第34回横溝正史ミステリ大賞最終候補作にノミネートされ、商業デビューを果たした白井智之。鬼畜特殊設定パズラーの異名を取り、ぶっとんだミステリー小説を発表し続ける彼の最高傑作を聞かれた際、本作『エレファントヘッド』を挙げる人は多いのではないでしょうか? 今回は白井智之が生み出した倫理観ぶっ壊れ系の問題作、『エレファントヘッド』のあらすじや魅力を、ネタバレありで紹介していきます。最後までお付き合いください。

主人公の象山晴太(きさやま・せいた)は神々精医科大学附属病院勤務の優秀な精神科医。
芸能人の妻・季々と覆面アイドルの長女・舞冬、高校生の次女・彩夏を愛し、誰もが羨む幸せな家庭を築いた彼の最大の心配は、些細な失敗がきっかけで家族を失ってしまうことに尽きます。
象山の父は有名なマジシャンでしたが、ブームの終息と共に人気が衰え、酒に溺れて妻に暴力を振るうようになりました。幼い息子を山奥の別荘、「不死館」の地下室に閉じ込めたことも数知れず。
そこで象山は「失敗ばかりしてお父さんを怒らせる、要領の悪いお母さんが悪い」「お母さんがいなくなればお父さんもスッキリして、前みたいにすごい手品を見せてくれるはず」と考え、母親を崖から突き落としてしまいました。
息子の犯行を知った父親は「俺のせいだ」と自分を責め、てっきり褒めてもらえると思っていた象山は幻滅し、今度は父親を殺害します。
「一度壊れたものは、どんなに手を尽くしても元の姿には戻らない」
それが幼少期の体験から象山が学んだこと。故に家族を守る為なら手段を選ばず、盗聴・盗撮・恐喝・拉致・誘拐・監禁・殺人ほか、あらゆる犯罪行為を辞しません。
ある日のこと、象山は歓楽街で知り合った若い男をラブホテルへ連れ込みます。
翌日、長女の舞冬が彼氏を家に連れてきました。それは象山が昨夜買春した男であり、長女の彼氏と父親の浮気が発覚したことによって、象山家の平和な日常は一瞬で崩壊します。
妻子に捨てられ自暴自棄になった象山は「不死館」に籠もり、麻薬の売人・裏島一年から買った違法薬物・シスマを注射し、自殺未遂と現実逃避を企てます。するとシスマの効能によって五時間前の世界に転移、めでたく過去をやり直すことができました。
家庭崩壊を未然に防いだ安堵も束の間、シスマの重篤な副作用が発覚します。それはシスマを注射するたび平行世界が生じ、象山自身も分裂していくこと。
早い話が「過去の時間軸でその選択肢を選ばなかった象山」が増えるわけで、彼等は夜毎の夢に現れる「不死館」の地下室を模した精神世界に集い、新たな問題が持ち上がる都度議論を交わします。その過程でそれぞれの境遇をなぞり、「幸せ者」「逃亡者」「死にぞこない」と互いを呼び分けるように。
象山たちが合流して暫くのち、ある世界で人が殺されると別の世界でも同じ死因で人が死ぬ、前代未聞の連鎖現象が発生。唯一の救済は多数決を経て、元凶となった象山の自我を永久封印すること……。
斯くして象山たちの推理合戦が幕を開けます。
登場人物紹介
- 著者
- 白井 智之
- 出版日
白井智之『エレファントヘッド』は2023年刊行。「このミステリーがすごい!2024年版」国内編4位、「週刊文春ミステリーベスト10」国内部門4位、「ミステリが読みたい! 2024年版」国内篇7位など数々のランキングに食い込んだ他、オモコロライターのダ・ヴィンチ・恐山が2023年度の推し本として、各所で紹介したことでも注目を集めました。
詳細は「出版区」の動画、「#65「自意識の葛藤の中で生きている」ダ・ヴィンチ・恐山が本屋で買い物!オモコロの奇才の素顔を暴き出す【本ツイ!】」をご覧ください。エッシャーのだまし絵を彷彿とさせる印象深いカバーは、イラストレーターの加藤宗一郎の描き下ろしです。
なお作者の白井智之はYouTube動画チャンネル「ほんタメ」に出演し、MCのヨビノリたくみ&齋藤明里と対談しています。
