5分でわかる!小泉八雲の怪談『耳なし芳一』のネタバレあらすじ解説 ルーツは平家物語

更新:2023.8.10

明治時代に活躍した怪談作家・小泉八雲の『耳なし芳一』。源平合戦にルーツを遡る本作は、盲目の琵琶法師を主人公にし、得体の知れない怪異に取り憑かれる恐怖を描いた短編です。 今回は怪談好きを自称する上で外せない傑作、『耳なし芳一』のあらすじや魅力をネタバレ解説していきます。

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『耳なし芳一』の簡単な登場人物・あらすじ紹介(ネタバレあり)

舞台となるのは赤間関(現在の山口県下関市)にある阿弥陀寺。ここは源平合戦で壇ノ浦に入水した安徳天皇、ならびに平家一門の菩提を弔うために建立された古刹です。

阿弥陀寺には盲目の琵琶法師・芳一が居候していました。芳一は琵琶の名手で、殊に『平家物語』壇ノ浦の段の弾き語りは「鬼神も涙を流す」と絶賛されました。

住職不在のある晩のこと、寺の縁側で琵琶を弾く芳一のもとに一人の武者が現れ、さる高貴なお方が弾き語りを所望していると申し出ます。

琵琶を背負った芳一が導かれた先には、長い廊下を巡らせた立派な御殿があり、大勢の人間が犇めいていました。

芳一が奏でる『平家物語』を聴いた人々は感極まって慟哭し、その素晴らしさを口々に褒め称えます。さらには七日七晩ここに通い弾き語りをしたら莫大な褒美をとらせると言われ、謹んで了承しました。

帰り際、「この事はくれぐれも他言無用に」女中頭に釘をさされる芳一。

一方住職は、夜な夜などこかへ消える芳一を怪しみ、こっそり寺男に尾行させます。すると篠突く雨の中墓地へと入っていき、安徳天皇の墓前で嫋々と琵琶を奏で始めたではありませんか。

芳一の周囲を飛び交うおびただしい鬼火に寺男は恐れ慄き、墓地で目撃した出来事を速やかに報告。住職に呼び出された芳一は観念し、謎の武者に連れられ、貴人たちの宴席で吟じた事を白状しました。

住職曰く、芳一が旅の貴人だと思っていたのは恐ろしい祟りを成す平家の怨霊たちで、このまま墓地に通い続ければ七日目に取り殺されてしまいます。そこで一計を案じ、寺の小僧に手伝わせ、芳一の全身に有難い般若心経を記しました。

写経した部位は霊から見えなくなるため、その夜芳一を迎えに来た武者は、彼を捜して右往左往します。しかし芳一を見付ける事は叶わず、暗闇の中にポツンと浮いた耳をちぎって帰っていきました。寺の小僧がお経を書くのを忘れたせいで、耳だけ丸見えだったのです。

翌朝寺に戻った住職は、耳を失い倒れている芳一に驚きます。

以降阿弥陀寺に怨霊は現れず、しばらくすると芳一の怪我も癒え、「耳なし芳一」の異名と逸話が世間に広まったそうです。

著者
["小泉 八雲", "船木 裕"]
出版日

小泉八雲ことラフカディオ・ハーンの数奇な生涯と『耳なし芳一』のルーツ

『耳なし芳一』は小泉八雲が出版した『耳無芳一の話』で知名度を上げたものの、彼のオリジナル作品というわけではありません。江戸時代後期に刊行された一夕散人の怪談本『臥遊奇談』二巻収録、『琵琶秘曲泣幽霊(びわのひきょくゆうれいをなかしむ)』が原案となっています。

主人公の名前は「芳一」であらすじも概ね同じです。

『耳なし芳一』は平安時代末期に行われた、源平合戦の悲劇をベースにした話です。

源平合戦の正式名称は治承・寿永の乱。治承四年から元暦二年の六年に亘り繰り広げられた大規模な合戦です。この戦では源氏と平家が衝突し、最終的には源頼朝率いる源氏の勝利で終わりました。

