『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』はタイトルにも入っていますが、漫画もアニメも人気が高い『僕のヒーローアカデミア』の公式スピンオフ作品です。ヒーローでもヴィランでもない、グレーゾーンのヴィジランテにフォーカスを当てた異色作。 ストーリーは本編から数年前の出来事ですが、『僕のヒーローアカデミア』を知らなくても単独の作品として読めるように作られています。本編に繋がる要素が多数あるため、知っているとより楽しめます。 そんな『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』ですが、2025年4月にアニメがスタートしました。そこで一体どんな物語が綴られるのか、原作漫画の内容から魅力を深掘りしていきます。紹介の都合上、一部ネタバレを含むのでご注意ください。

漫画『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』(以下、「ヴィジランテ」)は、堀越耕平の人気漫画『僕のヒーローアカデミア』(以下、「ヒロアカ」)の公式スピンオフ作品です。
2016年8月に「少年ジャンプGIGA」で連載スタート。同年12月に漫画アプリ「少年ジャンプ+」へ移籍し、2022年5月まで約6年間連載されました。コミックスは全15巻。
「ヒロアカ」といえばご存知の通り、コミックスの世界累計発行部数1億部を超える大人気ヒーロー漫画です。漫画は2024年8月に完結(最終巻の第42巻は同年12月発売)しましたが、アニメシリーズも好調で2025年秋にFINAL SEASON(第8期)が放送予定。
「ヒロアカ」はヒーロー志望の学生とプロヒーローが、秩序を乱すヴィランと戦う物語です。しかし、総人口の8割が“個性”を持つ超常社会には、ヒーローでもヴィランでもない人たちが少なからずいます。
この記事で取り上げる「ヴィジランテ」は、そういった本編ではスポットの当たらないヒーローではない善意の人たち――非合法な活動を行う自警団(ヴィジランテ)の活躍が描かれる外伝的作品です。
スピンオフではあるものの、本編とは完全に地続きになっており、関連を思わせる設定や展開が多々登場する「ヴィジランテ」。連載時点でも読者からの評価の高かった本作ですが、「ヒロアカ」アニメのFINAL SEASONに先駆けて、2025年4月にアニメ化されることが決定しています。
真新しい市街地と廃墟じみた古い街並みが混在する場所、東京都鳴羽田(なるはた)区。そこは開発が中途半端に滞っているせいで区画が入り組んでおり、都内にもかかわらずプロヒーローの目が届きづらい厄介な地域でした。
鳴羽田はいわば超常社会の死角。“個性”を勝手気ままに使う者が珍しくありませんでしたが、そこで暮らすコーイチこと灰廻航一(はいまわりこういち)は人助けに“個性”を使うお人好しでした。
ある時コーイチは、インディーズアイドルのポップ☆ステップが暴漢に襲われる現場に居合わせます。“個性”の有無に関係なくどこででも起こりえる、社会から見ればごく小さな事件。プロヒーロー、ましてやオールマイトが出動するほどでもないケース……コーイチは咄嗟に体が動いて助けに入りました。
それがきっかけとなり、コーイチは自警活動を行う「鉄拳掃除人」ナックルダスターに目を付けられ――もとい素質を見込まれて、非合法のヒーロー活動、ヴィジランテへの道に足を踏み出すことになります。
突如として“個性”が社会に現れ始めた超常黎明期、混乱を治めるべく自発的に秩序を守ろうとした自警団がいた――その自警団が法整備によってプロヒーロー制度に繋がった、というのが「ヒロアカ」本編でも語られる世界の根幹設定です。
非常に魅力的で気になる設定ですが、ご存知の通り本編はヒーローの戦いが激化する一方なこともあり、自警団=ヴィジランテについての掘り下げはされませんでした。
「ヴィジランテ」は文字通り、そんなヴィジランテの活動にフォーカスを当てた物語です。ヒーローではない者たちによる、プロヒーローの手がさまざまな制約や条件から届かない場所、事件で見せる活躍を楽しめるのが「ヴィジランテ」の魅力! 個性社会の光と闇……というかその間にあるグレーゾーンが興味深いです。
「ヒロアカ」の番外編という位置づけですが、世界観は完全に地続きなので単なる派生作品ではなく、ほぼ本編の世界を拡張する前日譚と言っていいでしょう。
ちなみに詳細な時代は明かされていませんが、大雑把に緑谷出久たちが小学生くらいのころだとか。だいたい4~5年前と本編に近い時間軸の物語なため、本編に登場するヒーローやヴィランが顔を見せたり、予想外の伏線が出てくることも……。「ヒロアカ」に直接繋がるストーリーなのが本当にたまりません。
本編では様々な理由から、不利な条件で戦わざるを得なかったオールマイトの現役時代、全盛期を見られるところもおすすめしたいポイント。メインキャラクターではないので出番は限られていますが、オール・フォー・ワンが正面対決を嫌ったインチキっぷりを存分に味わえます。
「ヒロアカ」を知っているとより楽しめる作りになっていますが、逆知らなかったとしても不都合はありません。単独作品としての完成度がとても高いので、「ヴィジランテ」から「ヒロアカ」に入るのも全然あり。
「ヴィジランテ」は「ヒロアカ」の世界を広げるのと同時に、作品単独でも成立する希有な作品です。理想的なスピンオフ、2次創作と言っても過言ではありません。
コーイチこと灰廻航一は本作の主人公です。のちにヒーローや鳴羽田住民から「鳴羽田のヴィジランテ」と認知されることになる青年。
外見はパッとせず、良くも悪くも普通。物語開始時点では大学1年生で、バラ色のキャンパスライフを夢見たものの、間の悪さと運の悪さで大学デビューに失敗しました。
