とにかく俺はよく走る。
夜中のお腹の上をぐるぐるぐるぐる駆け回る。
ほぼ毎日、夜に長いランニングをしている。
俺は昼間の町で見知らぬ人々とすれ違うそのひとつひとつを、誰かと出会っているという認識で捉えていないことに気づく。
それらは一人一人の個人というよりも、俺の外側で動く大きな一塊であって、風景に近い。
対して夜中のランニング中に町ですれ違う人々の印象は闇夜に浮かぶ火の玉みたいに、なぜだかハッキリとした印象をもって俺の中に入ってくる。時間が経っても俺の脳内にチカチカ現れる。
そもそも夜中の町には人が少ないという点もあるのだろうが、そこで誰かとすれ違う瞬間にはたとえそれが一瞬の出来事であろうとも、その相手と俺の人生は、わずかに触れ合ってしまっている。
夜中にランニングに出かけると、大体同じ地点で毎回見かけるおじさんが居る。
その人の体はまあるくて、細いフレームの眼鏡、髪の毛がなくて、でも髭は黒々と胸元辺りまで伸び切っている。
いつもTシャツに短パンみたいな格好で、そしていつも仄暗い雰囲気を纏っている。
俺はその人を見るとなぜかいつもサンタクロースを連想する。
まあるく膨らんだお腹の中に詰まっているなにかは、サンタさんのそれとはかなりかけ離れていそうだけれど。
走りながら息切れした俺の脳は、彼のことをいつからか自分の中だけでサンタクロース浪人と呼称している事に気が付く。
サンタクロースのプロ試験に受験して、落ち続けている浪人生。俺の脳は息切れをしている。
サンタク浪人さんはかたつむりみたいにゆっくり歩いているか、歩かないで自分の足先を見つめたまま立ち尽くしたりしていて、それ以外での彼を見かけたことがない。
サンタク浪人さんは昼の町には現れない。それも彼がサンタクロースと結び付いてしまった一因かも知れない。
ある夜中にいつものように走り始めたら瞬く間に雨が降り出した。
雨足はどんどん強まり大通りは誰も居ない空っぽになったけど、俺は引き返さずに走り続けていた。
しばらくするとコンビニの灯りが照らすずぶ濡れのサンタク浪人さん(仁王立ち)を見つけた。
彼は真っ黒な虚空を見上げ、獰猛な雨に顔を打たせたまま立ちすくんでいた。
その姿は空に何かを訴えかけているよう。
子供たちにプレゼントを運べないそのまあるい体に溜め込んだ冷たい涙を、雨に変えて夜中の町に目一杯降らせているみたいだった。
工場から集団で出てきた夜勤明けの外国人さんたち。
夜中のバス停に折りたたみのイスを勝手に広げて酒を飲む男女。
ランニングしている俺についてきて並走する酔っ払い。
コスプレしているけど内面はコスプレしていないガールズバーの客引き。
コスプレしていないけど内面がコスプレしているガールズバーの客引き。
あまりにも遠くまで走り続けてしまった俺に、ここが何区かを尋ねてきたお兄さん。あの時は答えられなかった。俺にとっても初めての場所だった。
出会って、話して、同じ時間を共にして、お互いの輪郭を何度もなぞり合って行くような誰かとの出会いがある。
そして一瞬視線が交わっただけで、名前も知らないままに通り過ぎていく誰かとの出会いもある。
どちらにしてもそこに出会いがあるならば、お互いの間には、実は既に何かが立ち上がっている。
そもそもこの世には俺が出会う人と出会わない人がいて、出会った時点で、出会う前の俺とは違う俺になっていく。違う俺が始まってしまう。別の人間になっていく。今の俺が知らない俺に。俺自身の力じゃ、形作れない俺に。俺か、俺以外か。
あまりにも長くて、あまりにも手に負えない人生に、灯火を運び込んでくれるのはいつだって「誰かと出会う」ことから始まっていた。
(人生を手に負えないものにしてしまう火種を運び込んでくるのも、「誰かと出会う」ことから始まっていた。)
誰にでも訪れる誰かとの「出会い」なんて「とっておき」を、なら俺はどう扱う?。
その「とっておき」に触れていることを忘れちゃわない。
静かにして。
手触りに心を澄ませて。
静かにして。
※この岡山天音はフィクションです。要所要所が嘘です。色で言うなら、真っ赤です。
【#1】※この岡山天音はフィクションです。/「岡山天音って本名?」
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【#2】※この岡山天音はフィクションです。/「SI 俺たちはいつでも」
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【#3】※この岡山天音はフィクションです。/「タイトルなし」
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※この岡山天音はフィクションです。
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