講談社の子供向け推理小説シリーズ「ミステリーランド」で刊行された麻耶雄嵩『神様ゲーム』。 本作は2006年版「このミステリーがすごい!」で5位に輝いたミステリー小説で、子供向けとは思えぬ後味の悪さと予定調和を裏切る衝撃のラストが、多くの読者にショックを与えました。 今回は麻耶雄嵩の問題作『神様ゲーム』のあらすじと魅力を、ネタバレありで徹底解説していきます。最後までお付き合いください。

主人公は神降市在住の小学四年生・黒沢芳雄。現役刑事の父と専業主婦の母を持ち、級友たちと「浜田探偵団」を結成した彼の目下最大の関心事は、町内を震撼させている連続猫殺害事件でした。
名前の由来はメンバー全員が浜田町に住んでいるから。そのせいで浜田町に住んでない芳雄の親友・岩渕英樹は加入を断られています。
他のメンバーは大柄でリーダーシップに溢れる坂本孝志、ひ弱な慎重派・内海俊也、東京出身のファッションリーダー・山添ミチル、お転婆で勝気な辻聡美。ミチルは芳雄の片想いの相手で聡美は孝志の好きな子。
探偵団の面々が猫殺しの犯人を追い始めたのは、ミチルの愛猫・ハイジが殺された事件がきっかけでした。
ある日のこと、芳雄たちの班は男子トイレの掃除を担当することになります。
楽な手洗い場は早い者勝ちで孝志に取られてしまった為、仕方なく転校生の鈴木太郎とトイレ掃除を始めるものの、無口無愛想な彼と共通の話題が見当たらずどうにも気詰まり。
痺れを切らして「どこから来たの?」と質問した所、鈴木太郎は無表情に「上から」と答え、自分は神様であると付け足します。それを単なる言葉遊びのゲームととらえ話を合わせると、鈴木太郎は猫殺しの犯人をほのめかす「予言」をしました。
後日……探偵団の基地として使っていた廃墟を訪れた芳雄たちは、そこで変わり果てた同級生の死体を発見します。被害者は芳雄の親友・英樹。芳雄は真実を教えてほしいと鈴木太郎に頼むのですが、彼が語り出した事件の真相は想像を絶するものでした……。
登場人物紹介
- 著者
- 麻耶 雄嵩
- 出版日
- 2015-07-15
麻耶雄嵩『神様ゲーム』は2005年に講談社の子供向け推理小説シリーズ、「ミステリーランド」より刊行されました。その後好評を受け2015年に講談社から文庫化、現在も根強い読者に愛されています。文庫版の装画はイラストレーターの原マスミが手掛けました。
ジャポニカ学習帳を意識した文春文庫版の装丁も凝っていますね。全ての真相を知った後に見返すと両親の顔がないのが不気味です。
なお「ミステリーランド」は錚々たる執筆陣を揃えており、綾辻行人『びっくり館の殺人』、有栖川有栖『虹果て村の秘密』、小野不由美『くらのかみ』、殊能将之『子どもの王様』、はやみねかおる『ぼくと未来屋の夏』、乙一『銃とチョコレート』などの豪華ラインナップが人気を集め、子供から大人まで幅広い世代に読み継がれています。
作者の麻耶雄嵩は1991年に『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』でデビュー。以降は『メルカトル鮎』シリーズで人気を博し、ミステリーのメソッドを逆手にとって読者の意表を衝く、賛否両論の問題作を発表し続けています。
- 著者
- 小野 不由美
- 出版日
- 著者
- 乙一
- 出版日
鬼才・麻耶雄嵩のおすすめミステリー小説ランキングベスト6!
『翼ある闇 メルカトル鮎最後の事件』でデビューして以来、ミステリー愛好家のみならず、同業者の中からも高い評価を得ている麻耶雄嵩がこれまで生み出してきた異彩を放つ著書の中から、是非おすすめしたい6作をご紹介させていただきます。
続編の『さよなら神様』は文春文庫から発売。こちらは鈴木太郎の外見と喋り方、舞台となる町や主人公が変更されています。イラストはスオウが担当し、第15回本格ミステリ大賞を受賞しました。谷古宇剛作画担当のコミカライズ『さよなら神様』も全3巻発売中。
- 著者
- 麻耶 雄嵩
- 出版日
- 2017-07-06
- 著者
- ["麻耶雄嵩", "田宮瓢", "谷古宇剛"]
- 出版日
本作のフックとなるのは存在自体がクエッションな謎の転校生・鈴木太郎。
全知全能の神を自称する鈴木太郎は、男子トイレの掃除中の芳雄に接触し、猫殺しの犯人に迫るヒントを与えました。その中には神降市内で今後起きる殺人事件の暗示も含まれており、芳雄たち探偵団の基地から予言通りに死体が見付かったことで、俄かに現実離れした発言の信憑性が増していきます。
鈴木太郎は本当に神様なのか?
その言葉は嘘か真実か、妄想狂の戯言に過ぎないのか?
