映画『シン・仮面ライダー』は2023年3月に公開されたアクション映画です。日本が世界に誇る「仮面ライダー」のリブート作品であり、庵野秀明がメガホンを取る「シン」シリーズ4作目でもあります。 「仮面ライダー」映画の歴代興行収入記録を塗り替えましたが、その評価は賛否両論。評価の分かれた原因は良くも悪くも、内容がマニアックすぎたためです。 この記事では映画『シン・仮面ライダー』のあらすじや設定を紹介しつつ、難解な内容を解説・考察して作品の魅力をお伝えしていきます。スピンオフ漫画『真の平穏はこの世にはなく』との関連も合わせてご紹介します。
映画『シン・仮面ライダー』は仮面ライダー生誕50周年の記念企画として2021年に制作が発表され、2023年3月18日に公開された劇場用作品です。
公開から約1ヶ月で興行収入は20億円を突破、「仮面ライダー」映画史上最高記録を達成しました。
SHOCKERに改造された青年・本郷猛(ほんごうたけし)。映画では仮面ライダーとなった彼が平和のために、自分と同じように超人的パワーを持った怪人と戦う姿が描かれます。
本作は石ノ森章太郎・原作の特撮ドラマ「仮面ライダー」シリーズのリブート(再解釈・再構築)作品で、監督・脚本は庵野秀明。同監督が携わる、タイトルに「シン」を冠する作品の1つであり、東宝、カラー、円谷プロダクション、東映が合同で進める「シン・ジャパン・ヒーローズ・ユニバース」の4作目に当たります。
主演は池松壮亮、ヒロイン役に浜辺美波、敵役には森山未來がキャスティング。メイン以外の俳優陣は、ネタバレの観点から公開ギリギリまで明かされませんでしたが、想像以上に豪華な顔ぶれで話題となりました。
映画『シン・仮面ライダー』は日本だけでなく、世界的に注目される作品ですが、オリジナルへのリスペクトが重視されており、エンターテインメント作品としてはやや難解な内容となっています。
この記事では映画『シン・仮面ライダー』をより深く楽しめるように、あらすじや設定をわかりやすく紹介、解説していきます。後半部分にはネタバレが含まれるので、未見の方はご注意ください。
心優しい青年の本郷猛は、秘密組織SHOCKERに拉致され、人体改造の被験者にされてしまいました。彼は組織を離反した緑川(みどりかわ)ルリ子の手引きで研究施設を抜け出ますが、追っ手の怪人クモオーグと戦闘。
戦いに勝利した本郷は、秘密裏に接触してきた「政府の男」から組織について知り、ルリ子とともに平和のためにSHOCKERと敵対することになります。
映画『シン・仮面ライダー』の主要人物とキャストをご紹介していきます。
主人公は本郷猛。バイクが好きな成績抜群でスポーツ万能な青年で、性格は「優しすぎる」と評されるほど真面目かつ温厚です。能力の高さに目を付けられて、SHOCKERに拉致、改造されてしまいました。劇中にて仮面ライダーを自称した最初の人物で、正式には第1バッタオーグ。
本郷を演じたのは池松壮亮(いけまつそうすけ)です。10歳でデビューし、以後子役として活躍。2015年の日本アカデミー賞新人俳優賞をはじめとして、いくつもの賞を受賞しています。池松壮亮のキャスティングは、初代1号の藤岡弘、のイメージからの脱却を目指して行われたことが、庵野監督の口から語られています。
ヒロインの緑川ルリ子は、本郷を改造した緑川弘教授の娘です。ある理由から非常に合理的な思考を行うため、冷徹な印象を受ける人物。SHOCKERを裏切った緑川教授の意思を引き継ぎ、豊富な知識で本郷をサポートします。
ルリ子を演じたのは浜辺美波(はまべみなみ)。2011年に東宝主催の「東宝シンデレラオーディション」で受賞し、同年主演した映画『アリと恋文』で女優デビューしました。主な受賞は2017年『君の膵臓をたべたい』の日本アカデミー賞新人俳優賞など。『咲-Saki-』、『賭ケグルイ』といった人気漫画の実写作品でいくつも主演を務めています。ルリ子役の起用は、偶然庵野監督が東宝カレンダーの浜辺美波を目にしたことがきっかけだそうです。
