小説『空飛ぶタイヤ』が一部関係者の反感を買っている理由とは!?

更新:2021.11.9

「三菱自動車リコール隠し」を題材とした池井戸潤の経済小説『空飛ぶタイヤ』。間違いなく傑作でありながら、その踏み込んだ内容は一部関係者の反感を買っているようです。その一部関係者とは誰のことなのでしょうか。反感の理由とはいったい!?

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弱小企業と巨大企業の戦いを描いた『空飛ぶタイヤ』

走行していたトレーラーの巨大なタイヤが突然脱輪、その大きなタイヤは意思を持ったかのようにあらぬ方向へ転がっていきました。二人の母娘がタイヤに巻き込まれ、娘は軽傷で済んだのですが、母親は病院に運ばれそのまま帰らぬ人となりました。

赤松運送の2代目社長である「赤松徳郎(あかまつとくろう)」は、トラック死亡事故の責任を負わされてしまいます。しかしトラックの整備は万全であり、会社はただの一度も点検に手を抜いたことがありませんでした。しかしトラックの販売元である「ホープ自動車」は責任の全てを運送会社に押し付け、素知らぬ顔で事なきを得ようとします。

社長である赤松はどうしても脱輪事故に納得がいかず、独自で調査を開始。するとおどろくべき事実が判明するのでした。

著者
池井戸 潤
出版日
2009-09-15

本作は上下巻合わせておよそ800ページにも渡る物語ですが、読んだ人が口を揃えていうのが「あっという間に読めた」「時間を忘れて一気に読めた」ということです。話は複雑に転がっていくのですが、テンポがよく、そしてほどよく解説が入っているので普段小説を読まないようなひとでも楽しめますし、小説をよく読むひとでも十分満足できるような読み応えのある内容となっています。

さて、タイトルにもありましたが一部関係者の反感を買っているという本作。すでにお分かりの方もいるかと思いますが、自動車会社の一部の幹部クラスの人たちですね。一部関係者たちが本作を読んで、まさに件の自動車会社と、本作に登場するホープ自動車の企業体制がほぼそのままに書かれていると述べています。読むとわかると思うのですが、このホープ自動車の幹部たちはとにかくエリート思考が強く、自分たちは特別だと思い込んでいる人たちであふれているんですよね。運送会社の社長である赤松が、もう一度整備体制に不備はなかったかどうか確認させてくれ、と頼んでも、まったくといって取り合ってもらえず「それで消費者が納得するのか」と赤松が投げかけても「こちらもお客様を選ぶ権利がある」と完全に上から目線での返答をするのでした。

その言葉を聞いた赤松は愕然とし「こいつらはタイヤ外れる前に、だいじな部品が外れている」と心中思うのでした。

自動車の燃費メーターの改ざんが話題になったと思うのですが、この小説を読むとその辺の顛末がさらに詳しく語られており、これも結局は幹部や上層部に人間たちの欺瞞やちっぽけな虚栄心が生み出した結果であることがよくわかります。自動車業界の幹部クラスの人たちが冷や汗をかくのは、こういうところを鋭く突き刺すような描写がいくつもあるからでしょう。

しかしそういう、後ろ指をさされるべき人間はごく一部の上層部であり、その下で働いている人たちはそういったことも知らされず日々、製造ラインを動かしています。そういう描写もしっかり書かれているので、ホープ自動車イコール「悪」という見方も一概にはできないところが、やはり池井戸潤の物語の書き方がうまいところです。

下請けや製造ラインで働いているひとたちには何の罪はなく、むしろ彼らは日々の仕事を懸命にこなしているわけです。そういう人たちにもスポットを当てることによって上層部の腐敗がさらに際立つという構成になっているのです。

ほかにもいろんな場面で「ホープ自動車」の上層部がいかに腐っているかが書かれており、上巻ではそのホープ自動車の悪行を調べあげるところで終了します。次々と管理体制の杜撰さやデーターの改ざんが見つかっていくのですが、その隠蔽の仕方も非常に巧妙であり、まさに法の抜け穴を利用した悪質極まりない工作はもはや見事としか言い表せません。いかに腐敗した管理体制であることが嫌というほどわかったところで、物語は「反撃」ということで下巻へ続くのでした。

巨大悪徳企業を暴け!弱小企業の反撃!

