角川スニーカー文庫より刊行され、瞬く間にベストセラーとなった駄犬『誰が勇者を殺したか』。本作は魔王を討伐したパーティーの中に潜んでいるかもしれない勇者殺しの犯人を見付けだす、ミステリー仕立ての小説です。小説家になろうに連載されていた頃から話題を呼んだ、本作の魅力とは何でしょうか?あらすじやキャラクターをネタバレ解説していきます。
遡ること四年前、弱冠12歳の王女アレクシアに少数精鋭の勇者一行が謁見しました。
見事魔王を討ち取った暁には褒美として勇者に娘を娶らせると宣言する国王。アレクシアは幼い身ながら政略の道具となる運命を諦念し、父の命令に従おうとします。
しかしパーティー代表の勇者アレス・シュミットはこれを拒み、アレクシアには自由に生きてほしいと告げ、仲間たちと共に旅立ちました。それから四年後、勇者一行は魔王を倒します。
その代償として勇者アレスは命を落とし、縁談は白紙に帰りました。
平和が訪れた王国は英雄の偉業を後世に伝える目的で伝記の編纂に着手。王都に帰還したアレスの仲間たち、騎士レオン・ミュラー、聖女マリア・ローレン、賢者ソロン・バークレイに聞き取り調査を行います。
彼等は勇者の養成機関として名高いファルム学院の卒業生で、在学中にアレスと知り合いました。貴族の子弟が集まる学院において、平民出身のアレスは決して秀でた才の持ち主ではありませんでした。家柄・容姿・能力は平凡そのもの、誰もがすぐ脱落するだろうと侮っていました。
されど周囲に軽んじられていたアレスには、絶対に諦めない不屈の心と努力を継続する意志が備わっていたのです。
アレスはレオン直々に剣技を学び、マリアに回復魔法の教えを受け、ソロンに攻撃魔法の指導を乞いました。最初はアレスを疎んじていた3人ですが、何度断っても諦めず稽古を申し込みに来る彼の熱意にほだされ、渋々付き合っているうちに心境が変化。
ファルム学院の最終試験で全滅の危機に陥った際、アレスに助けられたのが決定打となり、深い信頼を寄せるようになりました。
伝記の編纂を任された筆者は、勇者の死にある疑惑を持っていました。皆アレスとの出会いや冒険譚は生き生きと語るものの、彼の死の真相には口を濁すのです。筆者は仲間たちの態度を怪しみ、彼等の中に勇者を殺した犯人がいるのではと邪推し……。
登場人物
アレス・シュミット(中央) 本作の主人公にして勇者。山間の村出身の平民。容姿や才能は人並みだが常に前向きな努力家で、武芸や魔法の修得の為、異常なまでの研鑽を積んできた。魔王討伐時に死亡したとされているものの詳細は不明。
レオン・ミュラー(左端)剣聖の異名をとる高潔な騎士。アレスの友人を自称し、彼の剣の師匠を務めた。アレスと出会った当時は気位が高く、家柄や才能を奢る傲慢な男だった。
アレクシア(左から二番目)聡明な王女。当初は魔王討伐の褒賞として嫁がされる運命を諦めていたが、初対面のアレスの言葉で目が開く。アレスに淡い恋心を寄せていた。
ソロン・バークレイ(右端)神童の誉れ高い魔法の天才。博学なものの偏屈で人嫌い。アレスに攻撃魔法を教えた。アレスと出会った当時はその気難しさ故友達がおらず、学院で孤立していた。
マリア・ローレン(右から二番目)聖女として崇められる回復魔法の使い手。見た目は柔和な美人だが隠れドS。スイーツが大好きで度々アレスをパシらせていた。彼を憎からず思っていたらしく……?
