日本のアンデルセンと呼ばれ数々の名作童話を世に送り出した作家・小川未明。『赤い蝋燭と人魚』と並び彼の代表作と称される『野ばら』は、戦争に引き裂かれた国境警備兵の友情を描き、読者の涙を誘いました。 今回は今なお人々に愛され続ける不朽の名作、小川未明『野ばら』のあらすじや魅力をネタバレを交え解説していきます。
ある所に大きな国と小さな国があり、国境に定められた峠に警備兵を派遣していました。大きな国の警備兵は老人、小さな国の警備兵は若者でした。二人は石碑を挟んで右と左に分かれ、来る日も来る日も国境を見守り続けます。
最初のうちはお互いによそよそしい態度をとっていたものの、すぐに打ち解け合って親しくお喋りするようになりました。国境の峠には他に人家も見当たらず、話し相手といえばお互いしかいなかったのです。
国境には一株の野ばらが植わっていました。美しい野ばらは家族と離れて任務に就く二人の心を慰め、朝早く蜜を吸いに来る蜜蜂の羽音は、愉快な気持ちにさせてくれます。
二人並んで小川で顔を洗ったのち、若者は老人に将棋を習い、仲良く時を過ごします。やがて冬が訪れると老人は故郷を恋しがり、離れて暮らす子供や孫に会いたいとぼやきました。若者はそんな老人を宥めます。
また時が経ち、国同士が戦争を始めました。すると二人の関係に変化が生じ、ギスギスした距離ができます。思い余った老人は「私は老いぼれても少佐だから、首を持って帰れば出世できる」と若者に言いました。
されど若者は肯わず、老人ひとりを残して峠を去り、北の戦場へと志願して行ってしまいました。
以来老人は若者の身を案じ続け、ひたすら無事を祈ります。国境は相変わらず平和そのもので、四季折々の自然は美しく、戦争が起きている実感は得られませんでした。
ある時、国境を一人の旅人が通りかかりました。老人が戦争の状況を聞いた所、小さい国が敗北し、兵士は皆殺しにされてしまったと判明します。
若者も戦死したのではと哀しみ、石碑に腰掛ける老人。
それからどれ位経ったでしょうか、大勢の人が通る気配に顔を上げると、向こうの道を大勢の兵士がぞろぞろ歩いてきました。その中には懐かしい若者もおり、馬に乗って仲間を指揮しています。
老人と目が合うや若者は黙礼し、ばらの香りを嗅いで去っていきました。夢から覚めた老人は友の運命を悟り、一か月後に野ばらが枯れるのを見届け暇をもらい、故郷へ帰ってしまったそうです。
- 著者
- 小川 未明
- 出版日
- 1982-12-01
小川未明『野ばら』は1922年に発表されました。本作は敵に分かれてしまった老兵と青年兵の友情、および哀しい別れを描き、『赤い蝋燭と人魚』に並ぶ傑作として評判になります。
- 著者
- 小川 未明
- 出版日
- 2002-01-01
5分でわかる!日本のアンデルセン小川未明の傑作童話『赤い蝋燭と人魚』ネタバレ解説
明治から昭和にかけ活躍した童話作家・小川未明。日本のアンデルセンの異名をとる彼が生み出した童話の多くは、欲望に抗えない人間の弱さや愚かさ、儚さを描き、現代の人々にも感動を与えています。 今回はそんな小川未明の不朽の代表作、『赤い蝋燭と人魚』のあらすじや魅力をネタバレ解説していきます。
『野ばら』を語る上で外せないのは美しい自然の描写。中でも国境に咲く野ばらは本作の重要なキーアイテムであり、二人の友情、そして別れの象徴となっています。
『野ばら』には固有名詞が一切登場しません。戦争している国の名前はおろかキャラクターの名前すら明かされず、「老人」「青年」「旅人」とそれぞれの特徴をもって簡潔に呼ばれています。
即ち、彼等が暮らす大きな国と小さな国は私たちが住んでいる場所かもしれないのです。
特筆すべきは登場人物の少なさと限定された状況。視点は国境の峠から移動せず、戦争は「どこか遠い場所の出来事」として語られます。彼等が任務に就いているのは峠は自然豊かな山で、朝ともなれば蜜蜂が飛んで小鳥が囀り、美しい野ばらが咲き誇りました。
共に故郷を離れ孤独な身の上の二人は、毎日顔を合わせる中で友情を育み、将棋をさしあうのを日課としました。ところが突然戦争が起こり、両者の立場が危うくなります。
もし昨日まで友達だった人が敵に分かれてしまったら、あなたならどうするか。
実際に砲撃や銃撃にさらされていれば実感も湧いたでしょうか、二人がいる峠は相変わらず平和で美しく、昨日と何も変わっていないのです。
なのに人間だけが憎しみ合い、殺し合っている不条理。
兵士として国に尽くすなら敵を殺すのが大義とわかっていても、友を手にかけるのは良心が許さない。
思い悩んだ老人は「自分の首を持って帰れば出世できる」と言いますが、青年はこの申し出を拒否し、戦場に志願するため国へ帰って行きました。
青年の選択を臆病な妥協と見るか、勇敢さから出た正義と見るかは意見が分かれる所です。友人である老人に直接手を下すのは避け、見ず知らずの他人を進んで殺しに行くのは、非情に徹しきれぬ弱さ故の逃避かもしれません。
