覆面ユーチューバー兼webライターとして特異な存在感を示し、破竹の勢いで快進撃を続ける雨穴。 ベストセラーを記録した『変な家』に次いで世に送り出した『変な絵』は、「絵」をテーマにしたホラーミステリーとなっています。 今回は『変な絵』の魅力をネタバレありでご紹介していきます。
心理学者・萩尾が学生に提示した一枚の絵。
そこにはギザギザの口の女の子、扉のない家、枝の尖った木が描かれています。一見何の変哲もない落書きですが、描き手である十一歳の少女は、自身を虐待する母親を殺害していました。
萩尾曰くギザギザの口は常に笑顔でいないと母親に怒られるから、扉のない家は居場所と逃げ場がない暗示、尖った枝は攻撃性の表れだそうです。
しかし萩尾は少女を診断した際、更生の余地ありと判断します。
その根拠は木の洞の中で巣作りした鳥で、母性愛の強さを象徴する事から、環境さえ改善されれば少女は良い母親になるだろうと考えたのです。
事件から時が流れ、就活中の大学生・佐々木は、同サークルの後輩・栗原に興味深いブログを紹介されました。
栗原が見せたブログのタイトルは「七條レン 心の日記」。
ブログのトップには更新停止宣言と共に、レン自身が過去にアップした絵をさし、「恐ろしい秘密に気付いてしまった」「耐えられない」と書かれていました。
過去記事にアップされた絵はいずれもレンの妻・ユキが描いたもの。レン曰くユキはイラストレーターで、これから産まれてくる子の姿を想像して描いたそうです。
以下、ユキの絵の内容です。
レンは我が子の誕生を楽しみにしていたものの、胎児が逆子だと発覚。難産の末ユキは息を引き取ってしまいました。
ユキの忘れ形見の息子を立派に育てると誓ったレンは、何故ブログをやめてしまったのでしょうか?
栗原はユキの絵をそれぞれ拡大・縮小して重ね、恐るべき真相を暴き出します。
ユキが描いた絵を重ね合わせて浮かび上がったのは、険しい表情の老婆が、力なく横たわった女性の腹から赤ん坊を引っ張り出す光景でした。
実はレンとユキにはブログでは言及されてない同居人がおり、彼女こそレンの実母にして、ユキを計画的に殺した真犯人だったのです。
- 著者
- 雨穴
- 出版日
『変な絵』は『変な家』に続く、覆面作家・雨穴のホラーミステリー小説第二弾。
前作のテーマが「家」なら今作のテーマは「絵」。
過去にも『奇妙なブログ 消えていくカナの日記』で架空の人物の描いた絵を取り上げ、絵柄の変化から対象を取り巻く状況を読み解いていました。
本編は四部構成で、ここにプロローグとエピローグが追加されます。
自身で作詞作曲をこなす雨穴は、本作の発売と同期してオリジナルMV『【組曲:変な絵】a Mother's Nocturne』を公開しているので、こちらもぜひチェックしてください。AI生成した映像が非常に不気味な雰囲気を醸していますね。
『変な家』との相違点は他にもあり、『変な絵』はよりミステリー色濃厚となっています。構成もよく練られ、叙述トリックの醍醐味やどんでん返しの衝撃が味わえることうけあい。
叙述トリックとは読者の先入観を利用したトリックで、性別や時系列を誤認させる手法が特によく知られています。『変な家』にもどんでん返しが仕掛けられていましたが、『変な絵』はさらにブラッシュアップされ、読者を欺く演出が洗練されていました。
第二章『部屋を覆う、もやの絵』の母親の呼び名の違いなど、普通に読んでいたら見落としてしまいますね。
YouTubeで無料公開されている『変な絵』は第一章に相当する内容。
前作に引き続き探偵役を務めるのは学生時代の栗原氏。この頃は新世紀エヴァンゲリオンの考察ブログを運営するなど、お茶目な黒歴史を量産していました。
レンが数か月に亘りブログにアップしていたのは、一見何の変哲もないばらばらの絵。それをある法則に従って重ね合わすと、恐ろしい真実が浮かび上がりました。
