江戸川乱歩の筆名のもとになったことでも有名な小説家、エドガー・アラン・ポー。彼の代表作として語り継がれる『アッシャー家の崩壊』は、呪われた一族を巡る数奇な運命が戦慄をもたらす、ゴシックホラーの傑作です。 今回はエドガー・アラン・ポー『アッシャー家の崩壊』の魅力やあらすじを解説していきます。
主人公は成人男性の「私」。『アッシャー家の崩壊』は「私」の自伝的小説として進んでいきます。
ある時「私」のもとに少年時代の親友ロデリック・アッシャーから手紙が届きます。支離滅裂な文面に、「私」はロデリックの精神状態を危ぶみます。
ロデリックの錯乱の原因は一族伝来の精神疾患にありました。この病を患うと異常に五感が鋭くなり、おぞましい妄想や不眠に悩まされるのだそうです。
友人の容態を心配した「私」は、荒野の辺境にたたずむアッシャー家を訪問します。
ロデリックは父祖から相続した屋敷で双子の妹・マデラインとひっそり暮らしていました。しかし「私」の到着からほどなく病に臥せっていたマデラインが息を引き取り、最愛の肉親を亡くしたショックから、ロデリックの症状は急激に悪化していきます。
静養中のロデリックを気遣い、二人で絵を描いたり読書をして過ごす「私」。マデラインの遺体はアッシャー家のしきたりにのっとり、地下室の棺に二週間ほど安置されるそうです。
アッシャー家に滞在するうちに「私」もロデリックの奇行に感化され、虚実入り混じる悪夢の出口を探し求めて彷徨うように。
マデラインの死から一週間後、深夜徘徊中にロデリックと遭遇した「私」。ロデリックは「君にはあの音が聞こえないのか?」と謎めいた発言をし、窓を開け放ちました。
窓の外には分厚い灰色の雲が立ち込め、アッシャー家を取り巻いていました。
怪奇現象の発生に動揺した「私」は、昂るロデリックを落ち着ける為、ランスロット・キャニングの『狂気の遭遇』を朗読します。ところが朗読中に不気味な音が響きだし、ロデリックが「マデラインがやってくる」と訴えるではありませんか。
やがて音が止み、血まみれのマデラインが重たい扉を押し開けて登場。マデラインに押し倒されたロデリックの心臓は恐怖で止まり、ただ一人生き残った「私」は、命からがら逃亡します。
荒野をひた走る「私」の背後で凄まじい轟音を響かせ、アッシャー家は崩壊したのでした。
登場人物
エドガー・アラン・ポーのおすすめ短編5選!ようこそ幻想と怪奇の世界へ!
作家のみならず、映画や音楽といった様々なジャンルにおいて、後世に多大なる影響を与えたエドガー・アラン・ポー。彼の作品における多様性は、その後のアメリカ文学そのものを形成したと言っても過言ではありません。そんなポーのおすすめの短編5作品をご紹介します。
- 著者
- ポー
- 出版日
- 2016-05-12
エドガー・アラン・ポーは1809年生まれ、1849年没のアメリカ合衆国の作家。ゴシックホラーの名手として知られ、代表作に『黒猫』『黄金虫』『ウィリアム・ウィルソン』が挙げられます。
史上初のミステリー小説の生みの親でもあり、『モルグ街の殺人』は元祖推理小説として高い評価を獲得しました。『モルグ街の殺人』に登場する素人探偵C・オーギュスト・デュパンは、シャーロック・ホームズの原型と噂されています。
『アッシャー家の崩壊』は「私」が旧友の手紙を受け取る所から幕を開けます。ロデリックの精神の変調を案じ、荒野に馬を飛ばした「私」は、アッシャー一族が住む館の威容に圧倒されます。
本作は『ねじの回転』『ジェーン・エア』の系譜に連なる、幽霊屋敷ものと解釈できます。
ゴシックホラーは18世紀末から19世紀初頭にかけて流行した、超自然的現象を扱った幻想作品群をさすジャンル名。舞台は主に西洋で、幽霊や怪物が登場し、古城や洋館で惨劇が繰り広げられます。物語の性質上ダークファンタジーとの区別が難しいですが、ゴシックホラーは読者に恐怖を与えるのを目的とした作品と定義付けられています。
『アッシャー家の崩壊』はゴシックホラー小説の偉大なる先駆けとして、文学史に不朽の金字塔を打ち立てました。
ゴシック小説のおすすめ作品5選!怖くても夢中で読んでしまう物語
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嘗て財を成したアッシャー一族ですが、先祖伝来の精神疾患に苛まれ、現在はロデリックとその双子の妹・マデラインしか残っていません。「私」はロデリックの歓待を受けるものの、到着まもなくマデラインが死に、不吉な兆しが館に渦巻き始めます。
タイトルはダブルミーニング。
マデラインと劇的な心中を遂げるに至ったロデリックの精神崩壊と、館の物理的な崩壊双方に掛かっており、「私」は二重の意味でアッシャー家の終焉を見届けた生き証人となりました。
エドガー・アラン・ポーは、「私」の目を通した館の様子を以下のように描写しています。
