『きのう何食べた?』読む人にコンプレックスを抱かせない「普通の生活」の素晴らしさ

更新:2021.10.15

ゲイカップルのごくごく普通の日常を描いた『きのう何食べた?』。 最新刊はすでに18巻まで発売され、連載開始から12年も経った2019年にTVドラマ化を実現、2021年には劇場版も控えているという大人気漫画ですが、いったいどんな話なのか、そもそもなぜそんなに人気があるのか、を考察してみます。ところどころネタバレを含みますのでご注意ください。

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『きのう何食べた?』って、こんな物語です

まずはあらすじだけ少し紹介します。

『きのう何食べた?』の主役はゲイのカップル2名。弁護士でコハンサム(でもゲイの世界ではモテない風貌)の筧史郎と(通称シロさん)と、自分の店を持つ気などサラサラなく、町の美容室で楽しく働く美容師、矢吹賢二(通称ケンジ)は史郎の部屋で同棲中。

史郎は職場ではゲイだということを明かしていず、賢二の方はオープンにしています。

同棲生活で食事担当の基本は史郎。「節約」を信条にしながらスーパーの特売商品をチェックしつつ、食費を月の予算内に収めながら夕飯を毎日作ることで充実感を味わっています。

1話に1回、必ず史郎がその日の夕食を作るプロセスとメニューが描かれるのが基本のフォーマットです(イレギュラーな回も多々ありますが)。

そんなふたりの生活の中で起こるちょっとした痴話げんかや、ゲイである息子を受け入れようと見当違いの努力を重ねる史郎の両親との葛藤、ふたりそれぞれの職場での事件や出来事、史郎の料理友達&買い物分けっこ友達の主婦とその家族との交流、途中から出来るゲイカップルの友人とのやり取りなどの悲喜こもごもが、季節のご飯と共に描かれていきます。

連載開始は2007年でしたが、漫画内世界もリアルタイムと同様に時間が進んでいきます。連載開始当初は40代だったふたりも50代へ突入。親の病気や老人ホームへの移住、最新刊では、感染症の流行によって美容室の経営が苦しくなる状況などまでが描かれていくので、読者はふたりのことをより身近に感じられるのではないでしょうか。

著者
よしなが ふみ
出版日
2007-11-22

もうひとつの主役、“一汁三菜”ご飯の描写の素晴らしさ

『きのう何食べた?』の最たる魅力は、実は毎話描かれる夕ご飯、です。

もちろん「史郎と賢二の微笑ましいやり取りが一番の魅力」「ふたりに最も癒される」、という人もいると思いますが、毎日毎日夕ご飯を作る、食べる、その繰り返しが日々である、というのがこの漫画の大きなテーマだと思います。タイトルにもそういった意味を感じ取れます。

といっても登場する夕ご飯は、決して「オシャレ」なご飯ではありません。

肉か魚のメインのおかずにサラダ、おひたしや煮物、または何かをちょっと炒めた小鉢のおかず、みそ汁やスープの汁物、そしてご飯。

いわゆる“一汁三菜”と呼ばれるようなメニューが基本です。

クリスマスや友達をご招待などの特別な日の特別メニュー、の回もありますが、そういう「ハレ」の日ご飯もあれば、何でもない「ケ」の日のご飯もある。そして、たいていは「ケ」の日のご飯の日が多い。それが描かれている点が、初めて読んだ時から個人的に最もぐっときている点です。

例えば第一話の夕ご飯は、「鮭とごぼうの炊き込みご飯」「豚肉とかぶとかぶの葉の味噌汁」「昨日の残りの小松菜と厚揚げの煮びたし」「卵とたけのことザーサイの中華風炒め」です。

