1番近い同性であるがゆえに、ちょっとしたことで関係のバランスが崩れてしまう母と娘。「毒親」という言葉も生まれ、その在り方に注目が集まっています。この記事では、さまざまな母娘関係を小説をご紹介。親子とは、家族とは……考えるきっかけにしてみてください。
32歳の千遥は、幼い頃から母親とうまく関係が築けていません。お互いに疎み、疎まれながら生活してきました。そんな折、関係をもっていた男性が公認会計士の試験に合格。彼であれば、結婚相手として母親に認めてもらえるのではないかと考えます。
一方で、27歳の亜沙子は、母親と2人暮らしをしています。一見仲がよく見えるものの、母親が亜沙子に依存している状態。亜沙子は、母親がある日突然連れてきた男性と、結婚することを決めるのです。
ただ2人とも、結婚が決まったからといって母娘の関係が切れるわけではありません。人生の大きな転機に向き合うことになった時、彼女たちはどのような行動を起こすのでしょうか。
- 著者
- 唯川 恵
- 出版日
- 2018-08-03
2015年に刊行された唯川恵の作品。2組の母娘の物語が交互に描かれる構成です。
千遥の母も、亜沙子の母も、タイプは違いますがいわゆる「毒親」と呼ばれるもの。千遥は明らかな姉弟差別を受け、心無い言葉をぶつけられながら育ち、常に母親の機嫌を伺いながら生活していました。一方で亜沙子は、過剰な愛情をかけられて育ち、母親の理想通りに生きることを強いられています。
母親と娘というのは、1番近い同性で、家族であり、友達であり、時にライバルにもなるもの。それは特殊で複雑で、簡単に逃れることはできません。バランスが崩れれば、母娘関係はどんどん歪んでいってしまうのです。
本作の後半で、2人の娘は自分を肯定するために行動を起こすのですが、果たして母親から自立することはできるのでしょうか。ラストもハッピーエンドとはいえないもので、これから彼女たちの人生がどうなるのか、想像を膨らませてしまうでしょう。
物語は、とある女子高生が自宅のある4階から転落し、それを母親が中庭で発見するシーンから始まります。母親は取材に対し、「愛能う限り、大切に育ててきた娘がこんなことになるなんて」と発言。この転落は自殺なのか、それとも事件なのでしょうか。
家族の生活が一変したのは、ある台風の日の夜のことです。家は暴風で揺れ、停電。そんななか、母親は、自分の娘と自分の母親が、たんすの下敷きになっているのを発見しました。室内にはロウソクの火が燃え移り、ひとりしか助けられる時間はありません……。
自宅は全焼。助けた娘とともに夫の実家に移り住むことになります。しかし、いつしか母娘の関係は歪んでいき……。
- 著者
- 湊 かなえ
- 出版日
- 2015-06-26
2012年に刊行された湊かなえの作品。「山本周五郎賞」にノミネートされました。
冒頭で女子高生の転落にまつわる記述があり、その後は母親と娘がひとりずつ独白をしていく構成になっています。それぞれの主観から同じ出来事を振り返ることで、彼女たちがどれほどすれ違っているのか、誤解をしているのかがわかるのです。
本作で描かれる娘も、母親も、どちらの自分の母親から愛されたいと思っているのが最大のポイント。たとえ自分が母親になったとしても、ずっと私が母親から愛されたい……すべての女性が母性をもっているわけではないのかもしれません。また母娘の関係がどんどんと歪んでいく時に、父親がどんな行動をしているかもポイントです。
「イヤミスの女王」と呼ばれる湊かなえですが、本作は珍しくアンハッピーエンドではありません。それでも読後感は、モヤモヤと心につっかかりが残るもの。最終章の解釈は読者によって異なるそう、ぜひ読んでみてください。
他にも湊かなえの作品を読んでみたい方は、こちらの記事もおすすめです。
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夫の浮気や、自身の更年期障害に悩んでいる美津紀。老後の資金繰りを計算し、不安を募らせています。そんななか、母親が入院することになり、介護まで引き受けることになってしまいました。
自由奔放でわがままな母親に振り回されっぱなし。憎い気持ちがありつつも、介護をやめることはできません。そしてつい、こう思ってしまうのです。
「ママ、いったいいつになったら死んでくれるの?」
- 著者
- 水村 美苗
- 出版日
- 2015-03-20
2012年に刊行された水村美苗の作品。「大佛次郎賞」を受賞しました。水村自身も介護を経験したそうで、母親の役にたちたいという使命感と、いつになったら終わるのかという気持ちの板挟みになる様子が、リアルに描かれています。