底知れないお人好しで、困った人がいたら助けずにはいられない性格です。オールマイトに憧れてヒーローを目指していましたが、色々あって挫折してしまいました。
しかし、ヒーローになること自体は諦めたものの、趣味で人助けは続けています。日常生活のストレス解消の名目のもと、オールマイトなりきりパーカーをユニフォームにして夜な夜な活動しています。自警活動は違法行為ではあるものの、積み重ねた実績と信頼はプロヒーローからも一目置かれるほど。
その一方で良くも悪くも抜けており、そんなところが放っておけないと思わせるのか、不思議なほど人望が厚いです。
当初は「親切マン」を自称していましたが、ヴィジランテ活動を始めてからはヒーロー名を意識して「ザ・クロウラー」に改名。ただし仲間も含めてザ・クロウラーと呼ぶケースはまれで、たいていはザ・クロウラーの語感と親切マンが混じって「苦労マン」と呼ばれます。
ちなみにザ・クロウラーは登場時に「俺は○○△△男! ザ・クロウラー!」といった感じ口上を言いますが、これはポーズも含めて日本制作の特撮ドラマ『スパイダーマン』(いわゆる東映版スパイダーマン)のパロディです。
キャラクターとしてのコーイチのコンセプトは、オールマイトに出会えないまま成長したが大人になりきれていないデク。咄嗟に人を助ける性格や戦闘向きではない能力(無個性のデクと違ってコーイチは一応個性持ちですが)、コスチュームのシルエットなどに共通点があります。
コーイチの“個性”は「滑走」です。手足を接地した状態で発動し、平面を滑って移動出来る能力。
摩擦を0にして滑るのではなく、反発力で少し浮いているため、ある程度平らなら地面だけでなく壁面も落ちずに滑走可能です。
一見すると便利そうですが、手足のうち3点以上(両手と片足もしくは片手と両足)が平面についていないといけない上に、安全に制御するためには自転車程度のスピードしか出せません。小回りは利くので緊急時の避難誘導、ヴィラン相手に囮役をして時間を稼ぐのが主な役目。
当たりハズレで言えば、かなりハズレな方の弱小“個性”……なのですが、経験豊富なヒーロー(特に兄の方のインゲニウム)のアドバイスや数多くの実戦を経て、応用の幅が広い“個性”へと進化してきます。
ナックルダスターはコーイチの師匠を自称し、「師匠」と呼ぶように強制する謎の中年男性。
コーイチをヴィジランテ活動に引き込んだ張本人であり、それまで人知れず密かに活動していた鳴羽田周辺の元祖ヴィジランテです。拳に物を言わせる武闘派で、問答無用で悪人を殴り倒してしまう行きすぎた正義の人。「鳴羽田のヴィジランテ」の一員ですが、彼だけ活動範囲は鳴羽田の外まで及んでいます。
体格はかなり筋肉質でイカつく、顔には右眉の上から左頬にかけて目立つ切り傷があります。年齢は不明ですがおそらく40代。ヴィジランテ活動での素行が悪目立ちするせいで、不良やチンピラからは「怪人」だの「ゲンコツジジ」だのと呼ばれて恐れられる存在です。
表向きには黒岩武司を名乗って、地域治安のための夜回りや清掃のボランティアを行うNPO法人「シビルアシスト」鳴羽田エリア代表を務めています。普段の素行とあまりにもかけ離れているせいでコーイチたちは嘘だと思っていますが、少なくとも黒岩姓は偽名。本名は「雄黒(おぐろ)」で、入院中の妻と、もう1人家族がいるらしく……。
「悪党を殴るとスカッとするぞ」(『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』第1巻より引用)
ヴィジランテ活動では素性を隠すために黒のマスクで顔の上半分を覆い、コートを羽織ります。
主武装は名前の由来となっているナックルダスター(メリケンサック)。フック付きのロープで変幻自在に飛び回り、接近して強烈な一撃を繰り出します。
筋骨隆々で考えるより先に手が出ているように見えるため、とんでもない脳筋……かと思いきや、意外なほどの頭脳派。事前準備と綿密な計算の果てに、可能ならごり押しするのが合理的だと判断しているだけです。
実はアーミーパンツなどに小物を仕込んでおり、手持ちのアイテムや環境を利用して戦うのも彼のスタイルです。
キャラクターのコンセプトはバットマン。万能のヒーローたるオールマイトをスーパーマンになぞらえて、その対局にあるのがバットマンだからだそうです。
他にも多くの面でオールマイトと対照的な設定になっており、すべての人のために戦う平和の象徴=社会正義と個人的な正義、最強の“個性”と“無個性”、オールマイトの代名詞「私が来た」とナックルダスターの決め台詞「俺がいる」……などなど。
またナックルダスターはコーイチを導く存在なので、そういう意味でも対応しています。
コスチュームはおそらく、『デアデビル:マン・ウィズ・アウト・フィアー』時のデアデビルがモチーフ。神出鬼没で自分の信念に絶対の自信があり、ロープ状のもので移動してありもので戦うところは『ウォッチメン』のロールシャッハを思わせます。
そんなナックルダスターの“個性”はありません。彼は“無個性”なのに、無資格のヒーロー――ヴィジランテ活動をしているある種の狂人です。
作中でもある騒ぎで“個性”の乱用と間違われ、すでにプロヒーローになっている「イレイザー・ヘッド」相澤消太に取り締まられかけますが、抹消で“無個性”と判明して見逃されるシーンが出てきます(一般人の暴力沙汰は警察の仕事なので)。
ただ、“無個性”にしてはやけに“個性”を使った戦闘を熟知しているため、過去に何かありそうですが……。
羽根山和歩(はねやまかずほ)は、届け出をせずに無許可でゲリラライブを行う自称アイドルです。仲間たちからの呼び方は「ポップ」。
コーイチとナックルダスターが初めて出会った事件に居合わせた被害者で、彼らの不器用で乱暴すぎる活動を見過ごせず、なんとなく関わるうちに「鳴羽田のヴィジランテ」の一員になっていました。
