5分で分かるケインズの人生|世界大戦と世界恐慌…危機の時代に挑んだ経済学者|元教員が解説

更新:2025.4.4

20世紀前半は、世界大恐慌や二度の世界大戦による混乱の時代でした。 この暗い時代にあって、イギリスの経済学者ジョン・M・ケインズは「雇用・利子・貨幣の一般理論」を発表し、経済学に革新的な展開をもたらしました。 ケインズの業績は今日に至るまで経済政策の指針となっていますが、その思想はどのようにして生まれたのでしょうか。 今回の記事では、ケインズの生涯と思想形成の背景、代表的なアイデアについて解説します。

大学院のときは、ハイデガーを少し。 その後、高校の社会科教員を10年ほど。 身長が高いので、あだ名は“巨人”。 今はライターとして色々と。
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「長い目で見れば、私たちはみな死んでいる」:ケインズはなぜ資本主義の修理に挑んだのか

1929年、ニューヨークのウォール街で株価が大暴落しました。世界大恐慌の始まりです。 アメリカでは失業率が25%に達し、4人に1人が職を失う異常事態となりました。さらにドイツではヒトラー率いるナチスが台頭し、世界は再び大戦の炎に包まれていきます。

真面目に学校を出て、働き、家庭を築く。そんなささやかな人生設計さえも、経済の崩壊と戦争によって無慈悲に踏みにじられる時代。 

「個人の努力ではどうにもならない巨大な力」に翻弄される中で、人々は絶望していました。 しかしこの混沌とした闇の中に、一つの「灯火」を掲げた男がいました。イギリスの経済学者、ジョン・メイナード・ケインズです。

経済学の常識を覆し、彼はこう問いかけました。

「経済は天候のような自然現象ではない。人間が知恵を使ってコントロールできるものだ」。

古典派経済学という「無責任な船長」

ケインズが登場する前、経済学の世界を支配していたのは「古典派」と呼ばれる理論でした。彼らの主張はシンプルです。

 「政府は余計なことをするな。市場の『見えざる手』に任せておけば、すべてうまくいく」。

 彼らにとって、不況とは一時的な調整局面に過ぎません。

たとえば商品が売れ残れば、価格が下がります。安くなれば、また誰かが買うでしょう。 失業者が増えれば、賃金相場が下がります。給料が安くなれば、企業はまた人を雇いやすくなるはずです。 

つまり、「放っておけば、価格や賃金が自動的に調整されて、経済は均衡を取り戻す」というのが古典派の教義でした。これはアダム・スミス以来の伝統的な考え方であり、自然の治癒力を信じる医師のような態度といえるでしょう。

しかしケインズはこのような楽観論に噛みつきました。

 「長い目で見れば、経済は回復するかもしれない。だが、その『長い目』の間に、私たちはみな死んでしまっている」。

想像してほしいのですが、猛吹雪の雪山で遭難しかかっているときに、ガイドがカレンダーを指差してこう言ったらどう思うでしょうか。 

「慌てる必要はありません。天文学の法則によれば、冬の後には必ず春が来ます。だからじっと待っていれば、いつか必ず暖かくなりますよ」。

 たしかに、その予言は100%正しいでしょう。しかし春が来る頃には、私たちは凍え死んでいます。遭難者が求めているのは「来年の天気予報」ではなく「今の命をつなぐ毛布と焚き火」です。

ケインズは春を待つのではなく、今すぐ火を熾して暖を取る方法(政府による介入)を選んだのです。

「豊かさの中の貧困」というパラドックス

ケインズが直面していたのは、人類史上かつてない奇妙な現象でした。 それは「生産能力はあるのに、人々が貧しい」というパラドックスです。

大昔の貧困はただの「不足」が原因でした。凶作で小麦が足りない、道具がないから作れない。これは分かりやすい話です。 

しかし大恐慌の時代は違いました。 立派な工場があり、高性能な機械があり、働きたくてうずうずしている労働者が溢れている。それなのに、工場は稼働を止め、人々は飢えているのです。 

「作る力」はあるのに、なぜ経済が回らないのか?

ケインズが見抜いた答えは、「誰も買わないからだ」という驚くほどシンプルでした。 

古典派は「作れば売れる(供給が需要を作る)」と考えていましたが、ケインズは「買いたいという意欲(需要)こそが、生産を決めるのだ」という逆転の発想を提示します。

工場が止まっているのは、作ったところで売れる見込みがないからです。

企業が投資を控え、人々が財布の紐を締めれば、経済というエンジンはガス欠を起こしてしまいます。 

この「実際にモノを買う力=有効需要」が不足していることこそが、資本主義が抱える病の正体でした。

ハーヴェイロードの仮説:エリートの責務と孤独

それでは、民間企業も個人もすっかり怯えてしまい、誰もお金を使わないときはどうすればよいのでしょうか。 

ここでケインズは、唯一の解決策を提示します。 

「誰もお金を使えないなら、政府が使うしかない」

道路や橋を作る公共事業でもいい、あるいは無駄な穴を掘って埋めるだけでもいい。

政府が借金をしてでもお金をばら撒き、無理やり「仕事」と「収入」を作り出す。そうすれば、懐が温まった人々が買い物を始め、工場は再び動き出すはずだ──。 

これが有名な『雇用、利子および貨幣の一般理論』(1936年)の結論です。 経済を「神の見えざる手」に委ねるのではなく、政府(人間)の理性によって管理・調整する道を選んだのです。