芳一が居候する阿弥陀寺は山口県下関市にあったとされ、現在の赤間神宮の前身と伝えられています。

本作中盤以降、芳一を迎えた武者や貴人たちは、平家一門の怨霊だったと明かされます。

芳一が怨霊に目を付けられたのは『平家物語』の弾き語りの名手だったこと、殊に壇ノ浦の段を得意にしていたこととけっして無関係ではありません。

壇ノ浦の段は『平家物語』の佳境にあたり、まだ幼い安徳天皇が女官に抱きかかえられ渦潮に身を投げる場面は、多くの人々の胸を打ちました。

安徳天皇は平清盛の娘・徳子と高倉天皇の子で、壇ノ浦に入水した時は僅か五歳。行き先を尋ねる安徳天皇に二位尼が言ったセリフ、「この世は辛く厭わしいところですから極楽浄土にお連れ申します」「波の下にも都がございます」はあまりに有名です。

幻の御殿に集っていたのは、当時の平家の関係者……もっと言ってしまえば、安徳天皇の入水を目の当たりにした女官や兵士の霊だったのかもしれません。

平家と滅びの運命を共にした安徳天皇の悲劇的な最期は、後世の作家に霊感を与え、『安徳天皇漂海記』など数多くの傑作を生みだしました。

著者
宇月原 晴明
出版日
著者
["梶原 正昭", "山下 宏明"]
出版日
5分でわかる平家物語!作者、あらすじ、書き出しなどをわかりやすく解説

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鎌倉時代に成立し、軍記物語として後世にも多くの影響を残した平家物語。平氏と源氏の戦いが描かれていますが、その根底には仏教の価値観や美学があります。この記事では概要とあらすじを紹介し、冒頭の「祇園精舎の鐘の声~」や名シーン「源氏の兵ども」をわかりやすく解説。あわせておすすめの関連本も紹介するので、ぜひチェックしてみてください。

作者の小泉八雲の本名はパトリック・ラフカディオ・ハーン。ラフカディオはミドルネームです。

巷間ラフカディオ・ハーンの名前が知れ渡っているのは、キリスト教的価値観に馴染めずにいた本人がアイルランドの守護聖人パトリック由来のファーストネームを避け、ラフカディオ・ハーンの方を積極的に用いた故です。

アイルランド出身のイギリス人を父に、キシラ島出身のギリシャ人を母に持って生まれた彼は、日本の文化をこよなく愛し、日本人女性と結婚したことでよく知られています。

アメリカ滞在中はシンシナティの州法に逆らい混血黒人女性と結婚・離婚、転職や事業の失敗を繰り返すなど、その半生はなかなか波乱に満ちたものでした。来日後は日本人女性・小泉セツと結ばれ、三男一女の子宝に恵まれます。

ハーンが有色人種への偏見を持たなかったのは、母方にアラブの血が入っており、自分自身も混血だった事と関係しています。人間は肌の色に関わらず、根底において同一の存在だというのが彼が生涯貫いた信念でした。

日本の民話や昔話の蒐集・翻案にも情熱を傾け、『おしどり』『ろくろ首』『雪女』などを世に知らしめました。『怪談』の中には細君のセツから聞いた幽霊譚も多く含まれます。

著者
小泉八雲
出版日
小泉八雲のおすすめ代表作5選!西洋生まれの作家が日本を描く

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西洋で生まれ育ち、日本に魅せられて来日したパトリック・ラフカディオ・ハーンこと小泉八雲。明治時代に「耳なし芳一」や「雪女」など、日本の伝説や幽霊話を語り直した再話文学で名を挙げた彼のおすすめ5作品をご紹介します。

『耳なし芳一』が怖すぎる!なぜお経を書いてもらえなかったのか、考察と教訓

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昔から伝えられるちょっと怖い話『耳なし芳一』。震えあがった思い出がある方もいるのではないでしょうか。この記事では、簡単にあらすじを説明したうえで、なぜ彼が耳にお経を書かれなかったのか考察していきます。いつもとはちょっと違う視点で物語に触れてみてください。あわせておすすめの関連本も紹介するので、気になった方はぜひ実際に読んでみてくださいね。

