心温まる家族小説おすすめ5選!

更新:2021.12.12

近いようで遠く、遠いようで近いのが家族。今回はそんな家族について考えてみるきっかけになるおすすめの小説5冊をご紹介します。

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お腹も心も満たしてくれる、せつない兄の愛『九つの、物語』

両親が海外におり、ひとり暮らしをしている大学生の藤村ゆきなのところに、2年ぶりに兄の禎文がやってきます。地味で1人で過ごすことが好きなゆきなに対し、禎文は本好き、料理好き、女の子大好きのイケメン。対照的な兄妹2人の生活が始まります。実は禎文は、ある思いを秘めて戻ってきたのでした。

著者
橋本 紡
出版日
2011-02-18

妹思いの禎文が、とにかく素敵です。「勝手に部屋に入るな」と言いつつもゆきなが蔵書を持ち出して読むのを許し、「腹減らないか?」と誘っては美味しい手料理を食べさせます。兄妹は本の内容について、また料理について語り合いますが、じゃれあいのようなその掛け合いがまた微笑ましいのです。

頭の回転が速く、ふざけているのかと思うほど軽やかな禎文に対し、ゆきなは慎重です。読み進めるうちに、その性格には藤村一家に起きたふたつの出来事が影響しているということがわかってきます。そんなゆきなに、禎文は料理や本、おしゃべりを通じ、大切なことを教えていくのです。作るたびにいつも味が違う禎文式トマトスパゲティと同じく、世界は曖昧で定かではないけれど、それでも構わないと思えるように。

手抜きクロックマダム、変則の中華丼、フォーのような煮麺、家庭でもできるローストチキン……禎文の作る料理はどれも一味違った工夫がされていて美味しそうです。禎文のセリフの形でレシピも説明されているので、作ってみたくなります。そして、イケメンの兄に美味しいものを食べさせてもらえるゆきなが羨ましくなります。

『九つの、物語』はタイトル通り9つの章からなり、章題はその時ゆきなが読んでいる本の題名になっています。泉鏡花や太宰治からサリンジャーまで,あたかも名作案内のようです。誰もが名前は聞いたことはあるであろう作家ばかりなので、読んだことがない方は手にとってみたくなるでしょう。

物語が進むにつれ、ゆきなの恋愛模様なども明らかになっていき、家族小説としてだけでなく、恋愛小説としても楽しむことができます。サラサラと読める語り口ながら心に残るのは、人生への深い考察があるからです。料理の創作意欲、食欲、読書欲などが刺激され、どんな立場の人でも楽しめる盛り沢山な1冊となっています。

人生の逆転劇を描いたおすすめ家族小説!『フリーター、家を買う。』

新卒で入社した会社を3ヶ月で辞めてしまった武誠治は、25歳を目前にアルバイトを転々とする生活を送っています。父親とは折り合いが悪く、自己主張しない優しい母親に甘えるだらけきった生活です。しかし、母親が長年にわたる近所との軋轢から重度のうつ病を発症。誠治は一念発起して就職活動をはじめることになります。

著者
有川 浩
出版日
2012-08-02

母親の面倒をみながらの就職活動を通じ、誠治は今まで知ろうとしなかった家族の姿を直視せざるを得なくなります。高圧的な父親の内面の弱さ。気弱なだけだと思っていた母が、実は家族を守っていたこと。強気な姉は子どもの頃から母の窮地に気付いて手を回していたこと。

……そして就職し、社長や同僚、部下と関わりあううちに、誠治の心の目は更に開かされていきます。誠治と家族、社会との関係は連動しながら徐々に軌道に乗り始めるのです。

あとがきによると、作者自身も新卒では内定がとれず、アルバイトや派遣社員を数年経験しているそうです。そのため、この小説には実用的な部分もあります。特に、誠治の父が教える履歴書の書き方、不利な状況での面接の受け答えの仕方などは非常に説得力があり、読者もきっと「なるほど」と納得することでしょう。

昼夜逆転のフリーター、重度の精神疾患を患う母親、精神的な病への理解がない父親など、かなり深刻な問題を扱っていますが、軽妙なリズムの文章で一気に読めてしまいます。また、物語後半では色恋に疎い誠治と不器用な後輩真奈美との一向に進まない関係にもハラハラ。番外編の「傍観する元フリーター」ではその後の二人の様子も描かれており、読者を飽きさせません。

「人生はどこからでもやり直せる」。作者のそんな力強いメッセージを感じ、明るい気持ちになれる作品です。

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有川浩の作品はあらゆる世代からの人気が高く、映像化したものも数えきれないほど。本好き読者による2011年の好きな作家ランキング女性編では、堂々の1位を獲得している作家。そんな有川浩の人気作品をご紹介します。

家族それぞれの問題、それぞれの答え『我が家の問題』

新婚にして帰宅恐怖症の夫、夫は仕事ができないと気付いた妻の奮闘、両親の離婚問題に悩む姉弟、札幌出身の夫と名古屋出身の妻のお盆休みの里帰り。……さまざまな問題を抱えた家族を描く6編の短編集です。

中でも深い一編「夫とUFO」をご紹介しましょう。

専業主婦の美奈子に、夫が突然「UFOに見守られている」と言い出します。調べてみると、社内で派閥の隙間にいる夫はいいように使われ精神的におかしくなっているようです。自分なりに病気について調べ、対応を考える美奈子。最後に彼女がとった夫救出策とは? 

