ゲイの装丁家×ロマンスグレーの老紳士が怪異と交わる 綿貫芳子『となりの百怪見聞録』

更新:2023.7.29

現在ヤングジャンプで連載中のホラー漫画、綿貫芳子『となりの百怪見聞録』。気難しい中年ゲイとダンディーな老紳士の異色コンビが活躍する本作は、美麗な絵柄が生み出す本格的な怪異の描写や、日常と非日常のコントラストの鮮やかさが特徴です。 今回は『となりの百怪見聞録』の簡単なあらすじや登場人物、魅力をご紹介していきます。

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『となりの百怪見聞録』の簡単なあらすじ・登場人物紹介(ネタバレあり)

主人公は中年装丁家の片桐甚八。現在喫茶店店員の旭と婚約中です。

ある日の喫茶店にて、甚八は謎の老紳士・原田織座と相席します。彼はその筋では名の知れた怪奇愛好家で、幽霊画をはじめとする呪物のコレクターとして評判でした。

甚八は見慣れぬ路地裏に迷い込み、怪しい物が売られた露店に遭遇した話をします。織座曰くそれは人ならざるものが集うあの世の市、鬼市(クイシ)だそうです。

会計時、財布を紛失していることに気付いた甚八。鬼市で落としたに違いない確信し、どうすればまたあそこへ行けるか、涼しい顔で帰り支度をする織座に問い質します。

織座は甚八の頼みを了承し、鬼市が開かれている路地の入口に導きます。道中甚八はデジャビュを感じ、「前に会ったことあるか?」と織座に尋ねますが、のらりくらりはぐらかされてしまいました。

半信半疑ながら路地に踏み込んだ甚八を出迎えたのは、ほの暗い灯のもと、珍奇な商品を売り買いする夥しい異形の群れ。鬼市には禁忌があり、ここでは言葉を介さぬ物々交換が行われ、人間がまざっている事がばれたら喰われてしまうのだとか……。

織座が貸してくれたお面をかぶり、鬼市に紛れ込んだ甚八は、初めて目にする異様な光景に驚愕します。そんな甚八に不気味な怪異が接触、「財布を返してほしければ取引しろ」と持ちかけます。

甚八が了承した所「君の奥さんは元気?」と聞かれ、別の場所に飛ばされてしまいました。

呆然とする甚八のもとに旭が駆け寄ってきて、二人一緒に家路を辿ります。が、甚八は思い出しました。自分と旭は結婚してないこと、そもそも自分はゲイで女性を愛せないことを……。

実は旭は甚八に片想いしており、彼の心を手に入れる為、鬼市で禁断の取引をしたのでした。はたして甚八は旭の寿命を取り返し、鬼市から抜け出すことができるのでしょうか?

絵で魅せる怖さ。和ホラーの世界に酔い痴れる

綿貫芳子『となりの百怪見聞録』は、甚八と織座の異色バディが非日常に潜む怪異と遭遇し、彼等を出し抜く為に知恵を絞るオムニバスホラー。2023年web漫画総選挙にノミネートされるなど、幅広い層から支持を集めています。

綿貫芳子は『オリオリスープ』の作者でもあり、涎が止まらない飯テロ描写は本作でも健在。カレーライス・みたらし団子・カツサンドetc、甚八と織座が食べる下町グルメは密かな見所となっています。

なお『オリオリスープ』の主人公はスープが大好きな装丁家の原田織エ(26)。織座と同姓な上名前も似ていることから、孫娘ではないかと一部で囁かれています。

著者
綿貫 芳子
出版日

『となりの百怪見聞録』最大の見所はしっかり絵で魅せる怖さ。作者の綿貫芳子はネット怪談作家の煙鳥氏と懇意な間柄で、彼から原案をもらい漫画を描いていますが、独特な世界観には魅了されること必至。

やや太めのくっきりした線が白と黒のコントラストを際立て、日常と隣り合わせの非日常の温度差を浮き彫りにします。怪異の造形にもこだわり抜いており、おぞましさの中にどこか滑稽さを感じさせるビジュアルは、妖怪好きにはたまりません。

特に印象的なのが一巻収録の第二話「隣は何をする人ぞ」。甚八が住むポロアパートが舞台のエピソードで、近くて遠い隣人の存在がテーマになっています。

終盤にて、壁越しの物音や話し声から甚八が勝手にビジュアルを想像していた隣人たちの正体が明かされるのですが、これが読者の推理を上手く外す意外性に満ちていて面白い。

見開きで描かれたおどろおどろしい「隣人予想図」と見比べ、答え合わせしてみるのも一興です。

ゲイの中年と食いしん坊な美老人、ブロマンスの絆

『となりの百怪見聞録』はタイトル通り、原則見て帰るだけ。怪異の領域にいたずらに踏み込むことはせず、まかり間違って当事者になってしまった場合は、どうすれば無事生きて帰れるか頭を働かせます。

倒そうなんてもってのほか。

常識の埒外の怪異と適切な距離を保ち、傍観者的立場で日々やり過ごす甚八や織座の生き方は、今市子『百鬼夜行抄』の飯嶋家の人々のスタンスに近いかもしれません。

『百鬼夜行抄』でおなじみ今市子のタイプ別おすすめ漫画5作品!

