世の中には面白い漫画がたくさんあります。しかし個人ではなかなか全部を追うことは出来ません。そこで、今回は私が個人的に傑作と思う漫画、それも比較的短いものを厳選してご紹介したいと思います。10巻以内に完結する本当に面白い漫画おすすめ10選!
常に黄色いコートをまとったミステリアスな少年、ジン。彼と、相棒の喋る鳥のキールは根無し草で、神出鬼没にどこへでも現れます。法律も法則もお構いなしの、まさに大胆不敵な2人組。
そんなジンの正体は、伝承に謳われる一族の末裔。
「輝くものは星さえも、貴きものは命すら、森羅万象たちまち盗む王ドロボウ」(『王ドロボウJING』より引用)
彼らの手にかかれば、何者も行く手を遮ることは出来ず、どんな強固な鍵もたちどころに役目を終えるでしょう。
- 著者
- 熊倉 裕一
- 出版日
- 2000-11-20
本作は1995年から1998年にかけて「コミックボンボン」誌で連載されていた熊倉裕一の作品。2002年にテレビアニメ化、2004年にはOVA化もされました。
本作が掲載されていたボンボンは「コロコロコミック」と同じで小学生をメインターゲットにした児童誌。掲載作品には低年齢向けの作品が多い中、本作は一際異彩を放つ存在でした。
登場する名称は洋酒やカクテル類が由来。言葉遊びや洒落の効いた台詞回しが多用され、コマとコマの間の「行間を読む」ような場面もしばしば。絵柄は初期こそ少年漫画然としいましたが、連載を経るにつれて芸術的とさえ言える画風に変化していきました。
外連味(けれんみ)たっぷりな作風は児童誌の枠に収まらず、1999年には『KING OF BANDIT JING』と改題して、掲載場所を青年誌「月刊マガジンZ」に移します。移行後はさらに等身が高く、緻密な絵柄になりましたが、そこで描かれる中身は『王ドロボウJING』時代となんら変わるところはありませんでした。つまり、最初から青年誌で通用するような作品だったんです。
短編連作のような形をとっていて、基本的にはジン(とキール)がお宝を手に入れるまでに巻き起こる騒動の顛末が描かれます。エピソード毎に世界観ががらりと変わるのもポイント。印象的なのは「不死の街リヴァイヴァ編」でしょうか。永遠に生きる術を求める者達と、そのための方法。全てを終えた後のジンの行動がとても感動的です。
ジンの一時のお相手となる、ボンドガールならぬジンガールと呼ばれる、可憐な少女達も見逃せません。多種多様な姿形、立ち位置でジン(キール)や読者を魅了、あるいは翻弄します。
不思議な世界、不可思議な法則、強烈なインパクトを与えてくる敵キャラクター。どこをとっても日本の漫画らしくない作品。これは『ナイトメアー・ビフォア・クリスマス』など、ティム・バートン作品の影響が大きいそうです。
続編は作者病気療養のため中断、本作も長らく絶版となっていました。以後、作者の消息も不明となり、幻の一作となっていました。しかし、2017年4月、講談社から電子書籍化される旨が発表されました。
『王ドロボウJING』について詳しく知りたい方は<『王ドロボウJING』華麗な手口、世界観、名言…。名作漫画をネタバレ紹介>をご覧ください。
銀成学園高校2年の武藤カズキは、正義感の強い少年です。ある日の放課後、彼は学校裏の廃工場で怪物に襲われる女生徒を目撃し、咄嗟に割って入って命を落としてしまいました。
しかしカズキは、超常の力によって蘇生します。その力とは錬金術。そして彼を殺した怪物、ホムンクルスも錬金術の産物でした。カズキが庇い、カズキを蘇らせた女生徒の津村斗貴子は語ります。彼女達は超常合金「核鉄(かくがね)」を用いて、錬金術の秘密を守り、人造生物ホムンクルスを狩る練金の戦士だと。
カズキは、彼の住む銀成市内にホムンクルスとホムンクルスの創造主が巣くっていることを知り、戦う決意を固めます。彼を蘇らせ、彼の心臓代わりとなった核鉄は、彼に戦う力も与えてくれました。その名は、武装錬金!
