嵯峨景子の「今月の一冊」|第十六回目は『BL研究者によるジェンダー批評入門』|対話と批評文で学ぶBLの世界

更新:2023.8.30

少女小説研究家の第一人者、嵯峨景子先生に、その月気になった本を紹介していただく『今月の一冊』。第16回目となる8月号は筑摩書房から2023年5月に刊行された『BL研究者によるジェンダー批評入門: 言葉にならない「モヤモヤ」を言葉で語る「ワクワク」に変える、表象分析のレッスン』をお届けします。対話と批評文でBLの世界を学ぶことができる本書の魅力を解説していただきました。

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「嵯峨景子の今月の一冊」、第16回目です。今回は2023年6月刊行の溝口彰子『BL研究者によるジェンダー批評入門 言葉にならない「モヤモヤ」を言葉で語る「ワクワク」に変える、表象分析のレッスン』(笠間書院)を取り上げます。

著者
溝口彰子
出版日

私事ですが、文筆業を仕事にして3年が経ちました。ありがたいことに少しずつ仕事は増え、忙しい毎日を送っています。しかしながら日々の仕事のなかで自分に足りないスキルあることを実感し、もどかしく思う場面もありました。今後の仕事を広げていくためにも、ライター講座を受講してしっかりと勉強したい気持ちが高まっていました。今年に入ってから本格的に検討を重ね、7月スタートの宣伝会議「編集・ライター養成講座総合コース」に通っています。選んだのは全40週構成で毎週土曜日に2コマ受講というかなりハードなカリキュラムです。半年間通うのは大変ですが、ここでしっかり勉強して今後の仕事に繋げていきたいです。

前置きが長くなりましたが、ライター講座受講をきっかけに文章作成にまつわる本もたくさん読むようになりました。『BL研究者によるジェンダー批評入門』もその流れで手に取った一冊です。私は自分の思考を言葉にするのがものすごく苦手なので、この本を通じて自分の思いを言語化するためのヒントをもらえたらと購入しました。読んでみたところ、非常にユニークな構成をとる、わかりやすくて面白い批評入門書でした。いろいろな人におすすめしたくなり、こうして連載で取り上げています。

『BL研究者によるジェンダー批評入門』は、第一部と第二部で構成されています。第一部は基礎編にあたり、さまざまな作品について「あっこ先生」と「もえ」が会話を交わすという対話形式でジェンダー批評に必要な視点や具体的な分析が語られていきます。対話形式なので、少し難しい話も噛み砕いてわかりやすく説明されているのが本書の特徴です。それでいて重要な論点はきちんとおさえられています。間口の広い形式で執筆された、読みやすくて勉強になるパートです。

実は二人の対話の一部は、応用編と題された第二部「アカデミックな批評文を読んでみよう」に収録された論文をベースに構成されています。たとえば第1章の「作品に潜む偏見に気づく 「いないこと」にされるレズビアンたち」で「あっこ先生」と「もえ」が話し合った内容をアカデミックな批評文に落とし込んだのが、第二部収録の「同じ物語なのになぜレズビアンが疎外感を味わうのか 『LOVE MY LIFE』映画版の謎を分析する」というテキストなのです。同じ論点を「対話」と「批評文」という異なるかたちでみせるやり方が大変おもしろく、かつ勉強になります。「批評入門」にふさわしい素晴らしい構成だと感心しながら読み進めていました。

具体的な内容もみていきましょう。第一章では、女性同士の恋愛を描いたやまじえびねの漫画『LOVE MY LIFE』が題材に取り上げられています。漫画『LOVE MY LIFE』のどこが画期的だったのか、そして原作を忠実に映像化したはずの実写映画版のどこに問題点があるのかが、「あっこ先生」と「もえ」の対話を通じて明かされていきます。

漫画では、主人公いちこのレズビアンとしての自覚が描かれている点が画期的だったと「あっこ先生」は説明します。いちこが無意識に内面化していた異性愛規範を乗り越えた描写は、レズビアン当事者たちの共感を呼ぶものでした。ところが実写映画版ではストーリーはなぞりつつも、原作の大事な部分であるこの箇所が切り捨てられてしまったのです。「レズビアン読者を勇気づける漫画」が、映画化されると「異性愛者の観客を視覚的に楽しませるための映画」になってしまっている。具体的な描写の比較を通じて、この構造や問題点がわかりやすく説明されています。

「あっこ先生」と「もえ」の対話を読んだ後に第二部の『LOVE MY LIFE』を題材にした批評文を読むと、内容がするすると頭に入ってきます。まとまった批評文を書くときの参考になるので、論考も収録されているのもありがたいですね。他にも安部公房原作・勅使河原宏監督による映画『砂の女』を「レズビアン・リーディング」という手法を用いて読み直した第2章や、『おっさんずラブ』分析を通じてホモフォビアやミソジニーに光を当てる第4章は、第二部の批評文とセットになっています。とても勉強になるので、ぜひ両方を読み比べてください。

今回は漫画と実写映画を中心に紹介しましたが、『BL研究者によるジェンダー批評入門』では他にも現代アートやアニメなども取り上げられています。BLやレズビアン、シスターフッドなどを切り口に、ジェンダー批評を学べる楽しい一冊です。批評という別の視点から見ることで、エンターテインメント作品をより深く楽しむことができるようになります。そのための思考と言葉を、ぜひ一緒に手に入れましょう。

著者
溝口彰子
出版日

 

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