浜辺美波が気になった方は、こちらの記事もご覧ください。
<浜辺美波の出演作品総まとめ!大ヒットの映画、テレビドラマは原作の物語が面白い!>
本作のもう1人の主役と呼べるのが一文字隼人です。元は正義漢のジャーナリストでしたが、SHOCKERによって第2バッタオーグへと改造・洗脳されて、本郷とルリ子の前に立ち塞がりました。のちに洗脳から解放、仮面ライダー2号を名乗りSHOCKERと戦うことに。見た目こそ本郷の仮面ライダーと大差ありませんが、性能はこちらが上。
一文字隼人を演じたのは柄本佑(えもとたすく)。父親が俳優の榎本明で、高校在学中の2003年に映画『美しい夏キリシマ』の主人公役で俳優デビューしました。主な受賞は2019年『アルキメデスの大戦』、2022年『ハケンアニメ!』の日本アカデミー賞優秀助演男優賞。
柄本佑は『仮面ライダークウガ』を語れるほどの作品好きで、庵野監督作品と聞いて記念のつもりでオーディションを受けたところ、思いがけず合格したことをインタビューで語っています。
『シン・仮面ライダー』物語を通した最大の敵役は緑川イチローです。緑川教授の息子にして、ルリ子の兄。劇中では自らの理想郷を築くために暗躍します。映画の前日譚に当たるスピンオフ漫画『真の安らぎはこの世になく』の主人公。
イチロー役を演じたのは森山未來(もりやまみらい)です。1999年に舞台「BOYS TIME」への出演で芸能界デビュー。2004年の映画『世界の中心で、愛をさけぶ』で高い評価を受けました。主な受賞は2012年『苦役列車』の日本アカデミー賞優秀主演男優賞。庵野監督は森山未來をキャスティングするに当たって、相応しい「役柄」のためにわざわざ脚本と設定を変更したそうです。
森山未來が気になった方は、こちらの記事もご覧ください。
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映画『シン・仮面ライダー』は日本が世界に誇る「仮面ライダー」シリーズの初代リブートであると同時に、『シン・ゴジラ』から続く「シン」作品の4本目として、公開前から多大な目を浴びていました。
「仮面ライダー」も、「シン」シリーズも、そして庵野秀明監督も、いずれも非常にファンの多いビッグネームばかりです。当然ながら大きな期待をもって劇場公開を迎えたわけですが……映画『シン・仮面ライダー』の評価は賛否両論となりました。
こだわり抜かれた特撮ヒーロー作品として高く評価する声がある一方、ストーリーや展開のわかりづらさを批判する声が少なくありません。
評価が分かれる原因は、難解な内容にあります。
『シン・ウルトラマン』でも展開の都合上、ドラマパートが圧縮されている印象はありました。『シン・仮面ライダー』は込み入った設定の説明が最小限な上に、過程の省略が多く、わかりづらさに拍車がかかっています。
面白くないのではなく、わかりにくいというのがポイント。オリジナルの『仮面ライダー』TV版や石ノ森章太郎の原作、『シン・仮面ライダー』スピンオフ作品を踏まえて映画を見ると、印象はガラッと変わります。最大限に楽しむには予備知識が必要不可欠。特にスピンオフ漫画は必須です。
ただ逆に、設定を深く理解さえすれば、『シン・仮面ライダー』の面白さは「シン」作品でも群を抜くでしょう。
『シン・ゴジラ』から続くシリーズが徐々に難解さを増していることを考えると、視聴者を少しずつマニアックな内容に慣れさせているようにも思えます。そういった意味で、『シン・仮面ライダー』は「シン」作品の集大成といってよいでしょう。
映画『シン・仮面ライダー』は予備知識ありの方が面白いですが、知らなくても映像だけで充分楽しめます。特に注目なのは、肉弾戦やバイクスタントなどの特撮作品らしいアクションシーンです。
いうまでもなく『シン・仮面ライダー』は身体的に等身大のキャラクターがメイン。『シン・ゴジラ』や『シン・ウルトラマン』に比べると、迫力で劣る面があるのは否めません。しかし、スケール感のなさは、勢いと外連味の効いたアクションが完全にカバーしています。
