5分で分かるハーバーマスの人生|フランクフルト学派を継承した優等生|元教員が解説

更新:2025.4.18

1989年のベルリンの壁崩壊は、ドイツのみならず世界に大きな影響を与えた歴史的事件でした。 当時60歳だったハーバーマスはフランクフルト学派の中心的な理論家として、この出来事にどのように向き合ったのでしょうか。 このときハーバーマスはすでにマルクス主義から距離を置き、新たな可能性を見出そうとしていました。 またナチス・ドイツへの反省から過去との向き合い方を重視し、ドイツ再統一後も歴史の重要性を訴え続けます。 フランクフルト学派内での立場をめぐっても、新左翼的な過激さを避ける独自の道を歩んでいったのです 今回の記事では、変動する時代の中でハーバーマスの思想がどのように変遷し、独自の理論を構築していったのかを見ていきます。

大学院のときは、ハイデガーを少し。 その後、高校の社会科教員を10年ほど。 身長が高いので、あだ名は“巨人”。 今はライターとして色々と。
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戦争世代としての出発点

ハーバーマスは1929年、ドイツのデュッセルドルフに生まれました。少年時代をナチス政権下で過ごし、ヒトラー・ユーゲントの一員として戦争に協力した経験を持っています。

戦後、ニュルンベルク裁判の記録映像を見たことが、彼の思想形成に決定的な影響を与えました。自分たちが信じていた体制がいかなる残虐行為を行っていたのか。その事実に直面したとき、ハーバーマスは深い衝撃を受けたといいます。

この経験が、後年にわたってハーバーマスを突き動かすことになります。ドイツ社会がナチズムの過去とどう向き合うべきか。

この課題は、彼の思想活動を支える重要な要素となりました。

フランクフルト学派への参加と軋轢

1950年代、ハーバーマスはフランクフルト大学でホルクハイマーやアドルノの助手を務め、フランクフルト学派の一員となります。1964年にはアドルノの後任として教授に就任し、次世代の理論家として注目を集めるようになりました。

しかし創設者ホルクハイマーとの関係は、終始緊張をはらんでいました。ホルクハイマーはハーバーマスのマルクス主義的な傾向を警戒し、フランクフルト学派が過激なイメージを持たれることを恐れていたのです。

実際のハーバーマスは穏健な社会民主主義者であり、暴力的な革命路線とは無縁でした。1960年代末に学生運動が過激化すると、ハーバーマスは急進派を「左翼ファシズム」と批判し、明確に距離を置いています。論理的な理論構築と実証的なアプローチを重視する姿勢は、新左翼の熱狂とは相容れないものでした。

それでも世代や立場の違いからホルクハイマーとの溝は埋まらず、ハーバーマスは事実上フランクフルト学派から追放される形となります。1971年、彼はミュンヘンのマックス・プランク研究所へ移籍しました。

フランクフルトへの帰還

12年間の「亡命」を経て、1983年にハーバーマスはフランクフルト大学に復帰します。ホルクハイマーもアドルノもすでに他界しており、彼はフランクフルト学派の第二世代を代表する理論家として、名実ともに中心的な存在となりました。

この頃までにハーバーマスは、マルクス主義から明確に距離を置くようになっています。1970年代を通じて、共産主義国家の非効率性や全体主義的な側面に幻滅を深めていたからです。

計画経済の失敗、民主主義の欠如、個人の自由の抑圧など、これらを目の当たりにして、ハーバーマスは資本主義圏の民主主義と法の支配を積極的に評価するようになりました。

彼が目指したのは、資本主義の枠内での改良を通じて近代の理念を実現することでした。啓蒙が約束した自由と平等は、いまだ完全には実現されていない。

この「未完のプロジェクト」を前進させることこそが、ハーバーマスの課題となったのです。

過去との対決

戦後ドイツ社会は、ナチズムの過去と正面から向き合うことに及び腰でした。多くの元ナチ党員が戦後社会に復帰し、過去は曖昧なまま封印される傾向にあったのです。

ハーバーマスはこうした風潮に一貫して抗いました。ドイツ国民全体の戦争責任と歴史的自覚を繰り返し訴え、ナチズムの根源的な原因を解明することを求めました。過ちを二度と繰り返さないためには、過去から目をそらしてはならない。

