本作は江戸後期に流行した、読本と呼ばれるエンターテインメント文学の代表作の1つ。28年に渡って書き継がれた大長編であり、冒険活劇伝奇小説です。神秘的な因縁によって結び付いた8人のヒーローが徐々に集結し、反発や敵対を経ながらも最後は固い友情で結ばれともに戦う痛快娯楽作品となっています。今日まで繰り返し映像化されている人気のある作品です。
内容は冒険ファンタジー!
室町時代、妖女・玉梓の呪いにより、安房国の武将である里見家の娘・伏姫は、飼犬・八房の妻となります。伏姫が死ぬ時に飛び散った8つの数珠の玉には仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字がありました。これにより、関八州に生まれた八剣士が織りなす長い物語が始まります。
上田秋成の『雨月物語』などと並んで江戸時代の戯作文芸、つまり通俗娯楽小説の代表作です。『雨月物語』が怪異を美しい情緒とともに描いたのに対して、本作は冒険ファンタジーとなっています。
- 著者
- 曲亭馬琴
- 出版日
- 2003-02-05
『水滸伝』と中国古典の影響
本作が『水滸伝』の影響を受けていることは有名で、神秘的な因縁で結び付いた英雄たちが集結するという設定はよく似ています。また合戦の描写も『水滸伝』や『三国志演義』を下敷きにしたものです。
作者の滝沢馬琴は、自ら『水滸伝』を翻訳するほど中国古典に詳しい教養人で、このほかにも『捜神記(そうしんき)』や中国の説話、歴史書などの影響が見られます。
モデルとなった地域と史実
この作品自体はフィクションですが、モデルになった地域や史実もあり、聖地と呼ばれる場所も各地に存在します。たとえば、里見家は南房総を拠点とした実在の武将で、戦国時代には千葉県の久留里城の城主でした。また館山城の築上を命じたのも彼らといわれます。
江戸時代に入ると、彼らは幕府によって現在の鳥取県倉吉市に移され、その地で大名家としては断絶しました。その際、8人の側近が殉死し、彼らが八犬士のモデルであるとする説もあります。
八犬士のうちの2人、犬塚信乃と犬飼見八が互いの因縁を知らずに対決する芳流閣の決闘は屈指の名場面の1つとされますが、舞台となる芳流閣は、現在の茨城県古河市にあった古河城がモデルとされています。
現代に続く本作の影響
後の文化に与えた影響は絶大で、現代に至るまで数知れぬエンターテインメント作品に影響を及ぼしている本作。浮世絵でも繰り返し題材にされ、歌川国芳や月岡芳年などの人気絵師も競って描きました。歌舞伎では刊行中からすでに演目として成立し、上演されたほどです。
また、現代でもさまざまな作品の原作となっています。深作健太演出による舞台『里見八犬伝』は2012年に初演され、2014年と2017年に山崎賢人主演で再演されています。
映画化も繰り返しなされましたが、1959年、内出好吉監督の『里見八犬伝』『里見八犬伝:妖怪の乱舞』『里見八犬伝:八剣士の凱歌』の3部作が代表的なものでしょう。また1983年の深作欣二監督、薬師丸ひろ子、真田広之らが出演した作品も有名です。
テレビドラマでは1960年代に、フジテレビと当時のNETで制作されています。1973~1975年にNHKで放送された人形劇『新八犬伝』は辻村ジュサブローによる人形美術が大人気でした。
主人公の八犬士たちを紹介する前に、物語の発端に関るキャラクターを紹介しましょう。
それでは、いよいよ八犬士の紹介です。「犬」の字が付く名字を持つ彼らは、仁・義・礼・智・忠・信・孝・悌の文字のある数珠の玉を持ち、身体のどこかに牡丹の形の痣があります。玉に書かれた文字は、それぞれ儒教における8つの徳の理念を表したものです。以下から、物語での登場順にご紹介します。
続いて敵のキャラクターを紹介します。
彼は、1767~1848年に活躍した江戸時代後記の読本作家です。著書には『椿説弓張月』などがあります。日本では、原稿料のみで生計を立てられたようになった最初の作家は彼だったといわれています。
しかし、この時代にはまだ印税制度はなく、生活は貧しいものでした。滝沢馬琴の名でも知られますが、これは明治以降に流布した表記です。