50代の女性にふりかかるさまざまな問題と葛藤が、淡々とした文章で書かれているのが特徴。 新聞に連載されていたため、テンポよく展開していきます。延命措置を含めた終末医療についても考えさせられるでしょう。
美津紀の母親は上巻で亡くなり、下巻では夫婦の問題に。やっと母親から解放された美津紀は、残りの人生をどのように歩いていこうとするのでしょうか。
太っていてブサイクで、それでも明るく元気な「肉子ちゃん」。男に騙されてきたため、北国の漁港に移り住み、焼き肉屋で働きながら女手ひとつで娘のキクりんを育てています。
そんな母親に対し、キクりんは容姿端麗。クラスのなかでもアイドルのような存在でした。母親に無償の愛を注いでもらっていることは自覚していますが、クラスメイトから「肉子ちゃん」というあだ名で呼ばれている彼女のことを、少しだけ恥ずかしいと思い始めています。
- 著者
- 西 加奈子
- 出版日
- 2014-04-10
2011年に刊行された西加奈子の作品です。
本作の最大の魅力は、なんといっても肉子ちゃんの愛すべきキャラクターです。破天荒すぎるくらい明るくて前向きで、自然と周りの人を引き付けるタイプ。読んでいるだけで明るい気持ちになれるでしょう。
語り手のキクりんは、思春期を迎えた11歳。女の子特有のトラブルにも巻き込まれるようになり、気苦労の多い日々を過ごしています。他人に気を使いすぎてしまうところがあり、見た目も性格も肉子ちゃんとは正反対です。
小学生とは思えないような、キクりんの肉子ちゃんへのツッコミも映え、コミカルなシーンを楽しめますが、後半では2人の関係が明らかになり、号泣必至の展開に。優しくてまっすぐに、生きることを肯定してくれるハートフルな物語です。
『漁港の肉子ちゃん』ほか、西加奈子の作品をもっと読みたい方はこちらの記事をご覧ください。
初めての西加奈子!初心者向けおすすめ作品ランキングベスト6!
直木賞も受賞し、一躍注目を浴びることになった女性作家・西加奈子。彼女の手がけた作品は小説の域を越えて、映画化や絵本化もされるほど多くの支持を集めています。その魅力とはいったい何なのでしょう。
東京の旅行代理店で働いている咲子。母親が入院したという報せを受けて、故郷の徳島県へ久しぶりに帰ります。
ここまで女手ひとつで自分を育ててきてくれた母親。病床にいても誇り高い様子を見せていましたが、医師がいうには、余命はもうわずかだそう。そんななか、彼女が献体を申し込んでいたことを知るのです。
- 著者
- さだ まさし
- 出版日
- 2007-04-01
2004年に刊行されたさだまさしの作品。映画化やドラマ化もされました。
家庭のある男性と恋をし、子どもができても知らせずにたったひとりで育ててきた母親。自分にも他人にも甘えることなく、最後の最後まで自らを貫き通して生きてきました。そんな彼女の様子に娘の咲子は少し寂しさも感じていますが、母が献体を望んでいると知ってさらに驚きます。
咲子の出生の秘密、神田生まれで江戸っ子の母親が徳島で子育てをした理由、そして彼女が献体を決めた理由を知ると、涙がにじんでしまうでしょう。
クライマックスで描かれる、徳島ならではの阿波踊りのシーンも象徴的。人情味にあふれ、心を癒してくれる作品です。
終戦にともない、幼いこども5人をつれて中国から引き揚げてきた一家には、多くの不幸が襲いかかります。2人の弟と兄が死に、その10年後には父親も亡くなりました。そんななかで、残された子どもたちが大学まで進むことができたのは、ひとえに母親の努力の賜物でしょう。
しかし主人公は、どうしても母親のことを好きになることはできません。4歳の時に、繋ごうと差し出した手を、舌打ちとともに振り払われたトラウマがあるからです。
それから何十年も経ち、母親が認知症になった時、2人の関係は少しずつ変化していきます。
- 著者
- 佐野 洋子
- 出版日
- 2010-09-29
2008年に刊行された佐野洋子の作品。こちらは小説ではなく、エッセイです。佐野は1938年に中国で生まれ、戦後の1947年に日本に引き揚げてきました。7人きょうだいの2人目として生まれましたが、作中で書かれているように母親であるシズとの関係は、ずっと「きつい」ものだったそうです。
自分の母親をどうしても好きになれない罪悪感。そしてその裏にある、愛したいし愛されたいという心の叫びがありありと伝わってくるでしょう。
作者は介護が必要になった母親を高額な施設に入れるのですが、そのことに対し、自分は母親を捨てたのではないかと罪悪感を抱いていました。「私は母を金で捨てた」という文章が胸に刺さります。友達のような仲良し母娘になる必要はないですが、ただお互いを認めあい、許しあえる関係であることがどれほど大切なのかを、あらためて考えさせてくれるでしょう。