- 著者
- ["駄犬", "toi8"]
- 出版日
『誰が勇者を殺したか』は2023年9月に角川スニーカー文庫より書籍化。作者の駄犬は44歳の時に小説家になろうに初投稿し、たちまちヒット作を連発します。『誰が勇者を殺したか』は連載二作目。一作目は『モンスターの肉を食っていたら王位に就いた件』で、こちらはGCN文庫より書籍化。鈴羅木かりんが作画を担当するコミカライズも進んでいます。
- 著者
- ["駄犬", "芝"]
- 出版日
イラストはtoi8。タイトルの由来はマザーグースの童謡、『誰が駒鳥殺したか』です。
『誰が勇者を殺したか』を一言で漸くすると、「魔王討伐から始まる勇者殺しの犯人探し」。物語スタート時点で既に魔王は討たれ、世界には平和がもたらされました。勇者一行の後日談、帰還後の日常を描いた点は、人気ファンタジー漫画『葬送のフリーレン』(山田鐘人/アベツカサ)と似ていますね。
本作の特徴は関係者へのインタビューとアレス視点の回想が交互に挟まれること。
インタビュアーの素姓は終盤まで伏せられており、これも重大な仕掛けとなっています。
レオン・マリア・ソロンと順番に聞き取りを行うなかで、筆者はアレンの死に纏わる疑惑を深めていきます。彼等は何故アレスの死因をぼかすのか、勇者を葬ったのは誰なのか……たった267ページの中に魅力的な人物描写やストーリーがギュッと凝縮され、夢中になって読んでしまいました。
一巻で綺麗に完結しているのも美点。それでいてエピソードは過不足なくまとまり、本の厚さと満足度は必ずしも比例しないと証明します。
仲間の証言により外堀が埋められ、努力オバケなアレスのキャラクターが次第に立ち上がってくる構成も秀逸。前半に仲間の回想、後半にアレス視点の回想を配置することで、双方の心情や盲点を補完できます。
『誰が勇者を殺したか』はファンタジーミステリーと銘打たれているものの、実際の所ミステリー要素は控えめ。アレスの成長や仲間たちとの友情に焦点を当てた、ヒューマンドラマに比重が割かれています。
とはいえ、どんでん返しはしっかり用意されているのでご安心を。「勇者」を殺した犯人とその残酷な真相が暴かれる後半は、切なすぎるダブルミーニングが胸を打ちました。
王妃関連で追加されたテンプレ感の否めない「ある設定」も、困難を超克する信念の崇高さを引き立てる、良いギミックとして機能しました。
インタビュー方式のメリットは取材対象への感情移入がシームレスに捗ること。レオン・マリア・ソロン……いずれ劣らぬ英雄として尊敬を集める勇者パーティーが、個人単位では必ずしも完璧超人として描かれてない所に留意してください。
才能に秀でた彼等も人としての弱さを克服できず、愚かしい欠点や弱点を持っています。名家出身のレオンは平民を見下し、マリアは社交辞令に縛られた人間関係に倦み疲れ、陰キャコミュ障のソロンには友人がいません。全員人格に難あり、ぶっちゃけ嫌な奴らです。
そんな彼等がアレスと出会い、見直し、心を開き、自分と異なる価値観を持った他者と交わり、大事なことを学び直す過程は群像劇の真骨頂!内実ともに男前なレオンは言うに及ばず、ドS聖女マリアやツンデレをこじらせたソロンの言動には、萌えがたっぷり詰まっていました。
特にソロンの根回しは素晴らしく、アレスへのナイスフォローの数々に感動!本作で人気投票をしたら上位に食い込むと予想します。
ファルム学院回想シーンは勇者一行の前日憚ともいえる輝かしい青春パート。この章でアレスの凄まじい特訓内容や、自身に並外れた努力を課すやストイックな人間性を掘り下げたからこそ、後に明かされる真実……本当の勇者を殺した少年の、贖罪としての生き方が説得力を増すのです。
才能はあれども精神的に未熟だった若者たちが、努力の天才の凡人に感化され、大小の衝突を繰り返しながら信じ合える仲間となり、魔王を倒す王道展開が好きな人はドハマりします。
ヒロインのアレクシアも大変魅力的で、地のはてまでも初恋の人を追いかけていく、積極性に惚れ直しました。
- 著者
- ["駄犬", "toi8"]
- 出版日
『誰が勇者を殺したか』(駄犬)を読んだ人には、週刊少年サンデーで連載中の『葬送のフリーレン』(山田鐘人/アベツカサ)をおすすめします。単行本は既刊12巻以下続刊。
『葬送のフリーレン』は魔王討伐後の世界を生きる、長命エルフの魔法使い・フリーレンが主人公の漫画。老衰により他界した勇者ヒンメル。彼の生前に人間を理解する努力をしなかった怠慢を悔やみ、人を知る為の旅を続けるフリーレンには、償いとして勇者を目指すアレスと同じ強い信念を感じました。
魔法を体系立てたハイファンタジーの世界観や、ヒューマンドラマを主軸とする丁寧な話運びも親和性が高いです。
- 著者
- ["山田 鐘人", "アベ ツカサ"]
- 出版日
続いておすすめするのはカクヨム発のライトノベル『異修羅 新魔王戦争』(珪素/クレタ)。2024年1月からDisney+独占配信のアニメも始まっています。
本作は人間・亜人、その他様々な種族が交わり暮らす異世界を舞台に、最強を決める異能トーナメントの趨勢を描いた話。カクヨム掲載版から大幅に加筆修正され、新キャラ加入に伴いストーリーが複雑化した単行本も要チェック。
最高に熱くて滾る、チートバトルの行く末をぜひ見届けてください。
- 著者
- ["珪素", "クレタ"]
- 出版日
- 著者
- ["メグリ", "クレタ", "珪素"]
- 出版日