「このマンガがすごい!2015年」オンナ編の第1位に選ばれた『ちーちゃんはちょっと足りない』の作者・阿部共実の、当たり前の日常の背中にひそむ影をえぐる作品たちをご紹介いたします。
阿部共実は兵庫県出身の漫画家です。2005年、週刊少年ジャンプのジャンプ十二傑新人漫画賞の「最終候補まで後一歩」に入り、2009年『COZ! 〜クロス オーバー ザン〜』で週刊少年チャンピオンの月例フレッシュまんが賞のフレッシュ賞を受賞しました。同年『恋する殺人鬼』では同誌の新人まんが賞奨励賞を受賞します。
2010年、新人まんが賞に『破壊症候群』が入選し、同作品が週刊少年チャンピオンに掲載されて、それがデビュー作となりました。
2014年、『ちーちゃんはちょっと足りない』が「このマンガがすごい!2015」のオンナ編の1位を獲得し、同作で「文化庁メディア芸術祭 マンガ部門 新人賞」を獲得しています。
可愛いシンプルな絵柄に、バッサリと人の心に切りつけ、塩を刷り込む現実の汚さや残酷さから、作家の繊細さを感じ取れるのではないでしょうか。
中学2年生のちーちゃんとナツは何かが足りない女の子です。頭のいい友達旭もいっしょに、日々ガヤガヤと過ごしていました。
しかしある事件が、二人の足りなさに決定的な違いを与えます。頭が悪いんじゃない。ただ足りない二人にとってそれは悲しく、その後の人生において暗い影が離れる事はないかもしれない、そんな不安を読者はただただ悲しく感じ取るばかりです。
- 著者
- 阿部 共実
- 出版日
- 2014-05-08
学生時代、クラスの空気に馴染めなかった際の劣等感や疎外感は、ゴリゴリと心を削りますよね。誰にも言えない孤独感に苛まれたことが、誰しもあるのではないでしょうか?
あの悪感情を少しでも感じた人は、痛々しさに本を閉じ、しかしもう一度開かずにはいられないのでは?
この作品はあの頃の痛い感情をむき出しにさせて、人のエゴと純粋さを天秤にかけてきます。読み始めた時、誰もが感じたちーちゃんへの哀憫が、ナツの視点を通して同一視されていたことに気づき、読み終わった時のとんでもない罪悪感と絶望感は表現のしようがないでしょう。
みんな知っていたのに、あえて見せなかった汚いものをぶちまけて、一冊で描き切ってしまった阿部共実の力量は圧巻としか言いようがありません。
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愛らしい絵柄が一歩逸脱すると、ゾッとしたなにかに変わってしまう、そんな絵だけでなく心情にもガッツリ訴えてくる阿部共実節全開の1作です。
- 著者
- 阿部 共実
- 出版日
- 2012-03-08
阿部共実というとどちらかと言えば、この作品の方がインパクトが大きいと感じる人も多いのでは?ちょっとした不条理をスパイスにした、シュール系日常漫画家と思わせておきながら、とんでもないネタをぶち込んでくるのが、作者の技法と言えるでしょう。
タイトル通り、晴れた日のない毎日を過ごしている人間がいると訴えられて、自分ののんきさを後ろめたく感じずにはいられません。
『空が灰色だから』についてはこちらの記事で詳しく解説しています。
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今回は『空が灰色だから』で特にトラウマ注意のおすすめエピソードをご紹介。「週刊少年チャンピオン」に連載され、主に10代半ばの少年少女達を主人公にしたエピソードが収録される本作。 主人公がエピソードごとにかわる1話完結のオムニバス形式の作品で、青春漫画でありながら後味の悪いホラーテイストの話もあるなど、それぞれに独特な世界観が楽しめます。
『死にたくなるしょうもない日々が死にたくなるくらいしょうもなくて死ぬほど死にたくない日々』は、ページ数はまちまちのオムニバス形式の作品です。
淡々と綴られる、人が突かれたくない部分をじくじく攻撃していたり、急激に上げたテンションに、こっちがついていけないまま終わったりと様々なのですが、若さゆえの痛ましさがしっかりと描かれています。
