安全圏にはいられない!?梨×景山五月『コワい話は≠くだけで。』越境する恐怖の真髄

更新:2023.7.29

SCP出身のホラー作家梨が原案を、新進気鋭の漫画家・景山五月が作画を担当するホラー漫画『コワい話は≠くだけで。』。 本作は景山自身が恐怖体験をした語り手に取材し、または体験者が書いた記録や録音をもとに描いた体裁で進み、現在進行形で不可解な事件に立ち会っているライブ感と共に、徐々に現実が侵食されていく生々しい恐怖が味わえます。 今回は『コワい話はキくだけで。』のあらすじや登場人物、魅力をご紹介していきます。

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コワい話は≠くだけで。』の簡単なあらすじと登場人物紹介(ネタバレあり)

主人公は女性漫画家の景山五月。ポータルサイトや雑誌を漫画を描いてる彼女のもとに、ある日編集部から一本の電話がかかってきて、怪談漫画を連載することが決まります。

とはいえ景山は怖い話が大の苦手、心霊スポット巡りなんて考えられません。編集部は「資料は全部こちらで提供する」と約束し、心霊体験をした本人の録音テープや手記、webのメールデータを転送してきました。

編集部の申し出を渋々引き受けた景山がまず最初に手がけたのは、近畿地方在住の会社員・建人(仮名)の体験の漫画化。

大学進学を機に一人暮らしを決めた健人が自室の整理をしている最中、小学校時代の思い出を収めた箱から一枚のカードが落ちました。そこにはたどたどしい子供の筆跡で「ありがとうございましたになりました」と書いてあります。

妙な言い回しに首を傾げる健人。

不思議に思って裏返してみた所、カードの宛名は「けんとさま」、差出人は「ふなべかずこ」となっています。しかし健人にはそんな名前の同級生はおろか、知り合いすら存在しません。

その日の夜、カードを机に伏せて就寝した健人は何かが軋む音で目が覚めました。スマホのライトで暗い部屋を照らしてみると、健人より少し年上に見える女性が、こちらに背中を向けてぼんやり立っていました。

人間離れした異様なたたずまいと、二重丸を黒く塗り潰した瞳に戦慄する健人をよそに、謎の女性は机に置かれたカードを持ち、押し入れの方へと歩いていきます。

押し入れにカードを戻した彼女は一言、「けんとくん。だめだよおこのときにいたことにするってきめたんでしょ」と呟き、それを聞いた健人は恐怖の絶頂で気絶。翌朝意識が回復してから机を見ると、カードはどこかに消えていました。

以来健人は押し入れを開けていないと、体験談は結ばれます。

さらに情報提供者が付け加えた後日談によると、不思議なカードの一件以降健人が運営するブログの様子が豹変し、現在は管理人が「ふなべかずこ」に成り代わっているらしいのです……。

健人は今どこでどうしているのでしょうか?

彼のブログを乗っ取った「ふなべかずこ」とは何者でしょうか?

越境する恐怖。どこまで実話か読者を不安にさせる演出

『コワい話はキくだけで。』原案・梨作画・景山五月がタッグを組んだホラー漫画です。

梨は架空の都市伝説を集めたポータブルサイト・SCP財団出身の怪談作家。別名はPear_QU九州地方を中心に、日本各地に点在する閉鎖的集落の因習を扱った和ホラーSCPで有名です。オモコロライターとしても活動しており、写真や動画、音声を組み込んだホラー記事に熱心な読者が付いています。

同じくホラー作家の雨穴もオモコロライターであり、作風の類似から並べて語られる事が少なくありません。

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そんな梨が原作を担当した本作最大の見所は、モキュメンタリーの手法を用いて越境してくる恐怖。

コワい話は≠くだけで。』は、又聞きの体験をもとに景山が描いた漫画と、リアルの本人の状況が交互に描かれます。漫画内に登場する景山はデフォルメされたミニキャラで、丸っこいニ頭身の見た目がユーモアを感じさせました。

作者が実際に体験したこと、または見聞したことを落とし込むエッセイ(風)漫画には、時に妊娠中絶も余儀なくされる産婦人科の切実な内情を描いた沖田×華『透明なゆりかご』、スピリチュアル漫画家の数奇な生い立ちを描いた伊藤三巳華『視えるんです。』などの前例が挙げられます。これ自体は決して珍しいジャンルではありません。