前段で故郷を恋しがっていた老人が、自分の殺害を青年に持ちかけたのは、峠を挟んで嘗ての友といがみ合い、いずれ殺されるかもしれないと怯える日々に耐えられなかったからでしょうか。
いずれにせよ戦争が始まった時点で友情にはひびが入り、疑心暗鬼の泥沼に陥るのは免れません。
友と殺し合うのをよしとせず、片や志願兵として戦場に赴き、片や国境の峠に居残り……二人の選択は気高い決断なのか、破滅を先送りにして別の破滅を呼び込む現実逃避なのか、解釈は読者に委ねられます。
小川未明のおすすめ作品4選!児童文学の父が描いた童話
明治から大正にかけて活躍した小川未明は、独特の世界観を持った児童文学作家です。子どものみならず大人にもファンが多く、「日本のアンデルセン」「日本児童文学の父」などと評されています。今回は小川未明の世界が存分に味わえる4冊をご紹介しましょう。
- 著者
- ["小川 未明", "柊 有花", "小埜 裕二"]
- 出版日
峠に残る選択をした老人は、戦争の実感を一切得られないまま、青年の帰りを待ち続けます。
老人がいる峠には砲声や銃撃の音が届かず、戦場の様子はまるでわかりません。それは我々が新聞が報じる外国の戦争に危機感を覚えないのと同じく、されど野ばらが咲いて小鳥が囀り、蜜蜂が飛ぶ今この瞬間も、確かに誰かが死んでいるのです。
長い歳月が経過したのち、老人はたまたま峠を通りかかった旅人に戦争の状況を尋ねます。すると既に戦争は終わり、小さな国の兵士は皆殺しにされたと言われてしまいました。
知らない場所で始まり、知らないうちに終わり、大切な人が死ぬ。
行きずりの旅人から戦争の結果がもたらされるまで、老人は加害者でも被害者でもありませんでした。しかし結果を知ってしまった以上、兵士を皆殺しにした国の人間として、加害責任を負わねばなりません。
たとえ青年がそれを望まなくても、死地に臨む友を引き止めず見殺しにした、良心の呵責は免れ得ないのです。
ラストの解釈も分かれます。
国境の碑に掛けた老人が見た隊列が夢か現実か、作中では明言されません。現実なら、戦死した青年が最後のお別れにきたのでしょうか?夢ならば罪悪感が働いたのでしょうか?
老人は別離後の青年の消息を知らず、彼が昇進したか否か知りません。馬に跨り部下を指揮していた所から推し量るに、兵士として出世を果たしたと考えられますが、それすら老人の願望……友を見殺しにした罪悪感を打ち消す為の、都合良い妄想に過ぎないのです。
青年は老人に黙礼し、思い出の野ばらの匂いを嗅いで去って行きました。老人は無言でそれを見送り、野ばらが枯れるのを見届け故郷へ帰りました。
戦争さえ起きなかったら、二人は仲良く日々を過ごしたはずです。青年の将棋は上達し、老人は野ばらを愛で、いずれ任務が解かれるのを待ち、その時には不滅の友情を誓い合って別れたかもしれません。
もし自分が老人だったら、そして青年だったら、どんな選択をしたでしょうか。
固有名詞を用いず童話として書いたことで、『野ばら』は普遍的な感動と余韻を後世に引き継ぐことに成功しました。世界の国々で戦争が起こり、理不尽に引き裂かれる人々がいる限り、『野ばら』の老人と青年は今もどこかで生まれ続け、同じ悲劇が繰り返されているのです。
『童話迷宮』を全巻ネタバレ紹介!おとぎの妖しい世界へ誘われる漫画【無料】
小川未明の童話をもとに作られた本作『童話迷宮』。小川未明独特の世界観を、現代風に現実とリンクする物語という形で、妖しく美しく表現しているのが見所の本作について、その魅力を紐解いていきます。 原作を知っている人も知らない人も楽しめる、新しく生まれ変わった名作童話たち。スマホで無料で読めますよ。
- 著者
- 小川 未明
- 出版日
小川未明『野ばら』を読んだ人には鈴木まもる『戦争をやめた人たち-1914年のクリスマス休戦-』をおすすめします。
本作は第一次世界大戦の真っ只中、クリスマスの一日だけ休戦し、イギリス軍とドイツ軍がサッカーをした実話ベースの絵本です。鉛筆でスケッチしたような素朴な挿絵とわかりやすい言葉で、戦争の残酷さや潰えぬ希望を伝え、人々に感動を与えました。
- 著者
- ["鈴木 まもる", "鈴木 まもる"]
- 出版日
谷川俊太郎『へいわとせんそう』も必読。
子供から大人まで、幅広い世代に届くアプローチで戦争と平和の本質を語り、読後は考えさせられました。同作者の詩『死んだ兵士の残したものは』と一緒に読むと、より理解が深まります。
谷川俊太郎の絵本おすすめ5選!代表作『生きる』など
世界中にファンをもつ谷川俊太郎作品は、深い優しさにつつまれた感動作ばかりです。新しい感性を持ち続け、広くそして長く愛されています。
- 著者
- たにかわ しゅんたろう
- 出版日
- 2019-03-13