記号的で没個性な名前に反する存在感とシャーレの繁殖コロニーでも眺めるようにクラスメイトを観察するシニシズムが、二転三転する『神様ゲーム』のストーリーを引き締めているのは否めません。
得体の知れない少年が抽象的問答を通し子供たちを導く筋立ては、マーク・トウェイン『不思議な少年』に通じます。矢部崇『魔女の子供はやってこない』を思い出す方もいるかもしれません。
- 著者
- マーク トウェイン
- 出版日
- 1999-12-16
- 著者
- ["矢部 嵩", "小島 アジコ"]
- 出版日
カルト作家矢部崇の傑作ジュブナイルホラー『魔女の子供はやってこない』ネタバレ徹底解説
カルト作家矢部崇の最高傑作と名高い『魔女の子供はやってこない』。本作はトラウマ級の衝撃を残す異端のジュブナイルホラーとして、読者の絶大な支持を獲得。『アンデッドガール・マーダーファルス』で有名なミステリー作家・青崎有吾が、タイザン5『タコピーの原罪』との類似性を指摘したことで新たに注目を集めました。 今回は各方面で話題沸騰の『魔女の子供はやってこない』のあらすじや闇深い魅力を、ネタバレありで解説していきたいと思います。最後までお付き合いください。
芳雄は太郎から犯人の手掛かりを引き出そうと躍起になるも、太郎はえてして核心をはぐらかし、思わせぶりなヒントを与えるだけ。そのさまはまるで芳雄を試すかのようで、人間に気まぐれな試練を課す、神様らしいと言えなくもありません。
鈴木太郎曰く秀樹殺害の動機は「エッチの現場を見られたから」、早い話が口封じの為。子供向けと子供だましを混同しないのが「ミステリーランド」の長所とはいえど、ジュブナイルミステリーの動機としては攻めすぎており、よく保護者から苦情が来なかったものだと呆れます。
実際の所、芳雄は終盤に至るまで鈴木太郎の能力を疑っていました。それもそのはず、「実は神様なんだ」とクラスメイトに告白されても信じられるわけありません。
けれど鈴木太郎の予言は悉く的中し、面識のない猫殺しの犯人を名指しする段に至って、とうとう信じないわけにいかなくなりました。
常に超然とした鈴木太郎と終始猜疑心に苛まれる芳雄のやり取りは本作の大きな見所で、『神様ゲーム』のタイトル回収となる、駆け引きの妙味が楽しめました。
何せ相手は神様であるからして、芳雄に与えられるのは過程を省いた端的な答えのみ。思考の空白は自力で埋めねばならず、それは結果から原因を逆算する困難を伴いました。たとえるならパズルの完成見本を頼りに膨大なピースを組み合わせるようなものです。
鈴木太郎はただのウソツキなのか、本当に神様なのか?
猫殺しや英樹殺しの犯人の可能性はありはしないか?
読み進めるうちに読者も芳雄と同じ疑惑に取り憑かれ、鈴木太郎の一挙手一投足を注視し、その真偽を見極めようとのめりこんでいます。まさしく麻耶雄嵩の手の平の上、信用ならざる語り手改め信用ならざる探偵の本領発揮と言わざるを得ません。
あえて手札を伏せた上で惨劇を引き起こす凶悪さはメルカトル鮎に勝るとも劣らず。罪を罰で補完する装置に徹し、私情や悪意を挟まないぶん、こちらの方が余計にたちが悪いとも言えます。
言うなれば鈴木太郎は神様概念の体現者。その結果がどんな惨劇で贖われるにせよ、芳雄の願いを叶えただけにすぎないのでした。
- 著者
- 麻耶 雄嵩
- 出版日
- 2015-07-15
前述した通り、本作はジュブナイルミステリー史上最大の問題作に位置付けられます。殺人の動機が「エッチの現場を見られた口封じ」(原文ママ)である時点で、何ら手心を加えてないことがおわかりいただけるでしょうか。
結論から言えば鈴木太郎の主張は真実であり、彼の正体は全知全能の神様でした。
故に予言は全て当たり、芳雄が願いさえすれば真犯人に天罰を下すことも可能。犯人の名前を明かさずとも問題ありません、神様に不可能はないのです。
そして芳雄は願います、「親友を殺した奴に天罰を下してください」と。結果、校舎から落下した時計の長針に貫かれてミチルが死亡。秀樹を殺した犯人は山添ミチルだったのです。
ミチルには共犯がいました。廃墟でこっそり落ち合って性的関係を持っていた人物です。
鈴木太郎はその名前を明かしませんでしたが、芳雄は犯行時に現場近くにいた自分の父親だと思い、凄まじい葛藤の末に「もうひとりにも罰を当ててほしい」と願いました。求めよ、さらば与えられん。鈴木太郎はこれも聞き届けます。
ラスト、家族揃って父親の昇進祝い中に天罰が降りかかりました。ケーキに刺したロウソクが突如として燃え上がり、呆然とする芳雄と父親の目の前で、母親が火だるまになってしまったのです。
芳雄は父親が犯人だと確信していました。が、実際に焼け死んだのは母親。これは何を意味するのでしょうか?全知全能の神様が人違いを犯したとは思えません。
