芸能プロデューサー×エンタメ小説家の“敗者の弁”|ダメ業界人の戯れ言#9

更新:2023.5.11

ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 直木賞について綴った前回に引き続き、今回もエンタメ小説と純文学について考えます。純文学小説家の夢を諦め、エンタメ小説家としても鳴かず飛ばずの作家が著したある自伝との出会いがきっかけでした。

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エンタメ小説家の“敗者の弁”

告白するのがなんだかちょっとだけ恥ずかしいのですが、僕は「週刊文春」を購読しています。木曜日の朝にいつも朝日新聞朝刊とともに届いていて、これも少し恥ずかしい話なのですが微妙にテンションが上がるのです。

数年前のモリカケの時の公文書偽造や、去年のメディア業界の性行為強要の事件など、ほんとあそこのスタッフの人たちはどこからあんな情報を仕入れてくるのだろう、と興味津々なのですが、本文をいざ読むと意外にそれ以上新しい情報はあまりなくて肩透かしを食らうことも多く、それでも届くと目を通してしまうという木曜日を過ごしています。そしてそのまま飽き足らず映画評と書評にたどり着いて、これがまた朝日新聞のものとかとは少し味が違っていて読んでしまうのです。

そんな59歳ミーハーの目に今回止まったのが、光文社新書から平山瑞穂というSF作家の人が出した『エンタメ小説家の失敗学~「売れなければ終わり」の修羅の道』という本でした。

著者
平山 瑞穂
出版日

前回、直木賞のことについて少し書きましたが、この平山さんという人は元々純文学を書こうとして全く目が出ず、SFを中心としたエンタメ文学に軸足を移して2004年に日本ファンタジーノベル大賞なども受賞した人らしいのですが、その後、何作出しても重版がかかることなどはほとんどなく、いろんな出版社の編集者にいつの間にか見限られ、今ではライターなどをしながらそれでも小説への夢を捨てずにやっている人らしいです。

で、一読、ある意味とても面白く、そしてイタかったです

西村賢太の私小説などとは違って、冷静かつ客観的に、執筆した小説のこと、編集者に言われたこと、それによって改稿を続けてまた売れずにいつの間にか編集者からの連絡が途絶えることなどが延々と綴られているのですが、その中に伏線回収について言及しているところがあって、あーやっぱり編集者にそういうこと言われちゃうのね、と思って少し切ない気分になりました。

かつて純文学で出て行こうとしていたこの平山さんという人は、最後に明確なゴールを設けない原稿を書いて、そこはちゃんとオチのつく内容に改稿してほしいと編集者に言われて泣く泣く直したりするわけです。

エンタメ小説家としてやっていく以上、売れなければ意味がない

純文学はそうでなくても許されると平山氏は言うのですが、ほんとうにそうなのか。村上春樹は実は純文学の人だと氏は指摘しますが、間違いなく売れてますしね。まあ私見では、芥川賞受賞者の中にも少しずつわかりやすいエンタメ小説のほうへ軸足を移して売れている平野啓一郎や川上未映子のような存在もありますし、エンタメ小説を何作書いてもちっとも売れない身というのは、やはりそりゃきついだろうなと思うし、こういう恨み言のようなことを吐き出したくなるのも人間として理解できます。

しかし、この平山さんと言う人は、この本を書くことで、いろんな出版社の編集者を結果的に敵に回すことになるだろうと思われ、でもあとがきでは、これからも頑張って小説を書いていくと言うので大丈夫なんだろうかとも思ってしまいました。ついでの感想で突き放した言い方になってしまいますが、この人がこれまでに書いた小説を読みたいと僕自身は一切思えないのもなかなか残念なことだなと思います。もしかしたら平山氏は光文社からはこれまで一度も小説を出していないのではないか、だからこのような新書が出せたのかも、などといらぬ邪推までしてしまいました。

ひょっとすると、この新書が氏の代表作になるのではないか。それは実に皮肉なことではありますが、それだけに読む価値のある内容ではあることをお伝えしておきます。人間、捨て鉢になっている時の馬鹿力みたいなのは凄いものがありますから。

それにしてもこの本、これから小説を書こうと思っている人に向かって書いているという銘打ちですが、そこそこ文章に自信があって小説でも書いてみるかと思っている人をかなりの確率で断念させるのではないかと思える内容です。

で、この本を読むのと並行して、川上未映子の新作『黄色い家』を読み、こちらは溜息が出るような文章の運びにもう胸を掻きむしられるような思いになったのであります。これから読もうと言う人にネタバレにならないようにしますが、これはもうさすがに読んで損はない小説でした。

著者
川上未映子
出版日

かなり売れているようですが、物語の導入部分だけ宣伝でも紹介されており、そこから多くの人が想像するであろう展開から、ゆっくりと着実に離れて行き、あれ?もしかしてそう言う話なの⁉と徐々に愕然とする、という僕的にはかなり未曾有の読書体験でした。川上未映子の人間描写は、ほんとヒリヒリするような皮膚感があって、読んでいる僕までいつの間にかメンヘラ人間になっているのではないかと思えるものがありました。

ところでこの小説は、さきほどの「失敗学」のジャンル分けで言えば、純文学なのかエンタメ文学になるのか?心理描写がここまで繊細だと純文学と言えるのかもしれませんが、いわゆるオチのようなものもついていて、でも心理的な抜け感みたいなものはなく、でも切なさが身に染みる。で、何より物語が面白い。

うん、やっぱり純文学作品だということに個人的にはしましょう。

だって感動するために読む、とか、怖さを堪能するために読む、とかそう言う時短な読者のために書かれた小説ではありませんから

それにしても川上さんは小説の内容について編集者とかとどう言うやり取りとかするのかなあ。ちょっと気になります。

 

ちなみに毎週購読している「週刊文春」のことですが、もう一つ割と楽しみにしているのが林真理子さんの『夜ふけのなわとび』というコラムです。この人は昔から他愛ないことを、巧みな毒をまぶしながら、でも素直に書くのが実に上手い人ですが、日大の理事長になってもそのあたりは全く変わらない。

実は僕は、2013年に林さんの『情熱大陸』を制作したのですが、その日々のあり方がいい意味でどこまでも俗的な人で、取材を通してちょっと好きになりました。でも放送を見た編集者の人たちなどから、「林さん、なんであんな場面放送させたの?」と言われる場面があった、とのことで、放送終了後に林さんにお礼に訪ねた際、「私は全然気にしてなかったんだけど、いろいろまわりの人に言われてさあ、なんであの場面使ったんですか?」と本人に言われました。

きっと林さんのまわりの編集者は、『失敗学』の平山瑞穂さんの周囲とは違って、彼女を守ろうとする人たちばかりなのだろうなと思います。

ああ小説家。

あの取材の時に、林さんが、日本の小説家で小説だけで食べていける人なんて50人もいませんよ、と言っていたのをふと思い出しました。

著者
林 真理子
出版日

info:ホンシェルジュTwitter

comment:#ダメ業界人の戯れ言

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