渡辺優『ラメルノエリキサ』レビュー!復讐の申し子の痛快な青春ミステリー

更新:2022.7.17

あなたは復讐に対しどんな感情をお持ちですか? 「復讐は何も生まない」「虚しくなるだけだ」……それもまた事実かもしれません。「復讐なんかしたところで被害者は喜ばないぞ」というのも一理あります。 第28回小説すばる新人賞を受賞した渡辺優のデビュー作『ラメルノエリキサ』は、そんな穏健派の風潮に一石を投じる最高にエッジの効いた問題作。 主人公は復讐の申し子と呼ばれるユニークな女子高生・小峰りな。 ハンムラビ法典をバイブルと仰ぐ彼女の過激な生き様が強烈な印象を残す『ラメルノエリキサ』は、推理作家・宮部みゆきが、「なんて不謹慎な小説!」と帯で絶賛した青春ライトミステリーです。 早速ご紹介していきます。

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『ラメルノエリキサ』の簡単なあらすじと登場人物

本作の主人公は女子高生・小峰りな。美しく優しくピアノが上手な母親に劣等感と愛情を募らせる、自称マザコンです。

りなは幼い頃から復讐に異様なこだわりを持っていました。

「目には目を、歯には歯を」で有名なハンムラビ法典を愛好し、飼い猫をいじめたピアノ教室の生徒を階段から突き落とすなど子どもの頃からクレイジーな復讐を重ねてきたりなに、姉は「復讐の申し子」の異名を送りました。しかしりなは自分をサイコパスだとはこれっぽっちも思ってません。「復讐は誰の為?」なんて愚問です、自分の為に決まっています。さらに言えば自分が気持ちよくなる為なのです。

そんな普通と少しズレたりなが、ある日突然災難に見舞われます。音楽を聴きながら下校中、正体不明の通り魔に襲われてしまったのです。幸い軽傷ですんだものの、りなは卑劣な通り魔に復讐を誓い、犯人捜しを始めました。

唯一のヒントは通り魔が犯行時に呟いた言葉、「ラメルノエリキサ」。一体誰が何の目的でりなを襲ったのでしょうか?その真相は彼女の想像を絶するものでした……。

著者
渡辺 優
出版日

復讐の申し子・小峰りなのエゴイスティックな生き方に憧れる

ずばり本作は「復讐者による復讐者のための復讐の教科書」

正直りなの印象は賛否分かれます。逃げていく通り魔に叫んだ言葉が「お前絶対ぶっ殺すからな!」なあたり、エキセントリックなキャラクター性が伝わるのではないでしょうか。

何が何でも復讐を完遂しようとするりなにドン引きし、「サイコパス」「ゲスの極み乙女」と批判するレビューも少なからず見受けられました。一方で絶対泣き寝入りをせず、自分が受けた不愉快をきっちり叩き返す信念に痺れ、絶賛していた読者も少なくありません。

個人の私怨による復讐は許されざる行いで、犯人の裁きは警察に委ねるべき……法治国家に住んでいる以上、我々も頭では理解してます。

では何故復讐をテーマにした勧善懲悪のフィクションが、こんなにも流行っているのでしょうか?

答えは簡単、復讐はとても気持ちいいからです。見ていてスッとするからです。

りなは何故復讐するのか問われ、「自分が気持ちよくなる為」とハッキリ断言します。エゴイズムを極めた復讐の美学は、現実のしがらみに縛られて、なかなか行動を起こせない読者に勇気を与えてくれます。

決して奪われてはいけない、学校の行き帰りに好きな音楽を聴く権利

本作で着目してほしいのは考え方の倒置。りなには少々過激で偏った所がありますが、彼女の言ってることは決して間違っていません。

りなはある日の下校中、公園の脇道で襲われました。その時りなはヘッドホンで音楽を聴いており、奇襲に気付くのが遅れます。現実でも女子供が変質者に襲われる事件は後を絶たず、哀しいニュースが毎日のように流れてきます。

ですが待ってください、ただ道を歩いていた被害者に落ち度はあるのでしょうか?

短いスカートをはくな、夜道で音楽を聴くな……何故何も悪くない被害者側が一方的に注意され、気を付けなければいけないのでしょうか?彼女たちが可愛いスカートをはき、ヘッドホンで音楽を聴くことで、誰が困るというのでしょうか?

悪いのは犯人、加害者です。ゲスな加害者さえいなければ、被害者たちは自由に好きな服を着て出歩き、どこでも好きな音楽を聴くことができるのです。

りなが侵害されたのは「学校の帰り道に好きな音楽を聴く権利」でした。誰もが普通にやっていることを、日常を明るくするちょっとした自由を、何故「被害者」というだけで奪われなければならないのか……これはとても理不尽な話です。

音楽を聴いてる最中に襲われた人は、二度と音楽が聴けなくなります。それは極論としても、襲われた時に聞いていた曲がかかるたび恐怖がフラッシュバックし、大好きだった曲を嫌いになってしまうかもしれません。被害者がトラウマを克服するには大変な時間がかかり、ともすれば一生続く可能性があります。

翻り、犯人はどうでしょうか?無差別通り魔は被害者一人一人の顔と名前をきちんと記憶しているのでしょうか?

加害は一過性、対する被害は継続性で永続性。むしろ事件後にこそ、本当の苦しみが待っています。

故にりなは可哀想な被害者に甘んじるのをよしとせず、復讐者を志しました。自分が被った理不尽をきっちり本人に叩き返すことで、りなの復讐には正当性が担保され、物語に疾走感と爽快感を与えるのに成功しました。

りな以外にもまだまだいる、エキセントリックなキャラクターたち

『ラメルノエリキサ』にはりな以外にも強烈な個性を持ったキャラクターが登場します。その筆頭がりなの姉で、彼女は妹と正反対の穏和で優しい人物……と見せかけ、やっぱりズレています。

終盤ではりなが人を殺してしまったと勘違いし、死体を埋める準備をして来るほどで、彼女が世間の倫理よりも妹を優先していることがわかりますね。

他にも完璧な母親やクールな同級生など、りなの周囲には個性的な人物が数多くいます。共通しているのは彼女たちの芯のブレなさ。りなは復讐に一途、姉は妹を守るのに一途、母は娘たちに愛情を注ぐことに一途……その一途さがそれぞれ微妙に食い違い空回っているのが、シュールな笑いを生み出します。

『ラメルノエリキサ』は思春期の娘と母の親子関係、あるいは人間関係を描いた作品でもあります。りなは母が娘たちを美化し、自分が見たいものしか見てないことを悟っていました。優しく美しく鈍感な母は、りなが持った危険な思考にさっぱり気付かず、彼女をただただ心配し可愛がってます。

りなはそんな母の無理解さを許し、血の繋がった他人として自分と分けて考えています。お互いが理解し合わなくても家族は機能する。ならば大事なのは、理解できないことを尊重し、許し合える無関心さではないでしょうか。

『ラメルノエリキサ』をもっと楽しみたい人におすすめの一冊

『ラメルノエリキサ』で鮮烈なデビューを飾った渡辺優。本作の雰囲気が気に入ったら、ぜひ『地下にうごめく星』も手を伸ばしてください。こちらはアラフォーの女性会社員が、初めて観に行った地下アイドルのライブで一人の少女に一目惚れし、地下アイドルのプロデュースに本気で取り組む話。

『ラメルノエリキサ』とはまた違った躍動感とカタルシスで、読者の心を揺さぶります。

著者
渡辺 優
出版日
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