小学生の頃、秘密基地を作っていた。
団地と団地の隙間の公園。
その公園の奥の茂みを掻き分けて行くと、緑の生えていない場所があって、そこにダンボールを持ち込んで秘密基地ということにした。
立つと茂みから体が出てしまうから、ここではずっと座って過ごすことに決めた。
冬だったけど嬉しくて、友達の家より長い時間をそこで過ごした。
友達の持ってきたゲームの画面が、夜に並ぶ街灯りみたいにいろんな色に点滅していた。
友達の鼻をすする音は聞いたことのない音だった。
吐いた息は雪みたいに白かった。
冷え切ってどこかに行った足の感覚を、帰ってからストーブの橙色で呼び戻した。
秘密基地を作ってしばらくした頃、公園に行くと近所のよく知らない人たちが集まっていた。
小さな人だかりのその奥の秘密基地に「オヤシラズ」が座り込んでいた。
オヤシラズはいつも団地の迷路に迷い込んだみたいに、団地と団地の間をぐるぐるぐるぐる周っている男の人で、僕も顔だけは知っていた。
みんなからなぜかオヤシラズと呼ばれていた。
秘密基地を作ったのが僕たちじゃなくてオヤシラズだという事になっていた。
人だかりは秘密基地の撤去を求めて一丸となり、冬の空気を一層張り詰めさせていた。
オヤシラズは自分の家のリビングでテレビを眺めているみたいに、ただ前を見つめて黙り込んでいた。
腕を組んだ中学生ぐらいのお兄さんは口をかたく結びオヤシラズを見下ろしていた。指紋が付いたメガネの奥の奥に遠ざかった小さな目は何を思っているのかわからなかった。
団地の前の道をいつも箒で掃いているお爺さんも居た。
オヤシラズもそうだけど、このお爺さんも団地の迷路に閉じ込められた人みたいだなと思っていた。
邪魔だからどかせ、みたいなことを喋っていた。
お爺さんの声を初めて聞いたけど、思っていたよりも普通のお爺さんだった。
僕よりも小さな子供と手を繋いでいるお母さんは他の人より少し離れたところに居て、手を繋がれた小さな子供はその場でステップを踏みながら高い声を出して笑っていた。
子供には見えるものが違う。
僕は怒ってる人たちの後ろで少しだけ立ち止まって、それからまた公園を出た。
その間オヤシラズは一言も喋らなかった。
団地と団地の頭に縁取られた空は雲を浮かべていて、じっと見つめていると、少しずつ右に向かって動いていた。生き物って可能性はあるのかな。
誠にすいまめ~ん。
自分にしか聞こえなかった声。
団地は絶対にどこかから誰かが見ているから、気をつけろ。
団地で暮らしたことのない大人の人が、前に僕に言った。
公園の外で吐いた息はもう、雪みたいではなかった。
※この岡山天音はフィクションです。実在する岡山天音も子供の頃に秘密基地を作っていました。基地の最長寿命は1日です。
【#5】※この岡山天音はフィクションです。/「寝て見る夢」
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【#4】※この岡山天音はフィクションです。/「夜のランニング」
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【#3】※この岡山天音はフィクションです。/「タイトルなし」
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※この岡山天音はフィクションです。
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