今回ご紹介するのは、1982年に刊行された夏樹静子の小説『Wの悲劇』。これまで何度もテレビドラマや映画の原作になり、2019年の秋にもテレビドラマ化が決定した本作。一族全員を巻き込む衝撃的なトリックに誰もが心を奪われた、日本を代表するミステリー作品である本作について、そのあらすじと魅力をネタバレも交えながらご紹介します。
1982年に発表された『Wの悲劇』は、日本の女性推理小説家として長く活躍し、「ミステリーの女王」と言われた夏樹静子による推理小説。
タイトルの「W」には複数の意味があると言われています。1つは作者が親交のあったというアメリカの推理小説家エラリー・クイーンの作品『Xの悲劇』、『Yの悲劇』、『Zの悲劇』へのオマージュとして執筆されたため、Zに続く「W」が付けられました。もう1つは多くの女性が登場するため、「ウーマン」という意味も込められていると言われています。
- 著者
- 夏樹 静子
- 出版日
- 2007-04-12
舞台となるのは、日本有数の製薬会社・和辻製薬の会長が持つ別荘。
和辻一族が別荘に集まった正月、会長である和辻与兵衛(わつじよへえ)が殺害されてしまいました。犯人だと名乗り出たのは、一族のみんなから愛される女子大生の和辻摩子(わつじまこ)。与兵衛から乱暴されそうになり、はずみで与兵衛を殺してしまったというのです。
衝撃的な告白から、和辻一族と、彼らに協力を請われた摩子の家庭教師・一条春生(いちじょうはるお)は、摩子の犯行を隠蔽しようと画策するところから物語は始まります。
雪山にある人里離れた別荘というシチュエーションや、登場人物の自白から始まるという意外な展開からくり広げられる緻密なストーリーは、今もなお多くの人を魅了しています。
過去に何度もテレビドラマ化がされている本作ですが、なかには、主人公が双子だったというオリジナルの要素を入れたりなど、リメイクされる度にストーリーやキャストなどが注目されています。2019年の秋には、土屋太鳳主演で再テレビドラマ化が決定。今回はどんな展開になるのか、テレビドラマ版も見逃せません。
土屋太鳳が出演した作品を見たい方は、こちらの記事もおすすめです。
土屋太鳳が出演した作品一覧!実写化した映画・テレビドラマの原作作品の魅力を紹介
- 著者
- 夏樹 静子
- 出版日
夏樹静子は、「ミステリーの女王」と呼ばれている日本を代表する推理小説家です。日本の女流推理小説家の草分け的存在としても知られており、2016年に亡くなるまでに多くの作品を残し、ファンを魅了してきました。
作品の特徴としては、綿密に練ったプロットや、女性らしい細やかで繊細な心理描写が挙げられます。
今回ご紹介している『Wの悲劇』は、何度も映画化、テレビドラマ化され、作者自身も執筆した作品のなかでも「傑作である」と自負していることから、夏樹静子の代表作といえるでしょう。
他にも、『弁護士朝吹里矢子』シリーズや『検事霞夕子』シリーズなどの人気シリーズを始め、試験管ベビーをモチーフにした『茉莉子』など、300以上の作品を発表しています。
数が多すぎてどれから読んでいいかわからないという方は、今回ご紹介している『Wの悲劇』の他、テレビドラマ化もしている「女検事霞夕子」シリーズや「弁護士朝吹里矢子」シリーズなど、実写化された作品を手にしてみるのもオススメです。
本作の魅力は、登場人物の繊細で複雑な心理描写と、計算された展開、そして衝撃の結末にあります。
夏樹静子の作品の特徴の1つとして繊細な心理描写がありますが、本作も例外ではありません。特に、タイトルの「W」が示す女性達の心理描写は、きれいなだけでも醜いだけでもなく、一言では説明しきれいないような複雑なものが描かれています。さらに作者の作品の面白いところは、心理描写が事件の鍵にもなったりするので、一文たりとも目を離すことができません。