それが顕著なのが、期間限定で公開された冒頭映像にも含まれる、クモオーグ襲撃シーンのSHOCKER戦闘員とのバトルです。
「仮面ライダー」に限りませんが、日本の特撮ヒーローはパンチ力や走力などのスペックが設定されています。大抵は「パンチ力○トン!」と大げさな数値が設定されており、子供心にワクワクした方も多いのではないでしょうか。本作ではその数値を映像に反映し、やや過剰とも思えるスプラッタ表現を用いて、アクションの中で威力を実感できるようになっています。
アクションが凄い反面、バイオレンス色が強いことから、「シン」作品としては初の視聴制限PG-12(保護者同伴で視聴OK)指定にされました。ストーリーが単純な勧善懲悪ではないので、その意味でも子供向けの内容にはなっていません。
アクションとも関連しますが、本作はヒーローと悪役のデザインが秀逸です。2000年代の映画『仮面ライダー THE FIRST』、『仮面ライダー THE NEXT』は大人向けのデザインが高く評価されているのですが、両作をお手本にした『シン・仮面ライダー』もかなりハイレベル。非常にスタイリッシュで画面映えするため、外見の格好良さに注目して見るだけでも満足度が高いです。
庵野秀明作品によくあることですが、本作も例に漏れず劇中で用語が飛び交います。しかも「仮面ライダー」のリブート作品なのに、引き継いでいる単語は敵組織の名称「ショッカー」(表記はSHOCKER)くらいで、ほぼすべてが新規の造語です。それらの造語は物語を理解する時にノイズとなって、作品世界に入り込みづらくなる原因となっています。
本作におけるSHOCKERの正式な組織名は「Sustainable Happiness Organization with Computational Knowledge Embedded Remodeling」。スピンオフ漫画『真の安らぎはこの世になく』によると、「計算機知識を組み込んだ再造形による持続可能な幸福組織」という意味だそうです。単なる世界征服ではなく、平和を実現するための世界征服というのが、本作を読み解く上でのひとつのポイントになります。
「仮面ライダー」のリブートである『シン・仮面ライダー』は、近年では珍しく原点同様に改造人間がフィーチャーされています。ただし呼び方は改造人間ではなくオーグメント。
設定的にはオーグメンテーション(改造手術)を施された存在だからオーグメント(省略してオーグ)と呼ばれるわけですが、平成令和と時代を経る中で「仮面ライダー」シリーズの敵設定が世相に合わせて変化したのと同様、コンプライアンスの問題で「改造人間」の呼び名を押し出すのが難しかったというのが実情でしょう。
そんなオーグのエネルギー源となるのがプラーナです。プラーナはサンスクリット語で「呼吸」や「息吹」を現す言葉で、霊魂に近い生命エネルギーとして扱われています。
ややネタバレに近いのですが、物語終盤のキーワードとなるハビタット(Habitat)世界についても少し触れておきましょう。ハビタットは「(生き物の)生息地」を意味する英単語ですが、劇中では限りなく「あの世」や「死後の世界」に近い仮想空間を指します。
最低限これらの用語を頭に入れておけば、ストーリーがわかりやすくなるはずです。
ここでは、『真の平穏はこの世にはなく -シン・仮面ライダーSHOCKERSIDE-』(以下、『真の平穏はこの世にはなく』)のあらすじや見所を簡単にご紹介していきます。『シン・仮面ライダー』のネタバレになりかねない情報が含まれるので、予備知識なしで映画を楽しみたいかたや、本編鑑賞後に読むつもりの方はご注意ください。
『真の平穏はこの世にはなく』は、映画公開に先駆けて2022年12月から週間「ヤングジャンプ」で連載されている公式スピンオフ漫画です。
主人公は緑川イチロー。彼は人を思いやる心を持った、芯の強い少年でした。ところがある時、母親の硝子がなんの理由もなく通り魔に襲われ、亡くなってしまったことから人生が一変。