炊き込みご飯な分、これでもちょっと特別なご飯風で、白米の日もたくさんあります。

昭和から続く日本の家のご飯のひとつの定型、とも言える“一汁三菜”を、史郎は毎日材料をこねくり回しながら考え、作るのです。

こじゃれたメニューでなく、中華、とも洋食、とも、もちろん料亭のような和食、ともひとくくりに出来ない日本の家のご飯。そのメニューをメインにすえた漫画は、料理漫画は数あれどもこの作品が初めてに近いのではないでしょうか。

料理とは「趣味であり充実である」ことが伝わるプロセスシーン

また、毎日史郎が夕ご飯を作るプロセスが作者の美しい細い線で丁寧に描かれていき、読んでいるこちらにもなぜかとても作りたい気持ちをムクムクと起こさせます。

筆者は元々そういう家ご飯を作ることは嫌いではなく、ほぼ毎日夕ご飯を作るのですが、この漫画を読んだ時ほど“作りたい欲”を刺激されたことはありませんでした。

色鮮やかな写真で解説されている料理本やクックパッドの画面よりなにより、この漫画の料理シーンが“作りたい欲”を刺激するのです。

それは多分、写真でない分、完成形の理想の姿がそこまで具体的に見えず、自分なりの完成形でよいと感じられるから。

また、ひとつの作業をしている間にこちらの材料を茹でておく、というような、「いかに短時間で効率よく、完成の時間を大体揃えて、さらに一緒に食べる人の帰宅時間にうまく合わせられるか」、という料理のプロセスと手際を考える楽しさ、それが上手くいった時の充実具合を追体験させてくれるから。

 また、誰に責められるわけでもないのに、料理が1品のみだと「やはりもう1品何か…」と考えてしまう“副菜の呪い”も、同じ病にかかっている身としてはかなり笑えます(決して“誰しもが副菜を作らなくてはいけない”、という意味ではなく)

史郎にとって日々の夕ご飯作りは、必要からやっている面もあるけれどもすでに趣味であり、最高の充実感を与えてくれるトランスな作業なのです。料理が嫌いな人、好きではないけれど作っている、などの人には伝わりづらいかもしれませんが、この作業はうまくフィニッシュするとかなりの充実感を味わえたり、何か悩み、考え事がある時でもポンと意識を別の所へ飛ばしてくれたりもするのです。

実際史郎も、賢二と些細なことで喧嘩をした日、仕事で落ち込むことがあった時、料理をする作業に没頭することで気持ちを立て直したり鬱憤を晴らしています。

筆者は『きのう何食べた?』のメニューを真似して作り、我が家の定番メニューとなったものが多々あります。ですが、TVドラマ化と同時期に発売された書籍、『公式ガイド&レシピ きのう何食べた? ~シロさんの簡単レシピ~』にはちょっと気持ちが動かされないのです。あくまで”作者の絵によるプロセスの描写”に、“作りたい欲”を刺激されるのです。

著者
講談社
出版日

賢二の可愛らしさを楽しみ、コミュニケーション力の高さを学ぶ

賢二は見た目も趣味もゲイ全開で、気持ちは完全乙女。

史郎の昔の彼女(というほどの付き合いではないのだけど)にジェラシーを抱き、彼女が経営しているパン屋に偵察に行ったり、史郎の依頼人が男性だったと聞くだけで「イイ男だった?」とチェックを入れるなど、史郎のことが大好き過ぎで、他人にも

「超かっこいーんですよー、背高くってー、料理もすっごく上手で~」
(引用元:『きのう何食べた?』1巻)

と臆面もなく自慢する、身近にいたらややウザ可愛いかも…なキャラです。

貯金や食事の節制が苦手で史郎に怒られることも多く、いい年なのに自分の店を持とうという野心も特になく、友達の店で10年も働き続ける賢二は、ダメダメなゆるキャラのようでありながらも読者の共感ポイントの多い存在。特に史郎に対する言動や行動は、あえて言えば女性読者が共感しやすい存在です。