- 著者
- 和月 伸宏
- 出版日
- 2004-01-05
本作は2003年から2005年にかけて「週刊少年ジャンプ」で連載された和月伸宏の作品。本誌で打ち切りの憂き目に遭うも、「赤マルジャンプ」で完結編が掲載され、メディアミックス等が行われるなど後々になって評価が上がっていった漫画です。
本作の作者、和月といえば『るろうに剣心』が有名。あちらでは完成された大人の剣士が主人公でしたが、こちらは未完成で未熟な少年が主人公で、実に少年漫画の王道的な話になっています。
正義感ゆえに己を省みず、誰かのために犠牲になることを厭わない少年カズキ。戦いに巻き込まれたことがきっかけでしたが、結果的に彼は正しい資質を備えた戦士になっていきます。自分のためではなく、誰かのために戦うことで強くなり、窮地を乗り越えるヒーロー。
その生い立ちゆえにホムンクルスと、自分勝手にホムンクルスを生み出す創造主を憎み、戦う斗貴子。芯の強く、過激な決め台詞を言い放つスプラッタでスパルタンな少女です。カズキを導き、カズキと戦い、カズキに寄り添う、まさに戦うヒロイン。
錬金の戦士、練金戦団が使う能力にして、必殺技と言えるのが核鉄を使用した武装錬金。錬金術の粋を結集した核鉄は、使用者の戦う意思に呼応して、本人の精神を具現化した武器になります。カズキは槍、斗貴子は鎌というように。さらに個々の武装錬金には特殊能力が備わっていて、その特性を活かした激しいバトル、頭脳的駆け引きが見所です。
2人の主要人物以外も、個性豊かな登場人物が満載。錬金戦士の長、キャプテンブラボー。カズキのライバルで、不治の病にかかった不死身のパピヨン。他にも濃いキャラは多数いますが、この2名は主役を食ってしまうほどの魅力と存在感があります。パピヨンが登場した回はある意味で伝説。
戦えない者も、そうでない者も、全てを守るために錬金術を巡る渦中に飛び込むカズキ。果たして彼は錬金術の争い、悪用を根絶することが出来るのでしょうか?
1学期半ばのある日、春風高校光画部の面々は野外撮影会という名目のレクリエーションに勤しんでいました。大戸島さんごと彼女の友人堀川椎子が、手持ち無沙汰に姿を見せない転校生の話をしていると、突然池の中から自転車に乗った学生服の少年が現れました。彼の名前はR・田中一郎、通称R(あ~る)。彼は2週間もの間山中を彷徨っていたと言います。
そして瞬く間に日は過ぎ、1学期の終業日。Rがようやくやってきた転校生として紹介されます。一向に学校に現れない転校生とは彼のことでした。Rは学期の終わりにやってきたり、夏休みなのに自主的に授業に勤しんだりするなど、ズレた行動を繰り返します。奇行を面白がった光画部は彼を勧誘し、部員に引き入れました。
- 著者
- ゆうき まさみ
- 出版日
本作は1985年から1987年にかけて「週刊少年サンデー」に連載されていたゆうきまさみの作品。1988年星雲賞マンガ部門受賞。ゆるいSFテイストのある日常系漫画で、現在の文化系クラブ漫画の先達とされています。
耳慣れない光画部という部活。その実態はいわゆる写真部なのですが、劇中ではほとんど写真部らしい活動はしません。写真を撮るのはせいぜい文化祭などの実績作りぐらいです。普段は野球部でもないのに野球をしたり、水泳部やバスケ部と試合をしたり、果ては部室を巡って生徒会とサバゲーをしたり。無関係なことをやりたい放題。
そもそも主人公のR君からして無茶苦茶な存在。奇行を繰り返す果てに頭が取れて、人間ではないことが露見します。実は一般常識の欠けたポンコツ人型ロボット、もといアンドロイド。とある博士がある目的で作り上げたものの、まったく思惑通りに行動しません。
「ロボットじゃないですよ。ア・ン・ド・ロ・イ・ド!」
「うるさい。お前なんかロボットだ!」(『究極超人あ~る』より引用)
