5分でわかるネタバレあらすじ解説 江戸川乱歩『孤島の鬼』執着系美男子の危険な愛情

更新:2023.7.2

ホラーとミステリーが融合した猟奇的作風で多くの読者を魅了した作家・江戸川乱歩。『孤島の鬼』は過酷な宿命を背負った魔性の美男子・諸戸と、彼に恋された青年・簑浦の確執を軸にした、おぞましくも耽美な孤島の惨劇を描いて人気を博しました。 今回は同性愛や人造の奇形など、インモラルな題材を盛り込んだ不朽の名作『孤島の鬼』のあらすじを解説していきます。

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『孤島の鬼』の簡単なあらすじと登場人物紹介(ネタバレあり)

主人公の簑浦金之助は三十路を前に総白髪と化した青年。さらに簑浦の妻・の体には大きな傷跡がありました。簑浦は手記の中で、自分たち夫婦の身の上に起きた惨劇を語り始めます。

大正十四年、簑浦は職場の同僚・木崎初代と付き合っていました。簑浦に婚約指輪を贈られた際、初代はこれしか返せる物がないからと、両親の形見の家系図を委ねます。

結婚を前提に交際を続ける簑浦と初代。

そこに恋敵として割り込んだのが簑浦の六歳上の先輩・諸戸道雄でした。男色家の諸戸は簑浦に執着し、初代に求婚する芝居を打ち、二人の仲を引き裂こうとしたのです。

後日、初代が自宅で殺されました。

恋人の死を嘆き悲しんだ簑浦は、探偵の友人・深山木幸吉に調査を依頼。ところが深山木も命を落とし、事故現場の海水浴場で諸戸を見かけた簑浦は、彼こそ連続殺人犯ではないかと怪しみます。

深山木の遺品には古い日記がまじっていました。それは離島に監禁された結合双生児の少女・秀ちゃんの記録で、片割れの少年・吉ちゃんに虐げられる苦悩が綴られていました。

諸戸と話し合いを持った簑浦は、初代の出生の秘密が諸戸の故郷・岩屋島に隠されていると突き止めました。二人は島に渡り、諸戸の父・丈五郎が、非道な人体実験のはてに多くの異形を作り出した事実を暴きます。

丈五郎は片輪者だけで世界を支配しようとする歪んだ思想の持ち主でした。秀ちゃんも例にもれず、丈五郎の犠牲になったのです。

初代は島の当主の血筋だったものの、後から来た丈五郎に家土地財産を乗っ取られ、一家離散の憂き目に遭います。初代と深山木を殺したのは丈五郎の下僕の曲芸一座の子供で、初代が受け継いだ家系図の奪取が目的でした。

家系図の暗号を解き、古井戸から繋がる地下道を探索する簑浦と諸戸。途中で道に迷い衰弱し、思い詰めた諸戸は簑浦に襲いかかります。

島の住人・徳さんに助けられた簑浦は、事件の驚くべき全貌を聞かされました。

曰く諸戸は丈五郎に誘拐されてきた子で、シャム双生児に改造された秀ちゃんは、初代の妹の緑だというのです。

命からがら脱出を果たした簑浦と諸戸を迎えたのは、島に上陸した警察でした。

その後分離手術に成功した緑は簑浦と結ばれるものの、地下道の恐ろしい体験がきっかけで、簑浦と諸戸の容貌は醜く老け込んでいました。諸戸は病気に倒れて亡くなる間際まで、愛しい人の名前を呼び続けていたそうです。

著者
["江戸川 乱歩", "落合 教幸"]
出版日

諸戸は執着ストーカーの先駆け?BL小説として読む『孤島の鬼』

江戸川乱歩は大正から昭和にかけ活躍した怪奇作家。ペンネームの由来は同ジャンルの先駆けである偉大な文豪、エドガー・アラン・ポーから。近親性愛や加虐被虐性愛、身体欠損性愛など広範囲の特殊性癖を扱った作品が多く、彼が世に送り出した推理小説の大半は、禁断・背徳をテーマにしています。

『孤島の鬼』の発表時期は1929年~1930年。『芋虫』ならびに『押し絵と旅する男』の中間に位置し、江戸川乱歩の脂が乗りきった、絶頂期の作品といえます。

著者
江戸川 乱歩
出版日
著者
["江戸川 乱歩", "しきみ"]
出版日

本作のキーパーソンは絶世の美男子・諸戸。

文武両道で明朗快活、誰からも愛される好青年の彼には大きな秘密がありました。実は諸戸は同性愛者で、学生時代から簑浦を愛していたのです。簑浦は諸戸の気持ちを知りながら初代と交際を始め、嫉妬に狂った諸戸は初代に求婚する形で、二人の仲を裂こうとしました。

『孤島の鬼』が名作として呼ばれる背景には、男二人の愛憎渦巻く確執と丈五郎の狂気が潜んでいます。

諸戸の父・丈五郎は息子と全く似てない矮躯の醜男で、自分の容姿に屈折した劣等感を持っていました。そこで丈五郎は誘拐や人身売買に関与し、人工的に奇形を作り出す計画に着手。片輪の王国を築き上げ、王として君臨する野望を育てます。志摩の孤島には丈五郎の悪逆非道な人体実験の産物である、奇形の人間が数多く監禁されていました。

諸戸は物心付いた頃より異性に興味を示さず、同性に惹かれる傾向がありました。殺人現場で目撃されたことから犯人ではないかと誤解を招くものの、彼もまた父の暗躍を疑い、独自の調査をしていた事実が判明。

