倫理観を疑いたくなるような動画がSNSを通じて発信され、大きな社会問題となっています。 不特定多数の人が見られる空間に、迷惑行為をわざわざ投稿するのはなぜなのでしょうか? その愚かな行為の理由を、フロイトは解き明かしてくれるかもしれません。 今回はフロイトの心理学をわかりやすく説明します。 彼の暗い人間観は読んでいて嫌になってしまいますが、なぜか深い説得力を感じてしまいます。 「人間とは何か?」について考える一助にしてもらえればと思います。
精神分析は、心の病を治療する医学の一分野です。
私たちの心の奥底にある見えない部分を探り、そこから生じる問題を解決しようとする方法と言えるでしょう。
身体の病気と違って、心の病気は目に見えません。
骨が折れたり胃が痛んだりする場合、医者はレントゲンや内視鏡を使って問題を特定できます。
しかし、心の病気はそう簡単にはいきません。
心の病気の原因や治し方については、専門家の間でも意見が分かれることがあります。
なぜでしょうか。
それは心の仕組みが非常に複雑で、一人ひとりの境遇が違うからです。同じ症状でもその背景にある原因は、それぞれ異なる可能性があります。
このように治療が難しい「心の病気」に挑んだ人物がジークムント・フロイトです。
19世紀末から20世紀初頭にかけて活躍した、精神分析の創始者として知られています。
心の病気の原因を探る中で、フロイトは「性的なもの」に注目しました。とくに幼児期の性的な経験が、今後の人生に大きな影響を与えると考えたのです。
フロイトがこのような考えに至った背景には、当時の社会状況があります。
19世紀末のヨーロッパでは、性に関する話題は厳しくタブー視されていました。
しかし患者との対話を通じて、フロイトは抑圧された性的欲求や経験が、心の病気と関連していると気付いたのです。
「性的なもの」への着目は、フロイト理論の独自性であり、当時の社会に大きな衝撃を与え、多くの議論を巻き起こしました。
※フロイトの思想形成に影響を与えた、彼の人生は「5分で分かるフロイトの人生」で解説しています。より理解を深めたい方はぜひお読みください。
フロイトの考え方は、人々の間で大きく意見が分かれています。
彼の理論を素晴らしいと絶賛する人もいれば、単なる妄想だと批判する人もいるのです。
興味深い点として、現代においても作家や芸術家、哲学者の中には、フロイトの考えに魅力を感じる人が多くいます。その一方、医学者や心理学者からは厳しい評価を受けているのが現状です。
フロイトが批判を受ける最大の理由は、精神病の原因を「性的なもの」と結び付けたことにあります。この考え方があまりにも独特だったため、多くの弟子たちがフロイトから離れていきました。
フロイトは幼児の行動と大人になってからの性的傾向を関連づけています。
『性に関する3つの論文』という著書の中で、彼は次のような主張をしています。
これらの主張を聞くと、多くの人は首をかしげてしまうでしょう。現代の医学の専門家たちも、科学的根拠が乏しいとしてフロイトの理論を批判しています。
しかしフロイトを医学者としてではなく、哲学者として見ることも大切な視点です。
彼の理論は、心の奥底にある欲望や葛藤を探ろうとした壮大な試みだったとも言えます。
フロイトは精神分析の創始者として有名ですが、哲学的な著作も残しています。代表的なものに『幻想の未来』(1927年)と『文化への不満』(1930年)があります。
これらの著作では、人間の本質や社会について深い考察が展開されています。
フロイトの人間観を一言で表現するなら「人間は狂ったサルである」となるでしょう。一見すると過激に聞こえますが、フロイト哲学の核心を表しています。
なぜフロイトはこのような結論に至ったのでしょうか。その理由として、これまでの臨床経験と、当時の社会に対する観察から導き出されたものです。
一般的に私たちは、人間を「正常な人」と「異常な人」に分けて考えがちです。しかしフロイトは、この区別自体に疑問を投げかけました。
彼の見解では、人間の欲望は変態であり、本質的に狂っているのです。
今回の記事における「狂っている」とは、自然の秩序や社会の規範から逸脱していることを意味します。
フロイトが「人間は狂っている」と主張する背景には、人間の欲望や無意識への探究がありました。
人間の心の奥底には、社会的な規範や道徳では説明できない、欲望が潜んでいると考えたのです。
動物は繁殖活動以外の目的で性行動はしません。オスは排卵期ではないメスに欲情しませんし、出産能力のない子どもに欲情するオスはいません。
自然の世界における動物たちの行動は、すべて子孫を残すという摂理(ルール)に従属しています。
しかし人間は明らかに自然のルールからズレています。
幼い子どもを性的対象として欲情する人間がいますし、また人間は生殖の目的がないにも関わらず性行為をします。
発情した男性にとっては、女性が排卵期であるかは関係ありません。こうした発情(欲情)に基づく愚かな行為は、日々のニュースなどで報じられている通りです
動物(自然)の観点から見ると、人間は異常であり、変態的なのです。
性的行為と生殖活動の分離が、人間の異常な現象を引き起こす原因になります。
「人間の精神は二つの基本的な力によって働いている」とフロイトは考えます。
1つは「生の欲動(エロス)」であり、もう1つは「死の欲動(タナトス)」になります。
エロスは「自己保存」の欲動であり、タナトスは「破壊」の衝動です。
このタナトスが他者に向かうと、他者の破壊・殺人への衝動(サディズム)となり、自分自身に向かうと、自己を傷つける性的快感の獲得(マゾヒズム)になります。