こうしたケインズの大胆な発想の背景には、彼の生まれ育った環境が影響しているといわれます。 彼はケンブリッジの「ハーヴェイロード」という、知識人やエリートが集まる地域で生まれました。父は大学教授、母は市長という名家です。 彼には、「高い教養と理性を持った一部のエリートたちが、愚かな大衆を導き、社会をコントロールすべきだ」という強烈な自負がありました。

これを「ハーヴェイロードの仮説」と呼びます。

この態度は「エリート主義だ」と批判されることもあります。しかし当時の絶望的な状況下において、「人間の知性で運命は変えられる」と信じ抜いた彼の強さが、世界を救う処方箋となったことも事実でしょう。

激動の時代を超えて

第二次世界大戦中も、ケインズは大蔵省の顧問として奔走し、戦後は国際通貨基金(IMF)や世界銀行の設立に尽力しました。 まさに命を削って資本主義のシステムを修理し続け、1946年、62歳でこの世を去ります。心臓発作による急死でした。

 「不況は自然災害ではない。システムのエラーであり、私たちの手で直せるものだ」というケインズが遺したメッセージは、現代を生きる私たちにも重く響きます。

経済が混乱し、個人の力ではどうしようもない不安に襲われたとき、ただ耐えるのではなく「どう介入すべきか」を考える。

その能動的な姿勢こそが、ケインズ経済学の真髄なのかもしれません。

ケインズを理解するためのおすすめ書籍

中村 隆之(2018)『はじめての経済思想史 アダム・スミスから現代まで』講談社

著者
中村 隆之
出版日

アダム・スミスから現代までの主要な経済思想家の理論を丁寧に解説した入門書です。経済学の発展は「よいお金儲け」を促し「悪いお金儲け」を抑制する試みの歴史であるとし、各時代の経済思想家が現実の問題にどう向き合って理論を構築したかがわかります。

産業革命期の労働者の苦境にマルクスが挑んだように、思想家たちは経済の実態に合わない理論に疑問を呈し、新しいアイデアを生み出してきました。ケインズの有効需要の理論もまた、当時の経済事情を踏まえた画期的なアイデアでした。

本書を読めば、経済思想の変遷と各時代の課題の関係が一望でき、現代の経済を考える上で重要な知見が得られるでしょう。経済の歴史に関心がある人におすすめの1冊です。

ケインズ(2008)『雇用、利子および貨幣の一般理論』(間宮陽介訳)岩波書店

著者
ケインズ
出版日
2008-01-16

『一般理論』は、ケインズの最大業績とされる書籍です。1930年代の世界恐慌期に発表され、従来の自由放任主義とは異なる新しい経済政策の指針を示しました。

ケインズは、経済が完全雇用(失業がない状態)を実現するためには、国民が商品やサービスを買う総需要を十分に持続・増加させることが必要だと考えました。

そのためにケインズは、政府が経済に関与する必要があると述べています。政府が税金を上げ下げしたり、借金をして政府支出を調整する「財政政策」や、中央銀行がお金の量を増減する「金融政策」です。

現代マクロ経済学の基礎を築いた本書は、ケインズの斬新な理論がどのようにして形成されたのかを知る上で欠かせません。現代経済を考えるうえでも、多くの示唆に富んでいます。

吉川洋(1995)『ケインズ - 時代と経済学』筑摩書房

著者
吉川 洋
出版日

本書は、ケインズの代表作「一般理論」にとどまらない幅広い業績を時代背景とともに詳細に解説しています。インドの通貨改革から平和の経済的意味、貨幣論など、ケインズの多彩な関心事がわかります。「長期的には我々は皆死んでしまう」といった名言の生まれた経緯も示されています。

ケインズは従来の経済学が「長期的には経済は自動的に均衡する」と考えることに疑問を呈しました。その「長期」の期間に人々は苦しむことになると主張したのです。

経済の自動修正を待っている間に、実際には多くの人々が失業などで苦しむことになります。「それを防ぐためには政府の積極的な経済運営が必要だ」という、ケインズの主張を端的に表現した言葉だと言えます。

ケインズの思想と時代背景を多面的に理解したい人におすすめです。

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