イチローは深い絶望と平和への理想を胸に、優秀な研究者である父・緑川弘とともに、世界平和の実現を掲げる秘密組織――SHOCKERに入るのでした。
- 著者
- ["藤村 緋二", "山田 胡瓜", "庵野 秀明", "石ノ森 章太郎", "八手 三郎"]
- 出版日
脚本は山田胡瓜、作画担当は藤村緋二。山田胡瓜はアニメ放映間近の漫画『AIの遺電子』の作者であり、『シン・仮面ライダー』本編の脚本にも協力しています。藤村緋二は漫画『神さまの言うとおり』で知られる実力派作家。
本作は設定も展開も『シン・仮面ライダー』と完全に地続きの前日譚となっており、映画本編で明かされない重要なバックボーンが描かれています。その性質上、キャラクターに関して本編のネタバレが含まれますが、既読と未読では物語への理解度がまったく変わってきます。
たとえばイチローは、本編で本郷らの前に立ち塞がるSHOCKER上級構成員の緑川イチロー本人。彼がなぜSHOCKERによる計画を推し進めるのか、頑なに心を閉ざしているのか、『真の平穏はこの世にはなく』ではその理由とともにSHOCKERが現在の形に至るまでが描かれていきます。
他にはクモオーグやサソリオーグなどのキャラクターが掘り下げられており、漫画を踏まえてから本編を見ると、危険人物としか思えなかった彼らの最後が感慨深いものとなるでしょう。
本編でちらっと出てきた「死神派」という意味深な単語。それと深く関わるであろうイワン(旧作に登場した死神博士の本名がイワン・タワノビッチ)や、本編未登場のクラーク、ヘルマンといった幹部の動向も気になるところ。
映画『シン・仮面ライダー』で省略された世界観・設定、SHOCKERの目的が『真の平穏はこの世にはなく』でほぼ描かれます。映画観賞前か後かは自由ですが、ぜひ合わせてお楽しみください。
映画『シン・仮面ライダー』に限りませんが、面白い作品の見所とネタバレは表裏一体の関係にあります。物語を深掘りする上でも、核心に触れずに行うのは困難です。
ここからは再視聴する際の見所や理解を深めるための解説、考察を行っていきます。基本的に視聴済みの方向けに書いていくので、未見の方はご注意ください。
映画『シン・仮面ライダー』劇中でもっとも速く訪れる見所といえば、クモオーグ戦は外せません。
主人公たる仮面ライダー第1号の実質的な初陣であり、物語全体を通して行われる最初のオーグメント同士のバトル。さらにいうと、「仮面ライダー」の大ファンである庵野監督が、極端なまでに初代1号vs蜘蛛男の再現にこだわったシーンだからです。
ロケ現場はオリジナルのTV版と同じ奥多摩の小河内ダム。アクションの手順から構図、カット割りやカメラワークに至るまで、最新技術を駆使した再現が試みられています。『シン・仮面ライダー』と「仮面ライダー」第1話を見比べると完コピぶりに驚くでしょう。
ちなみにクモオーグ戦はスタントマンではなく池松壮亮本人がスーツを着て演技しているのですが、オリジナルでも初代1号役の藤岡弘、自身が演じていました。
続いて素晴らしいのが、光源を活用した美しい動きが印象的なハチオーグ戦です。暗闇をバックに第1号とハチオーグの目が鮮やかに浮き上がり、高速移動しながら剣戟の火花が散る、ある種幻想的な映像美を楽しめる名シーン。
こちらはクモオーグ戦とは対照的に、オリジナルとの共通点は蜂女とハチオーグがともに刃物(サーベルと日本刀なので戦闘法はまったく別)を使うことや、催眠で人を支配する程度でした。
第1号と第2号が共闘して、11体の量産型バッタオーグ――大量発生型相変異バッタオーグと戦うシーンも痺れました。
オリジナルにおけるショッカーライダー戦に相当しますが、TV版と違って登場人数が敵味方合わせて13人になっていることから、石ノ森章太郎の原作版「13人の仮面ライダー」編を強く意識していることが窺えます。
秀逸なのが集団で登場する量産型バッタオーグを、実際のバッタの相変異(環境によって単独行動する孤独相と集団行動する群生相に変化)になぞらえた設定のアレンジ。いうまでもなく第1号と第2号が孤独相で、量産型バッタオーグは群生相です。