変態的な人間の性行為が「死の欲動(破壊の衝動)」と結び付くと、性行為のときに「サディズム」と「マゾヒズム」が誘発されます。
人間の性行為には多かれ少なかれ、破壊に対する願望が含まれているのです。
動物の性交には人間のような変態性はありません。生殖のみが目的である動物の性行為はいたってシンプルであり、行為自体は数秒で終わります。
さらにフロイトによれば、人間の性行為には「近親相姦(インセスト)」への欲動があると言います。
「父を殺して、母を犯したい」という、有名な「エディプス・コンプレックス」です。
「エディプス」とはギリシア神話に由来した言葉であり、父を殺して母を妻にした、エディプス王の運命を伝える物語になります。
ディプス・コンプレックスとは、父親に代わって母親と性的関係を結ぼうとする無意識の欲望です。
いわば幼児期に子どもが抱く心の葛藤の1つになります。
もし母親を所有したいと思った場合、父親に自分の性器を切り落とされる恐怖に子どもは怯えています。
そのため男の子によく見られる心理現象のようです。子どもは父親の前で良い子を演じる努力をします。この過程のなかで、規範意識が形成されるわけです。
ここからフロイトは、人間の基本的な欲動は「インセスト、カニバリズム(人食い)、殺人」であると主張します。
インセストや殺人の実行、他者(あるいは自分自身)の破壊を通じて、人間は幸福を感じる生物であると言うのです。
フロイトの人間学を聞くと暗い気持ちになりますが、もう少し見ていきましょう。
彼は人間の文化についても語っています。
フロイトの説く文化とは「人間の共同体(コミュニティー)にあるさまざまな制度・規則・権力など」を意味します。
文化は人間の基本的かつ破壊的な欲動を抑制しようとします。
インセストや無秩序な性的行動を、文化として認める共同体は存在しません。
殺人や人食いは必ず禁止です。
破壊・攻撃欲動も禁止され、抑制されます。
インセストはタブー(禁忌)となり、性的行為の対象は異性に限定されます。
つまり同性愛は禁止です。しかし近年では、同性愛を社会的に認める前向きな動きが出ています。
また生殖を目的としない性行為は倫理的に非難され、結婚をしない限りは許されません。
フロイトによれば、人間が持つ根源的な衝動・欲動は変態的なものになります。
そのため文化(社会)は人間を抑制し、欲動を社会的に管理しようとします。
そしてフロイトは「文化は人間を不幸にする」と主張します。
社会のなかで人間が幸福にはなれないのは「自然」と「文化」の対立があるからです。
先ほども触れましたが、人間は自然から逸脱した存在です。
「インセスト、カニバリズム(人食い)、殺人」が、あくまでも人間にとっての“自然”になります。
人間は動物のように、純粋な「自然的存在」ではありません。
社会(文化)を捨てて自然に還った場合、人間は幸せになるのではなく、むしろ破壊的な衝動が解放されて、地獄のような世界になってしまいます。
ホッブズのいう「自然状態」に近い感覚でしょうか。
残された手段は、文化による抑制レベルを下げるぐらいしかありません。
時代の経過によって社会の規制はどんどん弱くなり、今では性的行動への規制はかなり緩くなっています。しかし、どんなにルールを緩くしたとしても、文化(社会)が存在する限り、人間の欲動に対する抑制は存在します。
そして抑制がある限り、人間は反発(反抗)し続けるのです。
社会(文化)に対する反発は、さまざまな形となって表出します。
精神病を発症したり、ファシズムによる暴力として、または歪んだ性的行動などになります。また集団によるイジメもそうでしょう。
以上がフロイトのメッセージであり、何とも暗い結論になります。
サルのインセスト・タブーについて補足させてください。フランスのレヴィ・ストロースは『親族の基本構造』(1949年)を出版し、インセスト・タブーを取り上げています。
インセストの有無が「人間(文化)」と「動物(自然)」を分ける分岐点になる。
このようにレヴィ・ストロースは考えました。
動物界においてインセストは、無制限にあるという前提があったからです。しかし第二次世界大戦が終わり、飛躍的に進んだ霊長類学によって、ゴリラやサル、チンパンジーの世界においても、原則的にインセストは回避されていることが分かっています。
「動物(自然)」と「人間(文化)」に関する分析は、まだまだ難しい問題のようです。
(参考文献)
佐伯啓思(2004)『西欧近代を問い直す 人間は進歩してきたのか』PHP研究所
- 著者
- 佐伯 啓思
- 出版日
フロイト(2013)『精神分析学入門』(懸田克躬訳)中央公論新社
- 著者
- ["フロイト", "懸田 克躬"]
- 出版日
フロイトが自らの精神分析学の全体像を丁寧に説明した代表的な書籍になります。翻訳も読みやすいため、興味のある方はぜひチャレンジしてください。
中山元(2015)『フロイト入門』筑摩書房
- 著者
- 中山 元
- 出版日
フロイトの入門書になります。著者の中山先生はフロイトの翻訳を多数手掛けていらっしゃいますので、大変分かりやすい説明が続きます。フロイトが気になる方はぜひ読んでみてください。
杉山崇(2023)『人は迷いをどう解きほぐせるか ―フロイトかユングかアドラーか』さくら舎
- 著者
- 杉山崇
- 出版日
フロイトの弟子であった、ユングとアドラーを同時に学べるお得な一冊です。この3人は心理学の三代巨匠と呼ばれています。アドラーは日本で大ブームを起こした心理学者になります。ユングはフロイトとは袂を分かちましたが、その独自な理論は現代心理学にも大きな影響を与えています。