芸能プロデューサー×炎上商法? “心がささくれだった読書のゆくえ”|ある業界人の戯れ言#23

更新:2024.10.16

ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。今回は、昨今の時事を俯瞰した藤原氏の鋭い考察が光ります。

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心がささくれだった読書のゆくえ

長年芸能界に関わってきた者の一人として深く考えることに、人はどのようにして知名度を上げるのか、と言うのがあります。

ややネガティブな考え方ですが、その一つに今の時代“炎上商法”と言うのがあると思います。

なぜ今あえてそのようなことを言い出すのかと言うと、斎藤元彦・前兵庫県知事の事件がずっと気になっているからなのです。彼がやったであろうことを許す許さない、とかではなく、彼の世間への対応のブレなさ加減、孤立無援になっても全く意に介さないで貫く姿勢、見続けているとだんだんこれはもしかするともしかするぞ、との思いに囚われてくるのだから、人間というのも僕を含め全く現金なものだなと思います。

この原稿を書いている時点で、彼は知事の失職を選んだのですが、出直し選挙するとのことで、ふつう一般庶民的感覚で言うと何しよんねこいつ!?と思うところですが、これだけ長い間粘ったので彼の世間的知名度だけは今や全国レベルで爆上がりしたのは確かです。

しかもかつての麻生太郎の言い分じゃないけど、ハラスメント自体は犯罪ではなく、あくまで倫理的なトラブルなので、特に今回の事件のように訴えた人が亡くなっているケースでは、新たにセンセーショナルな話題が出てくるわけでもなく、斎藤氏がやったであろうことが世間的には少しずつ忘れられ、やがてそのこと自体に飽きてしまうと、圧倒的知名度だけが残り、出直し選挙でもし候補が乱立したりすると彼が勝つ可能性さえ出てくるのではないかとさえ思えてくるのです!気づくと知事失職後の彼はJR須磨駅の駅頭に立って住民にひたすら挨拶をし、高校生とかに握手をせがまれたりしていると言うではありませんか。すげえ、そんなことが!!と思っている時に手にしたのが『小山田圭吾 炎上の「嘘」』という本でした。

著者
中原 一歩
出版日

 

発端は2021年夏の東京五輪の開閉会式の音楽担当に選ばれた音楽家・小山田圭吾が、90年代の音楽雑誌に掲載されたインタビューの中で、同級生に対する壮絶ないじめをしたことがある、と告白したことでした。

その内容自体が読むのもおぞましいほどの鬼畜的表現だったのもあり、そんな人物が五輪の音楽を担当するのは何事かと言うことで炎上し、小山田圭吾はその発表の5日後に音楽担当の辞任を発表し、あまっさえNHKなどで長くやっていた番組などもすべて下ろされ、公での活動の場をすべて失うという憂き目にあったのです。

しかしこの前の朝ドラのヒロインのセリフではないですが、僕はあの時点で「はて?」となった一人でした。

今や名をなした音楽家が、四半世紀前の本人へのインタビュー記事が原因で職を失くすとは一体どう言うことなのか。

それ自身、公にされたものなのだし、その当時問題になったのならいざ知らず、百歩譲って五輪は海外の目もあるので降りるとしても、その他の仕事まですべて干されてしまう、と言うのはどうしたものか、と思ったのです。

ちなみに僕はフリッパーズギターは世代でもないし好きでもなかったですが、独立してコーネリアスになった小山田の音楽には割と親和性を感じて聴いてもいたので、あー五輪の音楽に選ばれたのか!とちょっと嬉しい気持ちにもなっていたので余計にそういうところがあったかもしれません。

で今回読んだこの本なのですが、ノンフィクションライターの人が、現在の小山田圭吾をはじめ、この雑誌掲載があった当時の関係者などにつぶさに接触して書いたものです。一読して思うのは、雑誌「ロッキング・オン」の編集長にしてやられた結果なのだろうと言うことですが、小山田自身も今さらその当時の行為自体を否定しているわけではありません。しかしどうやらこのいじめの実践者は、小山田よりも一年上の留年してダブってきた怖い先輩によるもので、小山田らは取り巻きとしてその行為を見ていた、と言うその意味ではいじめの現場に今も昔もありがちな図式であるようです。