歴史認識の重要性を、彼は粘り強く主張し続けたのです。

1986年には「歴史家論争」と呼ばれる激しい論争が起こります。一部の歴史家がナチスの犯罪を相対化しようとしたとき、ハーバーマスは先頭に立って批判を展開しました。

ホロコーストをソ連の収容所と同列に論じることで、ドイツの責任を薄めようとする試みを、彼は断じて許さなかったのです。

ベルリンの壁崩壊と再統一

1989年、ベルリンの壁が崩壊しました。東西冷戦の終焉を告げるこの出来事は、共産主義陣営に決定的な打撃を与えます。

しかしハーバーマスは、この変化を悲観的には受け止めませんでした。

長年にわたってマルクス主義と距離を置いてきた彼にとって、共産主義の敗北は驚くべきことではなかったのです。むしろ彼は、非共産主義的なリベラル左翼の可能性を探るべきだと主張しました。

翌1990年にはドイツ再統一が実現します。ハーバーマスはこの歴史的瞬間に際しても、警鐘を鳴らすことを忘れませんでした。旧東ドイツ地域でナショナリズムが高まり、過去への歴史認識が希薄化することを懸念したのです。

統一の高揚感の中で、過去への緊張感が緩んではならない。ナチズムへの反省なくして民主主義は前進しない。

ハーバーマスにとって、過去との不断の対決こそが、民主主義の根幹をなすものでした。

冷戦後の新たなドイツ・アイデンティティを模索する上で、ハーバーマスの発言は大きな影響力を持ちました。

戦争世代としての原体験に根ざした彼の問題意識は、統一ドイツの自己理解を方向づける重要な役割を果たしたのです。

ハーバーマスを理解するためのオススメ書籍

J.ハーバーマス(2000)『近代 未完のプロジェクト』(三島憲一訳)岩波書店

著者
["J.ハーバーマス", "三島 憲一"]
出版日

現代社会の疎外感と非人間性の原因は近代にあるのか。それとも近代こそが人類にとって、希望の可能性を実現する最良の時代なのか。

本書を通じて、ハーバーマスは近代の課題に切り込みます。

フランス革命で誕生した「自由・平等・博愛」という近代の輝かしい理想を再評価し、その実現こそが人間の尊厳と幸福の条件である、とハーバーマスは主張します。資本主義の欠陥を打開するには、コミュニケーション的対話と参加が不可欠だと説くのです。

ハーバーマスの主張は果たして説得力を持つのでしょうか。

近代へのアンビバレントな思いを抱く、すべての人にとって必読の一冊になっています。

ハーバーマスが展開する斬新な近代観は、あなたの思考を確実に揺さぶるはずです。

中岡成文(2018)『増補ハーバーマス − コミュニケーション的行為』筑摩書房

著者
成文, 中岡
出版日

ハーバーマスのコミュニカティブ行為理論の核心をわかりやすく解説した一冊です。

ハーバーマスは、言語を通じた理性的対話こそが人間の本質であるとし、そこから対立や分断を乗り越える新しい民主主義の可能性を追求しました。合理的な議論を経て形成された合意が正統性の基盤となる、コミュニカティブな民主主義の思想です。

本書では民主主義の根底にある対話と討議の重視、人間の理性への信頼が丁寧に描かれています。意見の対立が先鋭化する現代社会にあって、ハーバーマスの示唆する「言葉による力」の可能性は大変重要ではないでしょうか。コミュニカティブ理性の可能性を探る入門書として、とても参考になる内容です。

ホルクハイマー ,アドルノ(2007)『啓蒙の弁証法 - 哲学的断想』(徳永恂訳)岩波書店

著者
["ホルクハイマー", "アドルノ", "Horkheimer,Max", "Adorno,Theodor W.", "恂, 徳永"]
出版日

近代理性のなかに光と影が入り混じる謎を解き明かそうとする、ホルクハイマーとアドルノの代表作です。先ほど触れましたが、ホルクハイマーはフランクフルト学派からハーバーマスを排除した人物です。

近代化によって人類は豊かさと自由を手に入れましたが、また同時に、新たな疎外感と不安を味わうことにもなりました。なぜ理性は悲劇的な運命をたどるのでしょうか?

ホルクハイマーとアドルノは辛抱強く理性の歴史をたどり、対話と合意を重視する「コミュニカティブな理性」の必要を説きます。

「コミュニカティブな理性」とは、対話と合意形成を基盤とする理性を意味します。理性には支配的な側面と解放的な側面の二面性がある、とホルクハイマーとアドルノは考えました。支配的理性は個人の利益を推し進める反面、他者への配慮が欠如しています。一方のコミュニカティブな理性は、他者との対話と合意を重視することで、より良い社会を目指そうとするのです。

この対話と合意を通じて社会を作っていくコミュニカティブな理性が、理性の解放的な可能性を発揮するとし、コミュニケーションを基盤とする理性こそが、人間の自由と尊厳を守ると説いたのです。

現代社会の問題点を的確に診断する書として、本書は大きな役割を果たすはずです。

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