量産型バッタオーグ戦ではトンネル内で激しいバイクアクションを繰り広げるのですが、ハチオーグ戦と違って画面全体が暗く、状況を把握しづらいのが残念。スピード感は劇中屈指なのですが……。
ちなみに映画公式Twitterによると、「13人の仮面ライダー」を再現して雨中で撮影したデータもあるそうですが、諸々の事情でお蔵入りしたとか。DVD・ブルーレイ化の際には雨中のシーンを追加するか、特典映像にして欲しいものですね。
映画『シン・仮面ライダー』は大枠でオリジナルをなぞっていますが、違う部分も多々あります。
たとえば本郷猛の人物像です。TV版では頭脳明晰、スポーツ万能な城南大学の学生で、改造人間にされたことを悩みつつも、平和のために戦う好青年でした。
『シン・仮面ライダー』の本郷は基本的に同じなものの、人付き合いが苦手とされています。また性格の変更に伴って、学生から無職に変更。あえて改変された理由は不明ですが、完璧すぎる人物像が現代ではウケづらいからかもしれません。
第1号のデザインは触覚がブレードアンテナに変更されたことを除けば、全体的にTV版初期の「旧1号」と呼ばれるスーツに似ています。『仮面ライダー THE FIRST』などを参考にブラッシュアップした結果、巡り巡って大本のデザインに戻ったそうです。ただし配色は、現場でリペイントされた逸話のある通称「桜島1号」に近く、革製コートを常用してアクション映えするよう工夫されています。
もう1人の仮面ライダー、一文字隼人は職業がフリーカメラマンからジャーナリストに変更された程度。第2号のデザインも初期「旧2号」にほぼ準拠しており、差異はあまりありません。
しかしTV版の一文字は改造手術後、ヨーロッパに向かう本郷と入れ替わる形で主人公になったため、『シン・仮面ライダー』とは登場の経緯がまったく違います。
原作漫画の一文字は「13人の仮面ライダー」編にて、ショッカーライダーの1人として登場。最初は敵対したものの、本郷との戦いで正気に戻り、ショッカーを離反しました。こういった部分や、量産型バッタオーグ戦から一文字の設定には原作漫画への強いリスペクトが感じられます。
ヒロインの緑川ルリ子は設定が大幅に変更されており、緑川教授の娘であること以外、ほぼ別人といってよいでしょう。
TV版のルリ子は初登場時、本郷が父を殺したと誤解し、敵討ちをしようとします。誤解はすぐに解けて本郷に協力するようになりますが、彼が仮面ライダーであることは知りませんでした。主人公の一時交替以降は、本郷を追ってヨーロッパに渡ったと語られるだけで、その後は不明です。
ただ、TV版のルリ子には蜂女と因縁があるため、『シン・仮面ライダー』でハチオーグことヒロミと友人関係になっているのがなかなか面白いところ。
他には用語解説でも少し触れましたが、SHOCKERの設定がオリジナルとだいぶ違います(やってることは大差ありませんが)。
本家のショッカーは世界を征服することが目的の世界的秘密組織。ゾル大佐、死神博士、地獄大使といった大幹部はいますが、トップのショッカー首領が絶大な権力を握っています。
一方のSHOCKERは首領に当たる人物が存在せず、物語開始の時点で設立者の石神大造はすでに故人。実質的な管理・運営を担っているのは、人工知能のアイです。アイは石神に与えられた「人類を幸福に導く」という命題を拡大解釈し、現在は深く絶望した人間をオーグメントに改造、自分の幸福を実現させる支援を行っています。
SHOCKERは世界平和を標榜していますが、利己的な幸福を追求するという点では、オリジナルのショッカーより性質が悪いです。
「シン」作品のタイトルにつけられた「シン」は単なる記号ではありません。庵野監督は「シン」には「新」「真」「神」など様々な意味が込められており、視聴した人それぞれが自分なりの答えを見つけて欲しいと語っています。
色々な考え方ができるので正解はありませんが、私の思う『シン・仮面ライダー』の「シン」の意味は「新」と「Sin(罪)」、「神」そして「心」です。
