芸能プロデューサーד胸をざわつかせるテレビドラマとニュース”ニュース編|ダメ業界人の戯れ言#15

更新:2023.11.30

ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 今回は、昨今話題に挙がったエンタメと時事について、2ヵ月に渡り考えていきます。後編ではそごう西武池袋本店全店ストライキのニュースについて、その文化的な背景を探ります。

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胸をざわつかせるテレビドラマとニュース

前編から読みたい方は、こちらから。テレビドラマ『VIVANT』について取り上げています。

※前編公開以降、反映されます

芸能プロデューサーד胸をざわつかせるテレビドラマとニュース”ドラマ編|ダメ業界人の戯れ言#14

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ドラマや映画などの制作に長年携わってきた読書家プロデューサー・藤原 努による、本を主軸としたカルチャーコラム。幅広い読書遍歴を樹形図のように辿って本を紹介しながら、自身の思うところを綴ります。 今回は、昨今話題に挙がったエンタメと時事について、2ヵ月に渡り考えていきます。前編で取り上げるのは、流行語を生みだすほどのブームとなったテレビドラマ『VIVANT』。ある小説を元に、その主人公像の真実に迫ります。

* * *

今年8月31日、そごう西武池袋本店が全店のストライキを行いました。バブル真っ盛りの80年代後半に東京へやってきた者としては、「渋谷公園通り」「パルコ」「おいしい生活」と言った言葉に象徴される西武文化は、地方出身者の僕にはもう眩しいほどキラキラしたカッコ良さに彩られていました。もう、西武、って言うだけで、何となく垢抜けた物を想像してしまう。そんな時代が確かにあったのです。しかし今の若者などは、西武、と言われても鉄道や百貨店のところと言うイメージで、たとえば東急などと同じようなものだろう。いや、むしろ走る電車の路線などの感覚のせいもあって、東急のほうが洗練された高級感があるかもしれませんね。

それはそれとしてそごう西武のストライキの話です。西武がそごうと合体した時に、すでにああそんな時代がきてしまったものかと思ったものでしたが、その後セブン&アイに買い取られ、今度はさらにアメリカのファンドに売られることになり、そのつながりでヨドバシカメラがそごう西武池袋本店のかなりの部分を占めることが決まったことが、このストライキに繋がった最大の要因であるらしいのです。

僕も家電量販店は嫌いじゃないけど、少なくとも西武的おしゃれな感覚を同時代人として経験した身から言えば、おしゃれや洗練と言った概念からは程遠い。

かつて西武文化というものを体感した世代の社員とかならそんな変貌はなおさら受け入れられないであろうことは想像がつきます。

そんなことを思っていたら、情熱大陸をかつて担当されていた毎日放送のNさんと言う人からメールが着て、原武史さんがラジオで面白いことを言っていたので聴いてみてくれとその放送のデータが送られてきました。原さんは僕が2008年に“鉄道教授”的な側面を前面に情熱大陸で取材した人で、この書評でも何度か取り上げましたが、このラジオ放送で、正に今回のそごう西武ストライキについてどう思うかについて原氏は話していました。

いやこれが面白かった。

かいつまんで言うと氏は、今回の騒動を、西武の創設者である堤康次郎とその息子、清二、義明の確執の末の物語として捉えていました。アメリカ資本主義の権化のように鉄道開発を進め西武池袋線と西武新宿線を中心に成功した康次郎に対し、息子の清二は、西武の鉄道が走っていない渋谷に西武百貨店を建て、そこに西武文化、と言うものを作っていった。堤清二は元々共産党員でもあり作家でもあったから、ざっくり言うと知的であり、もっと言えば自分のところで働く人それぞれについても強い関心を持っていたらしいです。労働者の身になって考えることを怠らなかったとても言いましょうか。

現在の西武百貨店の社員にもそうした文化的な、知的な魂のようなものが脈々と受け継がれているのではないか、原氏の見立てはそのようなものでした。

お金と効率を追い求める父やそれを引き継いだ弟・義明との間に、確執が生まれるのも必然であったのかもしれません。

 

この話を聴いてるうちに僕は原氏の著作で未読だった『レッドアローとスターハウス ーもう一つの戦後思想史ー』を読まないわけにはいかないなという気持ちになり、Amazonでポチりました。

著者
原 武史
出版日

レッドアロー、と言うのは、西武新宿線を走る特急の名称であり、スターハウスは主に西武池袋線沿線に多い団地の中で上から見ると三方外に向かって突き出しているちょっとカッコいいタイプの建物の名称です。

この本は、西武池袋線と新宿線を中心にその沿線で花開いた団地文化というものを戦後思想の一つの変遷として捉えようとしたものでした

原武史氏自身が子どもの頃、池袋線沿線のひばりが丘団地や滝山団地というところに住み、小学校高学年の頃に団地の自治活動的なものに参加していく体験をしたこともベースになっているようです。

ちなみに社会人になって初めて東京にやってきた僕は、一番最初だけ西武新宿線の野方駅から15分ぐらい歩くところに下宿しましたが、その場所はJR高円寺駅まで歩いて同じぐらいの距離だったので、すぐに高円寺駅しか使わなくなりました。中央線にはなんか文化の匂いがするけど、西武線は新宿や池袋から埼玉などの郊外へ走る、その意味であまり文化とかが感じられない路線のような気がしてしまうと言うのもありました。池袋線椎名町駅近くの「トキワ荘」とかそう言うのもありはしましたが、概して田園の郊外に向かうそこまで給料の高くないホワイトカラー家族が住む沿線、と言うような印象を持っていたのです。

このあたり西武文化が一つの記号のようになっていたおしゃれな渋谷とはだいぶ違いましたね。同じ西武でも鉄道と百貨店では、自分が持っているイメージがすでに全く違っていたのだと思います。その意味で僕もどこか隠れ堤清二ファンみたいなことになっていたのかもしれません。

西武池袋線と新宿線、JR中央線は、いずれも新宿や池袋を起点に西の郊外に向かって走る、その意味でこの3線は今でもほぼ平行に走っているように感じられるのですが、西武の2線に比べて中央線の文化的知名度は圧倒的に高い。中央線を舞台にした歌とか小説はいろいろあるけど、西武線にはあまりない。学生運動の時代、何となくその学生たちの多くは、中央線沿線に住んでいそうだけど西武線にはあまりいなかったんじゃないかと言う気がします。そんな文化的劣性の地にあった西武線沿線にも、たとえば国に反発するとか言う大それた思いはなくても、生活に直結する町の規則ややり方、西武の乗車料金値上げとか、そう言うものへの主張は育っていったのでしょう。団地は、みな同じぐらいの生活レベルの人が集合する場として、そのようなまとまった意見が出てくる素地ができやすいだろうことは何となく理解できます。

そんなことを原氏のこの本を読んで思いました。

それにしても団地は、一つのコミュニティとして機能した時代があったのですね。ちょうど20年前、映画監督の瀬々敬久さんと一緒に僕は、青山などにあった同潤会アパートのいくつかの最後を追うドキュメンタリー番組を作ったことがあるのですが、あそこにも住民たちが語り合うサロンや共同浴場のようなものもあり、そうかそういう住居だったんだな、と肌で感じたことを思い出しました。

こうしたものも今ではほとんど失われてしまった街のコミュニティのようなものだったのかもしれません。また少しノスタルジックな気分になってきました。今回はこのあたりで。


 

info:ホンシェルジュTwitter

comment:#ダメ業界人の戯れ言

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