芸能プロデューサーדテレビ画面に映るもの”|ダメ業界人の戯れ言#7

更新:2023.2.5

ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 #7では、自身が11年以上担当するテレビ番組『Qさま!!』やドラマ『杉咲花の撮休』の、ここだけの制作秘話がこぼれます。

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テレビ画面に映るもの 

『君のクイズ』と言う今結構売れてる小説を読みました。

昔だったら全く興味のわかなかった題材なのですが、何しろ僕は会社のシフトもあって『Qさま!!』というクイズ番組の担当プロデューサーを震災前から一応11年以上やっておりまして、知識を問われるクイズが多いこの番組で僕がやっていることと言えば、司会のさまぁ~ずの二人と楽屋で雑談するのと、放送前に番組に問題がないか危機管理のプレビューをすることぐらいなのですが、おかげでこの番組の出題傾向とか、人(回答者)はどういうことでたとえば勘違いしてミスってしまうのか、とか、そういうことが体感として分るようになりました。これ、問題を作るとか制作の根幹に携わっているとむしろ見えなくなるかもしれない客観性もこの番組については維持できている、という変な自負があります。

そんな中、『君のクイズ』は、クイズ王みたいな人たちが競う中、いわゆる早押しの設問で、一対一の一騎打ちになった時、優勝することになる人間のほうがラストの設問で、一つも問題が読まれていないうちに正答を出して勝ち、負けたほうがこれはやらせだったのではないかと疑うところから始まります

著者
小川 哲
出版日

これ、クイズ番組を見ない人には何のこっちゃかもしれないので補足すると、早押しクイズは、設問の途中でも答えが分ったらボタンを押して正答できたらその人の勝ちと言うもので、出題文の中で素人にはおよそ想像のつかない段階でその設問が何を問うているかを予測し、その正答を出す、まあそれだからこそ「クイズ王」などと言う非公式のステータスを持つ人間が出てくるわけです。

しかしそれでも出題文が何も読まれていない段階で、正答を出す、などと言うのは超能力でもなければ無理なんじゃないかと思われそうですが、しかし、そこにはクイズ番組が持つ言わば“文脈”のようなものがあって、それが少しずつ詳らかになっていく、そう言う、クイズ番組に割と長期間いっちょかみしている身からしても、かなりワクワクする小説でした。

で、ネタバレはできないのですが、この小説を読んで、僕は自分が担当している『Qさま!!』という番組を知らぬ間に検証していました

この番組、常連回答者という人が何人かいて、石原良純さん、芸人のロザン宇治原さん、メイプル超合金のカズレーザーさん、伊集院光さんなどがそうなのですが、彼らは初めてこの番組に出る人などと比べて圧倒的に強いのです。これ、先ほど書いた番組の“文脈”を彼らが体感として知っているのが大きいのではないかと考えられます。たとえば出題する側に立って考えるとこの段階でこんな簡単な問題を出すわけがない、これは何かある、と類推するというようなことです。

『君のクイズ』の中で、日本で一番低い山を問う設問が出て、それを「天保山(大阪)」と答えてそれが誤答になる場面がありますが、これは東日本大震災後、宮城県の地盤沈下があって、今では宮城県内にある「日和山」と言うのが一番低くなっていてそれが正答になっています。つまり時事的な細かい事実を把握していないと答えられないわけですが、この前『Qさま!!』でも日本で一番面積の狭い都道府県を問う設問があり、これ少し知っている人なら「大阪府」と答えがちなのですが、今は関空による埋め立てなどもあって大阪の面積が広くなり、正答は「香川県」になるのです。

まあこれは番組常連の回答者からすれば、引っかけ問題だと気づくということですね。

で『Qさま!!』の話に戻ると、先ほどの常連の中でも、カズレーザーさんがバカみたいに強いのです。彼は元々知識量もすごいと思いますが、出題者の意図などを読む「クイズ脳」においても飛び抜けて優れているのは間違いありません。

しかしそんな人にも得意ではないジャンルというのは存在して以前はそこがネックになりそうな時もあったのですが、最近はそれすらも正答を出せることが多くなっています。たぶん番組の文脈が時間をかけて彼の血肉になりつつあるのだと思います。

それでもたまに、僕などからするとえっ?カズレーザーが?と思ってしまうような凡ミスをしてしまうことがあります。で、それによって番組の展開が結果的に面白くなったりもするのですが、ある時から僕は、もしかしたら、と思うようになりました。もしかしたら、彼はたまにわざと間違えているのではないかと。彼からすれば自分ばかりが強過ぎるのは、番組として面白くなくなるであろうことは想像つくだろうし、番組に長く貢献するためには、圧倒的に強いけどたまに負ける、というスタンスを持っていたほうがよい、と考えたのではないか。そういう聡明さも彼なら持っていそうな気がしたのです。むろんそんなこと本人に聞く機会もないし、もし聞いても絶対否定するでしょう。つまり彼自身の中だけでなされている誤答であれば、これはやらせにもなり得ないわけですから。

―そんな勝手な想像をして、僕は『Qさま!!』も『君のクイズ』と同様、小説になり得る要素があるんじゃないかと夢想するのでありました。

結果的に僕の仕事の宣伝みたいになってきました。

宣伝ついでというのも何なのですが、2月10日からWOWOWで始まる『杉咲花の撮休』と言うオリジナルの読み切り30分×6本のドラマを制作したのですが、それの第5話、第6話でご一緒させていただいた三宅唱さんという映画監督がいまして、彼の演出にかなりやられてしまった話を書籍絡みでお伝えしておこうかと思います。

