芸能プロデューサーד胸をざわつかせるテレビドラマとニュース”ドラマ編|ダメ業界人の戯れ言#14

更新:2023.10.19

ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 今回は、昨今話題に挙がったエンタメと時事について、2ヵ月に渡り考えていきます。前編で取り上げるのは、流行語を生みだすほどのブームとなったテレビドラマ『VIVANT』。ある小説を元に、その主人公像の真実に迫ります。

ブックカルテ リンク

胸をざわつかせるテレビドラマとニュース

この夏、テレビドラマで世間的な注目を集めたのはTBSの『VIVANT』でした。お金のかけ方も半端ないし、内容も壮大で、「別班」などと言う流行り言葉も生まれましたね。僕が制作Pの一人であるクイズ番組『Qさま!!』でも他局の番組であるにもかかわらず、このドラマに影響された回を制作しました。主役の堺雅人さん演じる役名が、乃木憂助と言い、これが明治の軍人・乃木希典(のぎ・まれすけ)をもじったもので、乃木の発明と言われるものにキャンプなどで使われる「テント」があるのですが、この名称をドラマ最大のテーマとなる組織名にしたことも、原作・演出の福澤克雄氏の遊び心の一つだったのでしょう。乃木希典とテントを正答としたクイズに挑戦させるために、ドラマの途中で死んでしまった役をやった迫田孝也氏にQさまにご出演いただきました。

そんな時、朝日新聞の文化欄を読んでいたら、今年が作家・司馬遼太郎の生誕100周年で、いくつかの作品案内がされる中で直木賞作家の門井慶喜氏が、一連の司馬作品とは毛色の違うものとして『殉死』を紹介していました。

乃木希典という軍人がどんな死に方をした人物か知っていればこのタイトルはたぶん乃木をテーマにしたものじゃないかと気づくわけですが、これはこのタイミングで読まないわけに行かないなと瞬時に僕は思いました。こんな読書家のような風を吹かせておいて何なのですが、実は“国民作家”司馬の本を僕はこれまで一冊も読んだことがなかったのです。同じ“国民”である松本清張は結構読んでるのに。お恥ずかしいです。でも司馬遼太郎が好きと言う政治家や経済人などが多くてそれで何となく敬遠するままにここまできてしまっていました。

それで読みました。『殉死』

著者
司馬遼太郎
出版日
2009-08-04

全く乃木のことを知らない人のためにごくかいつまんで言うと、明治天皇に仕え尽くした陸軍軍人・乃木希典は、明治天皇の死を受けて、大喪の日に妻・静子とともに自裁するわけですが、そこにいたるまでの半生を描いた話です。

司馬はこのお話を、陽明学の薫陶を受けた人間の共通点というところに見出そうとしています。陽明学は、日本史の教科書で、中江藤樹という人が日本に持ってきたとかは記憶にありましたが、どんなことが教えの軸になっているかは僕自身全く知りませんでした。

司馬は、この本の中で歴史上の著名人物の中から次のような人たちを陽明学の影響を強く受けた人として紹介しています。

大石内蔵助、大塩平八郎、河井継之助、吉田松陰、西郷隆盛、そして乃木希典。

たとえ成功の可能性がほとんどなくてもその信じた道を貫き通す、的な教えが陽明学にはあるらしいのですが、この人たちの運命を考えるとある種の脇目をふらぬがむしゃらぶり、と言うか、歴史をそんなに知らなくても共通点はありそうな気がしてきます。

中では河井継之助が知名度が少し低いと思いますが、役所広司が『峠 最後のサムライ』という映画で演じた幕末の長岡藩の家老です。そうです。あれなんです。あの映画を見た時もあれ?なんか無駄死にじゃね?と僕はちょっと思ったりもしたのですが、それも陽明学のせいと言われると何となくわかった気になってきました。

乃木の夫婦揃っての殉死は、海外からも一種の美談のように称賛されたようですが、軍人としては、西南戦争では官軍の指揮官として軍旗を奪われ、日露戦争時は旅順攻撃の大将として自分が決めた攻撃方法が明らかに拙劣でそのために日本兵の夥しい死を招くことになり、東京から進軍の方法を変えて二〇三高地を目指すべきだと進言されても、結局上官に当たる人物がやって来て変えろと言うまで変えることはなかったらしい。はっきり言ってその意味で愚将であったと、司馬の文章は伝えています。

