嵯峨景子の『今月の一冊』|第二回は『愛しの灯台100』|灯台の楽しみ方を知る一冊

更新:2022.6.29

嵯峨景子先生に、その月気になった本を紹介していただく『今月の一冊』。6月は書肆侃侃房から2021年1月21日に刊行された『愛しの灯台100』です。昔連載していた『電線読書』など、ホンシェルジュは一味違ったテーマとなにかと縁があります。(編集)

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 書評の仕事をしているので、本の刊行情報はマメにチェックしているつもりです。SNSで日々情報を追いかけて、書店にも定期的に足を運んでは棚をパトロールする。それでも発売時には自分のアンテナが及ばず、しばらく経ってからようやく本が目に留まることがあります。

 今回取り上げる不動まゆうの『愛しの灯台100』(書肆侃侃房)も、そんな一冊でした。先日出かけた行きつけの図書館の棚の、新入荷コーナーに並べてあった本書。マニアックなテーマに興味を惹かれて手に取ってみれば、美しい写真の数々と、筆者の熱い灯台愛に心を撃ち抜かれました。読了後、「これは手元に置いておきたい!」とすぐさま注文。『愛しの灯台100』の発売は2021年1月です。こんなに面白い本の存在に最近まで気づかなかった自分の迂闊さが悔やまれます。

著者
不動まゆう
出版日

 著者の不動まゆう(氏のTwitterアカウントはこちら)は2014年からフリーペーパー「灯台どうだい?」を発行し、『灯台に恋したらどうだい?』(洋泉社、2017年)や『灯台はそそる』(光文社、2017年)などの著作もある、生粋の灯台マニア。毎年開催される「灯台フォーラム」の企画・運営も手掛けるなど、灯台にまつわる発信をライフワークとし、その魅力を人々に伝えるべく精力的に活動を続けています。

引用:不動まゆう「灯台どうだい?」HP内キャプチャ

灯台ラバーとして知られる著者がこの沼にはまるきっかけとなったのが、京浜港東京区にある「東京灯標」だそうです。「東京灯標」に恋をしたことで灯台の魅力に開眼し、以後各地の灯台に会いに行くために国内外を飛び回る。そんな彼女の旅の記録の集大成であり、溢れんばかりの灯台愛が詰まったガイドブックが、この『愛しの灯台100』なのです。

『愛しの灯台100』で取り上げられるのは、日本国内に現存する灯台100基。著者撮影による味のある写真とともに、基本情報などの手堅いデータからその灯台の推しポイントまで、読み応えたっぷりに語られています。灯台をさまざまな切り口から解説するコラムも充実。歴史的な背景やレンズの解説など、より深く灯台を知るための読み物に加え、思わずくすりと笑ってしまうような小ネタを紹介するコラムもあります。灯台をディープに掘り下げるマニアックな視点と、その魅力を広く伝える間口の広さのバランスが絶妙で、灯台を堪能できる読本に仕上がっています。

本書を読んで何よりも驚いたのは、バラエティ豊かな灯台のデザインの数々。灯台といえば白くて細長い形だという先入観があったけれど、それだけには留まらない個性的な世界が広がっているのです。広大な海を前にぽつんと佇む灯台の姿にはどこか寂寥感が漂い、その寂しげな姿は心を惹きつけてやみません。この本を眺めているだけで、小旅行気分が味わえる。フルカラーの灯台ビジュアルブックとしてもお勧めです。

本書は実用的なガイドとしても優秀で、灯台へのアクセス方法や時間も紹介されています。公共機関が使えるものは駅やバス停から徒歩何分などおおよその目安が、また車でしかいけない場所も乗車時間が記載されている。この本をきっかけに灯台に興味を持った人が出かけやすくなるような配慮が、とてもありがたいです。一方で、 “女川港から船で30分。上陸後は徒歩3時間”という宮城県の「金華山灯台」などの項目からは、灯台巡りのハードさもうかがえます。

灯台マニアはそれぞれタイプの灯台があるようで、著者はスラリとした八角形の小粋な塔があるボーダー姿の「ノッカマップ埼灯台」が好みのど真ん中だそう。灯台女子は好みの灯台を擬人化して語る傾向があるらしく、灯台をそういう視点で見たことがなかった私にはとても新鮮でした。また「灯台キス写真を撮ろう」というコラムでは、遠近法を活用した灯台とのキス写真の撮り方も解説されています。灯台オタクによるディープな楽しみ方も垣間見える一冊です。

私は『崖の館』などの作品で知られる作家の佐々木丸美が好きで、北海道の襟裳岬にある「風の館」で開催された彼女の展覧会に出かけたことがあります。『愛しの灯台100』を読み、この場所に「襟裳岬灯台」があることを初めて知りました。この時の旅の目的は佐々木丸美と「風の館」だったため灯台の存在は見落としていたようで、今思うともったいないことをしていました。いつかまたこの地を訪れて、「襟裳岬灯台」をこの目に焼き付けたいです。

陸の端にある灯台はアクセスが大変なものも少なくなく、これだけの数の灯台に足を運び続ける著者の熱意と行動力には頭が下がります。『灯台はそそる』の中でも語られているように、近年は灯台が新しく作られることは極めて稀で、廃止や撤去が進んでいます。不動まゆうが灯台に目覚めたきっかけとなった「東京灯標」も2010年に廃止され、今はもうありません。著者の活動の背景に流れているのは、灯台の現状に対する強い危機感なのです。『愛しの灯台100』は国内に限定されていますが、他の著作では海外の灯台も紹介されています。ぜひこの本をきっかけに、魅力的で奥深い灯台の世界を知ってほしいと思います。

著者
不動まゆう
出版日

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