「新」は文字通り新しい作品を意味します。『シン・仮面ライダー』は「仮面ライダー」のリブート作品なので、ここから新しく始めるという決意が込められているのではないでしょうか。物語ラストで一文字が変身する姿はTV版の通称「新1号」がモチーフであり、その「新」とも引っかけているかも知れません。
『シン・仮面ライダー』は「政府の男」などを除けば、ほぼすべての登場人物がなんらかの罪を犯しています。無関係の本郷を巻き込んだ緑川教授、ルリ子。身勝手な理想を実現しようとするSHOCKER。平和のためとはいえ、本来嫌っている暴力で命を奪う本郷と仲間を犠牲にしてしまった一文字。
これらの点から考えると、タイトルに「Sin(罪)」を冠されても不思議ではありません。
終盤の展開、世界観の設定を読み解くと「心」もありえそうです。
イチローの理想を実現するには、ハビタット世界へ人類のプラーナを送る必要がありました。プラーナは単なる生命エネルギーではなく、魂そのものといえる概念です。つまり人の心。
『シン・仮面ライダー』ではあえてサンスクリット語のプラーナを用語に使うなど、仏教的な要素が散見されます。仏教において心とは、「知性、感情、意思」の総称とされています。
そして本作のラスボスを務める、仮面ライダー第0号=チョウオーグのコンセプトアートはどう見ても半跏思惟像がモチーフ。半跏思惟像といえば瞑想や思索を表現したもの。ここでもやはり仏教的な意味での心が読み取れます。
また本編のラストバトルを決定づけたのは、本音をぶつけ合った対話でした。対話と
は、すなわち心の交流です。
「心」とも少し関係しますが、「神」も含まれているかも知れません。ただし、『シン・ゴジラ』や『シン・ウルトラマン』が明らかにGodの「神」を意図していたのに対して、『シン・仮面ライダー』の場合は精神の「神」です。本郷の気高い精神、緑川親子の不屈の精神、ラストで一文字が受け継ぐ精神……いくつもの精神が物語に関わっています。
以上の理由から、『シン・仮面ライダー』の「シン」の意味としては「新」と「Sin(罪)」、「心」と「神」の複合が有力だと考えられます。
『シン・エヴァンゲリオン劇場版:||』は例外ですが、「シン」作品には世界観の繋がりを感じるある種の仕掛けがしてありました。
そのもっともわかりやすい例が、竹野内豊の演じる「政府の男」です。竹野内豊は『シン・ゴジラ』で赤坂秀樹首相補佐官として登場したあと、『シン・ウルトラマン』に名前のない「政府の男」として出演しました。明言はされていませんが、竹野内豊本人は同一人物に見えるよう演技したとのこと。
「政府の男」は今回の『シン・仮面ライダー』にも現れました。『シン・ウルトラマン』にはファンサービス程度のカメオ出演でしたが、『シン・仮面ライダー』ではアンチSHOCKER同盟の連絡役で複数回登場しました。
さらに驚くべきは、「政府の男」と一緒に本郷らに接触してきた「情報機関の男」。『シン・ウルトラマン』で主人公・神永新二を演じた斎藤工が、サプライズ出演したのです。
ただ、終盤になって明かされた2人の名前はそれぞれ、タチバナとタキでした。これは昭和の「仮面ライダー」シリーズで馴染み深い、「おやっさん」こと立花藤兵衛と滝和也のオマージュ。
『シン・仮面ライダー』には他にも、長澤まさみや市川実日子といった過去の「シン」作品のキャストが出てきます。しかし、いずれの場合も名前と役柄は、元の配役とかけ離れたものばかり。
「政府の男」をはじめとして、過去の「シン」作品キャストは全員同一人物というより、似た役を当てはめられたーシステムが、漫画やアニメのキャラクターを俳優に見立てた表現方法なので、あべこべではあるのですが。
結論としては『シン・仮面ライダー』の世界観には、「シン」作品との関連性を感じさせるものはありませんでした。しかし、過去作の出演者がちらほら出てくるので、注目して観賞するとより楽しめるでしょう。
映画『シン・仮面ライダー』の劇中には、わかりにくいものからファンなら気づけるものまで、様々な小ネタが仕込まれています。