ヴィジランテ活動中はなかなかきわどい格好をする彼女ですが、普段は野暮ったい眼鏡とぼさぼさ髪でかなり地味な少女です。
チーム内で1番しっかりしているものの、1番年下の女子学生。それでいて相対的にもっとも常識人なため、年上の2人を差し置いてチーム内でツッコミをこなし、やりすぎないように(主にナックルダスター)コントロールする役目を担っています。
口ではぶつぶつ言って素直な気持ちを見せませんが、コーイチの世話を焼くのはまんざらでもない様子。それには理由があって……。
ポップ☆ステップはポップが以前から、個人的に行っていたアイドル活動での名前と姿です。申し訳程度に目元をメイクで塗って正体を隠し、黒を基調としたレオタード+超ミニスカートという出で立ちが基本となっています。
レオタードはスタイルの浮き出たきわどい仕様で、下半身はほぼ丸出し。その上で特別上手いわけでもない自作の歌を公共の場で披露することから、「ちょっとイタいJK」とインターネットで揶揄されることもあるようです。
実際のところは固定ファンがつくくらいには人気があり、地元百貨店が主催する「なるフェス」などで本当にアイドルのような活躍を見せます。
キャラクターデザインのモチーフは、桂正和のSFラブコメ『SHADOW LADY』の主人公シャドウレディ。『SHADOW LADY』は映画版バットマンをイメージした作品なので、間接的にポップもナックルダスターと同じバットマンモチーフということになります。
ポップの「跳躍」はジャンプ力を強化する“個性”です。軽くジャンプするだけで、普通のビル程度の高さまでふわっと飛び上がることが出来ます。
使いやすそうに思えますが、いまいち融通が利かないのが玉に瑕。跳躍はあくまで接地面から「跳ねる」という行為に作用する“個性”で、キック力がアップしているわけではないため攻撃には不向きです。しかも「飛行」や「浮遊」ではないので、高所から落ちた場合、何かを足場にして跳躍しなければそのまま地面に激突してしまいます。
そのためポップの役割はインターネットを通じた事前の情報収集、事件発生時には跳躍を活かした連絡や避難誘導係、移動のサポートといった裏方がメインです。
コーイチがヒーローになるのを諦めたのは、5年前に出くわしたある事故がきっかけ。
当時中学3年生だったコーイチはヒーロー科を志望(雄英かどうかは不明)して上京し、入試を受けるはずでした。ところが入試当日の朝、慣れない道で迷った彼は、偶然にも子供が水路に落ちて溺れている現場に遭遇します。
すでに遅刻寸前で、急がないと試験会場に間に合わない――。それを承知の上で、コーイチは救助に向かいました。子供を助けてから会場に向かったものの、残念ながら間に合いませんでした。
コーイチにとってその過去は、残念な出来事であると同時にちょっとした勲章だったのですが……実はその時に助けた子供こそ、まだ幼かったポップだったのです。
「あたしにとってはずっと
あなたは本当のヒーローだから」(『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』第2巻より引用)
受験シーズンの寒い季節、水に濡れて凍えるポップに、コーイチは躊躇わずお気に入りのオールマイトパーカーをかけてあげました。それ以来、ポップはパーカーを宝物にして、恩人を密かに探していたのです……。
「ヴィジランテ」のストーリーは小さな事件の積み重ねが、だんだんと大きな出来事に収束していきます。
物語に影響する重大展開に注目してざっくり分けると、3つのメインストーリーと1つの番外編に分けられます(非公式の筆者独自分類)。4巻までの「突発性ヴィラン編」と8巻前半までの「改造ヴィラン編」、イレイザー・ヘッドたちの過去に踏み込んだ番外の「相澤少年編」、そして最終章「鳴羽田ロックダウン編」です。
「ヴィジランテ」の今回のアニメ化では、「突発性ヴィラン編」から「改造ヴィラン編」が中心になるでしょう。
突発性ヴィランとは、“個性”持ちの普通の人々が“個性”因子誘発物質(イディオ・トリガー、通称トリガー)を注射されて、前触れなくヴィランのように暴れ出してしまう一連の事件のこと。「ヒロアカ」本編にトリガーらしきものが登場したり、強化版がアニメ映画の“個性”因子誘発爆弾(イディオ・トリガーボム)として登場したりしています。
突発性ヴィランは文字通り、いきなり暴れ出すのが特徴です。ヴィランの兆候がない普通の人がなるせいで、事件が起きてから動くヒーローは性質上どうしても後手に回らざるを得ません。
そこで輝くのが鳴羽田のヴィジランテ。彼らはトリガー常用者の特徴を把握しており、怪しい者に目星を付けて先手を打つ――声かけやナックルダスターがボコるなど、事件が本格化する前に被害を抑えるために色んなことに首を突っ込んでいきます。
「ソーガ」こと釘崎爪牙(くぎざきそうが)と彼の連れ、十日夏ラプト(とおかげラプト)と灯地燃(とうちもゆる)は鳴羽田のヴィジランテ――というよりナックルダスターの協力者です。
元々はコーイチとナックルダスターが出会うきっかけとなった事件の当事者。初登場時は衝動的にポップを襲ってコーイチに理不尽な暴力をぶつけようとするなど、未然に防がれたから良かったものの、印象的にはほぼヴィランでしかない不良でした。
彼らはトリガーを巡る事件で被害者として巻き込まれ、一度は突発性ヴィランと化します。……が、コーイチたちの尽力もあって無事生還。日常に紛れてトリガーの効果を実験する、何者かの暗躍がこの一件から徐々に浮かび上がってきます。
ソーガたちはその後ナックルダスターに拾われたらしく、鳴羽田のヴィジランテを影から支える協力者になることに。ヒーローになれずヴィジランテになったコーイチに対して、ソーガはヴィランにならざるを得ない境遇からヴィジランテになったキャラと言えるでしょう。
「ヴィジランテ」にはソーガのように、ヴィラン一歩手前で改心した者や被害者が協力するようになる例がいくつも出てきます。