本作『神様ゲーム』の賛否両論はラストの解釈が割れていることに起因します。SNSやnote、及びamazonレビューや感想ブログでは、ミチルの共犯を父親とする説と母親とする説が真っ向から対立していました。
父親共犯説を推す人の代表的解釈は「最愛の伴侶(=母親)を奪うのが父親にとって一番の罰」というもの。天罰としては回りくどく恣意的で、後出しのこじ付け感が否めません。
筆者が支持するのは母親共犯説。そもそも「愛する者を目の前で奪うのが最大の罰」の解釈がアリなら、ミチルは何故死んだのでしょうか?母が父の代わりに報いを受けたとすると、ミチルへの天罰も「好きな人を殺す」でなければフェアじゃありません。
さらに指摘すれば、この解釈だと芳雄自身が犠牲になる可能性が多分にあります。愛する家族を奪うのが最大の罰なら真っ先に狙われるのは我が子のはず。血を分けた長男をスルーしてパートナーに行く可能性は、絶対ないとは言い切れぬにせよ些か不自然。ミチル本人に天罰が下ったこと、芳雄が無傷で生き残ったことを踏まえると、父親共犯説には矛盾が生じます。
大前提として、鈴木太郎がそんな迂遠な手段を取るとは思えません。芳雄に犯人を訊かれた時も罰を下してほしいと請われた時も、彼は一切小細工を用いずその通りにしました。ミチルを苦しめる為に芳雄母(あるいは父)を目の前で殺そうなどと、私怨じみた悪意や嗜虐性を混ぜてはいません。
にもかかわらずラストで突然心変わりをするなんて、鈴木太郎が本当の神様だったら、そんな人間臭いまねをするでしょうか?
本作における神は無謬のシステムの擬人化、小学生の形をしたデウス・エクス・マキナ。
故に報いを受ける・罰を当てる対象はミチルの殺人と死体隠蔽を手伝った共犯者、翻り芳雄が「天罰を下してほしい」と望む対象に絞られるわけで、「コイツすっごく悪い奴だからもっと懲らしめてやりたい。そうだ、〇〇を殺そ!」と、人の心がわかったふりをして変な気を回すのは解釈違いも甚だしい。
ばちじゃないですよ。ばちなら本人に当たるでしょ。周りを不幸にしていなくしてあなたを寂しくさせるなんて、ばちとしては甘すぎなのでは。周りの人はあなたのおまけじゃないので、それぞれ自分の人生をまっとうしたんだと思います。
漫画『ミステリと言う勿れ』新感覚の面白さをネタバレ!主人公の癖になるキャラ【月9ドラマ化】
今まで読んできたミステリーと、何だかひと味違う。そんな気持ちを感じさせる漫画『ミステリと言う勿れ』。ドラマ化されても、きっと盛り上がることでしょう! そんな魅力たっぷりの『ミステリと言う勿れ』の見どころを、ネタバレありでご紹介しちゃいます。ふと気づいたら新感覚の面白さに、虜になっているかも⁉
- 著者
- 田村由美
- 出版日
- 2018-01-10
上記は田村真由美『ミステリと言う勿れ』の台詞。筆者も全面的に同意です、大変説得力がありますね。母親共犯説を採用したらしたで肉体関係がネックになりますが、神様のジャッジに不公平な忖度が加わるよりは、年の差同性愛不倫の方がまだしも合理的。
麻耶雄高はミチルの共犯者を明示しません。ラストの解釈は読者に委ねられます。確実に断言できるのは、ミチルの共犯が両親どちらだろうと芳雄の現実は救われないこと。
神様も匙を投げたこの後味の悪さ、ぜひ体験してください。
- 著者
- 麻耶 雄嵩
- 出版日
- 2015-07-15
- 著者
- 麻耶 雄嵩
- 出版日
- 2015-07-15
麻耶雄嵩『神様ゲーム』を読んだ人には白井智之『ぼくは化け物きみは怪物』をおすすめします。
本作は鬼畜特殊設定パズラーの異名をとる白井智之の最新短編集。現実離れした世界観に完全犯罪のロジックを落とし込む技巧の冴え、過激なエログロを露悪に堕すギリギリでエンタメに昇華する手腕は言わずもがな、表題作『ぼくは化け物きみは怪物』ではある見世物小屋一座の悲劇を描き、今までの作品群と一線を画す、センチメンタルな余韻を引き出しました。
売れっ子作家の新境地をぜひご覧ください。
- 著者
- 白井 智之
- 出版日
続いておすすめするのは貴志祐介『向日葵の咲かない夏』。町内で相次ぐ猫殺し、主人公が小学生である等の共通項の多さとトラウマ級の後味の悪さから、『神様ゲーム』と並べて語られることが多い異色のミステリー小説です。
一学期の終業式の日、担任に頼まれクラスメイトのS君の家を訪れたミチオ。しかしS君は首を吊って死んでおり、ミチオが第一発見者になってしまいます。一週間後……蜘蛛に生まれ変わったS君に自分を殺した犯人を探してほしいと頼まれたミチオは、妹のミカと捜査に乗り出すのですが……。
- 著者
- 道尾 秀介
- 出版日
- 2008-07-29