しかし、軍人としてはともかく、詩人としてはすごい才能を持っていた乃木は、この日露戦争時のひどいありさまを、東郷平八郎などの海軍の活躍などもあって勝利したこともあって、明治天皇の前で類稀な勇壮な物語として報告することになるのです。

しかしその態度に、自分が軍人として愚かな判断をいくつもしていることを悪びれるなどのことは一切なかったようでもあります。

たぶん乃木には、自身の軍人としての失敗を反省すると言う部分はほとんどなかったのでしょう。最初に建てた兵法を曲げないのも、陽明学の教えと言えばそのように捉えることもできなくはないですし。

明治天皇のほうもそんな乃木が好き、と言うのもあったようです。明治天皇個人に尽くす郎党のような思いがただ純粋に強いだけの乃木は、そのまま明治天皇への殉死を選ぶ選択につながった側面はある、と言うことなのかもしれません。

そのように考えた時、『VIVANT』の主人公の乃木憂助のようにただ日本を守るためだけに知略を使い切ると言うような冷静さなどは、乃木希典には微塵も感じられず、司馬のこの本が乃木夫妻の殉死にいたるまでの一般的な見方であるとするならば、この人気ドラマを通じて初めて乃木希典を知った人には、愚将の側面は知られぬままにかつて日本にいた天皇に殉じる英雄、とだけ捉えられる、そんな勘違いを招いてしまうかもしれない、という危惧は消えないな、と僕は思いました

長男も次男も日露戦争で戦死してしまった乃木は、しかしそれに深く傷ついた様子もないし、単身赴任のように長期間なっていた時に気遣ってはるばる東京からやって来た妻・静子を会う予定はないと言って会いもせず追い返すなど、今の尺度からすると首を傾げるような人物でもあったらしいです。

TBSは公共放送としても、『VIVANT』のモデルになった乃木希典は、ほんとうはこんな人でした、みたいな特番を作ればいいのにとさえ思いました。堺雅人のコメントなども挟めば結構面白くなって、乃木希典が急に時の人になる、みたいなことがないこともないんじゃないかと思ったり。

 

そんなことを考えていたらふと、地に落ちたヒーロー、と言う言葉が浮かんできました。かつて栄えた人や物がそのステータスを失っていく姿や図式というものにどうしても惹かれてしまう。僕はたぶんそういう人間なのです。まあ日本人一般に多い判官びいきの一つかもしれません。

* * *


後編の記事公開をお楽しみに。今年9月1日に行われた、そごう西武池袋本店が全店のストライキについて語ります。

 

info:ホンシェルジュTwitter

comment:#ダメ業界人の戯れ言

芸能プロデューサー×倫理学“暇で退屈だと人は哲学するようになるのかも“|ダメ業界人の戯れ言#11

芸能プロデューサー×倫理学“暇で退屈だと人は哲学するようになるのかも“|ダメ業界人の戯れ言#11

ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 今回は文庫化もされベストセラーである哲学書をご紹介。定年を迎える自身の生き方を見つめ直します。

芸能プロデューサー×三島由紀夫“ほどほどの理解で三島由紀夫を太宰治と比較してしまう荒業。すみません!”|ダメ業界人の戯れ言#12

芸能プロデューサー×三島由紀夫“ほどほどの理解で三島由紀夫を太宰治と比較してしまう荒業。すみません!”|ダメ業界人の戯れ言#12

ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 今回は小説家・平野啓一郎が著した『三島由紀夫論』をきっかけとして、三島由紀夫と太宰治の生き方について、そして社会的な性について思考を繰り広げます。

芸能プロデューサー×直木賞・芥川賞“ルサンチマン?”の物語|ダメ業界人の戯れ言#13

芸能プロデューサー×直木賞・芥川賞“ルサンチマン?”の物語|ダメ業界人の戯れ言#13

ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 今回は、2023年上半期の直木賞を受賞した『極楽征夷大将軍』と『木挽町のあだ討ち』、そして芥川賞受賞作の『ハンチバック』を読んで、ある共通点にたどり着きます。

特集「仕掛け人」コラム

この記事が含まれる特集

  • 未来の「仕掛け人」のヒントになるコラム

    華やかな芸能界には、必ず「裏方」と呼ばれる人々の試行錯誤の跡がある。その「裏方」=「仕掛け人」が、どんなインスピレーションからヒットを生み出しているのかを探っていく特集です。

  • twitter
  • facebook
  • line
  • hatena
もっと見る もっと見る