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
鳴羽田エリアの高速道路で、危険走行を繰り返してはどこかへ消える愉快犯ヴィランの出現。要請を受けてインゲニウムが出動しますが、予想外の反撃を受けて取り逃がしてしまいます。
ヴィランが再び出現すると読んで、下見を兼ねて鳴羽田周辺を早朝ジョギングするインゲニウム。彼はそこで人知れず「滑走」の練習をするコーイチと出くわすのでした……。
先代インゲニウム、飯田天晴にフォーカスを当てたエピソードは「ヒロアカ」ファンなら見逃せません。先代インゲニウムが本編で悲劇に見舞われる前、どんなヒーローだったのか、仕事ぶりから彼の本来の姿が語られます。
スピンオフの特性を活かして、本編のヒーローが鳴羽田のヴィジランテと共演する展開が途轍もなく熱い! インゲニウムがコーイチの“個性”に可能性を見出し、アドバイスした上でサイドキックから本職を目指すという、ヒーロー科に入学する以外のプロヒーローへの道を提示するのも大きいです。
プロヒーローの掘り下げと世界観の拡張を楽しめる、「ヴィジランテ」の醍醐味が詰まったストーリーと言えます。ちなみにインゲニウムはこの後もしばしば登場し、単なるゲスト以上の頼れるプロヒーロー像を見せてくれます。
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
突然暴れ出した突発性ヴィランに対し、時間稼ぎと被害を避けるために駐車場へ誘い込んだコーイチ。ところがヴィランが路面を破壊するせいで回避の難易度が上がり、ヒーロー到着前に窮地に陥ってしまいます。そんなコーイチを救ったのは、スタンダールと名乗る新たなヴィジランテでした――。
このスタンダールはヴィジランテではあるものの、コーイチたちとは明らかに立ち位置が別。彼の登場によってヴィジランテがヒーローとヴィランの境界上にある、グレーゾーンの存在だということがわかります。
スタンダールは日本刀や投げナイフを駆使する武闘派。自分の中に確固たる正義を持つタイプで、悪と定めた者は容赦なく裁きます。ヴィランだとしても人命を優先するコーイチたちと違って、殺傷を躊躇しません。
スタンダールを一言で言えば、歪んだ英雄思想の持ち主。私欲なく悪と戦うナックルダスターを「先達」と呼んで一目置いているものの、結局ヴィジランテ活動のスタンスの違いで対立することに。
スタンダールの“個性”自体は特別強いわけではありませんが、日本刀を主体とした近接戦闘能力がずば抜けて高いです。しかも分析力も極めて高く、相手の“個性”や戦闘スタイルを見抜いて対応してくる強敵。
デザインのモチーフは特にないようですが、赤と黒の左右2色に分かれた仮面と、サムライか忍者を思わせる出で立ちが特徴的です。
仮面を被った「スタンダール」を別人格と定義し、自分自身は英雄に奉仕する凡人と言い放つ辺りからすると、設定はウォルター・コバックスが元ネタになっていそう。
このコバックスは『ウォッチメン』のロールシャッハの本名。元々は模範的なヒーローでしたが、とある凄惨な事件を経て自己を捨て去り、冷酷非情なクライムファイターになりました。
スタンダールは同じヴィジランテでも、ギリギリでヒーロー側のナックルダスターとの対比で、一線を越えたキャラクターとして設定されています。そのため、両者はコバックス=ロールシャッハで共通する要素がモチーフに選ばれたのではないでしょうか。
スタンダールの名称は、フランスの作家スタンダールに由来します。有名な著書は小説『赤と黒』。
「ヴィジランテ」のエピソードを経たスタンダールは物語から退場しますが、ナックルダスターの影響で新しい価値観に目覚めた彼は、やがて後々まで続く影響を残すことになります……いつまでも消えない血痕の染みのように。
マルカネ百貨店鳴羽田店のリニューアルに伴うオープニングイベントに、出演者としてオファーされたポップ。当初カラオケ大会レベルの催しでしたが、コーイチが大学の先輩・マコトこと塚内真(つかうちまこと)に協力を仰いだところ、彼女がとんでもない手腕を発揮してしまいます。
複数のプロヒーロー巻き込んだ一大イベント「鳴羽田フェスティバル」、通称「なるフェス」――地域レベルを超えたお祭り騒ぎになり、突発性ヴィランを量産して実験を繰り返す黒幕も目を付けました。それらの裏で、ナックルダスターは密かに突発性ヴィラン事件の犯人と思われる蜂須賀九印(はちすかくいん)の行方を追っていきます……。
これまで突発性ヴィラン事件の裏で活動し、姿だけはちらほら見せていたヴィランの蜂須賀にフォーカスの当たるエピソードです。
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
蜂須賀は左目の眼帯と常に羽織っているスカジャンがトレードマークの女子高生。今時の若者らしく軽いノリで友人やワケアリの大人と付き合っていますが、それと同じ調子で悪気なく悪事に手を染めています。思想もこだわりもなく、普段は社会に紛れているので一般人と区別が付かない、非常にたちの悪いヴィランです。
突発性ヴィランの原因であるトリガーをばら撒いてきた張本人。ただし彼女はあくまでバイトで悪事を請け負う実行犯でしかなく、そのバックには警察から「敵工場(ヴィラン・ファクトリー)」と呼ばれる謎の組織が控えています。
蜂須賀は普段眼帯をしている左目から、働き蜂を出し入れして使役する「女王蜂」の“個性”を持っています。無数の働き蜂を操作して偵察したり、離れた場所へ伝令を送ったりすることが可能。
働き蜂は痛覚を含む感覚が蜂須賀と繋がっているらしく、蜂への攻撃は本体にもダメージがあります。とはいえ蜂は数が多いせいか、1匹潰す程度ではほぼ無意味。