でもただウザ可愛いだけではなく、ケンカした翌日に何事もなかったかのように「美味しいおいしい」と笑顔でご飯を食べ、史郎に「こういう仲直りの仕方を最初に教えてくれたのはこいつだ」と思わせたり、友達になりたてのゲイカップルへお年賀としてちょっとしたお土産を用意したりして史郎を感心させるなど、実はコミュニケーション力能力が高く楽しく生活する術に長けています。

男女でも同性同士でも、誰か他人と一緒に暮らして行く時にうまくやっていくヒントを賢二から学ぶことができます。

史郎の誕生日プレゼントにちょっと高級な物を買い、でも「高すぎるだろ」と怒られるんじゃないか、と心配しながら渡し、「弁護士さんなんだから!(中略)これくらい素敵な傘じゃなきゃ!」(引用元:『きのう何食べた?』6巻)と汗あせしながら言う賢二はとても可愛く、相手のパターンを知り尽くしているからこそ選べるプレゼントを自分も誰かにしたくなります。

ゲイカップルが身近にいる人たちの日常のリアルさ

『きのう何食べた?』の主役二人はゲイのカップルですが、いわゆるコテコテのBLの世界が描かれるわけではなく、あくまで現代の東京のどこか、市井に暮らしているカップル、ただ男性同士なだけ、というスタンスで物語は進みます。

最近でこそ「LGBT」「多様性」などの言葉が出回り、性の好みも自分の性のとらえ方もいろんな人がいる、そういうこともある、という認識が一般化している、かのようになってきていますが、そうは言っても「それが当たり前」とまったく意識しないでとらえられる人もいれば、そうでない人もいるのが実際の現状。『きのう何食べた?』には、そんな過渡期の日本の状況がリアルに反映されています。

主役のふたりは自分たちが同性を好きだということはすでに確定していて、そこに至るまでの葛藤などは詳しくは描かれていません。でも史郎は自分の職場(弁護士事務所)でゲイだと明かしてはいず、女性の恋人がいるかのような雰囲気だけを匂わせてごまかしています。

賢二の方は、美容師という職業柄もありとっくにカミングアウト済で、職場の人間だけでなく、女性客に迫られた時に堂々とゲイを断りの理由として使うなど、しごくオープン。

史郎の職場もカミングアウトしても皆驚かなさそうなキャラではあるものの、史郎はかたくなに明かしたがりません。

また史郎の両親は、「息子がゲイ」ということを丸ごとフラットには受け入れられていず、特に母親は過去には宗教に走ったり、「性同一性障害の子供を持つ親達の会のオフ会」に参加したり(その認識も間違っているのだが)、かと思えば「職場の人にゲイだと公言しろ」と諭してきたりと迷走気味。それでも回を重ねていく中で、「彼氏を家に連れてきなさい」という心境になっていきます。

ドラマ版でも話題になった、印象的なセリフがあります。

賢二の友人のゲイカップルが家に食事に来た際に、その一人が「自分が死んだら財産はすべて恋人に渡したい」、という相談で発した、

「僕が今まで歯をくいしばって稼いできた金です。故郷の両親にはびた一文だって渡したくない」
(引用元:『きのう何食べた?』4巻)

という言葉は、いかに彼がゲイだというだけで親から心無い言葉を投げつけられてきたのかが伺え(言葉だけではないであろうけど)、現在に生きるゲイの人の苦しみの一端が見えるのです。

かと思えば史郎の料理友達&買い物分けっこ友達の主婦、富永佳代子とその家族は、出会いの日に史郎がゲイだと知っても特に拒否感はなく、佳代子はかえって安心して主婦&主夫友になります。またゲイカップル友達の片割れ、芸能マネージャーの小日向の知人の娘(推定小6~中1)は、史郎と賢二、そして小日向の恋人の井上航(通称ジルベール)の3人がいるところへ来て、「ここのおじさん達全員小日向さんの彼氏?」とフラットに聞きます。