そして個性的な光画部のメンバー、OBなのに出席率ナンバー1のたわば先輩、強引な鳥坂(とさか)先輩。鳥坂などを発端とする問題をあ~るがおおごとにしていって、比較的常識人のさんごと椎子が巻き込まれることになります。
昭和の作品だけあってやや古いテイストですが、本質的な面白さは今も変わりません。OVA化された『究極超人あ~る』にちなみ、飯田線の田切駅から伊那市駅までを自転車で走るイベント「轟天号を追いかけて」が近年でも開催されるほど、未だに愛される一作。
『究極超人あ~る』については<『究極超人あ~る』の名言を10巻までネタバレ紹介!30年振りの名作復活!>の記事で紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
20世紀末、イギリス。国内外で奇怪な事件が続出していました。事件の波は小村チェーダースにまで及びます。短期間で村人は消え去り、代わりに動く屍と化した彼らが村を徘徊するようになります。吸血鬼によるグールの大量生産。
事態は警察の手を離れ、秘密の国家機関に託されました。王立国教騎士団、通称ヘルシング機関。機関から赤いコート男、アーカードが派遣されます。彼こそ、ヘルシング最強戦力と呼ばれる、吸血鬼を狩る吸血鬼でした。
やがて頻発する吸血鬼事件は、ある組織の暗躍を浮かび上がらせ、アーカードとヘルシング機関はその組織の後を追っていきます……。
- 著者
- 平野 耕太
- 出版日
本作は1998年から2009年にかけて「ヤングキングアワーズ」で連載された平野耕太の作品。2度アニメ化された人気の漫画です。前日譚に当たる外伝『THE DAWN』が「ヤングキングアワーズ増刊号」で連載されていましたが、雑誌廃刊に伴い未完。
ブラム・ストーカーの小説『吸血鬼ドラキュラ』の設定をベースに、平野独自の脚色を施した激しいアクションと魅力的なキャラクターが売りの漫画です。
吸血鬼にして吸血鬼ハンターのアーカード。本作の主人公格ですが、彼がとにかく強い。作中最強の存在と言っても過言ではありません。それもそのはず。アーカードの綴りは「Arucard」で、逆から読めば「ドラキュラ」。吸血鬼ドラキュラ伝説の元になったワラキアの串刺し公、ヴラド・ツェペシュその人であることが示唆されています。
そのような偉大な吸血鬼がなぜ国家機関に携わっているのでしょうか。その秘密はヘルシングそのものにあります。ヘルシング機関を束ねる長にして名門ヘルシング家の当主、インテグラ・ヘルシング。かつてアーカードを仕留めた吸血鬼ハンターの末裔です。インテグラは若き当主ながら女傑と呼べるほどの女性で、果断な判断を下してアーカードを従えます。
他のヘルシングの主な構成員はアーカードの眷属セラスと、ヘルシング家執事であるウォルター・C・ドルネーズ。新米吸血鬼と手練れの老人ですが、一騎当千の猛者として活躍します。
通常エンターテインメント作品の長口上は、冗長になるため忌避されるものですが、本作では完全に逆転しています。中盤から終盤にかけて、一連の台詞に数ページ割かれるのもざら。その長口上にキャラクターの思想、情熱、意思が全て詰め込まれており、作品全体の勢いに拍車を当てる効果を発揮しています。
プロテスタントを守護するヘルシングと敵対するのは、同じキリスト教ながら相容れないカトリックの総本山ヴァチカンとその直属の実行部隊「イスカリオテ機関」。怪事件の解決という目的は同じながら、主義主張から対立しています。
数々の異名を持つイスカリオテの神父、アレクサンド・アンデルセンも敵でありながら主役級のキャラ。人間の身でアーカードを追い詰める凄腕の持ち主。本作はとにかく敵も味方も読者を惹き付ける魅力的なキャラばかりです。
裏で暗躍する謎の組織「ミレニアム」が姿を見せた時、恐るべき騒動が始まります。欧州を焦土に変える狂気の行い。ヘルシングとイスカリオテとミレニアムの三つ巴。この戦争の果て、最後に勝つのは誰なのか?