劇中で本郷が多大なショックを受ける、バッタオーグとしての醜い顔は、原作漫画で描かれる手術跡でしょう。また額に第3の目らしき器官が生まれていますが、似たタイトルの『真・仮面ライダー序章』の仮面ライダーシンの設定をリスペクトしつつ、バッタが複眼以外に光を認識するための3つの単眼を持っていることに由来していそうです。仮面ライダーのかぶるマスクの目を複眼として、素顔の目と第3の目を合わせれば、バッタの目の数と一致します。
オリジナルの前半における設定では、初代1号のエネルギー源は変身ベルト「タイフーン」でした。風圧でベルトの風車からエネルギーを生むシステムなのですが、SF考証で有名な『空想科学読本』などで、風車の面積や時間を考慮するとエネルギー発生量が絶対的に足りないとツッコまれていました。
ところが『シン・仮面ライダー』ではプラーナの概念を導入することで、これを完全にクリアしています。
仮面ライダー(バッタオーグ)は大気中のプラーナを呼吸で摂取していれば食事が不要という設定から、最低でも成人男性が1日に必要な摂取カロリーと同等のエネルギーを得ているのは確実。『空想科学読本』の柳田理科雄が計算したところ、バイクに乗った状態で風を10秒程度受ければ、充分なエネルギーを発生させられるとのこと。
食事云々の話はわざわざ物語に入れなくてもよい要素なので、ややもすると無粋になりがちなSF考証に対するアンサーとして盛り込まれた可能性があります。
「仮面ライダー」シリーズのファンが思わずニヤリとする小ネタとしては、本郷と一文字の戦闘を挙げられます。緊迫した駆け引きの中、本気で戦えない第1号は第2号に左脚を折られて敗北しました。その後の紆余曲折で第2号は味方になるのですが、これはおそらくオリジナルTV版と原作漫画両方のオマージュ。
TV版は元々、2号ライダーの登場予定はありませんでした。ところがバイクスタント中に本郷役の藤岡弘、が左太股を骨折し、急遽代役を立てる必要が生じたことから、仮面ライダー2号が生み出されました。
そして本郷を倒した一文字が味方になるのは、「13人の仮面ライダー」編を大筋でなぞっています。
仮面ライダー第0号(チョウオーグ)はデザインした出渕裕によると、蝶(オオゴマダラ)をベースとして、元祖悪役ライダーといえる『仮面ライダーBLACK』のシャドームーンの要素をちりばめたそうです。
他には関係者の言及こそありませんが、2つ風車の並んだベルトの形状や劇中登場順で3人目の仮面ライダーという点から、第0号は仮面ライダーV3を意識しているのかも知れません。
そんなチョウオーグとのクライマックスの戦闘は、敵味方ともに満身創痍な有様で、映画公開後は色々な意味で物議を醸しました。不評の槍玉に挙げられることもありますが、これは構成の不備ではなく、庵野監督がリアリティを追求した結果です。
本編の映像だけだと少しわかりづらいですが、チョウオーグは仮面ライダー第1号と第2号を遙かにしのぐ強大な力を持つ一方、非常に燃費が悪い設定。プラーナの供給源を絶たれた上、2人がかりの激しい消耗戦を仕掛けられた結果、チョウオーグは苦境に陥りました。そういう状態なら、見栄えのいいアクションを繰り出せず、泥仕合になる方が自然です。
このチョウオーグ戦に限らず、庵野監督のリアリティに賭ける執念は尋常ではありません。撮影中の様子を密着したNHKの『ドキュメント「シン・仮面ライダー」 ~ヒーローアクション挑戦の舞台裏~』では、庵野監督がアクションシーンを何度も撮り直し、出演者とスタッフを含む現場全体がある種殺気立っていく様子が克明に記録されていました。
チョウオーグ戦も同様で、アドリブかつ過酷な状況で演じたからこそ、リアリティのある本当に先の読めないランダムな戦い……泥仕合になったのです。
ちなみに「仮面ライダー」シリーズファンの中には、『仮面ライダークウガ』のラストバトルを想起した人が少なくありませんでした。『仮面ライダークウガ』も特撮ならではのリアルを追求した名作。リアルを突き詰めた2作が似た表現に達するのは、なかなか興味深いですね。