裏方向きの“個性”なので大した戦闘力はありませんが、真の脅威はトリガーとのコンビネーション。働き蜂の腹にトリガーの成分を溜め込み、それを蜂の針で突き刺して投与することで、いつでもどこでも好きな相手を突発性ヴィランに変化させられます。
トリガーは理性を失わせる効果があるため、一度に無差別かつ大量に突発性ヴィランを生み出せば大変なことになります。そして無差別投与の他にも切り札が……。
女王蜂の“個性”の元ネタは、おそらく『ジョジョの奇妙な冒険』第4部に登場する矢安宮重清のスタンド「ハーヴェスト」。
父親が娘の教育を母親に任せきりにして、家庭を顧みなかったとある家族。成長した娘はやがて音楽の道に進もうとしましたが、厳格な父親はそれを許しませんでした。反発して家を飛び出した娘は、身分を隠し言葉巧みに近付いてきたヴィランの誘いに乗ってしまい……。
父親の名前は雄黒巌(おぐろいわお)。娘の家出と前後して職を失い、妻は重病に倒れ、娘も行方不明。私生活で荒れに荒れた彼は、やがて娘がヴィランとトリガーに関係していることを知ると、何かに取り憑かれたかのように拳1つで独自捜査を始めました。
雄黒巌――またの名をナックルダスター。そして蜂須賀九印と名乗るヴィランこそ、ナックルダスターの実の娘・雄黒珠緒(たまお)だったのです。
突発性ヴィラン編のクライマックスに当たるこのエピソードでは、「なるフェス」の開催と突発性ヴィランが引き起こした事件、それらの裏で蜂須賀を追い詰めていくナックルダスター――別々の3つの出来事が同時進行します。
表にも裏にも通じる「ヴィジランテ」らしさの溢れた展開は、アニメになっても見所しかない映像になるはずです。
すべてが終わったあと、データを回収しに来た顔に傷のある男が呟くセリフが非常に印象的。
「蜂の巣に蜜が集まるように
やがて“全”は“個”に至る
なんてな♪」(『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』第4巻より引用)
紹介の便宜上分けていますが、突発性ヴィラン編の終盤にも改造ヴィランは出てきますし、ストーリーは完全に地続きです。ただし季節だけは進んでいて、改造ヴィラン編は作中で数ヶ月経過して冬になっています。
改造ヴィランはヴィラン・ファクトリーが突発性ヴィランをさらに推し進めたもの。常人なら致死量のトリガーを過剰摂取させるために、ファクトリーが突発性ヴィランの中から見込みのある者を厳選して、肉体改造で強靱な身体機能を与えたのが改造ヴィランです。
“傷顔の男”と呼ばれる新たなヴィランが改造ヴィランを使って、深く静かに、しかし着実に社会を浸食していくのが非常に不気味。
改造ヴィラン編ラストで一気に注目を集めるのがクリストファー・スカイライン、ヒーロー名「キャプテン・セレブリティ」です。通称「C・C」。
ヒーローの本場アメリカのメジャー級ヒーローの1人ですが、プライベートでトラブルが相次ぎ、スキャンダルや訴訟に追われてヒーロー活動が困難に。そのためほとぼりが冷めるまで活動拠点を日本に変えた、というちょっと困った経緯の持ち主です。
豊かな金髪をこれ見よがしにそよがせるロングツーブロックの髪型、常に笑みを絶やさないケツアゴにぴっちりスーツのマッチョ体型、ナルシスト&イヤミな言動……と外見は完全に古き良き時代のステレオタイプなアメリカ人男性。
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
C・Cにフォーカスが当たるのは改造ヴィラン編ですが、登場自体は結構早くて第3巻の時点で来日していました。とある経緯でマコトが日本でのマネージャーになって以来、完全に彼女に手綱を握られて、硬派路線への切り替えでイメージ回復に成功しています。鳴羽田の地域活性や、コーイチらのヴィジランテ活動にいいように使われることも……。
当初は劇中でも読者にもちょっと嫌われ者でしたが、深く考えない性格とサービス精神の空回りが失言と誤解を生みがちなことがわかってからは、愛嬌のある憎めないキャラクターという評価に変わりました。
C・Cが主に登場したのは、「ヒロアカ」本編の連載でいうと死穢八斎會~クラス対抗戦のころでした。そのため特にアメリカの掘り下げはありませんでしたが、「ヴィジランテ」のアニメ化にあたってC・Cの本場での描写に、本編終盤で強烈な印象を残した「新秩序」の彼女がちらっと出てくるかも知れません。
C・Cの“個性”は単純明快な「飛行」です。より正確に言うと、外気や衝撃を遮断し、推力を発生させる特殊な力場エアロダイナミックフィールドで全身を覆うのが彼の“個性”の本質。
フィールドは拡張することも可能で、自分と自分が触れた物体を飛ばすことのできるシンプルにして強力な力です。応用すれば攻撃にも防御にも使えます。
一方で力場の作用点を集中させて動かす、力場の範囲を広げるといった操作を行って自身を覆うフィールドが薄くなると、防御性能が低下してダメージが通りやすくなる弱点があります。
1年以上の活動でだいぶ日本に馴染んだC・C。好感度と注目度がアップしているタイミングで、本国のごたごたが片付いたことから帰国が発表されました。
マネージャーのマコトは世論の反応を敏感に察知すると、鳴羽田地元民向けのこじんまりしたC・Cお別れイベントを急遽企画変更し、5万人収容出来る空中ドーム「東京スカイエッグ」でのビッグイベントをぶち上げます。現役プロヒーローを多数ゲストに招いた日米ヒーロー交流「キャプテン・セレブリティファイナルステージ」。
イベントは大盛況で、大成功のうちに終わるはずでした。ところが同日行われた、警察とヒーロー合同捜査班によるファクトリー関連研究施設への強制捜査で、事態は大きく変わってしまいます。捜査の寸前で脱出した“傷顔の男”は、量産タイプの改造ヴィラン「爆弾魔」を多数引き連れ、行きがけの駄賃にスカイエッグ襲撃を企てたのです……。