しかしさすがにそのままの話で、壮絶ないじめっ子の取り巻きに過ぎなかった、と言う記事にしてしまっては、あまりに締まりが悪くカッコ悪い、とこの編集長は思ったのかもしれません。小山田圭吾本人によるイジメに書き換えられ、そのまま雑誌は発売された、と言うことのようです。ちなみにこの「ロッキング・オン」と言う雑誌、インタビューされた人間による記事のゲラ確認とかは一切させない方針でそれは今も徹底しているらしいです。怖いですねーそうなんだ。雑誌などは礼儀としてもそれはやるんだと思っていました。一応似て非なる業界で、ドキュメンタリー番組なども作っている身としては、ではインタビューを受けてくれた人に編集したものを事前確認させるのかと問われたら、テレビ番組の事前検閲の問題も絡んで難しいと言わねばならないところもあるにはあるのですが。

話を戻すと、この本の中で、小山田は壮絶ないじめの当事者が自分ではない、と明確に主張しているわけでもなく、もっと言うと編集長のことを批判している様子でもない。想像するに、小山田にとって今さらそれを主張するのがカッコ悪いことだと思っているようにも感じられます。名をなした著名人が、昔ワルやってました、と言うのは昔も今もカッコつけの定番だと思いますが、彼にとってもそのインタビューの頃は、若気のいたりのそれで、度を越している感じがある種の偽悪をさえ装ったのではないか。

タイトル通り、炎上の「嘘」とまで言えるかどうかは微妙な気がしますが、しかしそこから2年あまりの歳月の中で、多くの人々の中で小山田圭吾の事件について、あーそんなこともあったな感が醸成され、音楽活動も少しずつ再開されました。新しく作られた曲のセンスも僕的には以前よりむしろ磨きがかかったんじゃないかとさえ思える出来栄えで、音楽家として世の中から葬られることがなくてほんとうによかったなと思うのですが、そう言う感じの人々の忘却感が、斎藤元彦の出直し選挙にも作用するのではないかと言う気がしてならないのです。

そんな著名人の炎上とかそんなことばかり考えていたら、そう言うのとは無縁に、狭い半径の中で生きている人だけを描いた小説はないものかとの思いが募り探す気持ちになりました

ありました。柴崎友香『続きと始まり』。ただひたすらふつうに一所懸命にコロナ禍を生きる男女3人を描いたこのお話。先ほどのようなささくれだった思いに駆られた読書の後は、懸命に現在を生きる無辜(むこ)の人たちの物語は胸に沁みました。

著者
柴崎 友香
出版日

 

2020年から22年までのコロナ禍。滋賀県在住で2児の母、東京在住で調理師として働く男性、東京在住で知り合いの経営する写真家の専属カメラマンとして働くことになる独身女性、のそれぞれの時間に起きる出来事を淡々と綴る物語なのですが、彼女ら彼ら以外の登場人物も含め、すごく幸福な人もすごく不幸な人もすごくいい人もすごく悪い人も出てこない。つまりは日本全国そこらじゅうにいるであろう、誤解を恐れずに言えば、ごくふつうの誰かさんの話なのです。

そのため、この小説では、何らかのフリがあってオチがあるような物語性はないし、それだけに生々しく、それが一般市民の当たり前の生活としてどこかにある話だろうと想像してしまう。柴崎友香という作家は、物語を作る、と言うより、個人を特定しないさまざまな人々が置かれる状況と言うものにとりわけ共感性が高いのかも。先月読んだ『あらゆることは今起こる』で彼女は自らのADHDについて書いているわけですが、そう言う言い方はあまり良くないかもしれないけど、物事の見方に他の作家とも位相の違う特殊性が存在するのではないかとさえ思うのでした。

そしてその小説を読了した僕は、日々起きる少しだけ切ない現実に身を浸すような感じにもなり、地道に生きていくことの大切さ、みたいなものを柄にもなく感じるのでありました。

 

info:ホンシェルジュX(Twitter)

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