塩田武士『歪んだ波紋』の面白さを全編ネタバレ!NHKでドラマ化の原作小説

更新:2021.11.20

『歪んだ波紋』は、誤報にまつわる5つの物語を通し、現代の情報発信の在り方や、リテラシーを問う「社会派小説」です。登場人物たちは、それぞれ異なる形で、誤報や虚報と向き合っていきます。ニュースやSNSで多くの情報があふれるなか、読者自身が「情報の受け取り方」を考えるきっかけになるでしょう。今回は、ドラマ化される本作のあらすじと、全編の見所を紹介していきます。

ブックカルテ リンク

小説『歪んだ波紋』誤報を出してしまった新聞記者の行方は?NHKでドラマ化!【あらすじ】

 

本作は、2017年から講談社文庫の『小説現代』にて連載された、連作短編小説です。連載された4編に加え、表題作となる1編が書き下ろされ、1冊の作品として刊行されました。

作中では、新聞記者やWEBメディアのライターである主人公たちが、さまざまな形で「誤報」に直面し、人間や社会に与える影響と向き合っていきます。

人間の心の弱さや悪意、権力との癒着など、誤報の裏にはさまざまな真実が隠されています。主人公たちが真相に迫り、つぎつぎと新事実が明らかになっていく展開は緊迫感に満ちており、ページを読み進めていく手が止まらなくなります。

新聞やテレビ、ニュースサイトやSNSなど、数多くの情報に触れる現代の読者にとっては、情報の発信・受信の仕方について、考えさせられる一面もあります。

 

著者
塩田 武士
出版日
2018-08-09

 

2019年11月からは、本作を原作とするドラマが「NHKプレミアムドラマ」にて放送されます。キャストは、新聞記者・沢村役に松田龍平、ニュースサイト「ファクト・ジャーナル」の編集長・三反園役に、松山ケンイチが起用されています。

また、アイドルグループのJuice=Juiceが、本人役として出演することが発表されており、ライブシーンなども披露されるようです。


松田龍平が出演した作品を見たい方は、こちらの記事もおすすめです。

松田龍平が実写化出演した映画、テレビドラマ一覧!原作を読むとわかる変幻自在ぶり

 

作者・塩田武士がかける思いとは?

 

塩田武士(しおたたけし)は、兵庫県尼崎市出身の小説家。過去に、神戸新聞社で記者として勤めていました。その経験を活かして、プロ棋士を目指す主人公を描いた『盤上のアルファ』や、代表作ともいえる『罪の声』などを執筆してきました。

本作を書くきっかけとなったのは、偶然読んだ新聞に載っていた訂正記事だといいます。これは、記者クラブでの発表をもとに、報道された内容が嘘であったことがSNSにより発覚したというもの。

記者クラブと、SNS。情報発信に関する新旧の仕組みの対比が面白いと感じ、本作の執筆に至りました。新聞記者としての経験も活かされ、作中では登場人物や新聞社の内情がリアルに描写されているのも特徴です。

 

著者
塩田 武士
出版日
2019-05-15

 

また、作者は記者時代に何度も誤報と訂正記事を出した経験があるそうです。

自身の苦い経験にもとづいて描かれていることもあり、人間の心の弱さや誤報をごまかそうとしてしまう心理も、リアリティを感じられる作品です。

そんな本作からは、「現代のジャーナリズムを変えていかなければならない」という思いが感じられます。それは、旧態依然の新聞社や記者クラブの在り方を問題視するだけでなく、情報を受け取る一人ひとりが、情報を冷静に取捨選択していくことも必要だと話しています。そんなことも意識しながら、本作を読んでみることをおすすめします。

新聞記者としての経験を持つ作者だからこそ、情報をめぐる人の弱さや悪意を敏感に感じとり、本作を描くことができた作品です。

作者・塩田武士のその他の作品が気になった方は、下記の記事も参考にしてみてください。

塩田武士のおすすめ作品6選!『罪の声』が本屋大賞ノミネート!

 

小説『歪んだ波紋』を全編ネタバレ1:黒い依頼

 

近畿新報に勤める記者・沢村政彦は、デスクの中島から、ある引き逃げ事件の取材を任されます。現場で目撃された車が、「被害者の自宅にあるものと同じではないか」という情報を受け、沢村は被害者遺族への接触を試みますが……。

引き逃げの犯人が、じつは被害者の家族だったのではないか、というショッキングな疑惑から始まり、序盤から引き込まれる展開になっています。

「引き逃げ」という、私たち読者の暮らしのなかでも、身近に起こりうる事件。この真相を辿っていくうちに、中島が隠している重大な秘密につながっていくことに……。

誤った情報によって誰かが傷つけられてしまうことは、誰でも容易に想像できるでしょう。しかし、沢村の姿を見ていると、自分自身も情報に踊らされ、誰かを傷つけてしまう可能性があるのだということを感じさせられます。