“傷顔の男”はスカイエッグのセキュリティを逆手に取って、5万人の一般人とプロヒーローを閉じ込めることに成功します。戦えるのは偶然展望スペースにいて、改造ヴィランの襲撃に気付いたC・Cとコーイチだけ。
空中ドームのタワーを狙われ、ドーム部分の落下を防ぐために全力で支えるC・Cに対して、爆弾魔は肉体の爆破と再生を繰り返して猛攻撃を仕掛けます。
人命最優先で防衛に徹するC・Cとそれをサポートするコーイチ。改造ヴィランがC・Cを倒すのが先か、異変を察知したプロヒーローの救援が間に合うのが先か――。手に汗握る「ヴィジランテ」史上最大級の大事件の結末から目が離せません。
ド派手な事件の裏側にも注目。
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
合理的に犯罪者を取り締まる抹消ヒーロー「イレイザー・ヘッド」。
「ヒロアカ」本編でも馴染み深い「イレイザー」こと相澤消太(あいざわしょうた)ですが、「ヴィジランテ」には雄英教師になる前の姿、ほとんど表に出ずに犯罪者専門で活動するアンダーグラウンドヒーローとして登場します。
合法非合法を問わない数年前のイレイザーのスタンスは、かなりヴィジランテ寄りのヒーロー。しかお本作では鳴羽田が地元だと設定されており、「ヒロアカ」のプロヒーローの中でも特に登場回数が多いです。コーイチらのヴィジランテ活動を黙認……というか合理的に考えて見て見ぬ振りしつつ、たまに協力もする準レギュラー。
そんなイレイザーの過去エピソードが、8巻後半から9巻前半にかけて「ヴィジランテ」番外編として描かれます。少年の相澤が合理主義者イレイザー・ヘッドになる重要な転機で、ほぼ本編と言っていい濃密なストーリーです。「ヒロアカ」ファンとイレイザー好きは必読。
今回の「ヴィジランテ」アニメの範囲に入っているかはわかりませんが、読者からの評判が非常に高かったエピソードなので、いずれ映像化されることでしょう。
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
雄英高校2年A組に通う、まだ何者でもない少年・相澤。当時の彼はまだ抹消の“個性”を使いこなせておらず、他者の邪魔をするだけのつまらない能力考え、無気力で卑屈な性格になっていました。
そんな彼を引っ張っていたのが、クラスメイトでのちの「プレゼント・マイク」山田ひざしと、1番の友人「ラウドクラウド」白雲朧(しらくもおぼろ)。彼らはいつもつるんで行動し、いずれ一緒に独立して3人で事務所を構えようと将来の夢を語り合っていました。
そしてやってきた、将来を決めるインターンの時期。行く先の決まっていなかった相澤と白雲は、仲のいい先輩の「ミッドナイト」こと香山睡(かやまねむり)に誘われ、彼女の実習先であるプロヒーロー「ハイネス・パープル」の事務所の世話になることに。
相澤はハイネス・パープルの指導の下、息の合った白雲とのコンビプレイで徐々に自身と実力を付けていきます。少年たちは無邪気に、輝かしい未来が続いていると信じて疑いませんでした。
……そんな時、殺人を含む前科15犯のヴィランによる凶悪事件が発生します。
次々とヒーローが倒れ、子供をかばった白雲は戦線離脱。孤立無援の中、相澤は相棒の応援の声を背にしてたった1人でヴィランに立ち向かいます。
『がんばれショータ!
みんなを守れるのはおまえだけだ!』(『ヴィジランテ-僕のヒーローアカデミアILLEGALS-』第9巻より引用)
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
「ヒロアカ」は原作漫画『僕のヒーローアカデミア』は2024年8月に完結し、アニメ版も第8期に当たるFINAL SEASONが2025年10月に放送予定となっています。原作が完結してもまだまだ熱い「ヒロアカ」ワールドですが、スピンオフ「ヴィジランテ」もFINAL SEASONに先駆けて映像化されることが2024年12月に発表されました。
アニメ「ヴィジランテ」は2025年4月7日からスタートします。制作を担当するのは本編アニメと同じくボンズです(正しくはボンズフィルム。2024年10月に制作スタジオを本社から切り離して設立)。
灰廻航一は『負けヒロインが多すぎる!』の温水和彦や『青のミブロ』ちりぬにお役などの梅田修一朗、ポップ☆ステップは『ぼっち・ざ・ろっく!』喜多郁代役の長谷川育美、「ヒロアカ」でギガントマキアを演じた間宮康弘が担当。
本編に登場するプロヒーローなどは続投で、制作スタジオも一緒なのでアニメ「ヒロアカ」に親しんでいるファンでも違和感はないでしょう。同じ世界観なのに見たことのない物語を楽しめるはずです。
「ヴィジランテ」アニメ化の範囲は今のところ不明。ヴィジランテは全15巻なので3クールほどあればすべてアニメ化出来ますが……仮に1クールなら4巻ラスト、2クールなら8巻か9巻までは行けるのではないでしょうか。ストーリー的に切りのいいところで言うと、突発性ヴィラン編の決着かスカイエッグ事件の結末辺りが有力です。
主題歌は今をときめくマルチクリエイター、こっちのけんとの「けっかおーらい」。実兄の菅田将暉がアニメ「ヒロアカ」のEDや劇場版主題歌を2度担当していることから、主題歌のキャスティングも対応するよう計らったのかも知れません。
ちなみにこっちのけんとは以前から「ヴィジランテ」を愛読していたらしく、オープニングに採用されたことをとても喜んでいます。実際に歌詞には世界観が色濃く反映されており、のちの展開を暗示する部分もあるので、相当読み込んでいるのは間違いありません。
アメコミ感を強調したスタイリッシュなオープニング映像と「けっかおーらい」が非常にマッチしていて必見です。
改造ヴィラン編から時は流れて3年後。大学4年生になったコーイチの最後の夏に、「ヴィジランテ」最終章の物語は幕を開けます。終盤の展開のネタバレを含むのでご注意ください。