著者
奥田 英朗
出版日
2011-07-05

奥田英朗といえば映像化された『オリンピックの身代金』や『ナオミとカナコ』などシリアスなサスペンスを思い浮かべる方も多いことでしょう。一方で、無責任な言動ばかりなのに結果的には患者を治してしまう面白い医師、伊良部を描いたシリーズも人気です。

この短編集は、シリアスと軽妙の中間で、私たちのすぐそばにある問題に分け入っていきます。例えば「夫とUFO」でも、夫が交信するのは「エムエム星雲のコピー星人」など、読者としては思わずクスリとしてしまう部分がたくさんあるのです。しかし最後に美奈子がとる決死の行動には「そんなバカな」とツッコミつつも、ちょっぴりホロリとさせられてしまいます。深刻な問題をユーモアを交えて描き、閉塞感を和らげることができるのは奥田英朗ならではです。

家族の問題というのは、数学のようにスッキリと解決することは難しいものです。夫婦仲が悪いといっても、離婚することでスッキリと幸せになるふたりもいれば、互いの感情を摺り合わせ、時間をかけて落ち着いていくふたりもいるでしょう。この短編集の登場人物たちが直面する問題も一筋縄ではいかないものばかり。でも、お先真っ暗なのかといえば、そういうわけではありません。「正面から乗り越えられないなら、横から抜けていってもいい」。読むうちにそう気付かされ、気持ちが少し楽になる短編集です。

老犬が浮き彫りにする緩やかな絆『はるがいったら』

中華料理店を営む佐々家は9年前に両親が離婚し、姉の園は母親と、弟の行は父親と暮らすことになりました。父親は真奈美という女性と再婚し、行には忍という腹違いの兄がいます。ハルは、園と行が子どもの頃に飼い始めた犬です。今ではすっかり年老いて介護が必要になり、行が面倒をみています。

ストイックで自分の決めたルールへの妥協を許せない園。頭は良いが体が弱く、何事にも熱くならない行。作品は行が入院し、ハルが亡くなるまでの約1ヶ月を描いています。その間、園と行の周りにはいくつかの小さな事件が起こり、ふたりを含む家族は少しずつ変化していくのです。

著者
飛鳥井 千砂
出版日
2009-01-20

タイトルには、2つの意味が込められています。「ハルが逝ったら」と「春が行ったら」。ハルによって園と忍、園と隣室の小川君など、ゆるやかに結ばれる関係が現れます。そして菜の花咲く春、ハルの死で後押しされ、変化する関係もありました。園は不倫相手の恭司との別れを決意します。

また、行と園の両親はハルの火葬のため久々に再会しますが、過去が昇華されたふたりの会話は穏やかです。そして行は、揺れる菜花を見ながら、些細な行き違いでぎくしゃくしてしまった友人関係を修復しようと思います。

ハルが結ぶ関係、ハルによって動き出す関係。……描写がほとんどないのに、ハルの存在感は際立っています。確かにハルは家族の一員であり、かけがえのない存在でした。そしてこの作品は、縁とはどんな形であっても唯一無二のものであり、それらが人生を形作っていくのだということも教えてくれています。

家族の喪失と再生の物語『幸福な食卓』

「父さんは今日で父さんを辞めようと思う」
(『幸福な食卓』より引用)

父親の突然の告白で始まる『幸福な食卓』。中学生の佐和子は、英才ながら進学せずに無農薬野菜を作る団体で働く兄の直ちゃんと、教師のお父さんとの3人暮らしです。お母さんはある事件を機にひとり暮らしをしていますが、ほぼ毎日家に帰ってくるというちょっと変わった家族です。

著者
瀬尾 まいこ
出版日
2004-11-20

奇妙な形の家族ではありますが、4人の間には穏やかな時間が流れているように見えます。それはお互いが努力し、いたわり合って暮らしているからです。逆説的に言えば、その穏やかさの裏には、努力をしなければならない闇があるということになります。

佐和子の父親は、職場では「先生」、家では「父さん」が当たり前になり、役割に絡めとられて自分を見失ってしまったようです。そこで冒頭のセリフが出てきたのでしょう。

役割を降りたのは母親も同じです。栄養バランスが良く、ハズレのない食事ばかり作っていた彼女も、ひとり暮らしになるとかなり冒険した料理を作ったり、パートをかけもちしたりと「母さん」ではなくなっています。兄の直ちゃんも当然視されていた大学進学をやめることで、それまでの自分の役割を捨てたのです。

長く一緒に暮らしていると、相手のわずかなひずみがわかりづらくなります。近すぎると、そのひずみが顕在化した時に、うまく対処することも難しくなってしまうのです。お互いを大切に思うからこそ、苦しくなる。傷ついてしまう。

そんな守られすぎた家族の壁に少しずつ風穴を開けるのは、家族以外の人たちです。それは佐和子のクラスメイトで転校生の坂戸君であり、ちょっとズレた佐和子の彼氏大浦君であり、直ちゃんの彼女で度肝を抜くような格好の小林ヨシコなのです。

生死に関わる事件が起こっても読後感が悪くないのは、佐和子を取り巻く人たちがあくまで穏やかでユーモラスだからでしょう。役割を降りるには幼すぎた佐和子が大浦君を失って壊れかけた時、家族は自分たちなりに動きだします。小林ヨシコのズレた優しさにも、佐和子は救われるのでした。

そして「私は大きなものをなくしてしまったけど、完全にすべてを失ったわけじゃない。私の周りにはまだ大切なものがいくつもあって、ちゃんとつながっているものがある」と思います。強固な壁の家が揺れ、そこから一歩踏み出した時、見えてくるものがあったのです。それは父も同じだったようで……。

『幸福な食卓』は、どうしようもないほど優しくて真面目で不器用な家族の、喪失と再生の物語です。悲しみの中にも温かいものが残る、そんな小説になっています。

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空気のように当たり前にあるけれど、空気のようになくてはならないもの。ご紹介した本を手にとり、たまには家族について思い巡らせてみませんか。何か新しい発見があるかもしれません。

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