作者の白井智之は鬼畜特殊設定パズラーのキャッチコピーで知られる推理作家。名付け親は本格ミステリーの第一人者・綾辻行人。
特殊設定ミステリとは超能力者や異世界、人外の存在やタイムリープなど、現実にはあり得ないシチュやギミックを物語の構造に落とし込んだジャンル。白井智之はデビュー作から一貫して特殊設定ミステリを書き続け、常識に囚われた読者の固定観念を覆す、鮮やかな叙述トリックを仕掛けてきました。
象山は極端に自己本位なサイコパスであり、自分がいる世界とそこに存在する家族さえ守れるなら、他の世界線の自分や家族がどうなろうが構いません。
むしろ積極的に利用しようとします。
序盤の注目ポイントは象山晴太を真性の異常者足らしめる、とことん歪み切った家族観。
象山は「家族が大事」「愛する妻子を守りたい」と口にしながら次女の彩夏に欲情し、裏に回って長女・舞冬の恋人を葬り、もうだめだと悟った瞬間にその家族さえあっさり始末します。
目の前で爆死した舞冬の臓物を浴びても呆然とするだけで、遺体をかき抱いて哀しんだり泣いたりはしません。ばかりか、物かゴミのように捨て置きます。
彼が恐れているのは子供時代のトラウマの反復、言ってしまえば幸せな家庭を壊されることだけで、目の前で爆散した娘の遺体を一顧だにせず立ち去る無関心さが裏付けるように、本当の意味で妻や子供の身を案じているわけではないのでした。
中にはどうせやり直しできるのだからと、口にするのも憚られる、外道な仕打ちを働く象山さえいます。自身の破滅を悟るやいなや、平行世界の象山たちを道連れにしようと企む者も……。
してみると彼にとっての家族とは、既定路線から外れてしまった瞬間にリセットできる、付属品に過ぎないのではないでしょうか?
本作は確実に読む人を選びます。全編に亘って過激なエログロが氾濫するのはもとより、象山を含めた登場人物の大半の行動原理が倫理や道徳に背いており、最大の肝となるトリックに至っては人の心がなさすぎて鬼畜外道の極み。
筆者が一番「うっ」となったのはペペ子(季々の元ストーカーの男性)の強姦シーン。
行為中はタブレットに彩夏の画像を映し、ペペ子の顔に立てかけるのですから最悪です。特に説明やモノローグを挟まずいきなり当該シーンに移るので、ショックを受ける方もいるかもしれません。ライブ配信とタブレットが同期している為、動画の音声がベッドの軋み音や喘ぎ声と重なり、象山のエクスタシーを煽るのも不快です。
さらにネックとなるのがある世界で人を殺すと、他の平行世界でも同じ死因で同じ人物が死ぬ連鎖現象。舞冬と彩夏の爆死、季々が大量の内臓を嘔吐して死んだのも、元を辿ればこのせいでした。
連鎖現象を上手く使えば目の前の一人を殺すことで平行世界の全員を消せると理解し、象の頭ほどにエゴイズムが肥大した象山たちの騙し合いは、ますますもって加速していきます。
- 著者
- 白井 智之
- 出版日
作中にて、象山の愛妻・季々と娘の舞冬&彩夏は異常な死に様を遂げます。季々は大量の内臓を吐いて死に、舞冬と彩夏は外出先で爆死してしまったのです。
本来なら絶対にあり得ない、世界の常識や物理法則から逸脱した、凄惨極まる死に方です。それを可能にしたのが全ての平行世界に波及する連鎖現象で、犯人は精神世界に集った象山たちの中に何食わぬ顔で紛れていました。
象山たちの精神世界が「不死館」の地下室を模しているのも重要な伏線。周囲に配された手品の大道具や小道具、脱出マジックに用いるギロチンにもちゃんと意味があります。
鬼畜特殊設定パズラーの白井智之はロジック重視でトリックを組み立てます。
とりわけ衝撃的なのが彩夏殺害のトリックで、あのダ・ヴィンチ・恐山をもってして、「悪趣味全開・倫理観ゼロなので、苦手な方は絶対読まないほうがいいでしょう。悪魔が小説を書くとしたらきっとこんな作品なんだと思います。」と言わしめました。
結論から述べると、彩夏殺害の犯人は「逃亡者」。