年代や環境によってもゲイに対する反応、許容度に雲泥の差がある。本当の意味での多様性を受け入れてる人もいるし、まだその過程中、勉強中(勉強するものなのか、という疑問は置いておいて)の人もいるという、リアルさに感心します。

読む人にコンプレックスを抱かせない「普通の生活」の素晴らしさ

突き詰めるとこの作品の魅力は、毎日ごく「普通にご飯を食べて暮らしていくことの素晴らしさ」が、全力で肯定されていることではないかと思います。

「普通」と言っても、それがただひとつの正解、という意味ではなく、誰かに見せて自慢するためではない、自分たちがただ気持ち良く、美味しく、心地よくいられるように毎日を暮らして行く、また、暮らしていけるよう心掛ける、という意味での「普通の生活」が幸せの元なのだということが、二人の生活をたどることで感じ取れます。

そしてその「普通の生活」は、毎日の一汁三菜料理を通して描写されていきます。

恋人が落ち込んでいるから好物を作った日、季節感が高いメニューの日、いただき物をしてちょっと豪華なご飯の日、疲れちゃったから簡単メニューの日など、毎日毎年同じようでいて少しずつ違う部分もあるご飯を食べながら、ただ日々を重ねていくことの幸せが、読んでいるだけで伝わってくるのです。

ゾンビも巨人も鬼も出てこないし、ひとつのスポーツや競技を勝ち上がっていくわけでもない。40男ふたりの日常がなぜここまで支持を得るのか。

お洒落でなくても「ていねいな暮らし」でなくても、作ったご飯を好きな人と毎日食べるだけで幸せ、ということが改めて伝わりホッとするからです。

「人と会って話しながら食事をする」という、ただそれだけのことが頻繫にはできにくい現況では、余計に「好きな人とご飯を食べること」の大切さがしみてきます。

また、食費の上限を決め、その中でやりくりしながら少しでも安いスーパーを探したり、残った食材をどう使うか、今日コレを買ってしまって消費期限内に使いきれるか悩み、セロリの残りがダメになっていて朝から落ち込んでいる史郎の思考と姿は、今まで主に女性、主婦が担ってきたものと完全にイコール(最近では男性も多いとしても一般的に言って)。

そんなめちゃくちゃ細かい悩みまで描かれているので、さらに「普通の生活」を実感させられ、史郎が漫画のキャラクターというよりは自分の知り合いのように身近に感じられるのです。

SNSの発達によって“お洒落な料理”を見せ合う文化が定着している昨今、見た目にも器にも凝った、ビジュアル重視、“映え”重視なご飯の写真が出回り過ぎ、料理をしてもしなくても辟易気味な人も多いはず。

出している方にはそんなつもりがなくても、勝手にコンプレックスを感じる人もいるだろうし、実際“お洒落料理マウント合戦”もないとは思えません。

だから史郎の作る毎日のご飯は、「うちと同じ~」という安心感を与えるし、誰かに見せるための料理でなくていいんだと感じられます。

もちろん史郎だって、自宅でクスクスを作ったりタジン鍋まで持っているような、玄人はだしの知人の料理にコンプレックスを感じたりもします。でもそういう料理でなくても皆で美味しく食べることはできるということが物語の中で伝わってくるので、読む側も妙なコンプレックスを抱かずに楽しめるのです。

ひとまず、読んでみてください

『きのう何食べた?』には、ここでは紹介しきれていない、史郎の事務所の所長の嫁姑問題や、賢二の美容室の店長浮気問題など、妙にリアルでおかしい出来事が次々登場し、ハラハラドキドキや胸キュンはしなくても、彼らの日常を見ているとなぜかホッとします。

もちろんハラハラドキドキや胸キュンはエンタメを楽しむひとつの大きな要素ですが、そういうものを楽しめる余裕と元気のない時には特にオススメの作品です。

著者
よしなが ふみ
出版日
2007-11-22
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