2012年にアニメ化、2018年に映画化の恋愛漫画『坂道のアポロン』。1960年代を生きた男女の青春を描く物語です。今回はそんな本作の古くて新しい、ノスタルジックな魅力をご紹介します!ネタバレありなのでご注意ください。
- 著者
- 小玉 ユキ
- 出版日
- 2008-04-25
繊細な主人公が自分とは正反対の豪胆な少年に出会い、彼から教えられたジャズの音楽とともに青春時代を過ごす……。
1960年代を生きた青年たちの青春がみずみずしく描かれた本作。2012年4月にアニメ化され、2018年3月からは知念侑李、中川大志、小松菜奈らで映画化されることでも話題です。
そんな本作の魅力は古くて新しいところにあると筆者は感じています。60年代を生きた人には懐かしいかもしれない作品の様々な要素ですが、それはその時代を知らない世代からすると新鮮。レトロという言葉だけでは片付けられない、郷愁を誘う魅力があるのです。
今回はそんな本作の魅力を3つのキーワードからご紹介!ネタバレを含むので未読の方はご注意ください。
知念侑李が出演した作品を見たい方は、こちらの記事もおすすめです。
<知念侑李の出演作一覧!実写化した映画、テレビドラマに活かされた魅力を解説>
中川大志が出演した作品を見たい方は、こちらの記事もおすすめです。
<中川大志の努力家な一面!実写化出演した映画、テレビドラマの原作が個性豊か>
小松菜奈のその他の出演作が知りたい方は、こちらの記事もおすすめです。
<小松菜奈の出演作は原作つきばかり!依頼殺到の実写化映画、テレビドラマの魅力とは>
成績優秀、クラシックのピアノを得意とする端正な顔立ちの少年・薫は、長い坂の上にある田舎の高校に転校生としてやってきました。幼い頃から転校を繰り返してきた彼は環境の変化に慣れているように見えて、ちょっとしたストレスで吐き気を催してしまう繊細さがあります。
- 著者
- 小玉 ユキ
- 出版日
- 2008-10-10
転校初日に不快になっていたところに、案内役としてクラス委員の律子がやってきます。彼女の素朴な様子に一瞬不快さを忘れる薫ですが、田舎の学校のよそ者に対する視線にやられ、また吐き気が襲ってくるのでした。
そんな彼が拠り所としているのが屋上。今までの学校でも気持ちが悪くなると屋上に行って気を紛らわせていました。今回も校内案内の途中で気持ちが悪くなった薫は屋上へと走っていきます。
そこで出会ったのは学校でも一目置かれる問題児・千太郎でした。彼の粗暴さに最初は恐れをなしていた薫ですが、徐々に自分とは正反対の彼に憧れていきます。そしてドラムをやっている千太郎からジャズの楽しさを教えてもらうのです。
薫と千太郎、千太郎の幼馴染でもある律子の3人で過ごす、かけがえのない青春が描かれた作品です。
60年代はモダンジャズとロックが日本の音楽シーンを彩った時代。その時代の少年たちを数多く虜にしました。モダンジャズが50年代後半から流行り、それが衰退していく時にロックが流行り始めました。
そんな時代に生まれ、ジャズの虜になった千太郎。そんな千太郎に触発されてクラシックからジャズへとのめり込んでいく薫。ジャズは彼らの仲を深め、ふたりを繋げていたものと言っても過言ではありません。薫はジャズと千太郎に、今までの自分には無かった力強さを感じるのです。
- 著者
- 小玉 ユキ
- 出版日
- 2009-03-10
ある日、松岡という同級生が学校祭でロックバンドを結成するためにドラムができる人物を探しており、千太郎の腕前を噂で聞き、彼にアプローチしてきます。
薫は松岡と千太郎が仲がよくなる様子を見て、かつての転校時代にに感じた疎外感を思い出し、ひとりで自分の殻に閉じこもってしまいます。そしてロックを演奏する千太郎を見てこう思うのです。
「あいつ もうすっかり向こうの一員なんだ
そんなにも軽快で きらびやかな世界の」
ラフで即興性を楽しむジャズの世界と、ロックの華やかなエンターテイメントの世界を比べ、疎外感を感じる薫。この時代の変化の激しい音楽シーンの様子が、薫の心情を通して想像できる一場面です。
音楽シーンでも変化が激しかった時代に、影響を受けやすい思春期を過ごすというのは大きな意味を持っていたかと思います。自分の殻にこもりがちな薫は人とのコミュニケーション、音の即興性を楽しむことをジャズからも教わるのですが、その橋渡しをしてくれた千太郎に不安感を覚えた時、彼と、そして自分の心とどう向き合っていくのでしょうか?