「ヘルシング」については<「ヘルシング」の魅力はキャラの名言にあり!平野耕太のかっこよすぎる世界観>の記事でも紹介しています。気になる方はぜひご覧ください。
その昔、田舎を震撼させた1羽の鳥がいました。一睨みで人間を殺してしまう死のフクロウ。一体何が目的で、どうして生まれたのか。抗えない神罰だと人は言いました。しかし、杣口鵜平(そまぐちうへい)という老猟師は最後まで諦めず抵抗しました。そして遂にフクロウを無力化させることに成功しますが、トドメを刺す前に何者かに阻まれてしまいました。
そして13年の月日が流れます。アメリカの最新鋭空母が厳重に保管していた生き物が、突如解き放たれてしまいました。その生物は米軍が密かに回収、管理していた死のフクロウ「ミネルヴァ」。ミネルヴァは数日で東京を壊滅させ、その能力はテレビ放送越しに全国に広がり、日本国民420万人が犠牲になりました。
思うままに凶行を繰り返すミネルヴァを止める手立てはあるのでしょうか。
- 著者
- 藤田 和日郎
- 出版日
- 2007-04-27
本作は2007年に「ビッグコミックスピリッツ」で短期連載された藤田和日郎の作品。少年漫画で培ったストーリーテラーの腕を余すところなく出し切り、アルフレッド・ヒッチコックの『鳥』以来の恐ろしい怪鳥を描き出しました。
ミネルヴァの無機質な恐ろしさ。藤田というと邪悪の権化として描かれた『うしおととら』の「白面の者」も恐ろしい存在でしたが、ミネルヴァにはそれともまた違ったベクトルの怖さがあります。
鳥としての特性をフルに活かしての高速移動。神出鬼没とはこのことで、いつどこに出現するのか、まったく予測出来ません。勿論、ミネルヴァに見られただけでアウトなので、捉えることなど不可能に近いです。精密射撃の出来る最新ライフルも、長距離ミサイルも、素早く動く鳥を仕留める役には立ちません。
唯一対抗出来るのは、13年前にミネルヴァを無力化したマタギの猟師の鵜平のみ。彼と、愛用の村田銃だけが頼りです。村田銃というのは初の国産小銃で、100年以上も昔の骨董品。老いた猟師と古びた銃が最新兵器より役立つというのは、なんとも皮肉な話です。
ところが、かつてミネルヴァと相対した時の代償は大きく、トドメを邪魔されたこともあって、鵜平は厭世的に暮らしていました。助力を請うアメリカの使者に対しても、にべもない対応を取ります。
このままミネルヴァが跋扈すれば、被害は確実に拡大します。日本を全滅させた後は、世界に向けて飛び立つかも知れません。そうなれば人類存亡の危機にもなりかねません。
しかし、もし鵜平が立ち上がったとしても、一体どうやってミネルヴァと戦うのか。死のフクロウを止める方法はあるのでしょうか。人間対鳥、決死のクライマックスは必見です。
田西敏行27歳、弱小玩具メーカー「産田産業」営業部に勤める冴えないサラリーマン。後輩の植村ちはるが気になっていても、一歩踏み出す勇気のない意気地なしです。大手玩具会社「マンモス」の青山貴博は同じ営業でも、イケメンで社交性に富んでいて、田西とは雲泥の差。営業回りで知り合った2人は意気投合しました。
その青山の協力もあって、ちはるとの仲が少し進展する田西。しかし、不幸な偶然と誤解から、田西とちはるは疎遠になります。そこへ狙い澄ましたかのように青山がちはるへ急接近して……。
- 著者
- 花沢 健吾
- 出版日
- 2005-11-30
本作は「ビッグコミックスピリッツ」に2005年から2008年にかけて連載された、花沢健吾の作品です。2010年に実写映画化、2012年にはテレビドラマ化されました。
