手塚治虫と浦沢直樹がタッグを組んで生まれた『PLUTO』。鉄腕アトムの世界で起きた事件を題材に、ロボットと人間のかかわりを丁寧に描いた名作です。さまざまな思惑がからみ合い、誰が敵で誰が味方かわからないスリル満点の近未来サスペンスになっています。
手塚治虫の不朽の名作『鉄腕アトム』を、『20世紀少年』などの作品で知られる浦沢直樹が現代風にリメイクした作品。手塚作品の世界観を残しながら、浦沢らしい圧倒的なスケールと謎めいたストーリーを加えてパワーアップさせています。
『鉄腕アトム』のなかに、「地上最大のロボット」というエピソードがありますが、ここに浦沢なりの解釈を加えて壮大な物語に組み直したのが本作なのです。
原作のエピソードに比べて謎や考察の余地が多い大人向けのストーリーになっており、まるで映画を観た後のような読後感。2009年に連載が終了した後も、長い間ファンから支持され続けていて、実は近々アニメ化されることが発表され話題を呼びました。
そこで今回は、本作の魅力と全巻の見どころを、あらためてご紹介していきます。ネタバレを含むので未読の方はご注意ください。
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- 著者
- 浦沢 直樹
- 出版日
- 2004-09-30
人間と見分けがつかないほど高性能なロボットが、普通に暮らしている近未来。ある時、平和に暮らしていた世界最高水準の7体のロボットたちが、何者かの手で次々に破壊される事件が起こります。
自身も世界最高水準のロボットである捜査官のゲジヒトは、世界中を飛び回りながら真犯人を追うことに。アトムやエプシロンなどのロボットたちと協力しながら真相を暴いていきます。
しかし事件の裏には、彼の想像を超える大きな陰謀が隠されていて……。
彼らは犯人を追うなかで、人類の命運を握る大事件に巻き込まれていくのでした。
本作の面白さとしてまず挙げられるのは、近い将来もしかしたら訪れるかもしれない「ロボット社会」を詳細に描いている点。人間とロボットが共存することで起こる社会問題や事件など、物語の細部に至るまでリアルな発想で構築されています。
作中でもっとも重要視された問題のひとつが「ロボットは人間を殺すのか」ということです。作中の世界には、人間よりも遥かに知的で身体能力に優れたロボットが多数存在しているのですが、「ロボット工学三原則」のルールもと、すべてのロボットたちは人間は攻撃することができません。
ところが「ブラウ1589」というロボットだけは例外で、彼は人間を殺すことができた世界唯一のロボットとして恐れられているのです。しかも「ブラウ1589」の人工知能にバグはなく、むしろ彼は「人口知能が完璧すぎた」ことが原因で殺人を犯してしまったとのこと。つまり、人間に近すぎる思考をもったため、殺人を犯したということなんです。
平和に見えるロボット社会は、「ロボットは人間に従順である」という大前提のもとで成り立っているもの。もし「ブラウ1589」のように人を攻撃することができるロボットが他にも増えてしまったら……すぐに社会は崩壊してしまうでしょう。
そのため『PLUTO』の世界には、「ロボットの人権問題」だとか「反ロボット教団」などのややこしい社会問題が蔓延っています。「ロボットは人間を殺すのか」、「人間を殺したロボットは本当にブラウ1589だけなのか」という疑問は、本作の世界を常に不気味に彩ります。
物語のなかで重要なファクターとなっているブラウ1589ですが、彼自身は物語の流れに大きな影響を与えるわけではありません。全身のほとんどを破壊された状態で収監されており、わずかに腕を動かすことと、日常会話くらいしかできないからです。
しかし彼の存在は、他のロボットたちの「行動」に大きな影響を与えます。特にゲジヒトは、思い悩むたびにブラウ1589のもとを訪れ、卓越した人工知能を持っている彼の考え方を参考にしていました。