主要人物以外の小ネタに目を移すと、ハチオーグことヒロミはルリ子の友人の野原ひろみが元ネタ。TV版では準レギュラーでしたが、原作漫画では蝙蝠男に操られてルリ子を襲い、立花藤兵衛に止められてそのまま死亡してしまいます。もちろん野原ひろみと怪人蜂女は別人。
ハチオーグが本郷やルリ子ではなく、タチバナとタキによる銃撃でトドメを刺されたのは、原作漫画での野原ひろみの最期からインスパイアされたのでしょう。
ちなみにTV版のルリ子は蜂女の催眠で本郷を毒殺しようとしますが、『シン・仮面ライダー』でルリ子は友人であるはずのヒロミに最後まで従いません。対照的な展開で旧作をリスペクトしつつ、ルリ子の「芯」の強さと友人を想う人間的な心情を見事に描いています。
この他、外世界観測用自律型人工知能ジェイおよびケイの見た目は、石ノ森章太郎の別作品に登場するキャラクターそのままです。ジェイは『人造人間キカイダー』のキカイダー、ケイは『ロボット刑事』の主人公K。
小ネタとするにはやや強引かもしれませんが、クモオーグの慇懃無礼なキャラ付けはどことなく『シン・ウルトラマン』のメフィラス星人のようですし、ライダーキックでダムに打ち付けられる姿は『新世紀エヴァンゲリオン』の第2使徒リリスを思わせます。
映画『シン・仮面ライダー』は第0号=チョウオーグを倒して幕を閉じましたが、根本的な目標であるSHOCKER打倒には至っていません。
映画の最後は、新たに出現したコブラオーグと戦うため、一文字が旅立つシーンで終わります。さらにいえばSHOCKERはあくまで大枠の目標でしかなく、未消化の伏線が多々あるのです。
まず気になるのはショッカー首領に相当するリーダーの不在。人工知能アイが組織を運営していますが、これがどういう方向に向かうのか未知数です。物語後半にオリジナルTV版のゲルショッカー怪人を思わせる、2種生物混合のK.Kオーグがすでに登場しているので、SHOCKERもゲルショッカーに近い組織に変貌する可能性があります。
また本作では傍観者に徹した、人工知能ケイの観察結果と成長も気になるところ。事実上のロボット刑事Kの客演であるため、重要な役割になるか、あるいは逆にイメージを損なわないように傍観者のままでいるのか……。
もっとも重要な伏線は、一文字の中――正確には仮面ライダー第2+1号のヘルメットの中に存在する本郷のプラーナと、ルリ子のプラーナの行方です。原作漫画では死亡した本郷が脳髄移植で復活するので、同様に新しい肉体を得た本郷とルリ子がプラーナから蘇る可能性は大です。
そう考えるとエンドロールの締めで、わざわざ『仮面ライダー』の挿入歌「かえってくるライダー」が流されるのは非常に示唆的。
本郷とルリ子の復活の可能性は、舞台挨拶で庵野監督が明かした続編『シン・仮面ライダー 仮面の世界(マスカーワールド)』の構想とも一致します。
『仮面の世界』はまだ仮題ですが、実は原作漫画の最終章と同じタイトルです。また本郷の復活が描かれるのは、まさにその最終章でのこと。
まだ構想段階の『仮面の世界』では、日本政府の中にまで入り込んだSHOCKERと一文字の対決が描かれるとか。原作漫画の最終章ではショッカーが日本征服に乗り出しますが、その計画は日本政府立案の「10月計画」を乗っ取る形で実行されます。オリジナルへのリスペクトが強い『シン・仮面ライダー』が、続編でどういったアレンジをしてくるかとても気になります。
続編は東映の意向が絡んでくるので不透明ですが、ぜひ実現して未消化の伏線を回収して欲しいですね。
映画『シン・仮面ライダー』はエンターテインメント性の強かったこれまでの「シン」シリーズに比べると、かなり趣向の違うディープな作品となっています。予備知識のない状態で鑑賞すると、面白さに気付くより前に、置いてけぼりを食らってしまうでしょう。
ぜひこの記事を参考にして、初見の方は最小限の知識を付けてから観るか、2度目3度目の鑑賞をする際に物語を深く理解するための手がかりにしてください。きっと『シン・仮面ライダー』を最高に楽しめるはずです