事件の真相が知りたい簑浦と諸戸はかくしてバディを結成し、志摩の孤島に乗り込むのです。

ミステリー小説でおなじみ、にわか探偵と助手コンビの誕生です。

『孤島の鬼』のテーマは同性愛、および奇形・異形性愛。後者は特殊性癖の中でも特にインモラルな、タブー視される領域に踏み込んでいます。

だからといって前者が霞むかというとそんなこともなく、孤島の鬼とは生命倫理をもてあそんだ丈五郎か、簑浦への想い報われず修羅に堕ちた諸戸か、利己的な目的の為に諸戸の純情を踏み躙った簑浦自身をさすのか考察が捗ります。

作中にて簑浦は「諸戸のようにすべてにおいて優れた男に恋される事で、優越感に酔っていた」と告白しており、彼の気持ちを知った上で友人付き合いを続けたエゴイストぶりが、破滅の遠因となったと推測できます。

本作のヒロイン・初代は早々に退場し、彼女に成り代わるように諸戸が簑浦の隣を占めるのに注目してください。

諸戸が簑浦に捧げる恋慕の情は凄まじく、地下道で迷った際は、生きて帰れる保証がないならと思い余って簑浦に襲いかかりました。

協力し合って事件の謎を推理し、暗号に挑み、時には身を挺して庇い……そうまでして振り向いてもらえないなら、魔がさしても責められまいと同情したくなるほどに、理性と情欲の間で煩悶する諸戸の造形は際立っていました。

『孤島の鬼』が男性同士の恋愛・性愛を好む腐女子に支持されているのは、簑浦と諸戸のすれ違いが悩ましいから。コミカライズではBLに明るい漫画家を起用し、二人の倒錯した関係にフォーカスしており、心理描写にこだわっているのが伝わりました。

著者
["環 レン", "江戸川乱歩"]
出版日
著者
["naked ape", "江戸川 乱歩"]
出版日

叶わぬ恋に殉じた諸戸の運命は?衝撃の結末

『孤島の鬼』のもうひとりのキーパーソンは結合双生児の片割れ、秀ちゃん。彼女が書き綴った異様な日記が、孤島の全貌を解き明かす重大な手がかりとなります。

実は秀ちゃん(=緑)は初代の生き別れの妹で、丈五郎の狂気の実験により、後天的に結合双生児にされたのでした。

日記に記されていたのは片割れの吉ちゃんに欲情され、苦悩する本音でした。秀ちゃんも簑浦と同じく、愛してない人間に求められる状況を嫌悪していたのです。

秀ちゃんと簑浦が結ばれたのは、秀ちゃんが初代に似ていた以上に、立場の相似から来る共感が芽生えたからかもしれません。

誤解を恐れず率直に言えば、『孤島の鬼』のトリックには瑕疵が多いです。それを補って余りある登場人物の魅力と切なすぎる結末が、本作に忘れ難い余韻を付与しました。

事件の解決後、実の両親と再会した諸戸はすぐ病に倒れ、簑浦の名前を呼びながら息を引き取りました。

諸戸が地下道を逃げ回る簑浦に叫んだ言葉、「(恋人になれぬなら)せめて好きでいさせてくれ!」が涙を誘います。

ラスト二行、道雄は最後の息を引き取るまぎわまで、父の名も、母の名も呼ばず、ただあなた様のお手紙を抱きしめ、あなた様のお名前のみ呼び続け申候」の文章はあまりに有名。

簑浦に感情移入して読むか諸戸に感情移入して読むかでガラリと印象を変えるのも、『孤島の鬼』の魅力かもしれません。

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稀代の推理小説家として、国内外に多数のファンを持つ江戸川乱歩。数々の作品がメディア化され、日本の小説界に欠かせない存在となっています。読み応えたっぷりの長編から、心に残る極上の中短編まで、数々の傑作を生み出し続けた江戸川乱歩の作品をご紹介します。

著者
["江戸川 乱歩", "深津 真也"]
出版日

『孤島の鬼』を読んだ人におすすめの本

『孤島の鬼』を読んだ人には乃木坂太郎の漫画『幽麗塔』をおすすめします。

『幽麗塔』はアリス・マリエル・ウィリアムソンの小説『灰色の女』を翻案した黒岩涙香の小説、『幽霊塔』をベースにした怪奇ミステリー。男装の麗人・テツオと小説家志望の冴えない青年・太一のコンビが、時計塔に眠る財宝を手に入れる為、様々な冒険に挑みます。

江戸川乱歩や横溝正史好き垂涎の要素が盛り込まれており、ジェンダーレスなキャラも多数登場する為、『孤島の鬼』と合わせて読むと倍楽しめます。

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著者
乃木坂 太郎
出版日
2011-11-30

次に紹介するのは本格ミステリの第一人者・綾辻行人の『フリークス』

本作はある精神病院を舞台にした連作短編集。表題作の『フリークス』では、『孤島の鬼』の丈五郎をモデルにしたマッドサイエンティストが、自ら作り出した奇形児の一人に復讐されます。

ネタバレになるので伏せますが、トリック自体『孤島の鬼』のアンチテーゼとして機能しており、虚実入り乱れたサイコホラーとロジック重視のミステリーの醍醐味が共に味わえました。

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エンターテイメント性の高いミステリー作品が老若男女に支持され、以後の作家にも大きな影響を与え続けている綾辻行人。ホラーとミステリーが融合したような、独特の雰囲気を持つ作品を紹介します。

著者
綾辻 行人
出版日
2011-04-23
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