ザ・クロウラーはすっかり鳴羽田に馴染んで、プロヒーローより気安く呼べてそれなりに頼れる存在となっていました。その一方で私生活では人並みに就職活動を行い、コーイチは徐々にヴィジランテの活動から遠ざかっていきます。
渡米したマコトはC・Cのプロデュース業以外でも成功を収め、「なるフェス」繋がりの仲間たちもそれぞれの道を模索し始める中、1人取り残された形になってしまうポップ。彼女は「なるフェス」の新しい担当者の後押しもあって、気持ちに踏ん切りを付けるためにも改めてアイドル活動に向き合うのですが……。
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
それらの裏で、鳴りを潜めていた“傷顔の男”が暗躍します。
ポップは誰も気付かないうちに連れ去られ、再び姿を現した時には「女王蜂」を埋め込まれた改造ヴィランへと変貌していました。コーイチは変わり果てたポップを説得しようと奔走しますが、彼女は爆弾蜂による連続爆破事件を強行。
警察はポップをヴィランと認定し、合わせて鳴羽田のヴィジランテ=コーイチを重要参考人として、両者の身柄の確保もしくは逮捕に向けて動き始めます。
これまで頼もしい味方だったインゲニウムやイレイザー、ベストジーニストにエッジショッ、そしてエンデヴァー――。名だたるプロヒーローが、コーイチたちを追う側に回るというかつてない窮地。完全に敵対するわけではないものの、やはり非合法のヴィジランテはヒーローではないという現実がまざまざと突きつけられます。
すべてをヒーローと警察に任せることは出来ますが、その場合最悪の事態を招くかも知れません。何より、ポップを裏から操る黒幕も不明なままです。
コーイチは自ら大切なものを守るため、立ち向かうことを決断します。
……これは誰かのヒーローだった青年が、みんなのヒーローになるまでの物語。
蜂須賀に変わって、ほとんどすべての事件の背後にいた“傷顔の男”、「No.6(ナンバーシックス)」。試験体6号、シックスとも。
終盤のストーリーでは、これまで影に徹していたNo.6本人が動き出し、ヴィジランテたちを追い詰めていきます。
No.6は「オーバークロック」の“個性”と、複数の因子を備えた改造ヴィラン。オクロックに強い執着心を抱いており、“個性”を利用して表向きの身分として彼の後釜「オクロックII(ツー)」を名乗ろうと色々画策します。オクロックIIのコスチュームのモチーフは、『ザ・フラッシュ』のサイドキックであるキッドフラッシュ。
元々はある人物が求める後継者候補の1人でした。自己がないという先天的な失認症から不適合とされるも、逆に上手く誘導すれば何者にでもなれる特異な素養を買われ、民衆に紛れて見えざる脅威となる終盤の一連の事件――「アノニマス・オペレーション」の実験対象兼実行役に選ばれました。
No.6の名前には複数の意味が込められています。
1つはオクロックから連想してロック=ロクで6です。ポップ☆ステップに接近することから、音楽ジャンルのポップに対するロック。他にはNo.6をそれぞれ別の読み方にすると、「No=NO=ノー」と「6=む」となって、組み合わせると……。
“個性”の副産物(?)として、オクロックを模したもう1つの人格を脳内に作り出し、自体を多角的に冷静に分析するのがNo.6の強み。オクロック本人に匹敵する頭の回転が非常に厄介なのですが、やがて激情に駆られた本人の行動と分析がかけ離れていって、実はNo.6のさらに裏にいる「黒幕」に直接操られていたことが判明します。
突発性ヴィランの大量発生から続く改造ヴィラン、スカイエッグ事件、そしてポップが引き起こした今回の鳴羽田連続爆破事件――塚内の同僚刑事・田沼はいくつかの事件を振り返るうちに、ふとあるヒーローのことを思い出します。
7年前の大阪。UG(アンダーグラウンド)マスカレードと呼ばれる地下格闘イベントを巡って、超速ヒーロー「オクロック」が内偵を進めていました。目的はイベントそのものではなく、参加者を個性増強剤などの実験台とする違法行為の証拠集めでした。
調査そのものはすんなり行ったものの、ラッシュ自慢の喧嘩屋「ラッパー」の存在や褐色ウサ耳女子高生「タイガーバニー」の乱入によって、事態は思わぬ方向へ動き始めます。会場全体が乱闘状態に突入した騒ぎに乗じて、“黒幕の男”はフードで顔を隠した実験段階の切り札を投入し、密かに目を付けていたオクロックの“個性”を狙い始めたのです……。
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
オクロックは犯罪対応専門のプロヒーローです。比較的序盤から存在だけ判明していたものの、本人が登場するのは過去編のUGM事件が初。
彼の“個性”は脳を加速させることで、相対的に時間をほぼ止めた状態で行動出来る「オーバークロック」。超スピードの攻撃も可能ですが、能力の真骨頂は頭の回転にこそあります。超加速した思考で状況を冷静に分析し、打開策を導くという希少かつ強力な“個性”です。
オクロックはUGMの騒ぎで事件の黒幕に目を付けられ、後日誘われるようにある施設を探った際、“個性”を奪われてしまいます。
“個性”を奪われたオクロックは事実上引退、表舞台からは姿を消して、家族を取り戻すためにヒーロー時代の経験とツテを駆使して非合法活動を開始……そう、オクロックの正体はナックルダスター、雄黒巌だったのです。
オクロックと「巨悪」の関連は若干匂わされていましたが、まさかその過去に死穢八斎會の乱波肩動(らっぱけんどう)やのちの「ミルコ」兎山ルミ、“フードちゃん”らしきヴィランまで関わって来るとはまったく予想出来ませんでした。
「ヒロアカ」本編のストーリーに直結する、ある意味でファンにはたまらない重要な過去編。本編とは違った姿を見るだけでも価値があります。今回のアニメ「ヴィジランテ」では難しいと思いますが、いつかアニメ化して欲しいエピソードです。