犬士たちが持つ霊玉に刻まれた8つの文字は儒教倫理を表しており、それぞれの持ち主の性格や能力に対応しています。たとえば、仁の玉を持つ犬江親兵衛は他人に対する親愛の情が深く、礼の玉を持つ犬村大角は古今の書物に詳しく儀礼に精通している、などです。
主人公たちがそれぞれ自分を象徴するアイテムを持っている、というのは現代の漫画やゲームなどにも大きな影響を与えている設定です。8つの玉同士の距離が近づくと感応しあってその存在を教えるというのも、ファンタジーらしい面白い設定となっています。
物語に大きく関わるアイテムとしては、他に宝刀・村雨があります。犬塚信乃が用いる宝刀で、その切れ味は「抜けば玉散る」と表現されました。作品の世界では広く知られた名刀なので、すり替えられたり奪われたりして物語を押し進めます。
「対牛楼の仇討ち」とは、本作の名場面の1つで、内容を短く編集した現代語訳の本文にも必ず収録されています。
小文吾は千葉家の悪辣な家老・馬加大記に軟禁されていました。大記が小文吾に送り込んだ暗殺者を、女伝楽師の旦開野が倒します。このあと旦開野は小文吾といずれは夫婦となる約束を交わしますが、実は旦開野は犬坂毛野という男だったのです。
毛野は仇と狙う馬加大記を対牛楼で討ち果たし、正体を明かした毛野と小文吾は城を脱出しますが、2人は川を渡ろうとするうちに離れ離れとなってしまいました。
本作は江戸時代の本で文章が難しく、長さ的にも大長編ですが、現在では読み易く書き直されたものも数多く出版されています。
『南総里見八犬伝(一)運命の仲間』は講談社青い鳥文庫から出ている小学生向けの本ですが、よくまとめられており、本作の入門にぴったりです。以下、第二巻『呪いとの戦い』、第三巻『決戦のとき』と続きます。
- 著者
- ["時海 結以", "亜沙美"]
- 出版日
- 2016-05-13
その他の子供向けでは、岩崎書店の『南総里見八犬伝 運命に結ばれし美剣士 (ストーリーで楽しむ日本の古典)』がおすすめです。
また、角川つばさ文庫からは、漫画家の久世みずきがキャラクター原案を担当し、文章をこぐれ京が担当したものが出ています。
偕成社から出ている全4巻のものは、子供向けながら、山本タカトによる古風な挿絵も相まって美しく仕上がっている作品です。
大人向けのものなら平岩弓枝や松尾清貴が文章を書いたものがあります。
一方、原作に挑戦してみたいという人には、『新潮日本古典集成』がおすすめ。文字も大きく挿絵も充実しています。
漫画ならさらに気楽に読めます。学研から出ている『まんがで読む 南総里見八犬伝』は全1巻なので、大まかな設定と物語の流れを掴むのによいでしょう。
- 著者
- ["上地 優歩", "小金瓜 ちり", "柊 ゆたか"]
- 出版日
- 2015-05-19
もっとじっくり読みたい人には、本作をベースによしむらなつきが書き上げた『里見☆八犬伝REBOOT』などもおすすめ。
可愛らしい絵柄なうえ、ギャグ要素もあるので、原作に堅苦しいイメージを持っている人でも手に取りやすい内容となっています。
さまざまな冒険の末に集結した八犬士は里見家の家来となりますが、彼らを恨んでいる関東管領・扇谷定正は、同じく彼らを恨む山内顕定・足利成氏らと、里見討伐の連合軍を起こし、攻めて来ます。
- 著者
- 曲亭馬琴
- 出版日
- 2003-02-05
里見家は犬士たちを立てて防御し、各地で合戦がおこなわれました。激戦の末、里見軍は大勝利を収めます。その後、朝廷から停戦の勅使がやって来て、和議が結ばれました。
八犬士は里見家の8人の姫と結婚し、城を与えられます。時は流れ、里見家第三代当主の義通が没すると、高齢になった彼らは子供に家督を譲って富山に籠り、仙人となったのです。
いかがでしたか?堅苦しいイメージとは裏腹に、まるで少年漫画のようなストーリーが魅力の『南総里見八犬伝』。勧善懲悪なところも、日本人に好かれやすい理由の1つなのではないでしょうか。今回の記事を読んで興味を持った方は、ぜひご一読ください!