「ルサンチマン」という言葉があります。ニーチェの用いた哲学用語で、思い通りにならない現状への強い抑圧を意味する言葉です。花沢はこのルサンチマン的表現が得意で、八方塞がりで逆境状態のどうにもならない主人公を描くことが非常に上手い作家です。彼の商業デビュー作は『ルサンチマン』ですが、こうしてタイトルに冠するほど意識しています。
田西は小心でうだつの上がらない男です。現実に目を向ければどこにでもいそうなアラサーで、およそ主人公とは思えないサラリーマン。だからこそ、身近な存在として感情移入してしまうんです。
上手くいきかけていた彼女を、友人と思っていた男に取られてしまう。その彼女の境遇がまた酷い。これが自分の身に起こったことだと思うと、やるせなさにうちのめされるでしょう。そしてふつふつと湧き上がる怒り。抗えない逆境、どん底からの憤怒。すなわちルサンチマンです。実はルサンチマン状態は田西以外にも当てはまりますが……。
そこへ来てようやく、田西はあがき出します。踏まれて蹴られて落ち込んでも、結局は立ち上がろうとする。その姿に思わず声援を送りたくなるんです。頑張れ、田西! 負けるな、田西! 転んでも走って、ぶち込んでやれ!
14世紀初頭のアルプス山脈。ウーリ、シュヴァイツ、ウンターヴァルデンからなる森林同盟三邦の土地は、ドイツとイタリアを結ぶ交易路の要衝、ザンクト・ゴットハルト峠を抱えて栄えていました。しかし、権益を狙うオーストリア公ハプスブルク家によって三邦は占領されてしまいます。
ザンクト・ゴットハルト峠には堅牢な砦が築かれ、通行証を持つ者のみが通れる関所になりました。ハプスブルク家から派遣された代官ヴォルフラムは、公弟レオポルトに代わって権能を振りかざし、悪魔のように恐れられます。関所はやがて、飲み込んだ者を決して吐き出さない「狼の口」ヴォルフスムントと呼ばれるようになりました。
森林同盟三邦が自治自由のために結成した盟約者同盟。彼らは内外で呼応してヴォルフラムを討ち、ハプスブルク家からの独立を目指します。そのためには、どうしても狼の口をかわさなければならない……。
- 著者
- 久慈光久
- 出版日
- 2010-02-15
本作は2009年から2016年にかけて「Fellows!」で連載されていた久慈光久の作品です。
スイス独立戦争をモデルにした中世が舞台で、地名や登場人物などに歴史上の名称が見られますが、物語は創作による部分が大きいです。
常に物語の中心にあるのは、要塞ヴォルフスムント。様々な事情、因縁を抱えた人々、あるいは盟約者同盟の闘士が、決死の覚悟で砦越えに挑みます。しかし、峻厳なアルプス山脈の隙間に築かれた関所はまさに難攻不落。アルプスを通ろうにも、天然の要害に阻まれて山越えは不可能です。
取れる手段はただひとつ。身分を偽り、通行証を偽造し、関所を堂々と通り抜けること。ところが代官ヴォルフラムは密航者を見抜く天才で、どんな者も通しません。しかも見付けた者は拷問にかけて無残に殺した上、晒し首にするという冷血漢。ヴォルフラムの指揮する拷問シーンは非常にショッキングなビジュアルため、苦手な方はご注意ください。
つまり、いかにしてヴォルフラムを出し抜くかが鍵になります。
言わばヴォルフラムとヴォルフスムントは悪の権化。対する自由闘士は、自分達の名誉のため、苦しむ同胞のため、森林同盟三邦(後のスイス)の未来のために戦う英雄的な人物ばかり。死ぬには惜しい英傑達が、狼の牙にかかって敢えなく命を散らしていく悲劇の展開が続きます。
悲劇をなくすために悲劇が繰り返される。無情なまでの展開に、サディスティックなヴォルフラムへの憎しみがいやが上にも高まり、読者の感情は闘士達に重なっていきます。
犠牲となった夥しい同志の亡骸の果てに、果たして代官ヴォルフラムの高みに到達することが出来るのでしょうか。アルプス山脈の自由の行方は?