他の作品がたくさん生み出されている昨今では、同じような構成や特徴を持った作品もありますが、それらの作品の先駆け的な存在としても楽しむことができるはずです。
本作の見所でもあるラストのどんでん返しの衝撃は、そこに至るまで緻密にプロットが練られているからこそ。ミステリー好きにとってもそうでない方にとっても、一度読んでみて損はない作品です。
大きな製薬会社の会長である和辻与兵衛を殺害してしまったという、和辻摩子からの衝撃的なカミングアウトから始まる本作ですが、どうして加害者であうはずの彼女を守ろうとしたのでしょうか。
それは、与兵衛の女癖の悪さにありました。与兵衛に限らず、和辻家の男はそろって女クセが悪かったのです。与兵衛の妻・みねを始め、女達はずいぶんと泣かされていました。
そんな背景もあって、一族は殺された与兵衛よりも摩子への同情を深めたのです。しかし、そんな一族の気持ちも、実はストーリーが進むにつれてある計画の一端だったことがわかってきます。
一族のなかでもキーパーソンとなるのは、摩子の継父・和辻道彦(わつじみちひこ)と、摩子の母・和辻淑枝(わつじよしえ)、そして一族ではない数少ない人物・春生です。
登場人物たちの動きに注目しながら、読んでみてください。
ストーリーが進むにつれ、摩子が犯人ではないということが明らかになっていきます。では、どうして摩子は自分が犯人だと告白したのでしょうか?
そこには、摩子の継父である道彦と、摩子の母親である淑枝が深く関わっていました。
ある動機から与兵衛を殺してしまった道彦は、事実を隠蔽するため、妻の淑枝にあることを頼みます。それは与兵衛に強姦されそうになり誤って殺してしまったと、娘の摩子に告白させるというものでした。
母思いの摩子なら、母を庇い自分が犯人だと名乗り出るだろう、と踏んだのです。
実の娘を罠にハメる母親というと、ひどい人物のように思えますが、その根底にあるのは道彦への想いでした。そして摩子の根底にあるものは母親への想い。これは、それぞれが強い愛を持っていたからこそ成立したトリックといえるのかもしれません。
そしてそんな彼女達の気持ちもまた、ラストへとつながる伏線であり……。1人1人の気持ちを追いかけて読んでみると、様々な発見と面白さを見つけることもできるでしょう。
- 著者
- 夏樹 静子
- 出版日
- 2007-04-12
与兵衛は日本有数の製薬会社の会長だったため、有している財産は莫大なものでした。亡くなったとなれば、遺産相続についての問題が持ち上がります。真犯人である道彦の狙いも、与兵衛の遺産でした。
与兵衛は遺言を残していなかったため、法的には妻を始めとした一族の者に相続されることになります。ただ、摩子の継父である道彦には法的な相続権がありません。しかし妻の淑枝には相続権があるので、実質的に財産の一部は手に入れることができます。
しかし、道彦には莫大なお金が必要な事情がありました。彼は遺伝子工学の研究をしており、そのためのお金が足りなかったのです。殺人の動機は研究費にあり、一族による殺人の隠蔽を始め、全ての流れが道彦による計画でした。
その計画は法によって定められた相続権の抜け穴を突く、本作のキモともいえる部分。ぜひ本編を手に取りその全貌を読んでみてください。
また、ラストでは、道彦に乗せられて計画の一端を握ることになった淑枝が、思いもよらない行動を起こします。どんなことをしたのかは、本編の楽しみにとっておきますが、そこに至るまでに描かれる淑枝を始め女性達の複雑な気持ちがあるからこその行動といえるはず。
事件の犯人が判明しても、最後まで目を話すことができない本作。陰謀に蝕まれた一族は、一体どうなるのでしょうか……?
私欲のため、家族のため、様々な思いが錯綜する衝撃的なトリックが作るストーリーに、ぜひ触れてみてください。