著者
沖田 ×華
出版日
2015-05-13
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著者
伊藤三巳華
出版日

コワい話は≠くだけで。』が特殊なのは、わざとフィクションとノンフィクションの境界線をぼかしている点。

第一話冒頭、景山は編集部の提案でホラー漫画の連載を始めます。

この経緯を読んだ読者は、「編集部=梨が企画に関与している」と先入観を持ってしまうため、のちに景山の周囲に怪現象が起こり始めると、どこまでが現実で演出かわからなくなるのです。

梨は言わずと知れたモキュメンタリーホラーの名手、フィクションをノンフィクションの如く見せかける演出に優れています。それぞれ関係ないと思われた話の接点が炙り出され、伏線が見えてくる興奮は格別です。

リモート通話で、転送メールで、あるいはカセットテープで。景山が又聞きして漫画に起こす話は、それ一本一本がとても不気味で怖い話。しかし話に登場する怪異の正体や謂れは明らかにされず、消化不良なモヤモヤを残します。

複数の話に跨り登場する「ふなべかずこ」とは何者なのか?

暗躍の目的は何か?

体験者の性別・年齢・職業は見事にばらばら、発生した年月もばらばら。編集部が「ツテ」を頼って全国から集めた怖い話に、接点が生じたのは単なる偶然にすぎないのか?

さらに聞き取りを続ける中で、心霊スポットとして別々の話に出てくる空き地と公園が、時代が前後するだけで同じ場所だと気付いた景山の精神は徐々に蝕まれていきます。

個々の話がぞくぞくリンク!真実を知ってしまった漫画家の運命は?

コワい話は≠くだけで。』を語る上で外せないのが現在進行形のライブ感。連載はまだ途中であり、本作がどんな結末が迎えるか、読者たちには知らされていません。

最新話では景山が本格的に病み始め、作者の体調を心配した読者たちが、SNSでリプを飛ばす事態に。

第16話『処理』には、冒頭「※編集部注 今回の第十六話には、編集部判断で一部の表現に処理を加えています。予めご了承の上、お楽しみください」と但し書きが付され、これもまた演出なのか、実録が祟り本当に心霊現象が起きたのか物議を醸しました。

作中に登場するSDの景山と、漫画を執筆する景山の描写の落差も緩急を生んでいます。後者はリアル寄りの絵で描かれ、怪現象を体験した動揺が生々しく伝わってきました。

この手の深読みを始めたらきりがなく、次週休載のおしらせも、原案の梨と編集部が組んだ確信犯の「演出」に思えてきます。

景山は無事連載を完結させられるのか?

神出鬼没の「ふなべかずこ」は何を企んでいるのか?

「独自のツテ」とやらを辿り、怖い話を集めている編集部は、狂ってないと言えるのか?

もし担当編集がふなべかずこに操られ、呪いを拡散するツールとして景山五月を選んだのなら……我々読者が安全圏から引きずり下ろされ、当事者に仕立て上げられる日も近いかもしれません。

余談ですが、『コワい話は≠くだけで。』のタイトルにも仕掛けがあります。一部カタカナなのは恐らく意図的なもの、「キ」を「」(等号否定)で表記しているのにももちろん意味があります。

「≠」は左右の項が等価でない事を表す記号。

ならば次の「く」は平仮名でなく、「<」(大なり)。「コワい話は≠<だけで。」とは、「聞き手に蓄積されるダメージの大きさ」をほのめかしているのです。

梨の著作の傾向から推察するに、恐怖体験を第三者に語り聞かせる……伝染すことで、本人にかかった呪いが解除される仕組みになっているのかもしれません。以上の情報から筆者は担当編集が黒幕説を推します。

著者
["景山 五月", "梨"]
出版日
著者
["景山 五月", "梨"]
出版日

『コワい話は≠くだけで。』を読んだ人におすすめの本

『コワい話は≠くだけで。』を読んだ人には朝里樹『日本現代怪異辞典』をおすすめします。

口裂け女・人面犬・トイレの花子さん・テケテケなど、メジャーからマイナーまで日本全国を騒がせた都市伝説の怪異をまとめた、オカルトマニア垂涎の一冊です。

ホラーに興味をお持ちの方なら必ず楽しめます。

著者
樹, 朝里
出版日
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