芸能プロデューサーד強くない男”のジェンダー論|ダメ業界人の戯れ言#6

更新:2023.1.8

ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 #6は辻村深月の『傲慢と善良』を起点に、昨今の「男とか女とかジェンダーのあれこれ」について思案を巡らせます。

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“強くない男”のジェンダー論

かつて独身女性の結婚相手男性への理想は三高(高学歴、高収入、高身長)だったけれども、今は三低(低姿勢、低依存、低リスク)と言うそうですね。

これを見て時代は変わったなどと言う人もいるのでしょうが、これ女性が単にかなり現実的になったというだけで、理想像などというものはほんとうは何も変わっていないのではないかと僕などは思います。

男女雇用機会均等法施行一年後にホリプロに就職して社会人になった僕ですが、その直前、名古屋大学教育学部では卒業論文のテーマを「フェミニズム」で書いておりました。今考えるとこれ実はだいぶ恥ずかしい話です。

あまりにもモテないので、何とかこのテーマを選んで女性とお近づきになりたい、そんな浅はかさな思いであったのだろうと今ならわかります。売れっ子になりつつあった当時の若手社会学者・上野千鶴子の「セクシィ・ギャルの大研究」などを読んで、僕って結構イケてる問題意識の持ち主なんじゃないかなどと悦に入っていたものです。

著者
上野 千鶴子
出版日

それでもその時曲がりなりにも論文を書くために、いろんな文献なども読んだりしたのですが、当時の僕の実感としては、このフェミニズムという考え方、知的レベルが高く発言力もある女性が声高に主張する一方、そうしたことを言わぬ大半の女性は少しもそんなこと思ってないんじゃないか、というものでした。そこから35年ほどが経過して、今、一般男女のジェンダーに対する意識などは飛躍的に変わった、と言いたいところですが、政治家などの著名人の差別発言は問題になっても結局のところ後を絶たないのは、世間、大半の物言わぬ男女の多くは、昔ながらの保守的な、男と女はやっぱり根本的に違うという意識を持っているせいなんじゃないかという気がしております。

そんなことを思ったのは、知り合いの女性ディレクターに辻村深月さんの『傲慢と善良』を勧められて読んだことがきっかけでした。

著者
辻村 深月
出版日

今、文庫になって売れてるらしいのですが、婚活でつき合うことになった一組の男女のちょっとしたすれ違いが原因で起きる事件を男の側と女の側の両面から前後半で描いていくサスペンス的な構成で、その内容はともかく、二人が持っている異性への理想像、とも言うべきものが、僕などからするとどこか昭和風、みたいで、今そんな風なのかな、などと少し疑問を抱きながら読み進んでいたのですが、よく考えると、今は多様性などと言ってLGBTQのことなどを取り上げる小説や映画などが増えている中、ほんとうはこの辻村さんの小説のように大半のふつうの男女(この言い方が今では問題になるのは百も承知です)の意識なんて何も変わっていないのかも、というところにたどり着きました。

まあ、これ識者などが語ったら、今はすごく叩かれることになります。

自民党の杉田水脈議員などが叩かれまくっているその発言を見れば、それが分かりますが、彼女にはもしかしたら、自分の意見のほうが隠れた多数派だという意識があって、それを代弁しているだけ、みたいなところもあるのかもしれません。ある意味、自分の発言は必要悪なんだ、ぐらいのつもりとか。さすがにそれはうがち過ぎですかね。

著者
楠木 建
出版日

最近読んだ楠木建さんという人の『絶対悲観主義』という本が結構面白かったのですが、その中でも“婚活における獣性”という章があり、今の男も女も理想とする異性像はやっぱり何も変わっていないんだろうな、という意を強くしました。

そんなことを考えていたら、杉田俊介さんという人が書いた新書『男がつらい!』というのを見つけました。男らしくあれ!と育てられても、運動神経が悪かったり、そもそもそんなに勉強もできなくて、女性からもモテず、大人になっても収入が低くて、とてもじゃないけど結婚など夢のまた夢、などと言う<弱者男性>はいっぱいいるわけです。でもこの時代、ジェンダーマイノリティとか女性差別とかにはすごく敏感な世間が、こういう弱者男性についての話に対しては、どこか半笑い、と言うか、まともに考えようと言う風潮が少ない気がしてなりません。「男性学」という分野があり、以前そのことが気になってドキュメンタリー番組のテーマになり得ないかと思って、専門家の田中俊之という先生に大正大学まで会いに行って話を聞いたことがあるのですが、メディアの世界でもまだそんなに興味を持たれていないこともあって、世の中的にそんな企画を成立させるためにはかなり難易度が高い空気を感じました。

著者
杉田 俊介
出版日

若い頃から自分自身の<弱者男性>ぶりをある程度自認している僕ではあるのですが、その意を強くしたのは文芸評論家の小谷野敦氏が、90年代に書いた『男であることの困難』という本を読んだのがきっかけでした。

著者
小谷野 敦
出版日

小谷野氏の場合、自らの“モテない意識”が高じすぎて、それが彼の日本近代文学を読み解く際の最大のよすがになっているのではないかと、僕には思われ、まあとにかくその鬱屈した論の展開と言うか、それこそ“男らしく”なく、そのため当時の僕はこの本にはまってしまったのでありました。

今回久々に少し読み直してみて、小谷野氏が自身の書く文章も一人称に「私」しか使わず、「僕」は使わない、それはそもそも中学生の頃からフェミニズム(=男女同権)で行こうと決めていたからだ、と言っていたことを思い出しました。

そうだったか、なるほど。

僕自身は、「僕」と言う男性一人称がすこぶる好きなのですが、これ社会人が話すとどこか甘ったれていると言うか、そのように見なされがちなことを十分に認識しております。政治家で自分自身の一人称を「僕」と言う人の一人に吉村洋文大阪府知事がいますが、彼が記者会見をしている時に、自身のことを「僕」と発言するのを聞く度に、この人、どこか甘えてるんじゃないか、などと僕は全く自分のことを棚に上げて思ったのでありました。

やっぱり政治家には、「私」と言ってほしいです。

それはそれとして「僕」という一人称の専売特許となると、やはり村上春樹です。

僕は大学一年生だった1983年の夏にそのデビュー作『風の歌を聴け』を読んで“僕”の感性に酔い痴れてしまい、村上ワールドにはまっていくきっかけとなりました。蛇足ですが、村上春樹作品で「私」が登場するのは4作目の『世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド』を待たなくてはなりません。

著者
村上 春樹
出版日

世界の終りとハードボイルド・ワンダーランド 全2巻 完結セット

2010/11/5
村上春樹
新潮社
Amazon

 

しかし人のことを言っていて今気づきました。僕もまた“僕”という一人称を使うことで読んだ人に少し可愛がってもらおう、などといやらしい魂胆を持っているらしいことに。

今の日本の女性が男性に求める「三低」の一つに「低姿勢」と言うのがあったではないか。僕は知らぬ間に媚びて、今風にモテようとしていたのかもしれません。全くいやらしい話です。でもこれからも僕は「僕」をやめません。だってなんかナイーブな感じがしてモテそうじゃないですか。

そんなわけで今回は、山下達郎の『僕の中の少年』を聴きながら筆をおくことにしようと思います。

 

 


info:ホンシェルジュTwitter

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