彼は彩夏をレイプ・妊娠させた上、陣痛促進剤で故意に早産させた胎児に爆弾を仕掛け、平行世界の彩夏たちを体内から爆死させたのでした。
彩夏の死因は爆死。
ならば妊娠の事実の有無に関わらず、他の世界線でもそうなります。
同じことは舞冬や季々にも言え、「家族を愛してたら絶対しない、それ以前に人の心が残っていたら絶対できない、倫理の軛から脱却した前代未聞のトリック」が多用されました。
娘のお腹の中の胎児、それも血を分けた自分の子を爆弾に仕立て上げる発想は、凶悪・極悪・最悪・絶対悪、ありとあらゆる悪の修飾語を免れません。
我々がタブー視するトリックがそれを成し遂げる倫理的ハードルの高さ準拠なら、賛否両論のラストは当たり前。もともと彩夏に性欲を抱いていたとはいえ、実の娘を強姦・妊娠させ、その子供すら凶器に転用した「逃亡者」の底知れぬ邪悪さには戦慄を禁じ得ません。しかも胎児に延命措置まで施す徹底ぶり。
爆散した舞冬の遺体の扱いを鑑みても、家族を道具としか思ってない本音が透けていました。
他の象山たちも狡猾さでは負けておらず、それぞれの理由で妻や娘の殺害を計画・実行した末、別の世界線の自分に罪を着せようと暗躍し、象山同士手を組んだかと思いきやすぐ裏切り、利己的にだしぬきあって「お前が犯人だ」と決め付け、その根拠を示す多重推理を展開。
象山たちの思惑の錯綜に比例し入れ子細工の物語は迷走度合いを深め、最後の最後で「幸せ者」を陥れて助かった「逃亡者」の前に、全知全能の神を自称するトリッキーな「名探偵」が現れます。
彼が下す最後の審判の結末は、ぜひあなた自身の目で見届けてください。
- 著者
- 白井 智之
- 出版日
- 著者
- 白井 智之
- 出版日
白井智之『エレファントヘッド』を読んだ人には麻耶雄高『神様ゲーム』をおすすめします。
本作は子供が講談社「ミステリーランド」の第七回配本として刊行された、主人公が子供のジュブナイルミステリー。
神降市在住の小学四年生・黒沢芳雄は、憧れの同級生・山添ミチルの飼い猫が連続猫殺しの犠牲になったのを機に、友人たちと浜田探偵団を起ち上げます。犯人の手掛かりが一向に掴めず途方に暮れていた矢先、たまたま掃除当番で一緒になった転校生の鈴木太郎に、「実はぼく神様なんだ」と衝撃の告白を受け……。
全知全能の神様の推理がもたらす、後味の悪さが格別です。
ジュブナイルミステリーきっての問題作が物議を醸す 麻耶雄嵩『神様ゲーム』ネタバレ徹底解説
講談社の子供向け推理小説シリーズ「ミステリーランド」で刊行された麻耶雄嵩『神様ゲーム』。 本作は2006年版「このミステリーがすごい!」で5位に輝いたミステリー小説で、子供向けとは思えぬ後味の悪さと予定調和を裏切る衝撃のラストが、多くの読者にショックを与えました。 今回は麻耶雄嵩の問題作『神様ゲーム』のあらすじと魅力を、ネタバレありで徹底解説していきます。最後までお付き合いください。
- 著者
- 麻耶 雄嵩
- 出版日
- 2015-07-15
続いておすすめするのは2019年に『宝島』で第160回直木三十五賞を受賞した進藤順丈の『墓頭』。
双子の片割れの死体を内包した巨大な瘤を頭に持ち、周囲に忌避される奇形児として生まれ落ちた墓頭(ボズ)。早くに実家を離れ異能の子供を集めた特殊施設に収容されるも、彼の周りには常に死の影が纏わり付いて……。
高度経済瀬長期の昭和と平成を股に掛けた異形の男の一代記は、時空を捻じ曲げるような異様な迫力を帯び、独特の世界観に引きずり込まれました。
直木賞受賞作家の新時代警察小説『夜の淵をひと廻り』ネタバレ解説レビュー
2019年に『宝島』で第160回直木賞を受賞した作家、真藤順丈。 『夜の淵をひと廻り』は、ホラー・ミステリー・ファンタジーを跨ぐ作風で支持を得る彼が送り出した、一筋ではいかない警察小説です。 今回は傑作の呼び声高い本作のあらすじや魅力を、ネタバレ考察を交え紹介していきます。
- 著者
- 真藤 順丈
- 出版日