常に地球へ表側を見せて浮かぶ月。その表側と裏側の境界線にある洞窟で、とんでもないものが発見されました。宇宙服を着た人間の死体です。しかし、月面には適合する消息不明の人物はいませんでした。死体の宇宙服を調査した結果、なんと死後5万年が経過していたことがわかります。現行人類が出アフリカをして地球に広がり始めたころの死体……。
非破壊透視装置の開発者ヴィクター・ハントと、生物学者クリスチャン・ダンチェッカーは、この謎を解くべく宇宙開発事業団に招集されました。彼らは仮定と反証の果てに、ある驚きべき事実を導き出します。火星と木星の間に存在した、幻の第5惑星「ミネルヴァ」。「チャーリー」と名付けられた謎の死体はそこから来たのだろうと推測されました。
- 著者
- 星野 之宣
- 出版日
- 2011-06-30
本作は2011年から2012年にかけて「ビッグコミック」で連載された星野之宣の作品。本作の元になったのは、1977年に発表されたジェイムズ・P・ホーガンの同名小説です。2013年に星雲賞コミック部門を受賞しました。
SF漫画の巨匠、星野之宣とSF界の巨人、J・P・ホーガンのタッグ。オリジナルも素晴らしいものでしたが、星野は漫画化にあたって独自の解釈で設定を整理したことで、より直感的にわかりやすく楽しめる作品に仕上げました。
本作の特異な点。それはハードSFでありながら、本格ミステリーの要件を満たしていることにあります。SFとミステリーではまったく別ジャンルのように思えますが、現実的にあり得ない前提を実証的に理路整然と積み上げ、真相を導くという手法はまさに本格ミステリー的。一見無関係な点の散らばりが、相互に結びついて像を結ぶ展開には鳥肌が立ちます。
序盤の大きな謎となっているのが月人、ルナリアンと呼ばれる死体、チャーリー。ハントのトライマグニスコープで精査したところ、ダンチェッカー教授は「間違いなく地球人」と断じます。しかし、先史時代の人類が最新技術と同レベルの宇宙服を着て、あまつさえ月面にいるはずがありません。
チャーリーと同時代に月の裏側に降った隕石痕。その出所と思われる火星と木星の間の小惑星群。月面地下から発見された5万年前の兵器類に、チャーリー達が食していたであろう未知の魚を用いた保存食。これらの物証が、かつて太陽系にあった幻の第5惑星の存在を示唆するのです。
1つの問題が解決すると、また別の疑問が立ち上がってきます。チャーリーが第5惑星からやって来たとして、どうして何千万kmも離れた月にいたのか? 地球人類と瓜二つなのはなぜか? 第5惑星はどうなったのか?