またブラウ1589はアトムのことを「旧友」と呼んでおり、互いに何かを理解しあった関係にあるようです。ちなみに2人の関係性については、『鉄腕アトム』の「青騎士の巻」というエピソードを読むと解読できる仕組みになっています。
ブラウ1589に関してはこの他にもいろいろな謎が残されていて、おそらく初読では彼が「敵か味方か」「悪か正義か」ということすらも理解することが難しいはずです。特に本作のラスト、脱獄した彼が一連の事件の黒幕に対峙するシーンは非常にミステリアス。ブラウ1589がどうしてそんなことをしたのか、ファンの間でも意見の分かれる場面になっています。
作中でブラウ1589は、自らの行動を「殺人」ではなく「処刑」と称しており、そこには何らかの大義があったことを示唆しています。言うならば彼は悪でも正義でもなく、自らの思想に則って行動している「人間にもっとも近い存在」なのかもしれません。
そう考えると、本作の最後の最後で、「処刑」すべき「人間」を見逃してしまったことにも合点がいきます。
考察するうちに真実が見えてくるという難解なつくりも、本作の大きな魅力となっています。
- 著者
- 浦沢 直樹
- 出版日
- 2004-09-30
事の発端は、スイスで山案内ロボットとして活動していた「モンブラン」というロボットが、死亡したことでした。当初は山火事が原因の事故死だと考えられていましたが、実は何者かに破壊されていたという事実が明らかになります。
そしてこの事件の解明にあたったのが、欧州刑事警察機構「ユーロポール」に所属する捜査官ロボットの、ゲジヒト。本作の主人公です。
しかしゲジヒトが捜査を進める間に、別のロボットが殺害される事件が発生。果たして犯人に狙われるロボットたちの「共通点」は何なのでしょうか。
また、ロボットが殺された事件に関する、人間の関心の違いも見どころのひとつ。人が死んだときと同様に悲しむ者もいれば、壊れたロボットをガラクタのように扱う者もいて……
このようなズレが、今後の展開を左右していきます。
- 著者
- 浦沢 直樹
- 出版日
- 2005-04-26
2巻からは、アトムが登場。言うまでもなく、原作『鉄腕アトム』の主人公であるスーパーロボットですね。
一連の事件が「世界最高水準のロボット」を狙った犯行だと予測したゲジヒトは、そのひとりであるアトムの元に向かいます。そして2人は連携して捜査を進め、犯人が「ボラー調査団」の元メンバーまでもを標的にしていることを突き止めました。「ボラー調査団」とは、法律やロボット工学など各分野で優れた見識を持つ人物が参加している団体で、あのお茶の水博士も含まれています。
まだまだ謎だらけの2巻ですが、このほかウランなども登場し、『鉄腕アトム』ファンには嬉しい展開です。
『鉄腕アトム』についておさらいしたい方は<『鉄腕アトム』知られざる3つの魅力!もう一度読みたい手塚治虫の名作漫画!>をご覧ください。
- 著者
- 浦沢 直樹
- 出版日
- 2006-03-30
一般的なロボットマンガやバトルマンガと違い、本作には分かりやすい敵がいません。登場キャラクターそれぞれの思惑がからみ合い、思想の違う相手がすべて「敵」としてひっそり存在しています。
3巻でゲジヒトの前に立ちふさがったのは、「反ロボット教団」です。ロボットの人権を認めない彼らは、ゲジヒトをはじめとした高性能ロボットを目の敵にして暗躍し……。
そしていよいよ、謎の敵「プルートゥ」も登場。一連の事件の犯人とみられるロボットですが、どうやら彼自身も何者かに操られているであろうことが示唆されます。
「反ロボット教団」と「プルートゥ」は、ゲジヒトやアトムにとっての「敵」に違いありませんが、一連の事件にはどれほど関わっているのでしょうか。そして黒幕は……?