なおオクロックのヒーローコスチュームと“個性”はともに、『ザ・フラッシュ』に登場する「2代目フラッシュ」バリー・アレンが元ネタ。
改造ヴィラン編のラストや鳴羽田ロックダウン編では、元オクロックであるナックルダスターとオクロックに成り代わろうとするNo.6が対決する展開も出てきます。持てる知識と能力を限界まで駆使した、2人のクレバーな戦い振りがとても魅力的。
電磁パルス攻撃による大規模停電と通信障害、幹線道路の遮断。No.6の指揮で民衆に紛れ込んだ群体型ヴィラン「アノニマス」による、高速展開・即時撤収の同時多発テロ「アノニマス・オペレーション」で鳴羽田は陸の孤島と化します。
何かが起きているのは間違いないが、事件なのか事故なのか、不透明で全容が掴めない事態にオールマイトは出動出来ない――。そもそも外部と連絡が取れない以上、今鳴羽田にいる者のみで対処しなければならず、ひとまずコーイチはヒーローと警察に協力することに。
それでもあまりに用意周到なNo.6の攻勢に対し、じり貧になっていくのですが……ここに至って、少しずつ進化していたコーイチの“個性”が完全に覚醒。本来の能力である斥力の力場(滑走はこの力の一部)をコントロールした、攻防一体の戦闘スタイル「KNUCKLE STYLE(ナックル・スタイル)」を会得します。
どうしようもなく弱くて凡庸な“個性”だったはずが、地道すぎる活動と数々の実戦経験が実を結び、街を脅かす大敵と互角以上に渡り合えるようになるという衝撃的な展開。
面白さを損なわないために一部のストーリーを意図的に伏せてあるため、コーイチの成長具合は本記事だけでは伝わらないと思いますが、丁寧に織り込まれた積み重ねの説得力が凄まじくてただただ引き込まれます。
ラストに向けて収束していくの物語の中で、あの巨悪がなぜ「ヒロアカ」本編の方法論にこだわるようになったか、その理由を知られるのも見所。後付けで派生したスピンオフの枠組みを超えていて、最初から考えられていた正史としか思えません。
プロヒーローに比肩する実力を持つようになったコーイチが、数年後の本編に登場しない(正確には1コマだけ)理由は……「ヴィジランテ」の結末でご確認ください。
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
「ヴィジランテ」の作者は脚本・古橋秀之(ふるはしひでゆき)、作画・別天荒人(べってんこうと)のコンビです。
同コンビは2023年に再結成、「少年ジャンプ+」でマーベル公認スパイダーマンのスピンオフ漫画『スパイダーマン:オクトパスガール』の連載も行いました(2025年1月に完結)。
『スパイダーマン:オクトパスガール』はスパイダーマンの代表的ヴィランの1人、「ドック・オック」ことドクター・オクトパスが主人公ポジション。彼が人格転送システムの不具合によって、日本人少女・奥田宮乙葉(おくたみやおとは)の体に憑依してしまう……というお話。
- 著者
- ["別天 荒人", "古橋 秀之"]
- 出版日
本来ヴィランのドック・オックがヒーロー的な活躍をするなど、「ヴィジランテ」に似ているようで違うテイストが面白い作品で、『デッドプール:SAMURAI』の人気キャラクターであるサクラスパイダーの客演にも注目が集まりました。
脚本担当の古橋秀之は、第2回「電撃ゲーム小説大賞」大賞を受賞してデビューしたライトノベル作家です。オカルトパンクやサイバーパンクなどのディープな世界観を独特な文体で描写するのが上手く、電撃文庫――ひいては今日のライトノベルの礎を作ったと言っても過言ではありません
小説以外では作家集団「GoRA」の一員としてオリジナルアニメ『K』を手がけたり、SF短編小説『ある日、爆弾がおちてきて』が2013年秋に「世にも奇妙な物語」でドラマ化されたりしています。
古橋秀之の代表作はデビュー作『ブラックロッド』から続くケイオスヘキサ3部作。長らく絶版でしたが、2023年に3部作を収録した完全版『ブラックロッド[全]』がリリースされたことで、現在は電子書籍でも読めるようになりました。
ブラックロッド[全]
2023年5月10日
実は「ヴィジランテ」のいくつかの要素、無意識の防御反応やNo.6の露悪的な悪役っぷり、“傷顔”や炎の体はある種の古橋秀之セルフオマージュとなっています。これらの要素が刺さった方には、『ブラックロッド[全]』と『サムライ・レンズマン』がおすすめです。
逆に古橋秀之が元々好きで、たまたまアニメ化の話題から興味本位でここまで調べに来た――なんて方は、「ヴィジランテ」は絶対に刺さるのでぜひ読みましょう。
作画担当の別天荒人は1990年代後半から活動している漫画家、イラストレーターです。
漫画デビュー作は『プリンス・スタンダード』。原作・あかほりさとるの同名作品コミカライズ『源平伝NEO』以降は、原作付きの作画担当もするようになりました。
イラストレーター出身だからか、別天荒人の絵柄は非常にポップでキャッチー。単純に絵が上手いのはもちろんのこと、動きの作画に説得力があってコマやページをまたいだ流れが追いやすく、漫画としてとても読みやすいです。
「ヴィジランテ」も『スパイダーマン:オクトパスガール』も素晴らしい作品になったのは、古橋秀之のアクの強いキャラクターを受け止めて生かせる、別天荒人の技量があってこそでしょう。
本記事では出来る限り「ヴィジランテ」の核心は避けつつ、原作漫画の魅力的な部分をご紹介しました。アニメ版ではすべて余さず映像化されることでしょう。
ただ放送の関係上、一気には難しいかも知れません。そんな時は漫画アプリ「少年ジャンプ+」がおすすめです。「ヴィジランテ」を全話基本無料で読めるので、アニメ化で原作が気になった方は、まず「少年ジャンプ+」で読んでみてはいかがでしょうか。