【書評】「#真相をお話しします」現代のありふれた日常に潜む違和感を描く新世代ミステリ

更新:2022.6.29

結城真一郎の初ミステリ短編集『#真相をお話しします』が2022年6月30日に新潮社から刊行された。現代社会に潜む違和感をめぐる各作品たちは、思わず日常への不信感を抱かざるをえないような「現実と非現実のはざま」に私たちを迷い込ませる。その反響は発売前から海外翻訳が決定するほどで、異例の快作と言っていいだろう。今回はそんな今作を、書評家であり『コバルト文庫で辿る少女小説変遷史』『氷室冴子とその時代』などの著作で知られる嵯峨景子先生に書評していただいた。

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 私たちの生活と地続きの、ありふれた日常の物語。だが読み進めるうちに小さな違和感が積み重なり、二転三転の末、驚愕の真実が明かされる。

 2018年に『名もなき星の哀歌』で第5回新潮ミステリー大賞を受賞してデビューし、『救国ゲーム』で第22回本格ミステリ大賞の候補作に選出されるなど、平成生まれの若手ミステリ作家として活躍を続ける結城真一郎。最新作となる『#真相をお話しします』(新潮社)は、第74回日本推理作家協会短編部門を受賞した「#拡散希望」を含む5作を収録した、著者初の短編集である。

 マッチングアプリに精子提供、リモート飲み会やYouTuber……。アクチュアルなテーマとミステリが鮮やかに融合した5作は、現代社会に潜む陥穽や人間心理の恐ろしさを浮かび上がらせながら、最後まで読者を翻弄し続ける。各話のラストに待ち受けるどんでん返しは圧巻で、巧みな構成や伏線を前に、読者は心地よい敗北感にひたるだろう。

著者
結城 真一郎
出版日

 以下、5編をそれぞれ見ていきたい。「惨者面談」は、家庭教師の派遣サービス業に従事する東大生・片桐が訪れた、とある家庭で起こる異変を描く。挙動不審でカッとなりやすい母親と、彼女に怯えるおとなしい息子。母親の不自然な行動の数々に片桐は違和感を募らせ、やがて恐ろしい真実にたどり着く。ラストの一捻りが絶妙で、読了後の驚きは収録作中で随一だろう。

 「ヤリモク」は、マッチングアプリで出会った女の子を“お持ち帰り”しようとする男の物語。ケントは妻子持ちの既婚者だが、10歳も年齢を詐称したうえに独身と偽り、マナという女性と会っていた。あまりにもスムーズな流れに若干の不安を覚えつつも、彼女の部屋で事におよぼうとするが――。ありふれた一夜の火遊びにみえた物語から一転、暗い狂気と執着が溢れ出す。苦い後味を残す一編である。

 続く「パンドラ」は、精子提供をテーマにしたミステリ。不妊の末にようやく娘を授かった翼は、子どもが欲しいと苦しんでいる人のため、妻公認のもとで精子提供を行った。15年が経ち、もう一人の娘から初めて連絡を受けた翼は、かつて精子を提供した相手の不可解な行動の真意を知ることになる。盤石だと思い込んでいた地面が突如として崩れ去り、空中に放り出されたような驚き。それでもなお、前を向いて歩もうとする翼の姿に希望の光が見える。

 リモート飲み会をテーマにした「三角奸計」は、個人的に最も印象に残った作品だ。大学時代に「イツメン」と称してつるんでいた男友達の三人組が久しぶりに連絡を取り、リモート飲み会を開催する。思い出話に花が咲いて盛り上がるが、参加者の一人が彼女の浮気で悩んでいることを告白したあたりから、雲行きがあやしくなる。物語を締めくくる、「やっぱり“大切な話はリモートじゃなくて対面(リアル)ですべき”だな」という、至極平凡な結論に滲む皮肉が恐ろしい。

 ラストを飾る「#拡散希望」は、第74回日本推理作家協会賞短編部門を受賞した作品。子どもが4人しかいない離島で暮らす少年・渡辺珠穆朗瑪(ちょもらんま)の日常は、仲間のひとりがiPhoneを入手し、YouTuberになろうと言い出したことから変わり出す。住人たちはなぜかよそよそしくなり、島を訪れた炎上系YouTuberも何者かに殺害されてしまう。長閑な日々の裏側に隠されていた、歪んだ真実。全てを知った珠穆朗瑪もまた、その狂気の中へ己の身を投じていく。YouTuberという現代的なテーマを題材に、社会批判を織り込んだ意欲作だ。

 記憶を売買する店を舞台にした『名もなき星の哀歌』や、自らの願望を具現化できる夢の世界で起こる殺人事件を描く『プロジェクト・インソムニア』など、特殊設定ミステリで頭角を現した結城真一郎。第3長編作となる『救国ゲーム』では、過疎化問題という社会的なテーマと本格推理モノを織り交ぜ、ドローンや動画サイトなどの現代的なツールをフックにして、作者特有の感性を見せつけた。『#真相をお話しします』では、“今”を切り取る結城の視線がより一層研ぎ澄まされている。怒涛の謎解きと共に、その鋭い切れ味に触れてみてほしい。

著者
結城 真一郎
出版日

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