- 著者
- 阿部共実
- 出版日
- 2014-12-10
阿部共実が世間に作品を通じて訴えていることの一つに、寛容さがあります。
それは今作のエピソードのひとつに凝縮されていて、19歳で自立も出来ない、言動も行動も幼児のような少年が、バイト先の男に幼さを指摘されるという内容です。少年の母親は「貴方にとっておかしいかもしれないけど、この子は一生懸命生きてる、貴方もそうでしょ?」と必死に庇います。その一言が作者の発信する問いかけなのです。
誰だって必死に生きているのに、周りと違うからと責めないで、「だからなんなんだ」と笑わないで、貴方だって懸命に生きてる、一緒でしょう?と。
作者のそう言った問いかけに、共感を覚えるか、読後感の重さに眉をひそめてしまうのか、作者の若さだと思うのか。自分の他人に対する寛容さを、常に図られている作品です。
阿部共実の短編集です。表題作はネットでも話題になった作品ですね。
デビュー作「破壊症候群」をはじめ、『空が灰色だから』に収録されなかった作品「灰色」「乙女心」も、こちらにございます。
阿部共実の色がすべて詰め込まれた作品集となっています。
- 著者
- 阿部 共実
- 出版日
- 2013-01-08
阿部共実はどこまで考えてこういう作品を発表しているのかは謎ですが、日頃目にしない、したくない問題を突きつけてきます。その時感じる孤独を、嫉妬を妄想させられて、不安を煽ってくるのです。
「大好きが虫は……」に登場するの志織のように、会話を復唱ばかりするほどおかしくなくても、上手く友達と会話が出来ず、いつの間にか出来てしまった距離に、孤独を感じたことはないでしょうか?あんなに仲良くしていた友達と、少し間をあけてしまったため、自分はもう友達じゃないんだという疎外感に打ちひしがれたことないですか?志織と同じように何度も何度も友達との想い出を思い出して、悲しみに暮れたあの頃が、そっと肩を叩きます。
大人になってしまうと忘れがちな、友達を失った時の絶望や、疎外感に死にたくなる感覚を、読み手の中から引きずり出すのが、本当に阿部共実は上手いとしかいえません。
カビが生えるほどのダメな中学時代を反省して、高校は部活に友達にと青春を謳歌しようとするギドラ(女子・あだ名)を中心とする学園コメディーです。
阿部共実にしては毒気は薄目です。しかし時折匂わす、みんながガヤガヤしている時に空気になっちゃうヤツの気持ちがわかる人は、ちょっと涙がにじんできますのでお気を付けください。
- 著者
- 阿部 共実
- 出版日
- 2014-05-08
この作品は、阿部共実と聞いて想像する陰鬱な流れは全くありません。高校生が友達と共に部活で、だらだらわちゃわちゃ過ごしていくという内容になります。学生時代こんな風に友達と、それなりに仲良くなってそれなりに楽しい時間を過ごしたかった、と思わせてくれる作品でしょう。
しかしそこは阿部共実です。作品のそこかしこに笑いを取りながら、「これって笑っていい事だと思う?」みたいな問いかけがうっすら見えたり……。みんなでわいわいしている中、いつもギドラが空気の読めない存在として笑いを持ってくるのですが、こういう空気が読めなくて笑われちゃうことに傷ついたことないですか?身に覚えのある方には、ゾッとするしかないエピソードとなるのです。
ライトに笑って癒されながら、そっと暗い所に手招きされているのかもしれません。
この作品を読んで癒されるのか、そこはかとなく暗い所に招かれるのか、是非ご確認ください。
阿部共実を初めて読んだ時、これはとんでもないモンスターな作家が現れたなぁと思ったものです。とことん人のエゴをたたき、罪深さを見せしめのようにあげつらうのですから、その読後感たるやえげつなかった。けれど、こうやって人の心をえぐって、何かを見せつけてくれることにより、人が人に優しく生きる道を見つけられるのではないかという考えは、甘いでしょうか?
阿部共実の作品を読むことで、己の利己的な部分を許されたいと、新作を登場を待ち望んでしまいます。