誤報や虚偽の情報による被害は、決して他人事ではないのだと感じさせられます。

 

小説『歪んだ波紋』を全編ネタバレ2:共犯者

 

大日新聞の元記者・相賀正和は、かつての同僚・垣内智成が自殺したという報せを受けます。彼が生前に、消費者金融から借金をしていたことを知り、衝撃を受ける相賀。

しかし、遺された資料を整理していくと、彼の死には過去の報道記事との意外なつながりがあることがわかっていきます。

垣内の死の裏に、1人の女性の人生を変えてしまった「誤報」があったことが明らかになっていく本章。誤報によって生まれた傷は、長い時間が経過しても癒えないこと、それゆえの誤報の罪深さが伝わってきます。

過去の誤報による悲劇が明らかになっていく過程では、垣内の自殺という結末があるだけに、やり切れなさが残ります。そして真相に近づくにつれ、相賀も自身の過去と向き合わなければいけません。

過去の誤ちを見つめることには辛さも感じますが、相賀が1人のジャーナリストとして、その心に再び炎を宿して挑んでいくシーンは見所です。再起した彼の姿に、胸を打たれることでしょう。

 

小説『歪んだ波紋』を全編ネタバレ3:ゼロの影

 

子育てのかたわら、語学学校の講師をしている野村美沙は、元新聞記者という肩書きをもっています。

ある日、勤務先で盗撮の現行犯逮捕の現場を目撃しますが、その後、事件について地元の新聞で報道される様子はありません。数日後、美沙は娘の保育園で、逮捕されたはずの盗撮犯が、保護者として来園している姿を見てしまいます。

本章では、揉み消されていく事件の裏側にある「権力との癒着」について描かれます。「生活圏内での盗撮事件」という、読者の身近でもありえそうな事件であるだけに、権力による事件の揉み消しの可能性には、思わずゾッとしてしまいます。

また、美沙が新聞記者時代に、男性社会の業界で経験した悔しさなども綴(つづ)られており、女性の読者は共感できるところも多くあるでしょう。

また、記者を辞めた身でありながらも、自分や家族を守るために、真実を明らかにしようと行動していく彼女を応援したくなってしまいます。

事件揉み消しに関わる弁護士・正田則夫の事務所へ乗り込み、詰め寄る美沙の姿は凛々しく、事実を暴いていくシーンは、緊迫しつつも爽快感があります。

 

小説『歪んだ波紋』を全編ネタバレ4:Dの微笑み

 

近畿新報でデスクを務める吾妻裕樹は、定年を間近に控える大先輩・安田から人捜しの協力を求められます。

それは、バブル期に「闇社会の帝王」と謳われた人物・安大成(アンデソン)。手がかりとして、安大成の特集を組んでいたテレビ番組を調べていくと、特集内容が捏造であったことがわかり……。

加工や編集で、巧みに映像が捏造されている様子は生々しく、実際に視聴しているテレビ番組にまで不信感を抱いてしまいそうです。

また、吾妻に人捜しを依頼した張本人である安田こそが、「捏造番組の制作に関わっていた」と明らかになる展開も衝撃的です。

虚偽のテレビ特集を作らせる一方で、その捏造を新聞社で報じさせようとする安田の動向は、テレビ業界の「ヤラセ」に対する、問題提起のようにも感じます。

しかし、その真意は別のところにあるようにも読み取ることができ、安田への不信感や不気味さが拭いきれません。

 

小説『歪んだ波紋』を全編ネタバレ5:書き下ろし作品「歪んだ波紋」

 

ネットメディア「ファクト・ジャーナル」の編集長・三反園(みたぞの)は、近畿新報を辞めた安田から、安大成の独占インタビュー企画を持ちかけられます。三反園と安田は意気投合し、企画は順調なように見えましたが……。

理想のニュース媒体を作り上げることを目指している三反園。彼が安大成の独占インタビューに向けて動いていく様子からは、これからの時代を担うネットニュースの頼もしさを予感させられます。

しかし、安田の真の狙いが明らかになると同時に、すべての期待は裏切られることに……。

 

著者
塩田 武士
出版日
2018-08-09

 

ジャーナリズムに対し、高い意識をもつ三反園でさえ翻弄されてしまう様子からは、フェイクニュースの恐ろしさが感じられます。もはや何の情報を信じていいのか、わからなくなってしまいそうです。

読者の多くは、本作からメディアの誤報や悪意ある虚報に危険性を感じており、自身のメディアに対する情報の受け取り方を見直すきっかけにもなっているようです。

三反園へ投げかけられた「記者は現場」というひと言は、私たち読者への「真実は自分の目で見極めろ」という、メッセージとしても受け取ることができます。

 

多くの情報があふれるなか、私たちの「情報の取捨選択の仕方」が問われている作品だと感じます。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る