2代目社長である赤松徳郎の運送会社はトレーラー脱輪死亡事故で一気に社会的信用を失ってしまいます。会社は倒産寸前で、警察からは「容疑者」として扱われているのでした。

しかし従業員の整備体制に不備はいっさい見当たらず、赤松は整備管理や運行管理を徹底的に見直すもやはり「減点なし」という結果に。一貫して責任ある仕事をしてきた赤松にとってこれは販売元である「ホープ自動車」の責任の擦り付け以外のなにものでもありませんでした。しかし決定的な証拠がないまま、日々は残酷に過ぎていき会社はどんどん追い込まれていきます。

そんなとき赤松はとある雑誌記者と接触し、事態は一転するのでした。

著者
池井戸 潤
出版日
2009-09-15

作者の池井戸潤は本作を「これほど怒りに駆られて書いた作品はない」と語っているように、いかに『空飛ぶタイヤ』が怒りに溢れているかがわかります。氏は小説を通して「消費者の気持ちを理解しない、自分たちのことばかり考えている企業にはたして本当に価値はあるのか」と問い続けるのでした。

企業の悪質な隠蔽も、そもそもが経営陣や幹部たちのちっぽけなプライドから始まっています。彼らはなにか不具合やアクシデントがあったときにそれを改善するのではなく「なかったこと」として扱い、ハナからそんなものはなかったと開き直り、反省する素振りも見せません。

作中で登場する「T会議」という秘密の会議があり、ここでは最高幹部たちや取締役が集まり、リコールの隠蔽工作の算段や生産の効率のみを考えた話し合いが行われていました。この会議も単なる小説上での創作ではなく、じっさいにそういう会議が存在していたことが元幹部の内部告発で発覚しています。どのようにしたら売上が上がるのか、またどのようにすれば不正を隠蔽できるのか、ということが話し合われていた「T会議」が本当に存在したという事実は、それを知って読むのと知らないで読むのでは、ストーリーの重さがまったく違うものになるでしょう。もし未読の方がしましたら「T会議」のくだりはこの記事を思い出して読んでみるとより一層リアリティが増すかもしれません。

企業の悪習が不正を呼び、不正が人を腐敗し堕落させ、それがまわりまわって関係ないひとたちの命を落としてしまいます。それを考えたときにこの小説は書かれるべくして書かれた小説であるといえるでしょう。池井戸潤は「いちばん迷惑しているのは世の中だ」とあとがきで述べています。この言葉からも、氏がいかに怒っているかがわかるかと思います。

以上のことから今作はかなり踏み込んだ内容であることがわかります。非常に生々しく、登場する人物のなかにはかなり不快な印象を与えてくる人間もいます。しかしそれは氏が、生きた声を小説に吸い上げ見事に再現した結果だといえるでしょう。今作の魅力はまさに徹底した細部にあるといえるかもしれませんね。

池井戸潤の作品のなかでも、抜群に導入がわかりやすく没入感があるとされているのが『空飛ぶタイヤ』といわれています。未読の方はぜひ、たっぷり時間をとって本作を楽しんでほしいと思います。

池井戸潤が書く登場人物の言葉は、つねに一歩先をいっており独特の深みがあります。「売れている小説家の作品」だから読むのではなくあなたが今なにを求めているか、どういう話を読みたいのかを考えて小説を選ぶといいでしょう。もし「本を読んだ時の満足感を得たい」「面白い話が読みたい」「けど難しい会話はちょっと」と思っている人がいたらまさに今作はうってつけといえるでしょう。

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