夢であったにちがいない、こんな気持を心から振りおとして、私はもっと念入りにその建物のほんとうの様子を調べてみた。まず、その第一の特徴はひどく古いということであるらしい。幾時代もたっているのでまったく古色蒼然としていた。微細な菌が、こまかに縺れた蜘蛛の巣のようになって檐から垂れさがり、建物の外側一面を蔽いつくしている。しかし、こんなことはみな、ひどく破損しているということではない。石細工のどの部分も崩れたところはなかった。そしてその各部分がまだ完全にしっくりしていることと、一つ一つの石のぼろぼろになった状態とのあいだには、妙な不調和があるように見えた。その有様を見ているとなんとなく、どこかのうち捨てられたあなぐらのなかで、外気にあたることもなく、永年のあいだ朽ちるがままになっていた、見かけだけはそっくり完全な、古い木細工を思い出させるのであった。
館の異様さがひしひし伝わってくる、非常に詳細な描写ですね。以降もことあるごと館のたたずまいに言及し、アッシャー家に迷い込んだ錯覚を読者に植え付けるのに余念がありません。
本作の主人公はずばり「館」。
語弊を恐れず言えば、この館に住んでいたからこそロデリックとマデリンは命を落としたのです。
環境が人間の精神に与える影響は絶大。曇天の下に広がる果てしない荒野、陰鬱な館で孤独に暮らすロデリックが狂気に陥った背景には、内的要因と外的要因が密接に絡んできます。
俗世間から隔絶された屋敷。そこで暮らす双子の兄妹の閉じた蜜月。
ロデリックがマデラインに捧げる病的な執着や愛情は、近親相姦のメタファーでした。棺から甦った死者が生者を迎えに来る心中エンドは、ある意味必然的な帰結といえます。
本作は唯一アッシャー家から生還した、「私」の一人称で綴られる物語。故に「信用ならざる語り手」ものにも分類できます。
アッシャー家を訪れた「私」は悪夢や妄想に囚われ、館を徘徊するようになります。
ロデリックは自分の症状を「アッシャー一族の遺伝病」と説明しますが、真実である保証はありません。
オカルト的観点の解釈を施すなら土地の呪い、大勢の死者が出た幽霊屋敷の呪い。風土病の疑惑も捨てきれません。その根拠として、「私」は行きに見た沼の印象を語っています。
私のいささか子供らしい試みの――沼のなかをのぞきこんだことの――唯一の効果がただ最初の奇怪な印象を深めただけであったことはすでに述べた。私が自分の迷信――そういってはいけない理由がどこにあろう? ――の急速に増してゆくことを意識していることが、かえってますますそれを深めることになったということは、なんの疑いもないことだ。
沼地が発する有毒な瘴気が住人の不調を誘発する……啓蒙の時代に相応しい合理的発想です。
作中、ロデリックが患った病気の詳細や不気味な物音の正体は明かされません。
終盤復活を遂げたマデラインは亡霊なのか、ロデリックの被害妄想が生んだ幻覚なのか?
鬱病の症状が五感の先鋭化や幻聴を含む以上、ロデリックと「私」が目撃した血まみれのマデラインや、アッシャー家の外に立ち込める暗雲もまた、単なる妄想の産物かもしれないのです。
それを踏まえて読み返せば、「私」が『狂気の遭遇』を朗読するシーンは大変示唆的。
何故エドガー・アラン・ポーは架空の作家の本を登場人物に読ませたのか。
気分転換が目的ならもっと適切な実在の小説があるにも関わらず、よりにもよって『狂気の遭遇』を読み聞かせた「私」は、アッシャー家の傀儡として動かされたのではないか。
さらに深読みすれば、「私」の訪問のきっかけとなったロデリックの手紙も、大いなる意志によって書かされたのかもしれません。全てはアッシャー家最後の生き残りにとどめをさす為の計画であり、「私」は館がロデリックに差し向けた刺客だったのです。
本作の醍醐味は「私」と一体化し、虚実錯綜する眩暈の虜と化すこと。
エドガー・アラン・ポーは洋館の細部を偏執的な緻密さで描写することで、ここでは何が起きても不思議じゃない、どんな悲劇や惨劇も起こり得ると読者に納得させるアトモスフィアを醸成しました。
「私」の体験は精神異常者の幻覚に過ぎないのか。アッシャー家は本当に呪われていたのか。真実はぜひあなた自身の目で確かめてください。
- 著者
- エドガー・アラン ポー
- 出版日
- 2009-03-28
- 著者
- 憲, 西崎
- 出版日
- 著者
- 菊池弘毅
- 出版日
『アッシャー家の崩壊』を読んだ人にはヘンリー・ジェイムズ『ねじの回転』をおすすめします。
本作は孤児の兄妹の後見人兼家庭教師として屋敷に招かれた女性が、奇妙な体験をする話。元使用人の亡霊に怯え、屋敷の秘密に翻弄される主人公の姿に、「私」の狼狽ぶりを重ねずにいられません。
ゴースト・ストーリーの本場、イギリスが生んだ傑作です。
ヘンリー・ジェイムズのおすすめ文庫作品5選!代表作は『ねじの回転』
ヘンリー・ジェイムズはアメリカ生まれですが、イギリスを中心にヨーロッパ各地を移住・旅行しながら執筆活動を続けました。心理主義の先駆と呼ばれ、絶妙で精緻な心理描写に秀でた作品が特徴で、彼独特の、驚くようなストーリー展開も魅力的です。
- 著者
- ["ジェイムズ,ヘンリー", "James,Henry", "高義, 小川"]
- 出版日
続いておすすめするのはシャーリィ・ジャクスン『ずっとお城で暮らしてる』。
片田舎の村で姉のコニーと二人で暮らすキャサリン・ブラックウッド。
他の家族が死に絶えた洋館を「お城」と称し、美しく病んだ箱庭で幸福な日々を送っていたものの、従兄弟のチャールズ―がコニーに求婚した事から、新たな悲劇が幕を開けます。
無垢なる少女が秘めた純粋な邪悪に焦点を絞った、幽霊屋敷ものの隠れた傑作です。
- 著者
- シャーリィ ジャクスン
- 出版日