重要なのは見方を変えること。発想の逆転が鍵です。
さらに巧妙なのは考え抜かれた全体の構成。
『変な絵』は全四章に分かれており、それぞれ関連性のない独立したエピソードだと思わせ、最終章で衝撃の事実が明らかになるのです。
一章ごとにロジカルな仮説を組み立て、最終章で全ての伏線を回収し、一連の事件に決着を付ける。
いわば最終章に向かい過去と現在が錯綜しながら話が収束するように作られており、ラストに辿り着いた真実と真犯人の正体、ならびに関係者の慟哭にカタルシスを覚えました。
前作と比べ栗原氏の出番は控えめですが、そのぶんサブキャラクターが良い味を出しているのに注目。ある人物が関与した事件を追いかける記者の信念と執念には、思わず胸が熱くなりました。
『変な絵』第二のテーマを挙げるなら「母性」。
本作のキーパーソン・今野直美は母性の権化とも呼べる人物で、血の繋がった我が子を守る為なら、邪魔者の排除に手段を選びません。それは肥大したエゴが引き起こした犯行にすぎず、実際に直美がしてきたのは、息子から父親を奪い、孫から母親を奪うことでした。
何故直美は歪んだ母性の権化になってしまったのか?
原因は彼女の幼少期にありました。
『変な絵』のプロローグおよび第二章に登場するのは子供が描いた絵。前者は母親を殺害し保護された十一歳の直美の、後者は直美の孫・今野優太の作品でした。
情緒不安定な実母を反面教師に育った直美は、はたして理想の母親足り得たのでしょうか?
残念ながら直美もまた愛情と依存をはきちがえ、子と孫を不幸にする「毒親」と化してしまいました。
直美の行動は子を守る為ではなく、子を独占し束縛するもの。母子分離のできない歪な心理が、雛鳥の巣立ちを許さず閉じ込める木の洞に象徴されています。
仮にプロローグの段階で適切な治療を施されていたら、あるいはもっと長期間拘留されていたら、『変な絵』で語られる悲劇の数々は起きなかったかもしれません。
旧家の一族何世代にも亘る因縁を扱った『変な家』、母親と子供の共依存にフォーカスした『変な絵』。
あなたの好みはどちらか、ぜひ読み比べてください。
人外系ユーチューバー雨穴のベストセラー『変な家』ネタバレ解説レビュー
あなたは今をときめく人外系ユーチューバー・雨穴をご存知ですか? 本名性別正体不明、職業はwebライター。 もとは「オモコロ」で一風変わった記事を公開していましたが、ユーチューバーデビューを果たしたのち人気が加速。自作動画原案のホラーミステリー、『変な家』『変な絵』はたちまちベストセラーになりました。 今回は雨穴の作家デビュー作、『変な家』をご紹介していきます。
- 著者
- 雨穴
- 出版日
- 著者
- 雨穴
- 出版日
雨穴『変な絵』を気に入った方は中野京子の大ヒットシリーズ『怖い絵』をおすすめします。
『変な絵』に登場する絵は雨穴の直筆ですが、『怖い絵』シリーズを彩るのは古今東西比類なき画家たちの名画。
パッと見なかなか怖さが理解できない絵も、中野京子の教養あふれる筆致で歴史的背景や制作時のエピソードを掘り起こされると、途端にオーラを放ち始めるのだから不思議ですね。
一章が短いのでスキマ時間にさくさく読めるのも魅力です。
- 著者
- 中野 京子
- 出版日
映画化もされた湊かなえ『母性』は「毒親」をテーマにしたイヤミス。
亡き祖母を美化し崇める母親と、その娘に生まれてしまった主人公の確執を生々しく描いて、清濁併せ呑む母性の意味を考えさせられました。
- 著者
- 湊 かなえ
- 出版日
- 2015-06-26
初めての湊かなえ!初心者向けおすすめランキングトップ10!
ドラマ化・映画化でも注目を集める人気作家・湊かなえの作品を、まだ読んだことのないあなたのために紹介します。