過激化していきます。1848年の革命に関わるなど、危険人物としてリストアップされたため、ヨーロッパ各地を転々とします。最終的にマルクスを受け入れる国は、イギリスしか残されていませんでした。1849年8月、マルクスはイギリスに亡命します。

この時期のイギリスは産業革命の全盛期。資本主義がもたらす問題をマルクスはリアルタイムで分析することができました。

主著である『資本論』に書いてあることですが、当時のイギリスでは「児童労働」が横行していました。マルクスはリヴァプールに住む労働者階級の「平均寿命が15歳である」という衝撃の事実を伝えています。

資本主義がもたらす惨状を見たマルクスが、資本主義への批判を強めたことは十分に予想できます。

疎外された労働

では、なぜ「疎外」が起こるのでしょうか? マルクスの資本主義に対する批判を簡単にまとめます。

資本主義の労働を通じて、人間は自身の本質を完成させるどころか、労働をすればするほど貧しくなり、非人間化されていく。

これが資本主義に対するマルクスの結論です。

資本主義によって「資本家」と「労働者」という「分業」体制が確立し、労働者は「賃金労働」として一定の場所と時間で労働に従事させられます。また資本家によって決められたルールによって縛られ、自発的に労働を行うことは許されません。

また労働者は、自身の労働によって生み出した成果(生産物)を資本家に搾取されてしまいます

寿司職人(労働者)に置き換えて例えてみます。ある回転寿司企業で働く職人が作った寿司があります。しかし職人が作った寿司は資本家(企業)に搾取されて、100円で売られてしまいます。一生懸命作っても、適当に作っても、寿司は100円です。

職人は労働へのモチベーションを上げることはできるでしょうか。おそらくできないはずです。自分が作った寿司を喜んでくれる人(お客)がいるため、もっと美味しい寿司を作りたい、つまり労働したいと職人は思うはずです。しかし労働の成果を資本家に搾取されてしまったら、労働への意欲は湧いてきません。正しい労働は「類的本質」を実現させるものですが、資本主義による間違った労働は、逆の方向性へ人間を導いてしまいます。

むしろ人間は労働から解放された時に自由を感じ、人間性が回復されたと考えます

また「自然」においても、人間の“間違った労働”によって破壊され、荒廃していくことになります。マルクスによる「類的本質」の考え方は、環境問題を考えるヒントにもなるかもしれません。

マルクスの解決策は?

資本主義を克服する理論を、マルクスはどのように考えていたのでしょうか。このあたりは、マルクスの『資本論』が未完成という事情もあり、よく分からない部分があります。

ただ「私有財産制」の結果として「労働の疎外が起こった」と、マルクスは考えているようです。上記で「資本家の搾取」について説明しましたが、資本家など一定の人間が「労働の成果」を独占してしまう「私有財産制」に問題がある、という指摘です。

そこでマルクスは個人の私有制を廃棄した、共産主義社会の実現を構想したところまでは分かっています。しかし、具体的な共産主義社会の運営方法については分かっていません

マルクスの『資本論』に影響を受けたレーニンが、ソヴィエト連邦(ソ連)を建国します。1922年12月の出来事です。共産主義の壮大な実験が行われましたが、結果的には大失敗しています。1991年12月、ソ連は崩壊しました。

まとめ

ここまでの説明をまとめましょう。

・労働とは人間と自然による共同作業である。労働を通じて人間と自然は、自身が持つ本質を実現していく。こうした人間と自然の健全な関係、正しい労働を「類的本質」という。

・労働には「間違った労働」も存在する。資本主義による労働である。

・資本主義の労働を通じて、人間は自身の本質を完成させるどころか、労働をすればするほど貧しくなり、非人間化されてしまう。これを「疎外」という。

・「疎外の原因」をマルクスは「私有財産制」に見る。ここから「私有財産制」を廃止した共産主義社会を提唱する。

・しかし『資本論』が未完のまま、マルクスは死亡してしまったため、共産主義社会に関しては不明な部分が多い。

社会主義のアレンジであるベーシックインカム

資本主義は、能力や才能がある人間にお金が流れるシステムになります。能力や才能のない人間にとっては、なかなか大変な社会です。

英語では「才能」のことを「Gift」と呼びます。日本では「贈り物」を意味する「ギフト」です。才能とは「神様からの贈り物」という意味として、欧米の人は考えます。そのため企業で成功した人は卒業した学校に多額の寄付をします。もちろんお金持ちの節税対策でもあります。

自分に才能があることは幸運なことだ。だから、この才能をみんなのために使わないといけない。このような考え方は、少し共産主義に近いところがあります。

最近の議論として、資本主義による貧困を解決する1つの手段として「ベーシックインカム」があります。国民一人ひとりに対して、生活に必要な最低限のお金を国家が給付するシステムです。日本の場合、月7万円から10万円ぐらいが現実的と言われています。

ベーシックインカムの土台にある考え方は、才能や能力の「共有」です才能や能力は「偶然性」によって、個人に振り分けられます。例えば、大谷翔平は“偶然”にも野球の才能を持って生まれ、そして“偶然”にも野球の能力を伸ばす環境に恵まれました。誰でも“努力”すれば、大谷翔平になれるわけではありません。

才能や能力を持たない個人が、偶然性に左右されて貧困になってしまうのは、残酷ではないかという考え方です。

才能や能力の「私有財産」を廃止して社会で共有するベーシックインカムは、マルクスの共産主義をアレンジしたアイデアになります

(参考文献)

木田元(2000)『反哲学史』講談社

著者
木田 元
出版日

書籍紹介

斎藤幸平(2020)『人新世の「資本論」』集英社

著者
斎藤 幸平
出版日

ベストセラーになるため、読んだ人もいるかもしれません。マルクスの思想を現代版にアレンジしたものが本書になります。マルクスの思想も随所に紹介されているため、マルクスを学ぶ上でもオススメの一冊になります。

マルクス(2013)『賃労働と資本/賃金・価格・利潤』(森田成也訳)光文社

著者
["カール マルクス", "Marx,Karl", "成也, 森田"]
出版日

大学卒業後、マルクスがジャーナリストを務めていたことは先程確認しました。その時代に書かれた新聞の連載コラムをまとめた本になります。一般向けの読者を想定して書かれているので、マルクスの中では分かりやすい内容になります。

白井聡(2022)『マルクスの資本論 見るだけノート』宝島社

著者
白井 聡
出版日

「見るだけノート」シリーズのマルクス・バージョンです。図表が多く用いられているので、とても分かりやすくマルクスの『資本論』を理解できます。ロシア革命を指導したレーニンを研究する白井聡先生が監修しているため、初心者が対象ですが、骨太のマルクス論を堪能できます。

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