映画評論家としても名高い仏文学者の蓮實重彦(はすみ しげひこ)氏が昨年出した『ショットとは何か』と言う本があり、僕はまあまあ映画好きと言うのもあって、たまにはこの人の難しい議論などを読んでみるのもありかも、と思って買いました。

著者
蓮實 重彦
出版日

蓮實先生の博覧強記ぶりは、映画についても古いところから映画史をたどるように見ることによってもうそこらのシネフィル(映画好き)を自称するような人とは次元が違うので、「映画が好きです」などとしゃあしゃあと言うのもそもそも気恥ずかしいものにさえ思えてくるし、開き直って、映画なんか自分が見て面白ければいいじゃん、などと思ったりもするのですが―

いやそれが読み進むうちに、その映画を見たこともないのに、蓮實先生が言ってることに何となく納得できるような、変なゾーンみたいなところがやってくるのです、不思議なことに

映画は歴史は浅いけれども、先生も言うように、世界中の映画を残らず見たことがある人などと言うのはこの世に存在しないので、やっぱり映画の歴史というのをさまざまな情報から踏まえつつ、この映画は見とかないといけないな、というのを徹底する人生から、映画評論の道は生まれてくるのでしょう。今回のこの本で先生は映画の「ショット」というものに絞ってそれを縦横に語っていらっしゃいます。

そこから、フランシス・コッポラはすごいけど、マーチン・スコセッシやコーエン兄弟は評価しない、タランティーノは分っているくせにそれを自分の作品にあまり反映しようとしない、みたいなことを言ってて、その辺になると自分も見たことある映画も結構あるから、どういうショットのことを言っているのだろうということが気になってくるわけです。

映画のショットって、まあ画面全体に何が映っていて、それがどういうカメラワーク、あるいは、カット割りになって構成されているか、と言うことであるわけですが、たとえばドラマや映画の脚本でもト書きというものがあってある程度その映像への橋渡し的なものはあるのですが、それをどう撮るかすべては監督の腕とセンスにかかってくるわけです

でこういうことを考えていると、僕自身が見た映画の中にも、そのショットつなぎのせいでやられたものがあったな、と思い出すにいたりました。

たとえば、ブライアン・デ・パルマという監督の『殺しのドレス』と言う映画があるのですが、これのラストシーンでシャワーを浴びているヒロインとその命を狙って外部から刃物を持って侵入してくる犯人とをカットバックで見せるところが、そのカット割りのせいで、もう怖くて怖くて、今は配信もあるので何度も見返してしまったりしています。

あれもやっぱり蓮實先生の言う「ショット」の凄さなんだろうと思います。

そこでやっと話は元に戻るのですが、『ショットとは何か』の中で蓮實先生が高く評価している日本人監督に今、現役の三宅唱さんがいるのです。

三宅さんのショットは素晴らしい、ということになるのでしょうが、たまたまこの本を読んだ時に、三宅さんとドラマの仕事をし終えた時でもあり、なんか三宅さんの作ったお話がどうしようもなくいい感じがするとぼんやり思っていたことが、蓮實先生の本を読んだせいでその理由がやっと見えてきた感じがしたのです。

『杉咲花の撮休』の最終話で、ドラマがモノクロで綴る昔の場面からその5年後の今を綴るカラー場面に移行します。5歳年をとった杉咲花ちゃんが、自分が主演した映画の取材を受けていて、そこにやって来たスチールカメラマンが5年前につき合っていた彼氏、だと気づくという設定です。この場面を撮るにあたって、三宅さんは僕らプロデューサーに、その場にいるセリフのない人たち(スタイリスト、ヘアメイク、マネージャー、編集者等々関係者の役)をすべてエキストラではなくきちんとキャスティングしてほしい、と言いました。みなさんそれぞれに芝居をつけて演じてもらいますから、と。

撮影現場にもいてさらにできあがったものを見て、この場面のショットのつなぎに図らずも僕は感動してしまいました。物語の場面としては、ヒロインと元彼が当然一番大事ではあるのですが、出てくる他の人々がそれぞれの時間を生きている時間が並列に綴られる。そこに時間経過が生まれ、見ているほうは、ヒロインと元彼に果たして二人だけの時間などが生まれ得るのか、あるいはすれ違いになってしまうのか、と言うドキドキ感が否応なく高まっていく―

脚本ではセリフのなかった人たちの絶妙の演技もあって、その時間経過自体に切なさを感じる、などと言うことがあるのだなと僕は気づきました。

蓮實重彦の「ショットとは何か」と言う問いかけの答えは今でも具体的に僕の中にストンと落ちてはこないのですが、「ショット」という概念を考えることで、映像作品の見方が変わるのも事実ではあります。

Wikiを見ると撮影の基本的な手法である「モンタージュ」に、グリフィス・モンタージュとエイゼンシュタイン・モンタージュというのと2つあるらしい。いずれもそれを編み出した監督名なのですが、それ以降の監督はだいたいそのどちらかを採用しているらしい。ふーんそうなんだて思いますね。

すみません、今回は自分の仕事に絡めて宣伝のにおいのするものになってしまいました。これ別にステマじゃないです。あしからず。

 


番組公式サイト

クイズプレゼンバラエティー Qさま!! - テレビ朝日

テレビ朝日系列にて毎週月曜夜9時放送中。

杉咲花の撮休 | オリジナルドラマ - WOWOW

WOWOWプライムおよびWOWOWオンデマンドにて2023年2月10日より放送・配信予定。全6回のオムニバスドラマ。

 

info:ホンシェルジュTwitter

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