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大前提として甚八は一般人。呪物コレクターの織座はその方面の専門家と言えるかもしれませんが、人ならざるものを祓ったり封じたりする特殊な力は持ちません。怪異と遭遇時に彼等がとれる手段は少なく、それ故上手な「逃げ方」や「欺き方」が重視されます。

人ならざるものの暮らし向きを見聞することは常に危険と隣り合わせ。

第0話『叢の市』でも、甚八は旭を救えず、暗闇に置き去りにして逃げるしかありませんでした。そしてこの時できた縁が、甚八と織座を強く結び付けます。

片や独り身の中年ゲイ、片や妻と死に別れた日本画の巨匠。

本来接点があろうはずもない男二人が運命の悪戯でバディを組む、まさしくブロマンスの王道展開。オバケ先生こと原田織座の該博な知識と、片桐甚八の類まれなる決断力が合わさった最強コンビが誕生します。

二人の関係は友人以上腐れ縁未満、現在の所BL要素はほぼありません。されど甚八は織座を憎からず思い、お茶目な一面や達観した言動にドキリ。幸せそうにみたらし団子やトンカツを頬張る姿は、我々読者の心と胃袋も掴みます。

枯れ専好きに自信をもっておすすめしたい魔性の老年・織座と、やさぐれ具合が大変よろしい甚八。本作の主人公が十代二十代の若者だったら、彼等が醸し出す安定感や大人の色気は描けませんでした。

年齢や立場がかけ離れた二人が、オカルトな体験を通し距離を縮めていく。

甚八と織座は双方とも怪異に憑かれやすい体質ですが、年齢からくる必然として、織座の方がより彼岸に近く儚い存在として描かれています。目を離したら向こうに行ったきりになりそうな危うさを纏っているからこそ、織座を此岸に引き止めようと焦る甚八の葛藤が、切ない余韻をもたらすのでした。

なお綿貫芳子公式SNSでは、幼少時代の織座の話や、織座の失踪した祖父母の漫画が読めます。意外な事実が明らかになりますので、気になる方はぜひ読んでください。

著者
綿貫 芳子
出版日

『となりの百怪見聞録』を読んだ人におすすめの本

綿貫芳子『となりの百怪見聞録』が気に入った人には今市子のホラー漫画『百鬼夜行抄』をおすすめします。

本作は1995年にスタートし、20年以上続く人気シリーズ。著名な怪奇小説家を祖父に持ち、物心付いた時から霊や妖怪を見てきた少年・飯嶋律が、様々な怪異の起こすトラブルに巻き込まれます。

民俗学や土着信仰に根差した話も多く、何世代にも亘る複雑な人間関係が織り成す愛憎ドラマに引き込まれます。和ホラーの金字塔といえる名作なので、ぜひ押さえてください。

著者
今 市子
出版日
2007-10-01
著者
今市子
出版日
2013-10-03

続いておすすめするのは郷内心瞳『拝み屋怪談』シリーズ。こちらは実話怪談の系譜に属し、作者と同名の拝み屋・郷内心瞳が、実際に体験した心霊エピソードを綴っています。

代表作は『拝み屋郷内 花嫁の家』。郷内が遭遇した中でも最恐の怪異が、旧家の一族を祟ります。

実話怪談の真骨頂!湿った恐怖を堪能できる、郷内心瞳『拝み屋怪談』シリーズのレビュー

実話怪談の真骨頂!湿った恐怖を堪能できる、郷内心瞳『拝み屋怪談』シリーズのレビュー

2022年9月に新装版が発売され、再び注目が高まっている郷内心瞳『拝み屋怪談』シリーズ。 小説紹介クリエイターのけんごが「今まで読んだ中で一番怖い」と絶賛した、『拝み屋怪談』シリーズの魅力とはなんでしょうか? ネタバレも交えご紹介していきます。

著者
郷内 心瞳
出版日
著者
郷内 心瞳
出版日
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