そして、そんな尽きない疑問を消し飛ばすような重大発見がなされます。木星の衛星ガニメデにて発見された宇宙人の痕跡、難破した100万年前の宇宙船。
果たして宇宙船と第5惑星との関係は? やがて全ての謎が解かれた時、恐るべき陰謀が明らかになります。まるで無秩序に絡まった謎が、丁寧に解きほぐされてまっすぐに繋がった1本の線として浮かび上がってくる展開は、快感と言う他ありません。
異常気象が原因で海面が上昇し、海抜の低い土地が水没してしまった近未来。結婚して家を出ていた舞子が実家に戻ってくると、なぜか父親が興奮気味でした。舞子の家、難波家は代々科学者の家系で、祖父は日本人で初めて2度のノーベル賞に輝いた偉人。それにも関わらず遺産は残されていなかったのですが、祖父署名の宝の地図が見付かったと言うのです。
悪戯好きだった祖父がいかにもやりそうなことで、過去痛い目に遭ってきた舞子は乗り気ではありませんでした。ところが、祖父の遺産を目当てにして知り合いの研究所所長時田や、NASAまで出張ってきて……。
「広くてすてきな宇宙の中で、一番大事な舞子のために」(『Spirit of Wonder』より引用)
- 著者
- 鶴田 謙二
- 出版日
- 1997-08-20
本作は「モーニング」、「アフタヌーン」両誌で1986年から1994年にかけて発表された鶴田謙二のオムニバス短編集です。本作収録の「チャイナさん」シリーズと「少年科學倶楽部」はOVA化されました。
収録作は全てSFに分類される作品ですが、いわゆるSFとはひと味違います。例えば「少年科學倶楽部」で言及されるエーテル。これはかつて、宇宙に充満していて光を伝達すると想定されていた物質。19世紀以前の物理学で大真面目に考えられていた代物なんです。
このように、ロマンはあれども現実的ではない、という題材を鶴田は敢えて選んで描いています。SFというよりは、ジュール・ヴェルヌの『月世界旅行』や『海底2万里』などの古き良き空想科学冒険小説といった趣です。
そんなレトロ情緒溢れる各短編は、鶴田の絵柄と相まって幻想的ですらあります。登場する科学者が、みんな曲者ばかりなのはお約束。夢想家の少年がそのまま成長したかのような大人達ばかりです。
異常気象。瞬間移動装置。ミクロ宇宙の創造。時間旅行。エーテル航行。そして益体もない発明品の数々。ちょっとマッドな科学者達が、瞳を輝かせて実現困難な問題に挑戦していきます。
江戸時代でも明治時代でもない、架空の日本。旧来の生活を守って人々は暮らしていました。時に、そんな人々を煩わせる現象が起こります。目には見えないけれど、影響を及ぼしてくるモノ達。
「およそ遠しとされしもの。下等で奇怪、見慣れた動植物とはまるで違うとおぼしきモノ達。それら異形の一群をヒトは古くから畏れを含み、いつしか総じて『蟲』と呼んだ」(『蟲師』より引用)
蟲の多くは害がないものの、中には厄介な騒動を引き寄せたり、危険なモノ達もいます。主人公のギンコは、そういった蟲の全般を扱う「蟲師」と呼ばれる専門家。諸国を巡り、蟲と聞いては顔を出す流れ者です。
- 著者
- 漆原 友紀
- 出版日
- 2000-11-20
本作は1999年から2008年にかけて「アフタヌーンシーズン増刊」、「月刊アフタヌーン」で連載されていた漆原友紀の作品。全10巻。完結後に特別編1巻と、本作をフィーチャーしたアンソロジー『蟲師 外譚集』が発売されました。3度もアニメ化されて、未だに根強い人気を誇っています。
電気が通い、24時間明かりの下で過ごす我々と違って、昔の人々は見えない闇を恐れました。暗闇の中に、不可視の恐ろしいモノの姿を見ました。それらは妖怪や幽霊として今に伝わるものです。本作では、そういった怪現象を蟲の仕業として定義し、畏れ、敬い、共存すべき隣人として描いています。
蟲の姿は千差万別。小は微生物のような他愛ない存在から、大は神に等しい凄まじいものまで。特に一所に留まらない「ナガレモノ」と称される蟲は強大で、荒れ狂う自然現象そのもの。作者漆原の豊かな想像力によって、見たこともない不思議なモノ達が生き生きと登場します。
ギンコが主人公とされていますが、彼は事実上の狂言回し。毎回原因も場所も異なる話に、蟲関連事件の導き手にして、解説役兼解決役として登場します。よれよれの外套、大きな背負子がトレードマーク。人目を引く白髪と、普段決して見せない右目、いつも吸っている紙巻き煙草には彼の出自が隠されています。
ヒトが生き続けるように、動物が命を繰り返すように、植物が絶えないように、蟲もまた遍く広がる生命の一形態。ギンコをはじめ、登場人物達は蟲を憎むことなく、折り合いを付けて生活していきます。自然と生きる、とはこういうことなのでしょう。
いかがでしたか? 今回ご紹介した作品はどれも自信を持っておすすめします。短いものばかりなので、これをきっかけに手にとってお楽しみいただければ幸いです。