『坂道のアポロン』では、千太郎を好きな律子、律子が好きな薫、同じ学校の先輩・百合香が好きな千太郎、千太郎が兄のように慕う淳一が好きな百合子と、彼らの五角関係も見所となっています。
そのうちのひとり、淳一は百合子と思いを通わせたはいるものの、あるトラウマからかつての優しさを無くし、荒れていました。そのトラウマのきっかけが学生闘争です。
- 著者
- 小玉 ユキ
- 出版日
- 2010-01-08
大学生の淳一はその頭の回転の速さから今まで数々の学生団体からの勧誘を討論で打ち負かしてきました。そしてそのスマートさを噂で聞いたある学生団体の幹部が彼に注目し、自分たちの団体に入らないかと誘ってきます。入団はしないものの、淳一は今までの勧誘してきた者たちにはない尊敬の念を彼に抱きました。
その後彼が逮捕され、淳一は一時的に学生団体の幹部として活動することに。彼はその団体の中でどんどん支持されていきます。自分の本心ではないのにするすると出てくる言葉、止められないほどに増していく何か大きな流れ。
しかし淳一のアジテーションに触発されて学生団体に入った元ジャズバンド仲間が楽器を演奏できなくなるほどの怪我を負い、ふと我に返ります。そしてその学生団体を後にするのですが、淳一を待っていたのは彼にまだ期待する人々や逃げたと糾弾する人々の彼を責めるような声でした。
何か熱に浮かされたような若者たちの雰囲気、強すぎる言葉。その時代を経験したことのない者でもその奇妙な力の渦が感じられます。人の数が増していき、自分の手の届かないところで増長していく力には言い表しがたい恐怖があるのです。
その時代の迫力を切り取った、どこか人の怖さを感じさせる展開。その時代に自分の全てをかけていた若者たちの声には甘酸っぱいだけではない青春があります。
現在ではスマートフォンを持っていない人はいないくらい、電子機器が普及し、誰とでもすぐに繋がれる時代になりました。しかし60年代は誰かと話したければ携帯ではなく公衆電話で、テキストのやりとりをしたければメールではなく手紙で行なっていた時代です。
『坂道のアポロン』でも公衆電話や手紙などが、薫たちの青春の一コマや大人になってそれぞれの道を進む彼らの岐路で重要な役割を果たしています。特にストーリーの終盤では手紙が薫と律子の関係を繋げるキーポイントとなるのです。
- 著者
- 小玉 ユキ
- 出版日
- 2010-06-10
千太郎が失踪した後、薫は東京の大学に進学し、慣れ親しんだ土地、そして律子から離れて暮らし始めます。彼は大学で特に親しい友人をつくることもなく、糸がきれたようにただ日々をこなすように過ごしていました。
薫は律子から届いた手紙に返事を書こうと筆をとるのですが、どうしても書き終わることができず、書いた手紙を破って捨ててしまいます。それは心のどこかで失踪した千太郎のことが引っかかっているのに、何も行動しない自分を見せたくないと考えていたからでした。
ある日律子がくれた餞別の中に、千太郎と薫が笑って写っている写真を見つけます。そしてその裏に書いてある言葉を見て、薫は自分にとって大事なものは何なのかを再確認し、吹っ切れたように様々な行動を起こしていきます。そして、またジャズを始めるのです。
その後に律子に書いた返事はなんて事ない内容ですが、薫の変化を見ていた者にはその言葉の背景にある決心のようなものが伝わってきます。考えて紡がれた言葉だからこそ、なんてことのない内容も意味を持ってくる、そんな手紙の良さが感じられるシーンです。
- 著者
- 小玉 ユキ
- 出版日
- 2012-04-26
今回は『坂道のアポロン』のノスタルジックな要素を感じられるシーンをご紹介しましたが、物語はその雰囲気の中で進められるストーリーも魅力的。若さの短い輝きと、その時間が過ぎ、ままならなく変化していくほろ苦さを読者に感じさせる、青春ストーリーとなっています。
特に最終回は秀逸。漫画では当然ですが、本作はモノクロの画面で描かれるストーリーが妙に時代背景に合っていました。しかし最終回のラストーシーンだけがカラーで描かれており、終わる時になって一気に彼らの物語がリアルに、身に近く迫ってくるのです。
その余韻は終わってしまう寂しさがあるものの、それを一掃するかのような希望の予感を感じさせる演出。時代に関係なく、おしゃれな雰囲気がある本作にぴったりの終わり方なのです。
ぜひ本編で、そんな最終回まで続く古くて新しい魅力を味わってみてはいかがでしょうか?
『坂道のアポロン』を読んでいると心にこみあげてくるものがきっとあるはずです。そんな作品をほかにもお探しの方には<泣ける名作少女漫画おすすめランキングベスト31!無料で読める作品も!>の記事もおすすめです。