- 著者
- 浦沢 直樹
- 出版日
- 2006-12-26
プルートゥによって次々と倒されていく、世界最高水準のロボットたち……そんななか、とうとうアトムまでもが彼の手によって破壊されてしまいました。
そしてアトムと記憶チップを共有していたゲジヒトは、激しい誤作動を起こしてしまいます。
そのなかでゲジヒトは、自身の過去の記憶を垣間見ました。涙を流すボロボロのロボットの姿や、何かに激昂するゲジヒト自身の姿……彼は、自分の記憶の一部が失われていることに気づくのです。これによって物語の謎はさらに深まっていきます。
ゲジヒトが過去に殺人を犯していると主張する男や、殺されたロボットたちの名前を連呼する政治犯などが登場し、ますます誰が敵で誰が味方なのか、分からなくなってしまいました。
- 著者
- 浦沢 直樹
- 出版日
- 2007-11-30
5巻では、一連の事件のカギを握る2人の男が登場。彼らが持っている情報を繋ぎ合わせれば、真相が明らかになるはずなのですが……。
1人目は、元ペルシア王国国王・ダリウス14世。かつてロボット兵器による軍備拡張を展開し、「第39次中央アジア紛争」を引き起こした罪で収監されています。独房から出ることすらできない生身の人間なのですが、なぜか犯人に狙われている7体のロボットたちの名前をつぶやいていました。また、プルートゥに関してもかなり詳しく知っているようです。
そして2人目が、アトムの生みの親である天才科学者・天馬博士です。普段は居所すら判然としない謎多き人物ですが、アトムの死を知りお茶の水博士の元を訪れました。プルートゥをはじめとしたペルシア王国製のロボットには天馬博士が開発した人工知能が使われており、過去の戦争にもひと役買っているとみられます。
この2人の登場により、物語は一気に核心に近づいたようです。
- 著者
- 浦沢 直樹
- 出版日
- 2008-07-30
命がけでプルートゥに立ち向かった、世界最高水準のロボットのひとり、ヘラクレス。彼が残した1枚の写真には、花畑の中心で優し気に微笑む「サハド」という男が写っていました。サハドの正体を探るべく、ゲジヒトはペルシア共和国の科学省長官・アブラーのもとを訪れます。
詳細は伏せますが、サハドは一連の事件に大きく関わっている人物。しかし彼の知人を訪ねてみても「僕の憧れなんだ」「ほんとにいい人よ」「優秀な学生だったよ」など、よい評判しか出てきません。
根っからの善人だったサハドがどうして捜査線上に浮かんだのか……その理由には、ある悲しい事件がありました。彼の正体はこの巻で明らかになるので、実際に確認してみてください。
- 著者
- 浦沢 直樹
- 出版日
- 2009-02-27
これまでも何度か登場していた「ボラー」という謎めいたワード。 お茶の水博士らが参加した「ボラー調査団」や、エプシロンの孤児院に通う子供が発した「ボラー」というつぶやき……。
この言葉の持つ意味がずっと分からないままでしたが、7巻でとうとう明らかになります。天を衝くような巨大ロボットで、一瞬にして軍を消滅させるほどの力を持っているとのこと。プルートゥ以上の強さを持つロボットの登場は絶望的です。
- 著者
- 浦沢 直樹
- 出版日
- 2009-06-30
最終巻である8巻。果たして黒幕は誰だったのか、プルートゥが暴れる目的は何なのか、ゲジヒトの記憶に残るボロボロのロボットは何者なのか……謎が明らかになっていきます。
また、プルートゥに破壊されたはずのアトムが奇跡の復活。しかし彼には、これまでプルートゥとの闘いで死亡してきたロボットの記憶チップが使われたため、「全ての真実」と「憎しみ」を合わせ持った状態で蘇ってしまいました。
ここにきて、アトムまでもが大きな「殺意」にとらわれてしまうのです……。
そして物語は、単なるロボット同士のいさかいから大きく逸れた方向へ。実はプルートゥやボラーの活動は、「人類滅亡」へと向かっていました。後に「地球最後の日」と呼ばれるその日、人類の未来はアトムの活躍に委ねられることとなります。
「地球最後の日」を終えたところで『PLUTO』の物語は終了。ブラウ1589のラストシーンなど、最後まですべてが明かされない部分も多いので、残された謎に読者それぞれが解釈をつけていくのも醍醐味です。