見えないからこそ想像が膨らむ、叙述トリックの妙味

『耳なし芳一』の恐怖ポイントは複数ありますが、最大の注目点は主人公・芳一が完全なる盲目であること。

芳一は全く目が見えず、故に寺を訪れた武者の正体に気付きません。逆説的に言えば、芳一が盲目だったからこそ武者は彼を侮り姿をさらし、大胆不敵に御殿へ連れ去ったのです。

もし芳一の目が見えていたら、武者の姿に怯え、逃げてしまったのではないでしょうか。

謎の御殿に連れてこられた芳一は、音と気配だけで周囲の様子を把握し、大勢の人間が集まっていることを知ります。目が見えない分、耳が良いからこそできた芸当です。

大前提としてこんな夜更けに沢山の人が集まってるのは変ですし、寺の近くに御殿があるなんて聞いていません。芳一自身も訝しみ、漠然と違和感を持ちますが、武者や女中頭に言いくるめられ通いの弾き語りを約束します。

後日、芳一の行動を怪しんだ住職は寺男に尾行を命令。ここで視点が移行し、読者は寺男になりきり、墓地の奥へと進む芳一の後を追っていきます。

美しい御殿に招かれたはずなのに、何故こんな所へ……?

そして明かされる衝撃の事実。芳一は安徳天皇の墓前に座り、『平家物語』壇ノ浦の段を奏で始めたのです。

まずは芳一を主人公に話を始め、中盤で種明かしをするどんでん返しの構成は、先入観を逆手にとり「世界の見え方が裏返る」驚きを読者に与え、『耳なし芳一』の恐怖を盛り上げました。

真相が判明してから序盤に戻り、芳一が聞いた大勢の話し声を思い返すと、背筋が寒くなりますよね。

芳一の受難はまだ終わりません。夜毎迎えに来る悪霊から身を隠すため、芳一は体に般若心経を書き込むものの、寺の小僧が耳への写経を忘れる失態を犯します。

するとどうなるか?

平家の落ち武者の怨霊は、お堂の闇にポツンと浮かぶ耳だけをちぎりとり、帰って行ってしまったのです。

想像してみてください。がしゃんがしゃんと甲冑がたてる音や、荒々しい声が近付いてくる恐怖にも増して、虚空に人の耳だけが浮かぶシチュエーションはなんともショッキングではありませんか。

その後芳一は辛うじて一命をとりとめるものの、目の光に続いて耳までも失い、耳なし芳一と呼ばれるようになったのです。

著者
小泉 八雲
出版日
著者
ラフカディオ・ハーン
出版日
著者
小泉 八雲
出版日
1975-03-18

小泉八雲の『怪談』は多くの出版社から刊行されています。初めて読むお子様には、講談社青い鳥文庫より出ている『耳なし芳一・雪女 新装版-八雲 怪談傑作集-』をおすすめします。

著者
["小泉 八雲", "黒井 健", "保永 貞夫"]
出版日

『耳なし芳一』を読んだ人におすすめの本

『耳なし芳一』を読んだ人には古川日出男『平家物語』ならびに『平家物語 犬王の巻』をおすすめします。前者は読みやすい現代語訳に直され、壇ノ浦に至る平家一門の壮絶な運命や、源平合戦の様子が克明に描かれた叙事詩に昇華されました。

古川日出男初心者におすすめ文庫のランキング!文体の特徴を感じられる5作品

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著者
古川日出男(翻訳)
出版日
2016-12-08
著者
ニュータイプ
出版日

『平家物語 犬王の巻』は日本を代表するアニメ監督・湯浅政明が斬新な解釈でアニメ映画化した作品。伝統的な能楽をロック調にアレンジした弾き語りが話題を呼びました。

原作は天才能楽師・犬王と盲目の琵琶法師・友魚の友情を軸にした青春サクセスストーリー。琵琶法師の成り立ちや組織構造を知りたい人は、ぜひ読んでください。

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著者
古川日出男
出版日
2017-05-26
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